第162話 依桜ちゃんと冬〇ミ4
と、意気込んでみたものの……
『一冊ください!』
『こっちは、布教用に三冊!』
『なら、こっちは五冊買うぞ!』
『なにおー!? ならば、さらに倍ブッシュ! 十五冊買うぞ!』
「え、えとえと、そ、そんなに買ったら、他の人のがなくなっちゃいますよぉ!」
開幕と同時に、大忙しになっていた。
もともと、やおいのサークル(一人)は、かなりの人気を誇っていたらしく、開幕と同時に、我先にとお客さん……じゃなかった。参加者の人たちが押し寄せてきた。
やおいが言うには、壁、偽壁サークルの宿命だそうで。
いや、よくわからないんだけど!
「ありがとうございました! 次の方! ……はい、二冊ですね。千円になります。……千円ちょうどですね。ありがとうございました! 次の方!」
と、横を見れば、椎名は笑顔を絶やさず、淡々と接客をこなしていた。
す、すごい……。
ボクも頑張らないと……!
心の中でそう意気込んでいると、
『め、メイドさんっ、握手してください!』
「ふぇ!?」
参加者の一人が、唐突に握手を求めて。
な、なんか、似たようなことを聞いたことがあるんだけど。学園祭の時に。
「え、えっと、ぼ、ボクなんかと握手をしても、なんの得もない気がするんですけど……」
『ぼ、ボクっ娘、だとっ……?』
あ、あれ? ボク、変なこと言った……?
さすがに、この状況には困ってしまい、きょろきょろしてしまう。
すると、ちょいちょいとやおいがボクの肩をとんとんしてきた。
「桜ちゃん、握手してあげて」
「え、でも、嬉しいのものなの……? ボクだよ?」
「当然! むしろ、桜ちゃんだからこそ、嬉しいんだよ!」
「ちょ、ちょっと何言ってるかわからないけど……うん、わかった」
こ、これもせっかく来てくださった参加者のため……。
「わかりました。えっと、利き手はどちらですか?」
『み、右手です!』
「わかりました。えっと、やおいの本を買っていただき、ありがとうございます」
と、最大限の感謝を込めた笑顔を浮かべながら、参加者の人と握手をする。
『ぐはっ……』
すると、目の前の参加者の人が、胸を抑えだした。
ど、どうしたんだろう……?
ま、まさか、手に力を入れすぎた、とか?
『あ、ありがとうございます! 俺、一生ては洗いません!』
「洗って下さいよ!? ぼ、ボクなんかと握手しただけで、そこまでやられたら、心配になっちゃいますよぉ!」
『め、女神だっ、女神がいるッ……! 俺、ここのサークル宣伝してきます!』
「あ、あの! い、行っちゃった……」
本、置いて行っちゃったんだけど、今の人……。
少し時間が経過し、未だにてんてこ舞いの謎穴やおいのサークル(サークル名:エロ二バース)。
傍から見てもわかるほどの、大行列っぷりは、否が応でも目を引くものとなっている。
『お、おい、あそこのサークルってたしか、謎穴やおいのサークルだよな?』
『ああ、美少女同人作家として、名を馳せている謎穴やおいだな。あそこは、いつも行列ができてるだろ?』
『いや、そうだけどよ、夏〇ミの時とか、ここまでじゃなかった気がするんだが。というか、去年とかも』
『考えてみればそうだな……。あ、そういやさっき、銀髪碧眼のケモっ娘メイドと握手した! って、宣伝している同志がいたような……?』
『なぬっ!? それが確かなら、俺たちも並ばねば!』
と、こんな感じに、先ほど握手をした参加者が宣伝して回っていたことにより、さらなる参加者を確保。
これのおかげで、どんどん人が集まる。
今しがた、並び始めた男性参加者二人は、遠目から売り子の姿を見ることができた。
『な、なあ、売り子の二人、見たか?』
『ああ、見た見た。メイドさんと巫女さんがいたな』
『……巫女さんも可愛いけどよ、メイドさんの方、やばくね?』
『……ああ、この生涯で最も可愛いと思えた。つか、可愛すぎて、動悸がやべぇ』
『しかも見ろよ、握手もしてもらえるみたいだぞ』
『マジか。これは、並んだ甲斐があったぜ』
あの後、依桜改め、桜が握手をしだすと、今度は椎名にもそれが飛び火。
サークル代表である、やおいの指示により、椎名も握手を受け付けだす。
どちらも、美少女であるため、当然のように握手を求め、参加者が集まってくる。
というか、明らかにそれ目当ての参加者が多いのは、いいことなのか、悪いことなのか、よくわからないところである。
