第73話 依桜ちゃんとハロパ4

「あー、こほん。生徒のみんな、ハロウィンパーティーに参加してくれて、ありがとう。見たところ……ふむ、生徒全員と言ったところかな? いや、助かったよ。学園側で用意した料理やお菓子が無駄になる、なんてことがなくて」


 学園長先生、心配するところそこなんですか?

 いや、たしかに、せっかく用意したのに無駄になるのは嫌だけど。


『さて、正直、こういうパーティーで堅苦しいことなんて言ってたら、それだけで生徒から暴動を受けかねないので、挨拶は適当に。さて、ここからは今日のパーティーのルールと、スケジュールだな。ルールは特にないが、無駄な騒ぎは起こさないように。起こしたらまあ……ちょっとタダで一週間ほど、界外に行ってもらうから、そのつもりで』


 学園長先生が、一週間ほど海外に行ってもらう、と言っていたけど、ボクには海外の『海』の字が、『海』、じゃなくて、『界』の方に聞こえた。

 周囲の生徒は、本当に海外に行けると思っているのか、ちょっと騒ぎを起こそうかなと思っているようだ。

 ……今の意図に気づいたのは、おそらくボクだけだと思う。

 というかあの人、自分の学園の生徒を異世界に送ろうとしてない?


『マジか、タダで海外に行けるんだったら、騒ぎ起こそうかな……』

『たしかにねぇ、お金を払わないで行けるなら、嬉しいよね。全然罰にならない気がするんだけど』


 ほら、勘違いしてる人いるし。

 壇上に立っている学園長先生の顔を見ると、にこにこと満面の笑みを浮かべているけど、あれ、どう見ても実験台が欲しい、みたいに思ってそうなんだけど。

 それに、タダでと言ったのは、仮にお金を持っていたとしても、通貨として使えない上に、怪しまれるだけだからね。


 あと、言語も当然通じないと思う。

 ボクの場合は、一応女神様に『言語理解』のスキルを貰った(それしかもらってないけど)から通じるだけであって、異世界に行くだけではもらえないと思う。

 そもそも、言語理解というスキルが、あの世界で手に入るのかどうかする怪しいところもある。

 ボク以外で持っている人とか、見たことなかったし。

 もしかすると、取得条件の一つに、異世界人であることが含まれているのかもしれない。


 もし、向こうの世界で一週間生きられる人がこの学園にいるとすれば……まあ、態徒かな。

 多分、晶も行けるかもしれないし、やり方によっては、未果と女委も可能かも。

 ただ、態徒の場合は騙されそう。


「さて、次にスケジュールだ。この挨拶が終わり次第、すぐにハロウィンパーティーを始める。それから、そうだな……一時間ほど自由行動をしてもらったら、ビンゴ大会を行います。景品は……お楽しみに!」

『おおおおお!』

「まあ、こんなものかな。終了時刻は四時を予定しているが……まあ、自由でいいか。じゃあ、叡董学園、ハロウィンパーティー、開始!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!』


 開幕の言葉と共に、もはやお約束なんじゃないかと思えるほどの歓声が、講堂を埋め尽くした。

 見れば、周囲の人たちは思い思いにパーティーを楽しみだしていた。


「さて、と。俺たちも楽しもう」

「あ、う、うん」


 当然、ボクたちで集まっていますとも。


「それでそれでー、依桜君、ご飯ご飯♪」

「もぉ、そんなにせかさなくてもにげないよー」


 ボクは持ってきたリュックの中から、作ってきた料理を取り出し、近くにあったテーブルに並べていく。


「お、おぉ……前は、ハンバーグとかおにぎりだけだったが……こうしてみると、マジで女子力たけえな」

「ふ、ふつうだよ。それに、またからだちっちゃくなっちゃったから、おにぎりがちいさくなっちゃって」

「いやいや、むしろそれがいいんだよ依桜君!」

「ふぇ?」

「そうね。一口サイズって感じで食べやすそうだし」

「で、でも、ほかのりょうりもそれなりにつくってきたから、のこしちゃうかも……」

「そうなったら、配ればいいんじゃないか? 確実になくなると思うぞ?」

「……そうだね」


 一応、その方法も考えていたわけだし。

 でもなぁ……今の一言で、明らかに周囲の雰囲気が変化した気がするんだよね……。

 もしかしてなんだけどさ、狙ってたり、しないよね……?


