第306話 ブライズの世界

 目を覚ますと、そこは荒れ果てた世界だった。


「ふむ、どうやら無事、転移には成功したみたいだが……なるほど。たしかにこれは、危険な世界だ」


 あたしの眼前に広がるのは、地獄と称しても差し支えないような世界だった。


 土地は荒れ果て、木々や草花なんて一切ない。

 あるのは、なんの潤いも、栄養も感じられない、抜け殻のような土や砂だけ。


 周囲には、崩壊した建物らしきものもある。


 それにあれは……車、か? 似ているな……。


 飛行機らしきものもあるし、よく見りゃ、電車のような物まである。


 どういうことだ、これは。


 ふぅむ……まあいい。


 それよりも、この世界は本当に危険だな。


 まず、瘴気ってのかね? 明らかに体に害がある何かが空気中を漂っている。いや、、むしろこの世界を覆うほどのものじゃないか?


 まあ、『猛毒耐性』が働いているところを考えると、毒で間違いないだろう。


 だが、あたしの場合は『猛毒耐性』を極限まで育ててあるんで、問題はない。だが、『毒耐性』だと、ちときついかもな。イオなら……多少体調が悪いくらいで済むだろうが、それでも危険だな。長居はできないだろう。


 それに、ブライズどもがうじゃうじゃいやがる。


 それを見越して、全身に光属性の魔力を纏っているから、全然近づいてこないんだがな。


 まあ、中には馬鹿な奴なのか、特攻を仕掛けてくる奴がいるんだがな。


 そう言う奴は、あたしの体に触れた瞬間に浄化されている。

 弱い。


「さて、先に進んでみるとしようかね」



 歩いていてわかったことと言えば、この世界はおそらくだが、イオたちが住む、あの世界に近い何か、なのではないか。


 イオたちが住む世界にある、車やら飛行機やら、乗り物系がそこら中に落ちていて、使えそうな気配が全くなかった。


 建物はビル系、だろうか。


 正直、ヤバそうな場所でしかない。


「こいつは、まさか過ぎたな……」


 一人呟く。


「試しに、鑑定でもかけてみるか」


 少なくとも、何かがわかるかもしれん。

 情報収集は必須なんでな、未知な場所ほど。

 さてさて、どんな感じかね?


『――の世界 全てが荒廃した世界 ――み――尽 世界魔力-1000000/500000 均衡 崩 環境 最悪』


 ……こりゃ、もうだめだな。


 すべてが荒廃した世界、か。


 そして、やはり見れない部分。だが、年数は書かれておらず、『尽』とだけ書かれている。


 それに、なんだこの魔力は。マイナスの数値? どういうことだ? 0じゃないのか?


 ……もしや、ブライズってのは、このマイナスの魔力で変質した、この世界の人間や生物なのか?


 この世界が、ブライズどもが住む世界なのは間違いないだろう。


 荒廃した原因はわからないが、少なくとも、ブライズは人間である可能性が高い。


 そうなると、少し躊躇うんだが……あの世界にちょっかいを出してきている以上、許しはしないがな。躊躇うには躊躇うが、別に殺せない、だとか、殺したくない、なんて甘いことをあたしは考えない。


 敵は敵だ。相手の事情なんざ知らん。


 そこに、やむを得ない事情があったとしても、あの世界に進出してきて、攻めて来たのなら、等しく敵だ。


 ならば、関係ない。


 まあ、原因を探ってみるとするかね。



 少し歩き、図書館らしき建物だった場所が現れた。


 ほぼほぼ崩壊して全然それっぽくないが、辺りに本が散乱しているところを見ると、図書館で合っているはずだ。


 いや、わからんけど。


「とりあえず、なにかわかりそうな本は……ん? これは、日記か?」


 この世界についての情報が手に入りそうな本がないか探していると、日記のような、手記のようなラノベくらいのサイズの本が、一冊落ちていた。


 それを拾い上げ、中身を読む。


「……ん? 日本語か? これ」


 中を開くと、そこには日本語で何者かの日記が書かれていた。いや、日記というより……考察に近い、か?


 さて、中身はなんだ?