今日、やおいが売り出しているのは二つ。
男性向け創作ということで、男女の恋愛を描いたごく普通の恋愛ものと、同性愛を題材とした作品の二種。
前者は、文面の通りなのだが、後者はやや特殊だ。
ここで思い出していただきたいのは、やおいがバイであることだ。
そして、腐女子であること。
つまり、やおいが書く同性愛の同人誌は……まさかの、BLとGLが二種類セットになったものだ。
ちなみに、この描き方は、やおいの芸風であり、コ〇ケ恒例のネタらしい。
男性向けエリアで、堂々と女性向けの作品を忍ばせておく辺り、やはり頭がおかしい。
だが、面白いことにこの芸はなぜか高く評価されている。
と言うのも、やおい自身の技量がとんでもないからである。
実際、プロと見違えるほどに絵は上手く、心理描写も丁寧。さらには、コマ割りも素晴らしいなど、才能のお化けのような存在なのだ。
と言うか、やおいは色々と才能がイカれている部分が多い。
漫画を描く才能、ハッキングの才能、さらには飲食店(メイド喫茶)の経営までこなせるという、どこの二次元キャラだよ、とツッコミを入れたくなるほどの、才能お化けだ。
変態と天才は紙一重なのかもしれない。
話を戻し、現在の状況。
先ほど言った通り、やおいが売り出している作品のうち、同性愛が題材の方は男性向け、女性向け共に入っているとあって、当然のように女性参加者もいる。
中には、もう一方の同人誌を買い求める参加者もいたが。
そして、やはりというかなんというか……桜の人気っぷりはここでも健在だった。いや、むしろここだからこそ、さらに酷くなったと言えるかもしれない。
同性にすらモテる桜は、オタクたちの心を見事に打ち抜いた(無自覚・無意識)。
例えば、
『握手お願いします!』
「いいですよ。お買い上げ、ありがとうございました(にこ)」
と、女神の笑顔を受けた男性参加者は、
『おぅふ!』
こんな風に、桜の女神スマイルを受け、大変幸福そうな表情をしながら去っていくのだ。
そして、もう一つ。
桜がある意味一番見られている場面と言うのが……
「よい、しょ……」
前かがみになって、同人誌を取り出し、机に並べている時だ。
現在の桜の服装と言えば、上半身……特に、胸元が丸見えである。いや、胸元どころか、胸から上、すなわち上乳から上が見えちゃっているので。
つまり、前かがみになるたびに強調される真っ白で柔らかそうな大きな胸に、男性参加者の目は釘付け、というわけだ。
桜は基本的に視線には敏感な方だが、さすがに初めてのコ〇ケ参加ということで、内心かなり緊張している。
そのせいで、いつもの感覚が鈍っており、あまり気付いていない、というわけだ。
そもそも、元男であると言うのも、間違いなく一因であろう。
恐ろしいものである。
桜本人は、自分の魅力に全く気が付いていないために、男性にとっては非っ常に眼福な存在になってしまっているのである。
前かがみになりつつ、せっせと在庫を並べている姿を見て(主に胸)、なぜか前かがみにになる男性も続出。桜にとっては、よくわからない光景だろう。
ちなみに、前かがみになっている人を見て、桜は、
(どうしたんだろう? お腹痛いのかな? ……まさか、無理してまで買おうと……? いい人が多いなぁ)
と言う風に思っている。
本当に、女神である。
性知識がないが故の、天然。
むしろ、ここですごいと思えるのは、元男でありながら、前かがみになる理由がわからないということだろう。
高校一年生になるまでの間で、必ずと言ってもいいであろう程に触れるはずの、性知識が欠如。奇跡過ぎて、逆に怖い。
女子より純粋な男子と言うことをおかしいと思ってしまうのはなぜだろうか、と翔は以前思った。
ところで、そんな翔とクマ吉は何をしているのかと言えば……
「そちらは、隣のサークルですので、こちらに並んでください!」
「あ、こらそこ! 割り込みしないで! は? 今すぐ買わないとなくなる? んなもん、ここに並んでる人、みんな思ってるわ!」
「すみませーん! 二列でお願いします! なるべく、他のサークルに被らないでください!」
「おらおらー! ちゃんとルール守らないと、オレたちんとこのボスが、ルールを守らない奴をモデルにしたBL同人描いちまうぞー!」
こんな風に、参加者の整理を行っていた。
落差がとんでもないことになっているのは、気にしないでもらいたい。
