第540話 増加する物

 神社での調査を終え、あたしは夜ふと別件で気になったことがあり、再び部屋を抜け出し、旅館の周辺を散策することに。


 その理由は……まぁ、空間歪曲のせいだな。


 もともと、今のあたしは世界中を回っているが、その理由の一つに、空間歪曲が挙げられる。


 あれは魔の世界と法の世界を繋ぐ、ゲートの出来損ないみたいなもんなわけだが、あれが増えることは非常に良くない。


 しかも、イオには話さなかったが、実はあいつらのすぐ近くに空間歪曲が発生している場所なんかも普通にあったのだ。


 少なくとも、今すぐ異世界へ行く! みたいな状況にはならないようなものではあったが、それはそれとしても残すわけにはいかないものだ。


 故に、それを調査するべく、あたしはガキどもや教職員が寝静まった頃に外へ出たんだが……。


「あー……こりゃ、相当ヤベーな」


 あたしの視線の先では、空間歪曲がいくつも発生していた。


 数は……あたしが知覚できている数で言えば、100近く。


 多すぎだ。


 なぜこんなものがここまで多くなっているのかわからん。


 そもそも、空間歪曲が発生する原因とはなんだ?


 その疑問を解消するべく、あたしやエイコの所の職員なんかが『空間歪曲』のデータを収集し、研究を進めてはいるが、あまり芳しくはない。


 しかし、あいつが調査を頼むほどだ、何かあるんだろうな。


 実際、あれが原因で魔の世界の奴らが法の世界に来る、なんて出来事があったくらいだ。


 その逆があってもおかしくはない。


 つーか、どっかの愛弟子はそれが半分原因で魔の世界へ行ったり、並行世界へ行ったりしているからな……このままじゃ、色々と厄介なことになるだろう。


 エイコ曰く、未だにこちらの世界に流れ着く奴らがいるらしいんでな。


 今は、前以上に精度が上がった関係で、発生場所を予測できるようになったとかで、出現するタイミングまでにそこへ行くことができるらしい。現地の協力者と言うのもいるって話だ。


 あいつ、何気にすごいよな……。


 マジで、あいつだったら世界征服とかできそうだけどな。


「とりあえず、データ採取、と。……これ、便利だな。写真を撮るだけでいいとか」


 あたしが手に持つのは『空間歪曲解析型端末』だ。あいつは通称『KKT』とか言ってたが。


 この『KKT』だが、その名の通り空間歪曲を調べることに使う端末で、これで空間歪曲の写真を撮影すると自動的にエイコの会社の地下にある解析装置に転送され、それぞれの空間歪曲が解析されるんだと。


 一応、この端末でも解析は可能だそうだが、どうしても地下施設の器材よりも小さくなっている関係上、大して調べられないそうだ。


 それでもおかしい技術してるとは思うが……。


「しかし……ふむ、あれから時間も三ヶ月経ったし、少し鑑定をかけるか」


 あれはなぜかわからんが、定期的に確認しなきゃまずい気がする……。


 理由はわからんが、こう、本能が、な。


 さて、どう映るか……。


『法の世界 魔の世界の対世界 ―ゅ――う1年5ヶ月 世界魔力25000000/5000000 均衡 微壊 環境 平』


 ……………………なんか、悪化してね?


 お、落ち着け、落ち着くんだあたし……。


 まず一つ、謎の年数が減っている事……。


 そして二つ……世界魔力とやらが増えている事。


 そして三つ……均衡という項目が『微壊』となっていること。


 以上の三つが前回と違う点だが……ここで最も気になる点と言えば、やはり年数と均衡の項目だろう。


 前者は一体何を表しているのかわからんが、良くないものであることはなんとなくわかる。


 そして、後者。


 均衡が崩れ始めているという解釈で問題ないだろうが……一体何の均衡だ?


 ……いや、ここで言う均衡ってのは、間違いなく法の世界と魔の世界の両世界間の均衡だろう。


 しかし、なぜ均衡が崩れ始めている……?


