第72話 依桜ちゃんとハロパ3
「ちょ、ちょっとまって!? なにがあったらこうなるの!?」
ハロパ当日の朝、起きて早々ボクは混乱していた。
鏡に映るのは、狼の耳と尻尾が生えているボク。
動かそうと耳を意識すると、ぴょこぴょこと動くし、尻尾に意識を向けても、ふりふりと揺れている。
明らかに神経が通っている。
そっと耳を触ると、
「あ、あたたかい……」
ちょうどいい体温で暖かかった。
尻尾も触ってみたけど、こちらも上と同様だった。
……え? どういうこと、これ?
百歩譲って縮んだのはいいとしよう、うん。
でもさ……
「なんでみみとしっぽがはえてるの!?」
何をどうしたら、こんな亜人族の姿になるの!?
たしかに、向こうの世界にも亜人族はいたよ! でも、呪いの解呪の失敗でこんな姿になる普通!?
いやそもそも、亜人族になるだけだったらまだよかったけど、まさか同時に小さくなるとか予想もしてなかったよ!
しかも、前よりも小さくなってるよね、これ?
前回は129と、小学三年生か四年生くらいだったのに対し、今は明らかに小学一年生、下手をしたら幼稚園の年長かもしれない。
「と、というか、いふくとかどうしよう!?」
せっかく昨日魔女の衣服を買ったのに、着れないなんて……選んでくれた田中さんに申し訳ないよぉ……。
「うぅ、まさかたいとのいっていたことがほんとうになるなんてぇ……」
冗談で言っていたことが現実になるとは思わなかったよ……。
「はぁ……とりあえず、したにいこう」
とりあえず、Yシャツを着て、下に降りて行った。
「お、おはよー……」
「( ゚д゚)」
下に降りて、ボクの姿を見るなり、数日前に小さくなった時の反応と同じく、母さんがポカーンとしていた。
いや、うん。そうだよね。だって、ある日突然自分の子供が小さくなった挙句、ふさふさの耳と尻尾を生やしてるんだもんね。驚かないわけがないよね。
「か、かあさん?」
「か……」
「か?」
「可愛いッッッーーーーーー!」
「ひぁっ!?」
母さんが突然大きな声を出したことにびっくりして、変な声が出てしまった。
「もぉ! なんで依桜がそんなに可愛い姿になってるの!? 耳って、尻尾って! どこまで私を悶えさせれば気が済むのよ!」
母さんがトリップした。
え、ナニコレ? これ、本当にボクの母親なの?
ハァハァと息遣い荒く、涎をたらし、人様に見せられないようなにやけ顔をしている人が、母親?
……変態だよね、これ。
「そ、それよりかあさん、ようふくとかないかな? きょうは、がくえんでハロウィンパーティーがあるから……」
「いっぱいあるわよ!」
そう言いながら、母さんはどこからともなく衣装ケースを取り出してきて、小さい子向けの洋服を多数取り出してきた。
……ないだろうなぁ、と思っていたのに、まさかのありました。
どうなってるの?
思ったよりも、母さんの闇は深いかもしれない……。
「それでそれで!? なにがいい!?」
ずずいっと、洋服を両手に迫ってくる母さん。
こ、怖いんだけど!
「というか、その耳と尻尾は本物?」
「う、うん、ほんもの、だよ」
「あらぁ、となると……じゃあこれね!」
と言って母さんが数あるものの中から選び、渡してきたのは、
「き、きもの?」
それも、ミニスカ風の。
桜を基調とした、桜模様の着物……と言うより、振袖に近いかも。
ただ、さっきも言った通り、ミニスカートくらいに裾が短くて、膝より少し上くらいしかない。
いや、実際可愛いんだよ? 衣装自体は。
で、でもさ……
「あの、かあさん? なんでこのきもの、おしりのあたりにあながあいてるの?」
「ああ、それ? 気にしない気にしない。たまたま買った服が、たまたまそう言うデザインだった、ってだけの話よ!」
「そんなわけないよね!?」
しかも、尻尾が出せるくらいのちょうどいい大きさなんだけど!?
なに、母さんはボクがこうなることを予想してたの!? だとしたら怖いんだけど!