「じゃ、じゃあ、たべよっか」

「ええ、そうね」

「やった! ずっと楽しみだったんだよ!」

「だよな! オレ、朝から何も食ってなくてよ、マジ腹減った」

「は、はしゃぎすぎだよ。ふつうのりょうりだよ?」


 まあでも、こうして楽しみにしてくれてるって言うのは、本当に嬉しいよ。

 うん。すごく嬉しい。


「依桜、尻尾がすごい揺れてるんだが?」

「え!?」


 晶に言われて、自分の尻尾を見ると、たしかに、ぶんぶんと大きく左右に揺れていた。

 こ、これって。


「嬉しいんだな」

「あぅ」

「まあ、いいじゃないの。依桜は、あまり素直じゃない部分もあるし? というか、素直な依桜の方が私好きだし」

「ふにゃぁ!?」

「狼なのに、猫なのか?」

「なんという矛盾! でも、それがいい!」


 は、恥ずかしぃぃぃぃ……。

 いきなり好きって言われて、つい猫みたいな声をぉぉ……。

 顔を真っ赤にしながら、ボクはぷるぷる震えていた。



 なんとなしに好きと言ったら、依桜が猫みたいな可愛い声を出した。

 うん。マジ、可愛い。

 え、なにこれ? 本当に、元男なの? というか、ただでさえちっちゃくて可愛いというのに、耳って! 尻尾って!


 も、もふもふしたいっ……さっきしたけど、もう一度もふもふしたいっ……!

 というか、膝の上にのせて、一日中もふもふしたいんだけど!


 しかも、パタパタ尻尾を振って喜びを表現するとか、マジ天使ぃ!

 ああ、本当萌えるわぁ。

 しかも、依桜が猫のような声を出し時、


『ぐほぁっ!』


 男子たちが胸を抑えてKOされてた。

 さすが依桜ね。

 無意識のうちに、男子たちをノックアウトするとは。

 やはり、天使はひと味違うわね!



 か、可愛い! 依桜君が天使過ぎて、悶死しそうだよ!

 なにあれなにあれ!

 尻尾をパタパタ振るとか、本当に犬じゃん! 素直じゃん! 天使じゃん!

 呪いの解呪を失敗させた、依桜君の師匠さん! GJ!


 しかも、猫みたいな声って! ふにゃぁって!

 不意打ちで好きって言われただけで猫になるなんて、どこまで萌えを体現しているんだい依桜君!

 でも、前に晶君が酔っぱらっていた時に、好きって言われた際には猫みたいにならなかったよね?

 これはあれかい? 今の姿が関係しているのかな!?

 だとしたら、マジかわいすぐる!


 あぁ、抱きしめてもふもふしながら、ペロペロしたい! あのうなじとか、耳とか、それはもういろんなところをペロペロしたい!

 ……あ、まずい。下着変えないと。



 ぐああああぁぁぁぁぁぁっ!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!

 なんだあれ!? マジ可愛すぎるんだけど!?

 幼女+ケモノ要素とか、考えたやつ天才すぎる!

 というか、まさか現実で見るとは思わなかったぞオレ!


 つーかさぁ、男の娘な友人が、ガチもんな美少女になるとか、それなんてエロゲ?

 ああ、やばい。マジであの耳と尻尾をもふもふしたいぞ!


 くそぉ、オレも女だったら、堂々と未果や女委たちみたいにもふもふできるのによぉ!

 なぜだ! なぜ、オレに幸せは降りてこないんだよォォォォ!

 ちょっとくらいいいじゃねえか!

 ああ、触りたいっ! 超触りたいぃ!