 それと、均衡が崩れればどうなるんだ、これは……。


 ……そう言えば、ミリエリアがあたし宛に残した本に、均衡がどうとかあったな……。


 たしか、両世界は対になるように存在し、どちらかが崩れれば修正しようとする力が働くとかなんとか……。


 ……なんつーか、厄ネタだろ、これ。


「現段階では何とも言えんが……これは、不味いんじゃないか?」


 何が不味いのかまではわからんが、あたしの本能がそれはもううるさいくらいハザードランプを鳴らしている気がするほどに、だ。


 この世にヤバいものなんてもう何もない、などと思っているあたしが、でもある。


 あたしは世界最強だ。


 それは紛れもない事実だし、イオだけでなく、周囲の奴らも認めている。


 法の世界より危険度が高く、世間一般では魔王がヤバいなどと言われるレベルであることも含めて、だ。


 そもそも、魔王なんざ瞬殺できるし、神だって殺せる(決して楽ではないが)。


 神相手に戦っても、大してヤバいとは今は思わん。


 だというのに、今のあたしは何かまずいと思っている自分がいるわけだが……。


「……これは、本格的に調べた方がいい、か?」


 いや、その前にエイコに相談するべきだろう。


 これはあたし一人で抱え込むべきものじゃない。


 たった一人でどうにかなるんなら、今もどうにかできてるだろう。


 そうじゃないと言うことは……そう言う事だ。


「はぁ……時間も時間だが、あいつと話すか」


 まぁ、異世界関連の話なら、間違いなく起きるだろう。


 そう考えながら、あたしはエイコのいる部屋に転移した。



「――というわけだ。少し、話をさせてくれないか?」

「いきなり来たと思ったらそういうこと……別にいいわよ。そういうことならなおさらね」


 眠っていたエイコを文字通り叩き起こし、事情説明をすると、エイコは了承する。


「まず、さっき確認したが、この辺りには空間歪曲が100ほどある」

「……え、マジ?」

「マジだ。あたしが、真面目な話で冗談を言うと思うか?」

「い、いえ……でも、そう。ここでもそんなに……」

「ん? ここでも、ってのはどういうことだ?」


 ふと、思案顔で気になる言葉を呟いたエイコに、あたしはそれがどういうことか尋ねる。


「いえ、実はね――」


 そう前置きをし、エイコがとあることを語りだす。


 その話を要約すると、どうやら世界各地で空間歪曲の増加がみられているとのことらしい。


 最初は緩やかに増えていたため気付かなかったらしいが、ある日気になったとある研究員が一番少なかった頃と見比べたことで発覚。


 そこから調査量を増やし、同時に世界各地の現地民の協力者を得て、今現在も膨大な量の研究資料が転送されているそうだ。


 そして、ここからが厄介なんだが……。


「なに? 今まで見られなかった地域でも空間歪曲が出現するようになった?」

「えぇ。私も目を疑ったわ……今まで0だった場所なのに、ね」


 そう、今まで一度も空間歪曲が確認されなかった地域にも、空間歪曲が出現するようになったらしい。


 それがきっかけで、どうやら魔の世界からの漂流者が出現したと少ない件数が報告されているそうだ。


 なんてことだ……。


「かなり深刻な状況なのか……」

「まだそうとは決まったわけじゃないけど、少しは。それで、ミオはその100個、転送してくれた?」

「当然。それがあたしとお前の契約だろ? あ、報酬よろしくな」

「了解よ。行事真っ只中やってくれたし……あと、例の件のお詫びも含めて、色を付けて振り込ませてもらうわ」

「お、そいつは助かる。これで酒が飲めるぜ」

「ミオの行動原理、お酒だものねぇ……」

「当然。それが好きでイオと出会うまでは生きてきたんだぞ? やっぱ、酒よ酒」


 ははは! と笑いながらあたしはそう話す。


 それは本当のことだ。


 イオと出会う前と言えば、寿命が死ぬほど伸びていたからか、何をするにも億劫で面倒くさく思っていたからな。


 それが、イオと出会ったことで色々と変化した。


 最初は、あいつの姿があまりにも好みドンピシャだったもんだから弟子にしようと思ったが、今ではあの弟子のおかげで生活が楽しい。


 酒以外の楽しみが出来たわけだ。


 まあ、それはそれとして酒が大好きだがな!


「まぁ、それはいいとして……それで? これからどうするの?」

「いやそれなんだがな……正直、あたしとしてもどうしようもない気がするんだよ」

「ミオでも?」

「お前、あたしを何だと思ってんだ? あたしだってできないことの一つや二つあるさ」

「それもそうね。……けど、どうしようもないって言うのは?」

「一応、空間歪曲は消せる。だが、エイコの話を聞く限りじゃ、ぽこぽこ増えてるみたいじゃねぇの。ってことは、だ。あたしが消して回ったところで、空間歪曲は発生し続けるし、仮に全部消したとしてもまた空間歪曲が出現してしまう。そんなもん、どう対処白と? そもそも、空間歪曲が発生する原因はなんだ?」


 空間歪曲と言う存在知ってからずっと思っている事だ。


 この世界に空間歪曲が存在する理由とはなんだ? 発生する原因は? どこから発生する? そんな疑問。


「それは私たちでの方でも研究中。でも、成果はほぼ0」

「ほぼってことは……ほんの僅かでも何かわかってるのか?」

「本当にほんの僅かだけど、ね」


 目ざといわね、と呆れた様な笑みを浮かべるエイコ。


「そのわかってることってのは?」

「……私が『CFO』というゲームを運営しているのは知っているわよね?」

「あぁ。あたしも遊んだぞ」

「あ、ミオもユーザーなの? それは嬉しいわねぇ」


 身近な人物が遊んでいると知り、エイコは嬉しそうに頬を緩める。


 だが、今はそうじゃないと咳払いを一つし、話を再開。


「そのCFOには、向こうの世界をリアルタイムで観測し、その情報を基にあのゲームの世界を創り出しているわけだけど……それを用いている装置が『異世界観測装置』という物でね。用途はゲーム……ではなく、向こうの情報を得るために作った物なの」