翔は普通に整理をしているが、クマ吉の方は、明らかに酷いものだ。
特に、脅迫まがいのことを言っている時は、酷い。
まあ、逆にそれのおかげで列がちゃんと整ったのだが。
というか、この大行列の原因は、明らかに桜が握手をしたことである。
最初に握手をした人がSNSやら、口頭やらで宣伝したせいで、銀髪碧眼ケモっ娘メイドの姿を一目見ようと来る参加者が続出。
中には、純粋なやおいのファンもいたのだが、これではアイドルの握手会のような状態だ。
もっとも、やおい自身は上手く頒布できてるからいいや、と思っているが。
まあ、よく知らないで買っても、大体の人は気に入るのだが。
こんな感じで、せっせせっせと頒布、握手会をしていき……
「ありがとうございましたー!」
無事、完売となった。
「はあぁぁ~~~~つ、疲れたよぉ……」
「同じく……もうへとへとよ……」
「俺もだ。……さすがに、ぶっ通しで整理はきつい」
「マジでそれな。……途中、割り込みやら、列を守らないやら、そんな奴らが現れて、マジでしんどかったぜ」
お昼になる頃には、ボクたちは全員へばっていた。
会場からわずか二時間で本が完売。
いつもより多めに、千五百冊ほど刷っていたらしいのだけど、あまりにも参加者の人たちが多く来たため、午前中で完売。
予定では、お昼に完売する予定だったそうだけど、思いの外広まってしまったらしく、朝で終了となった。
当然、二時間も忙しなく動き回っていたこともあって、肉体的、精神的に疲れてしまっていた。
ボクも、久々に体が疲れたよ……。もっとも、向こうの世界ほどじゃないけど。
「みんな、お疲れさま~。はいこれ。事前に買っておいたご飯だよー」
ボクたちがへばっているところに、いつも通りのやおいが来て、それぞれにご飯が入った袋を手渡してきた。
中身を見ると、コンビニのおにぎりや、サンドイッチなどが入っていた。
「なんか、悪いわね、色々とおごってもらっちゃったりして」
「いやいや、これくらいは当然だよ。わたしの私情を手伝ってもらっているわけだしね。しかも、桜ちゃんと椎名ちゃんには、かなり無理させちゃったし」
「ま、まさか、握手会みたいになるとは思わなかったよぉ」
「そうね……。私も、さすがに疲れたわ。……たまに、手がベタベタしている人もいたのがちょっとあれだったけど」
「あ、あははは……」
たしかにそう言う人もいたけど……汗っかきなだけで、仕方ないことなんじゃないかなぁ。
体質には文句言えないよ。
「しっかしよー、オレたち、午前中に終わったろ? これからどうするよ?」
「そうだねぇ。まあ、各々自由に、って感じかなー。まあ、最低一人はここにいないといけないけど」
「それもそうだな。ここには、売上とかもあるし。……それなら、俺が見張りをしよう」
「いいの、翔君?」
「ああ。どの道、俺はアニメやマンガはそこまで詳しくないしな。……まあ、本音を言うと、疲れただけだが」
そう言う翔は、かなり疲れた様子だった。
冬だというのに、汗だく。
見れば、態徒も同じような状態だった。
まあ、あれだけの行列を捌いていたわけだしね……当然と言えば、当然か。
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて……ご飯を食べたら、色々なとこ行こっか! 個人的には、コスプレエリアとかも行きたいし、あとは、商業ブースとかね」
「それなら、はぐれるとあれだし、四人で行きましょうか」
「そうだね」
と、翔を含めないいつものメンバーで行こうと思ったら、
「あー、悪いけど、オレもパス」
「およよ? 珍しいね、クマ吉君が行かないなんて」
「いやぁ、オレもすっげえ疲れちまってな―。それに、男一人に美少女三人の光景とか、マジで嫉妬の対象だからな。ただでさえ疲れてんのに、余計な疲労が来てみろ。オレ、死ぬぜ? 主に頭皮が」
「そっか。まあ、それもそうだね! じゃあ、レイヤーさんの写真は撮ってきてあげるよ!」
「お、マジか。それは助かるぜ!」
「それなら、行くのは、私と桜、あとやおいの三人でいいのね?」
「ボクは大丈夫だよ」
「もちろん、わたしもさ!」
と言う感じで、女の子三人での行動となりました。
……あれ、ボクって女の子換算でいいのだろうか?
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