『この世界に生き残った者のために、私の考え……いや、たどり着いた答えを記す。この世界は、簡単に言えば、滅びへと向かった。原因はおそらく、人間の争いだ。ある日、資源が残り少なくなっているのを知った各国の首脳陣が、こぞって資源の利権を求めて争った。最初は、ちょっとした経済戦争のようなものだった。だが、次第に武力による戦争になり、それはもう……酷い有様になった。小国も大国も、誰もが争った。そうしたある日、とある国の巫女が言った。『この世界は、時期に潰れる』と。最初こそ、戯言だと思ったのだが、その巫女の発言の後、この星の資源は、次々に枯渇しだした。これに焦った各国が、協力し合ってどうにかしようと動いたが、時すでに遅し。枯渇は瞬く間に広まり、いつしか、資源はほぼ0になってしまった』


 ……なるほど。


 この世界は時期に潰れる、ね?


 巫女ってことは、あれだな。神託が降りたんだろう、その巫女に。


 だから、『この世界は時期に潰れる』って言うのは、間違いなく、この世界を管理していた神の言葉だろう。


 この手記を見るに、人間が醜い争いを続けるもんだから、腹を立てたんだろう。自身が生み出した生命が、こうも醜いことをしているとなれば、神は怒り、見限りからな。あいつらは、そういう身勝手な存在だ。


 人間風に言えば、自分で犬を買っておきながら、『悪魔だった』なんて言って捨てるようなもんだ。


 神からすれば、人間なんてそこらの犬程度の認識、と思っていいだろ。


 まあ、そこは神によって違ってくるがな。


 さて、続きだ。


『最初は、少ない資源でなんとかやりくりしていた。しかし、そう長くはもたなかった。次第に人々は、少ない資源を求めて争いあってしまった。今度は国じゃない。個人だ。集団だ。血は流れ、命が数えきれないほど消えた……。こうなっては意味がない、そう思ったのは私だけだったのだろうか? 大人たちは身勝手だ。子供を放置し、自分たちだけが助かろうと動いた。しかし、そう言う奴らに限って……変貌してしまった。黒い靄に。黒い靄は、ある日突然、地球上の生物が変化するようにして、発生した存在だ。そいつらは脅威だった。攻撃は効かない。だが、向こうは私たち、生きているものに取り憑き、体を奪ってくる。そうして、死んでいった者たちは、さらに靄となる。原因はなんだったのか、そう思い私は色々と研究した。そうして、見つけたのだ。この世界には、認知することがほぼ不可能な、魔力というものが』


 こいつ、天才か?


 魔力見つけちまったよ。


 しかし、予想通り、ブライズはこの世界で生きていた人間や生物たちだったんだな。


 胸糞悪いが、仕方ない、のかね。


 どうも、原因はこいつららしいし。


 争わず、手を取り合っていりゃ、滅ぶことはなかったんだろうが……んで? 続きは?


『私は、それを研究した。研究の結果、これらが我々に悪影響を及ぼしていることが分かった。生命力が低下した者に集まり、人間や生物を黒い靄に変化させてしまった。その事実を知った時、私は思った。『この世界は、もう助からない』と。いや、戦争なんて馬鹿なことをした時点で、神は見限っていたんだろうな。きっと、神がいたなら、失望したに違いない。……違う。神はいたんだ。あの巫女が言ったことも、きっと、この世界を見守っていた神の言葉だったんだ。……それに気づいた時、私は諦めた。神が見限った瞬間、全ては終わったんだと』


 諦念、か。


 こいつはきっと、真相を知り、現実を知り、魔力を知り、神の存在を知った瞬間、全てを諦め、この絶望を受け入れてしまったんだろうな。


 どこの誰かは知らんが、すごい奴だ。だが、残念だ。


『そこで、私は考えた。この世界はもうだめだが、もしかすると、別の世界は無事なのかもしれない。戦争せず、誰かと手を取り合った世界があるかもしれない。魔力を見つけた私なら、きっと見つけられると思った。そうして……見つけた。世界には、空間が歪む現象がある。それらは、他の世界へと繋がる可能性がある。しかも、黒い靄が増えれば増えるほど、空間の歪みは増えていっていた。これはきっと、最後のチャンスだと、そう思った』


 え、マジで天才なんじゃね? こいつ。


 魔力に続いて、空間の歪み――空間歪曲すら見つけちまったよ。


 一体、どうやって見つけたんだ?


