第161話 依桜ちゃんと冬〇ミ3

「……え、や、やおい、これ、着るの……?」


 コスプレ登録証の『ちぇんじ』を購入し、更衣室の中へ。

 大きいカバンから、女委が一生を取り出し、ボクたちにそれぞれ手渡してきた。

 そして、女委に手渡された衣装を見て、ボクは困惑していた。


「もちのろんよ! たまたま、桜ちゃんと同じような性格のゲームキャラがいてね! そのキャラの着せ替えにあったメイド服を用意しました!」

「え、で、でもこれ、その……は、恥ずかしい、んだけど……」

「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから!」

「……桜、諦めなさい。やおいは、体育祭の時点ですでに企んでいたから」

「ええ!? そんなに前!?」


 ということは、最初からこの衣装を着せる気満々だったってこと!?

 少しでも申し訳ないと思った自分が馬鹿だよ。


「でも、桜ちゃん手伝ってくれるって言ってたよね?」

「そ、そうだけど……」

「諦めなさい、桜。正直、私もちょっと困惑してるから」

「……うぅ、ほんっとうに、やおいはこういうところあるよね……」


 ここまでくると、本当に呆れしか出てこない。

 と言うか、なんでこんな衣装を……。

 た、確かにちょっと可愛いけど……。


「そ、それに、こういうのは似合わないよ……」

「大丈夫大丈夫! じゃあ、ちゃっちゃと着替えちゃお! 髪型もセットしないといけないんだから!」

「え、ちょっ、や、やおい、どこ触ってっ……きゃあああああああああああああ!」


 結局、やおいにされるがまま、ボクは強制的に着替えさせられました。



「あぅぅ……は、恥ずかしいよぉ……」


 着替え終わり、やおいに髪型のセットを施された。

 最初は化粧もする、って言っていたんだけど、


「これ、桜なら化粧いらないんじゃないかしら? そもそも、必要ないくらいに綺麗だし」

「だねぇ。じゃあ、リップだけでもしておこっか」


 化粧はせず、リップだけとなった。

 ……ボク、化粧とかはよくわからないから、ちょっとほっとした。


「それにしても……似合うわね。さっき、桜が着ている服の元ネタ見たんだけど、そっくりよ。むしろ、そっくりすぎて、二度見したわ」

「そ、そんなに?」

「うんうん! 桜ちゃんが着ているのは、まあ、期間限定で販売されていた着せ替え衣装なんだけどね、わたしがそのキャラ推しだったから、何の躊躇いもなく買ってね。それを見て、『桜ちゃんが着るならこれだ!』って思ったらから、田中さんと合同で作りました」