「まあいいじゃない。とりあえず、今日はそれを着ていきなさいよ」
「え、で、でも……それだと、かそうっていえないような……」
「何言ってるのよ。今の依桜の姿がすでに仮装でしょう」
「いや、これほんもの」
「本物でも、事情を知らない人からしたらただの仮装でしょ。というか、触らなきゃわからないわよ」
「そ、そうかもしれないけど……」
これ、普通に動いちゃうんだけど……。
多分、感情に合わせて動くんじゃないかなぁ、これ。
嬉しい時とか、ぶんぶんと尻尾振ってそうだよ、これ。
耳だって、音に反応するとぴくぴくと動きそうだし……。
だ、大丈夫かなぁ?
「いいからいいから。それと、依桜は何か準備があるって言ってなかったかしら?」
「あ、そうだった! いそいでつくらないと」
母さんに言われて、料理を作ることを思い出し、急いで準備する。
幸い、下準備は終わっているので、あとは焼いたり揚げたりするだけ。
まあ、だとしても五人分だからね。ちょっと多い。
なので、なるべく早めの八時に起きようと思ったわけで……でもこれ、九時でもよかった気がするんだよね。
パイを作るって言っても、市販のパイシートを使った簡単なものだし。
一応、チョコパイと、アップルパイを考えている。
まあ、パイとパイの間にチョコとかジャムを挟むだけなんだけどね。
それに、ほかに作るものと言えば、炊き込みご飯を使ったおにぎりに、サンドイッチ、唐揚げ、卵焼き。
バランスが悪いような気がするけど、そこはサンドイッチでカバーしよう。
野菜多めのサンドイッチとかね。
「さ、つくっちゃおう」
で、作り始めたんだけど……
「む、むぅ……これは……」
大半の料理は問題なく作れた……とは言い難い。
そう、今のボクは小さい。
必然的に手も小さくなり、子供ような手になっているので、調理器具が少し持ちにくい。
特に、包丁とかは危なかった。
まあ、包丁は自分のサイズに合ったものを創ったからいいけどね。
フライパンとかも、重さはたいして感じないんだけど、小さいとやっぱり勝手が違ったので、かなり苦戦した。
それもあって、意外と時間はちょうどよく、全部作り終える頃には、十一時になっていた。
ただ、ね。
「……うーん、こればっかりはどうにも……」
目の前のおにぎりの山を見て、ちょっと困った。
手が小さいため、おにぎりも小さくなる。
量自体は同じだけど、小さくなった分、数が多い。
同じ量でも、数自体は多いので、見ているだけでお腹いっぱいになりそうな光景。
ま、まあ、最悪の場合は、ほかの人にも配ればいいしね。
「依桜―、そろそろ着替えなさーい」
「あ、うん!」
考えるのは後。とりあえず今はちゃっちゃと着替えよう。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃーい。気を付けていくのよ?」
「うん」
準備を全部終えて、いざ学園へ。
「や、やっぱりしせんがすごい……」
学園へ向かういつもの通学路を歩いていると、いつものように……いや、いつも以上にい視線がボクに集中していた。
その視線はすべて、ボクの頭とお尻に向いている気がする……というか、確実に向いている。
『なんだあの娘、すっげえ可愛いんだけど』
『幼女にケモ耳、ケモ尻尾とか……マジ尊いわ』
『やべえ、めっちゃ癒される』
『ねえ、あれ見てよ! 超可愛くない!?』
『わかるわかる! ハロウィンの仮装かな?』
『多分そうでしょ。あんな娘にお菓子をせがまれたら、いくらでもあげたくなっちゃうよね』
う、うぅ、やっぱり恥ずかしい……。
やっぱり、子供って思われるよねぇ……。
多分、小学一年生とか、それくらいに思われてるよ、これ。
実年齢、十九歳、だけどね……。
こっちの世界の書類では、十六歳だけど。
「それにしても、このにもつ……ちょっとおもいかも」
ボクは今、今の身長(100センチくらい)の三分の二くらいの大きさのリュックを背負っていた。中身は当然、みんなの分の料理。
さすがに、五人分の料理ともなると、それなりの量になる。
これが、家族とかだったらもう少し減らせたんだろうけど、みんなよく食べるからね、多くなっちゃった。
小さくなると、ある程度の身体能力が低下するので、普段のボクなら全然重さを感じないんだけど、今回ばかりは違う。
前回の時が、普段の三分の一の身体能力だったとして、今のボクは……五分の一くらいかな。
うーん、結構落ちてる気がする……。
多分、本気でパンチして壊せるのは、コンクリートくらいかなぁ。
あ、でもそれでも十分……というか、異常なくらいだよね。
「それにしても……」
歩きながら周囲を見ると、仮装して家を回っている子供が結構いる。
美天市は、学園だけでなく、街の人もお祭り好きであるため、ハロウィンのようなイベント事がある日は、大抵参加している。
商店街とか、多分ハロウィン一色なんじゃないかな?