 可能性としては……『鑑定』のスキルを入手したか、固有技能を持っていたか、だな。


 だが、それはどうなんだ?


 この世界が綺麗だった時は、どうも魔力量的には、法の世界と同じくらいだしな……。


 わからん。


『……あれから、研究を進めた。そして、気づいてはいけないことに、私は気づいてしまった。空間の歪みが増え続けていたのは、黒い靄が増え続けていたからだった。これは、私が発見した時に見つけた時に考えたことと一致していた。だから、驚きはなしなかった。だが、問題はそこじゃなかった。この歪みは、黒い靄一体につき一つ、といった風にリンクしていたのだ。この歪みの先には、この星に近い文明が築かれていた。そこには、争いながらも、手を取り合うものたちがいた。だから私は、決めた。この世界の空間の歪みを全て消そうと。そうでなければ、守ることは出来ない。そもそも、私たちがしでかしたことで、他の世界の人たちを危険にさらすことはできない。けじめを付けねば……』


 こいつ、相当いい奴だったんだろうな。


 自分が助かりたいと思っているはずなのに、助かることをやめた。しかもこいつ、明らかに異世界に渡る手段を持っていたんじゃないのか?


 でなきゃ、別の世界を覗くなんて不可能だ。


 手段があっても、選ばなかった。


 ある意味、英雄かもしれんな。


 ん、次で最後のページか。


『……結論から言おう。私は、もう、ダめだ。意識が、くロク、なりツつ、アル……。これをミテいル、いキノこっタ、モノ、よ。もやのオウをタおシ、コのセかいの、ユがみヲ、ケしさッて、クレ……』


 最後に、手記の背表紙を見た。


「……そうか」


 そこに書かれた名前を見て、あたしは小さく呟いた。


 そして、概ねだが、この世界が何なのか、理解は出来たな。


 結論から言っちまえば、この世界は……別の地球、と言ったところだな。


 まず第一に、書かれていた言語が、日本語ってのがな。ついでに、落ちていた乗り物らしき残骸たちは、間違いなく、飛行機や車だろう。


 疑いようがない。


 倒れている建物だった物も、よくよく見れば、たしかに見覚えがあるような気がする。


 日本の建造物がそれに近い。


 だからおそらく、鑑定した時に見えなかった、世界の名称は、『法の世界』、だろうな。


 多分だが、神がいなくなったことで、上手く機能しなかったんじゃないかね? 自身に影響を及ぼすタイプの物なら大丈夫なんだろうが、他……というより、世界に干渉し得るものに関しては、上手く機能しない、と言った感じか。


 まあ、浄化のような物は機能するだろう。世界には干渉せず、ブライズに干渉するわけだからな。


 となると、この世界は相当厄介なことになっているとみていい。


 世界は対になるようにできている。


 だが、この世界は神が離れたことで、荒廃してしまった。ならば、ここの対である、魔の世界も実質崩壊していることになるはずだ。


 どちらか一方が壊れてはいけない、なんていうシビアなもんだ。


 おそらくこれは、どの世界も共通のルールだろう。


 ……しかし、変だな。


 もしも、ここが別の地球だとするならば、どうして、滅んだ?


 そもそも、あたしやイオがいるはずだろ? なら、どうにかしているはずだ。このあたしが。


 そうじゃないということは、この世界には、イオがいなかったか、それかもしくは、異世界には行ったが、途中で死んでしまった、というのもある。別の可能性としては、そもそも、異世界に行かなかったパターンだな。


 ふむ……わからん。


 まあ、とりあえず、ブライズの王をぶっ飛ばせば、OKだろ。


 面倒だがな。


 だが、いい加減ブライズどもにはイライラしてたんで、ちょうどいいだろう。


 こっちの世界の奴が、倒してくれと言っているんだ。なんの後腐れもなく、倒せるってもんだ。


 それに、こっちの世界の奴ら――ブライズどもは、あたしに特攻を仕掛けては消えるを繰り返しているしな。


 さてさて……あたしもさっさと帰りたいんで、でかい反応を持った奴を叩きに行くとしようかね。そいつが、十中八九ブライズの王だろうしな。


 ま、運動した後の酒は、きっと格別だろうし、酒のために頑張るかね。

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