「……本気すぎるよぉ……」


 自分の好きなことには全力投球なやおい。

 怒りなんてもうなくて、あるのは諦めだ。

 ここまで趣味に全力投球できるのは、素直にすごいと思えるんだけど、それがボクも巻き込んでのことだから、本当に困る……。



「うんうん、髪型もバッチリ!」

「そうね、これって、お団子、でいいのかしら? と言っても、基本、髪は全部下ろしてるけど」

「そうだね。小さめのお団子三つ編みでぐるっと囲ってるだけだからね。それ以外は全部普通に下ろしてるし。桜ちゃんの髪、サラサラでやりやすかったよ~」


 ボクの髪型も変更が加えられました。

 頭の一ヶ所に、半分くらいのお団子を作って、そこを三つ編みで囲う、みたいな髪型。これって、名前とかあるのかな? 髪型の名称に関してはよくわからなくて……。


「桜ちゃん、すっごく可愛いよ~」

「あ、ありがとう……二人も似合ってるよ」

「ふっふっふー。わたしの選択にミスはないのだよ! 椎名ちゃんも、その服大丈夫?」

「ええ、特に問題はないわよ。……ただ、ちょっと、お腹が寒いかしら?」

「んーまあ、それもモデルキャラがいるしねー。諦めて」

「まあいいけど。さて、私たちも戻りましょうか。二人が待ってるし」



 依桜……もとい、桜たちが着替えに行ってから、約四十分。


「しっかしよー、桜は大丈夫なのかねぇ?」

「さあな。少なくとも、大丈夫じゃないだろう。変な衣装を着させられてなきゃいいんだがな」

「まあ、それはそれで眼福って奴だなー」


 こんな風に、俺とクマ吉は適当に喋っていた。

 なんとなく、会場内を見回していると、俺たちと同じように、喋っている人や、準備をしている人、チラシを配っている人などが見受けられた。


 コ〇ケなんて、参加したことなかったが、なかなかにすごいんだな。

 今は真冬と言ってもいいくらいに冷え込んできている。

 にもかかわらず、外には人が大勢いるし、中も活気に満ちている。

 すごいものだ。


「てか、やおいが偽壁サークルだとは思わなかったぞ、オレ」

「そう言えば、それってすごいのか?」


 女委が言っていた、偽壁サークル、という単語が気になっていたことを思いだし、態徒に尋ねる。


「そりゃすげえよ。壁、もしくは偽壁にいるのは、大手と呼ばれていたりするサークルでな。簡単に言っちまえば、売れてるサークルって感じだな。ゲーム企業で例えるなら、幻天堂とか、レベルスリーとかだな」

「なるほど、そういうことか。つまり、やおいはかなり売れている同人作家ってことか?」

「そうだな。しかもあいつ、二種類本作ってやがったし」

「すごいのかわからないな」

「オレも詳しくは知らんが、少なくとも、この厚さの、同人誌を二冊一人で全部書くのって、相当やばいと思うぞ」


 そう言って同人誌に視線を向ける態徒。

 俺も同人誌を見る。


 たしかに厚いような気がする。

 通常のマンガの単行本よりは薄いが、それでも、四分の一くらいある気がする。それを学生の身でありながら二冊分と考えると、意外と化け物なのかもしれない。

 描き始めたのは、十一月とも言っていたな、そう言えば。


「てか、早く戻ってこねーかなー」

「そう言うな。着替えに手間取っているだけだと思うぞ」


 と、ぐでっと机に突っ伏しだした態徒にそう言っている時のこと。


『おおおおおお……』


 なにやら、会場の一部が騒がしくなった。

 なんとなく、視線をそっちに向ける。

 態徒も、それが気になったのか、机から顔を上げて、騒ぎの方へと視線を向けていた。


『や、やべえ、何だあの娘……可愛すぎて、マジ尊い……』

『ケモっ娘メイドっ、だとっ……? な、なんて完璧なコスプレ!』

『ま、まるであらゆる萌え要素を体現したかのような存在……す、素晴らしぃ』

『あの銀髪って、染めてる……わけないよね。なんか、すごく自然だし……』

『それに、碧眼だよ、あの娘。可愛すぎて、脳死しそう……』


 ……ケモっ娘メイドに、銀髪。そして、碧眼。

 ……桜か?


『つーか、他の二人のレベルもめっちゃ高くね!? って、あれ。よく見たら、やおいさんじゃね?』

『マジだ! さっすが、黙っていれば美少女作家と呼ばれるやおいさん! マジパネェ!』


 ああ、間違いないな。これは、桜たちだ。

 ……一体、どんな服を着たんだ。


「やーやー、お待たせお待たせ!」

「ちょっと遅れたわ。問題は何もなかった?」

「ご、ごめんね、二人とも。待ったかな?」


 と、あの騒ぎの方向から、桜たちがこっちに来て、口々にそう言ってくる。

 そして、俺と態徒は固まった。


「「か、可愛いな」」


 結局、最初に言った言葉はこれだった。


 事前に、桜がメイド服を着ることは知っていたので問題なかった。


 だが、今桜が着ている服は何と言うか……ああ、コスプレだなとわかるような服装だった。


 服装的には、メイド服だな。言っていた通り。

 水色と白の二色を基調としたデザインで、フリルも多くあしらってある。腰の辺りに、大きいリボンが付いているな。見た感じ、可愛い系の服装なので、桜にはぴったりと言える。