 真っ赤になってぷるぷる震えてる依桜を見てると……何と言うか、庇護欲が沸くな、これ。

 というか、可愛いな、ほんとに。


 元々可愛いと言われていた男が、女になると違和感がないどころか、ピッタリすぎて怖いな。

 正直、ここまで可愛くなるとは思ってなかったからな。


 小学生の頃から一緒にいたが、あれほどびっくりしたことはなかったぞ。

 ミスターコンテストの時に、彼女にしたいかって質問打があったけな……。

 まあ、依桜だったらいいかもなぁ。

 見ず知らずの相手に告白されるよりも、気心知れた仲だし、安心できる。

 それに……可愛いしな。

 だがまあ、俺がしっかりしてないと、依桜が可哀そうだから、味方してやらないとな。



 なぜだろう。

 晶以外から、ものすごく邪念を感じた気がするんだけど。

 ……気のせい、だと思いたいなぁ。

 なんか、女委の様子がおかしいし……。

 いや、うん。気にしないでおこう。


「まあ、とにかく飯にしようぜ、飯に!」

「そ、そうだね」


 いつまでも恥ずかしがってたら、食べるのが遅くなっちゃうもんね!

 そうやって、恥ずかしがっている自分を奮い立たせて、お昼を準備。

 このままみんなでわいわい食べてもいいけど、ここはちゃんと小皿に分けよう。


「へぇ、お皿も持ってきてたのね」

「うん。あったほうがいいかなって」

「ほんと、気が利くな、依桜は」

「えへへ」


 褒められて悪い気がしない。

 うん、尻尾がまたボクの意思とは関係なくぶんぶんと揺れてるけど。

 なんとなくだけど、耳もぴょこぴょこと動いてる気がする。

 多分動いてるね、これ。


『お、おい、あの娘の仮装、完成度バカ高いんだけど!』

『なんだあれ!? 尻尾と耳が動いてるぞ!』

『どうやって動かしてるんだ、あれ』

『そんなことはどうでもいいが、もふもふしたい!』

『いやぁん! あの娘超可愛いっ!』

『嬉しそうにはにかみながら尻尾振って……ああ、もふもふしたいなぁ!』

『その気持ちはわかるけど、あんたよだれ出てるよ!』


 やっぱり、目立つよね……この耳と尻尾は。

 いや、うん。わかってたよ。

 わかってたんだけど……なんでみんな、もふもふしたがるの!?

 ボク、ペットでもなんでもないんだけど!


 ……なんて、心中でツッコミを入れても意味がないのはわかってるし、仮に言ったところで何かが変わるわけでもなさそうだけどね。

 ここは、気にしないに限ります。

 というわけで、周囲を気にせずに料理を小分けして、みんなに配る。


「じゃあ、たべよっか」

「「「「いただきます!」」」」

「うん、めしあがれ」


 そう言うと、みんなはボクが作った料理を食べ始めた。


「うまっ、うまぁ! この唐揚げ、無限に食える気がするぞ!」

「ほんと、この卵焼き、ふんわりしてて美味しい」

「炊き込みご飯のおにぎりも美味いな」

「美味しいねぇ。このアップルパイとか、いい感じのサクサク感だし」


 みんな美味しそうに食べてくれるので、作った甲斐があったと思えるね。

 自分が作った料理を、美味しそうに食べてくれるって、やっぱりいいなぁ……。

 なんというか、胸があったかくなるよ。

 そんな嬉しい光景を見ながら、みんなはどんどん食べ進めて、



「「「「もう無理……」」」」


 みんな仲良くダウンした。


「ご、ごめんね。やっぱりつくりすぎちゃったみたいで……」

「い、いいのよ……い、依桜の手料理が、た、食べられたから……うっ」

「そ、そうだ、ぞ、依桜……。お、俺たちが、好きで食べた、んだから、謝ることはない、ぞ……うっ」

「だ、だな……い、依桜の手料理、を、食べて死ぬ、なら、ほん、もう……うっ」

「にゃ、にゃはは……もう、むりぃ……うっ」


 全員もれなく、『うっ』状態。

 これ、あれだよね。食べ過ぎて吐きそう、って言う状態。

 ……し、失敗したぁ。


 テーブルの上を見ると、サンドイッチとおにぎり、唐揚げに卵焼きが残ってしまった。

 アップルパイとチョコパイは、さすが女の子と言うべきか、未果と女委が全部平らげてしまった。

 あれ、十人前以上あった気がするんだけど……。

 それに、おにぎりとサンドイッチをそれぞれ六個くらい食べて、唐揚げと卵焼きも十個以上食べてたような……?

 やっぱり、デザートは別腹?