『おい、次あっちの家いこーぜ!』
『うん!』
うん、ほのぼの。
子供が元気に走り回ってるのって、やっぱり和むよね。
……まあ、周囲の人からしたら、ボクも子供に見られてるんだろうけども。
だって、
『ね、ねえ、君良かったら、一緒にお菓子を貰いに行かない?』
って感じで、初対面の小学生くらいの男の子に誘われるし。
「あ、あの、ボク、これからいくところがあって……ご、ごめんね」
『あ、ううん! いいんだよ。じゃ、じゃあね!』
ボクが申し訳なさそうに謝ると、男の子はなぜか顔を真っ赤にして走り去っていってしまった。
うん。やっぱり、子供だと思われてる。
「はぁ……ししょう、うらみますよ、ほんとに……」
こうなった原因を作った師匠に、ボクは恨み言を呟いた。
いつも以上に視線を感じつつ、学園へ到着。
校門に入る前からかなりの視線がボクに向いていたというのに、ボクが学園の敷地に足を踏み入れると、さらに視線が。
『お、おい、幼女がいるぞ』
『うお、マジだ! しかも……なんだあれ!? めっちゃ完成度高くね!?』
『しかも、耳と尻尾、微妙に動いてね?』
『お、お菓子を上げたいッ……!』
『うわぁ、あの娘可愛い!』
『どこの娘かな?』
『でもあの娘、数日前に学園に来てなかった?』
『いや、でもあの時よりちっちゃいよ?』
『それもそっか! でも、あの娘可愛いなぁ。抱きしめて、もふもふしたい』
『わかる! あの耳と尻尾、作り物とは思えないほどもふもふしてそうだし!』
……やっぱり、この姿は目立つ、よねぇ……。
まあ、銀髪碧眼の幼い女の子が、ミニスカ風の着物を着て、尚且つ狼の耳と尻尾を付けてるんだもんね……。
というか、よく見たら、仮装してるのって一部の人だけ?
あ、そっか。今この場で仮装してるのは、自分で買った人だけなんだ。
ということは、今普通に制服を着ているのは、学園が貸し出ししてるのを着る人か。
それにしては、ずいぶん人が多いなぁ。
さすが、お祭り好きな人が多い叡董学園。
これ、学園の生徒全員参加しているんじゃないだろうか?
「とりあえず、きょうしつにいこう」
一応、そのまま会場である、講堂に行くのもありだけど、まだ時間じゃないから開いてないだろうし、外で一人待つのはちょっと怖い。
……何か変なことになりそうだからね。
「お、おはよー」
教室に行くと、ほとんどのクラスメートが来ていた。
そして、ボクが入って、一瞬の間が空いた直後、
『きゃあああああああああああっっっ!』
女の子たちが黄色い悲鳴を上げていた。
『何あれ何あれ!?』
『依桜ちゃんだよね!? なんであんなに可愛くなってるの!?』
『うっわぁ、数日前の時よりもちっちゃいし、何より……』
『『『あの尻尾と耳がイイ!』』』
ぞくっとした。
すごく、背中がぞくっとした。
「また、ちっちゃくなったのね、依桜」
「あ、みか。おはよう」
「というか、前より小さくなってないか?」
「う、うん」
「まさか、昨日ふざけて言ったことが本当になるとは思わんかった」
「でも、やっぱりちっちゃい依桜君も可愛いねぇ」
「あ、あはは……」
褒められるのは嬉しいんだけど、ちっちゃいが付いていると、微妙な気持ちになる。
「というか、その耳と尻尾はどうしたんだ? 依桜、そんなの持ってたのか?」
「あ、ううん。これは、その……ひゃぅ!?」
「お、おぉ、なにこれ、すごくあったかい……それに、もふもふしてるよ~」
いきなり女委がボクの耳に触ってきて、思わず変な声を出してしまった。
「ちょ、め、めいっ、や、やめっ……」
へ、変な気分になるぅ……。
こ、これ、前に学園長先生とか、女委たちにやられた時と同じ気分、なんだけど……。
「どれどれ……」
「って、みかも、なにを――って、はぅっ!」