 他にも、白のニーハイソックスを穿いている。よく見ると、ガーターベルトだった。


 ここまで見れば、ごく普通のメイド服だと思うことだろう。


 だが、だがしかし、全然普通とは言えないようなものだった。


 まず、通常とは違って、胸から上が全部露出してる。

 そのため、桜のかなりのサイズの胸が丸見え状態というわけで、だな。正直……目のやり場に困る。


 それに、この寒い冬の時期だというのに、袖すらないというな。いや、袖に似たものは着けているようだが……たしかあれは、デタッチド・スリーブというものだったか? 着脱可能な袖だったはず。

 それぞれ、二の腕と手首辺りに付いているな。

 桜が着ているメイド服は、明らかにスカートが短い。膝よりも上だ。


 大丈夫なのか、あれ。


 まあ、それはそれとして、椎名とやおいだな。


 椎名は、肩と腹部を少し露出した感じの巫女服だ。

 巫女服と言うだけあって、赤と白がメインの様だ。

 実際、椎名は和装が似合うからな。ものすごく似合っている。

 ほかにも、大きなリボンが後頭部付いているところを見ると、何かのキャラクターだろうか?


 そして、やおいは、黒のタンクトップにホットパンツ。黒のニーハイソックスにふくらはぎの中ほどまであるブーツ。

 深緑色のジャンパーを腕だけ通している。あの着方って、名前とかあるのだろうか?

 他にも、アクセサリーとして、大きい眼鏡と、ヘッドホンを首に着けている。


 これはあれだな。某怪盗ゲームに登場する、ナビゲーター的存在のあのヒロインのコスプレだろう。

 似合っていると言うのが何とも……。


「三人とも、普通に似合ってるぞ」

「おう! めっちゃ可愛いぜ! 桜とか、耳と尻尾がいい感じにマッチしてて、特にいいぞ!」

「あ、あはは……個人的には、かなり恥ずかしいんだけどね、これ……」


 何やら遠い目をしている桜。

 みれば、尻尾と耳が垂れ下がっている。何かあったのか?


「にしても、始まる前だというのに、うちの注目度すごいねぇ」

「……何言ってるのよ。わかり切ってたんでしょ? 桜をコスプレさせて、売り子にさせようとしている時点で」

「まあねー。本当は、翔君とクマ吉君にも用意しようと思ったんだけど、間に合わなかったからねぇ。ごめんね?」

「いやいやいや! 全然大丈夫だって! オレ、コスプレとかしたくねえから!」

「俺もだ。……体育祭のあれで、すでに懲り懲りだよ」


 まさか、王子衣装を着ての応援になるとは、これっぽっちも思ってなかったからな……本当に酷かった。

 あの後、さらにラブレターが増えていて、本当に大変でな……。


「そっかぁ、残念。まあいいや、それじゃあ、最後にそれぞれの分担確認だね。まず、桜ちゃんと椎名ちゃんの二人は、売り子をお願いします」

「えっと、売り子って何かな?」

「簡単に言えば、レジです。本を頒布すればOKです。一応、一部五百円の販売だから、計算もしやすいから安心してね」

「わかった」

「了解よ」

「それで、翔君とクマ吉君は、参加者の整理をお願いしたいんだ。正直、さっきのちょっとした騒ぎを見ていればわかると思うけど、確実に行列ができると思うから」

「おうよ!」

「わかった。ということはあれか、桜と椎名の二人が売り子ということは、二列にしたほうがいいということか?」

「そうだねー。あと、隣のサークルの邪魔にならないよう、上手くカーブさせたりするのも頑張ってね」

「ああ、了解だ」

「うんうん。それじゃあ、今日はがんばろー!」

「「「「おー」」」」

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