「うーん、残ったのは配ろうかな……?」


 ぽそりと呟いた瞬間、ズオッ! という効果音が付きそうなほどに、殺気が講堂内に発生した。

 ……この時点で、嫌な予感がしないでもないけど……


「あ、あのー! の、のこりものでよかったら、ボクのつくったりょうりたべませんかー!」


 と言った瞬間、ドドドドドドドドドッ! と足音が講堂に響き渡り、床は揺れ、一斉に会場内の生徒が駆け寄ってきた!

 あ、なんか既視感デジャヴ……。


『お、俺にくれ!』

『俺にも!』

『あ、オイテメェ! 割り込んでんじゃねえぞ!』

『うるせぇ! あのケモロリっ娘の料理は俺のもんだ!』

『なにおぅ!? 独占しようとしてんじゃねえ!』

『何としても、あの娘の料理は手に入れますっ!』

『ええ、結託しましょう!』

『あんなに愛らしい娘の料理を、豚どもにはあげられません! なんとしても、私たちが手に入れるのですっ!』


 う、うわぁ、本当にあの時と同じぃ……。


 一人が料理に手を伸ばそうとすると、脚を掴まれて転倒させられ、さらに別の人が料理を手に入れようとすると、また別の人がその人を襲う。それの繰り返し。

 なんというか……地獄絵図?

 ボクの料理を巡って、わけのわからない争いが勃発しちゃってるんだけど。

 どうすればいいの、これ?


 もう、ね。男子たちは、殴り合いに発展しちゃってるし、女の子たちの方は、なぜか結託して男子たちを倒しに行っちゃってるし……。

 というかこれ、前回より酷いよね。


 こ、こんなことのために作ったわけじゃないのに……な、なんて醜いんだろう。

 別段、材料が高級なものって言うわけでもないし、プロが作ったみたいにすごくおいしい、ってわけじゃないのに、なんでこんなことになるんだろう……?

 って、こんなことをしてる場合じゃなくて!

 い、急いで止めないと!


「あ、あの……や、やめてくださいっ!」


 ボクの声は、不思議なことに争いで騒がしかった講堂内に響き渡った。

 ……今まで出したことのないほどの声量がでた。

『スキル:発声』を習得しました。

 ……原因はまさかのスキルでした。


 あ、あれ? スキル習得の通知とか、こっちの世界で出たことあったっけ?

 考えてみれば、投擲とか、見たことなかったような気がするんだけど……なんで突然。

 って、今は考えるのは後!


「え、えっと、け、けんかするひとたちには、あげませんっ!」


 すると、ボクの声が届いたのか、殴り合いや、争いをしていた人たちはみんな大人しくなり、その行為をやめてくれた。


「みんななかよく、ですよ?」

 首をこてんと傾け、微笑みながら言うと、


『『『ぐはぁっ!』』』


 会場にいた人全員、胸を抑え、悶絶しだした。

 な、なんで?


「あ、あの――」


 と、ボクが声をかけようとした瞬間、


「そうそう! そうだよ、ケモロリっ娘ちゃん!」


 一人、かなりハイテンションで声を発した人がいた。

 声が発せられた方に目線を向ければ、そこには楽しそうな顔の学園長先生が!

 って、ケモロリっ娘って言われたんだけど。

 ま、間違いじゃないけど……。


「こんな楽しいパーティーで取り合いなんて無粋なことは、当然ご法度! でも、みんなはそこのケモロリっ娘の料理が食べたい。そこで、私は考えました。それなら、ビンゴ大会の景品にしてしまえばいいとッ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 講堂が揺れた。

 ボクの料理を欲しがっていた人たちの雄叫びにより、講堂が揺れた。

 いや、なんで景品にするの!?

 一般生徒の料理を景品にするって、頭がおかしいんじゃないだろうか、あの学園長は。

 ……そもそも、異世界転移装置を作ってる時点でおかしいけど!


「ケモロリっ娘の料理が食べたいかー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

「あの、可愛いらしい手で、一生懸命作った料理が食べたいかー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

「よろしい! ならばビンゴ大会だ! さあさあ、どんどん盛り上がって行くぞー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』


 いやもう、生徒のみんなが同じことしか言わなくなってますけど!?

 どれだけ食べたいの!? 

 内心混乱しかしていないボクのことはつゆ知らず、嫌な予感バリバリのビンゴ大会が始まる。

 ……無事に終わってほしいです!

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