「あら、本当にもふもふしてるし、あったかい……」
「ふ、ふたり、ともっ、やめっ……んっ、みんなっ、みてるっ、からぁ……!」
「ご、ごめんなさい、つい、衝動が抑えきれなくて……」
「ごめんごめん」
ボクがなんとか説得すると、二人は謝りながらようやく離れてくれた。
「はぁ……はぁ……ま、まったくもぉ……」
ボクは乱れた呼吸を直すと、ジト目を二人に向ける。
『や、やべえ、見た目幼女なのに、めっちゃエロかったんだが……』
『だ、だな。なんかこう……見た目のせいで、妙な背徳感があるよな』
『俺、今日参加してよかったっ……』
男子たちは、なぜか前屈みになっていた。
同時に、女の子たちからブリザードのように冷え切った目線を向けられていたけど、全く気付いていないみたい。
それを見て、態徒と晶はどんな様子かを見ていると、
「いや、まあ……災難だな」
「やっべえ、マジ依桜エロイわ。幼女でもエロいとか、完璧かよ」
な、なんて正反対な反応。
というか、案の定な反応をありがとう、態徒。
……本当に友達辞めようかな。
「ところで、依桜。もしかして、その耳と尻尾は……」
「う、うん。これ、ほんもの、なんだよ」
『マジで!?』
ボクの発言に、未果たちだけでなく、クラス全員が驚愕に声を上げていた。
まあ、そう言う反応になるよね……。
『女の子になったり、幼くなったりするだけじゃなくて、ケモ耳ケモ尻尾が付いたロリっ娘になるなんて!』
『男女って、可愛いという概念をすべて持っているんじゃないのか?』
『ほんと、反則だよね』
『むしろ、勝てる奴いるのか? この世界に』
『『『いないな』』』
クラスのみんなが何かを言っているようだけど、スルーしよう。
「まさか、そうなるとは思わなかったな……なるほど、だから揺れてるのか、それ」
「そ、そうだよ」
「でもまさか、小さくなるだけじゃなくて、耳と尻尾を生やしてくるとは思わなかったわ……」
「ボクも、あさおきたらこうなってるんだもん。びっくりしたよ……」
小さくなるだけならまだしも、耳と尻尾もセットだったからね。
朝起きて、人間やめてたら、本当にびっくりする……というか、心臓に悪い。
「でも、依桜君、その姿って不便なことはあるの?」
「うーん、しんたいのうりょくは、まえよりもさがってるかも。つうじょうじのほんきのごぶんのいちくらい。でも、すばやさだけはあがってるきがするよ」
多分、狼だからだと思うけど。
「でも、ずいぶんと、ハロウィンにふさわしい姿になったわね」
「そ、そうだね。ボクもまさか、こんなことになるとはおもってなかったよ……」
「むしろ、思ってたらすごいわ」
仰る通りです。
でも、母さんはちょっと疑わしい。
なにせ、明らかに尻尾を通せるほどの穴が開いてたんだもん、この服。
未来予知とか持ってるって言われても、普通に信じちゃいそうだよ。
『生徒の皆さん! こんにちは! 今日は、十月三十一日、そう! ハロウィンです! 本来であれば、高校の皆さんが騒いだりするようなイベントではないかもしれませんが、そこはご愛嬌! 例年通りに開催できてうれしく思います! 会場の準備が整いましたので、参加者の皆様は、講堂にお集まりください!』
「お、そろそろ時間みたいだな。じゃあ、俺たちも行くか」
「うん」
「そうね」
「いやあ、楽しみだなぁ」
「そうだねぇ。同人誌のネタになるような人がいればいいな!」
……女委だけ、完全に目的が違う気がした。
何はともあれ、入学して初のハロウィンパーティー、通称ハロパが始まった。
……狙ったんじゃないかと思えるほどの姿で、だけどね。
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