「だろうな」

「えぇ。CFOを創ったのは……まぁ、資金を確保するため、と言うのが大きかったし」

「で? 売れてるのか?」

「爆売れ。課金アイテムもいい感じに売れてるし、何より『New Era』も売れてるし。サーバー代自体も余裕で払えてるしで、問題はなしよ」

「さすがと言うか……お前、少しおかしいだろ」


 称賛よりも先に、呆れが来るな、こいつ相手だと。


 あたしは別に、こっちの世界について詳しいわけじゃないが、こいつがしたことはマジで頭がおかしいレベルだと言うことは理解してる。


「ふふ、褒めないで」

「褒めてねぇよ」

「あらそう?」


 ふふ、といたずらっぽく笑うエイコに、あたしもふっと苦笑いを浮かべる。


「ったく……んで? 情報ってのは?」

「そうね……まず、なんと言えばいいか……一つだけわかっているのは、空間歪曲が発生すると、そこから魔力が流れ出している、ということかしら」

「魔力……」

「えぇ。向こうの世界から、と言えばいいのかしら……どうも、魔力がこちらの世界に流れ込んでいる、とだけ」

「そう、か」

「ごめんなさいね。これしかわかってなくて」

「いや、いい。小さくとも情報は情報だ。あるのとないのとじゃ、意味合いが全然違う」

「そう言ってくれるとありがたいわ」


 しかし……魔力が流れ込んでいる、か。


 あの鑑定で、なぜかこちらの世界の魔力が増加しているのは、そう言う事か?


 空間歪曲が発生したことで、本来魔力が少ない量のこの世界に向こうの世界から魔力が流れ出している、と。


 それがどういう結果をもたらすのかは今のところ不明だが……少なくとも、愉快なことになることはないだろうが。


 ふぅむ……調べたいところだが、手掛かりが何もないんだよなぁ……。


 あたしが見つけたのは、例の海底遺跡とあの神社……って、そうだよ!


「おいエイコ、お前に二つ調査してもらいたいものがある」

「ミオが依頼なんて珍しいわね? 何かあったの?」

「あぁ、実はな――」


 あたしはエイコに林間・臨海学校中に発見した遺跡と神社について簡単に話した。


「神社に、海底遺跡……? 本当に、その二つが?」

「あぁ。海底遺跡はともかく、神社は知らなかったのか?」

「え、えぇ。そもそも、この辺りに神社なんてなかったはずだけど……」

「何?」


 そいつはどういうことだ……?


 こう言っちゃなんだが、あの神社自体はかなりわかりやすい位置にあったはずだが……。


 エイコからもたらされた情報に、あたしは少し考え込む。


「ミオ、その神社の位置、教えてもらっていい?」

「あぁ、もちろんだ。旅館の玄関口があるよな?」

「えぇ」

「そこを出て真っ直ぐ進むと三つの分かれ道がある。そこも真っ直ぐ進む。しばらくは道なりに進めばいい。そうしてしばらくすると、右側に細いが道がある。そこを進んだ先にあたしが見つけた神社がある」

「なるほど……了解、すぐに調査してみる。それで、海底遺跡の方は……」

「そっちに関しては、臨海学校で使用した更衣室を出て真っ直ぐ進めば見つかる」

「了解。そっちもすぐ調査するわ」

「できるのか?」


 神社はともかく、海底遺跡は難しいと思うんだが……。


 少なくとも、こっちの世界においては、海底を調査するには浅瀬ならともかく、深い所へ行くためには潜水艦が必要と聞いたが……この様子じゃ、どうやら持ってるようだ。


「当然。ま、コネはいくらでもあるから」


 こいつの人脈も大概おかしい気がするぞ、全く。


「そう言う事なら、改めて頼むぞ」

「えぇ、任せて。と言っても……ミオがわからなかったものを、私が解明できるかは約束できないけどね」


 苦笑しつつ、自信なさげに話すエイコにあたしも苦笑を返す。


「ま、あたしとしちゃ少しでも情報があればいいんでね。……っと、そんじゃあたしもそろそろ戻るよ。調査の件、頼んだぞ」

「了解。期待しないで待ってて」

「あぁ。それじゃあな」


 そう言って、あたしは部屋に転移して戻った。




「……神社に海底遺跡、ね。その場所、何もなかったはずだけど……どういうことかしら?」



 そんなこんなで、あたしの林間・臨海学校における突発的調査は終わった。


 三日目の夜には肝試しがあり、イオが幼児退行してしまったが、次の日には物理的に大人になることで戻っていた。


 最終日自体も、特に問題が起こることはなく、あたしは何か問題が起こらないか見回りつつ、平穏に林間・臨海学校は幕を下ろした。


 謎は増えたが……まぁ、いい息抜きにはなったかね。

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