第163話 依桜ちゃんと冬〇ミ5
やおいに連れられて、ボクたちは商業ブースにやって来た。
商業ブースと言うのがよくわからなかったので、やおいに尋ねた。
簡単に言ってしまえば、ゲーム会社や、アニメ会社、他にも出版社や放送局なども来るそうで、こちらで参加する人たちのことを、企業参加者と言うらしい。
と言っても、ボク自身は大抵よくわからないんだけどね。
「お、奇跡的に前の席が空いてる」
声優さんのイベントが開かれるスペースに来ると、やおいが言うように、前の席が空いていた。
運がいいということらしい。
……あれ、もしかしてボクの幸運値が関わってたりする?
……まさかね。
とりあえず、三人で空いていた席に座る。
このイベントは、整理券などはないようで、本当に早い者勝ちなんだそう。一応、立ち見でもOKらしいけど。
「むー……」
「どうしたの、桜ちゃん?」
「えっと、なんだか視線を感じるなーって」
「あー、まあ、桜はその格好だからね。普通に考えて目立つでしょ」
「だ、だよね……」
特に、胸の辺りに視線が集中しているような……?
やっぱり、大きいと気持ち悪いのかな……?
「まあ、大丈夫だよ。少なくとも、マイナスな感情とかじゃないから」
「ほんとに?」
「うん。そもそも、桜ちゃんを嫌うような人なんて、そうそういないよー。ね、椎名ちゃん?」
「そうね。というか、欠点らしい欠点がない上に、容姿も整ってるから、嫌う人はいないと思うわよ。いるとすれば……死ッと丸出しの女くらいじゃないかしら?」
「欠点ないはないよぉ。ボク、お化けとか苦手だし……すぐ怖がっちゃうし……。それに、欠点がない人って、そう言うのも平気な人のことを言うんじゃないの?」
「あー、そういう意味じゃないんだけどねぇ。まあ、桜ちゃんだからね。そこがいいとこでもあるんだけど」
「??」
最近、みんなが何を言っているのか理解できないことがあるんだけど……どういう意味なんだろう?
『ご来場の皆様、お待たせしました! これより、宮崎美羽の単独イベントを開始します!』
『おおおおおおおお!』
…………うん? 宮崎、美羽?
あ、あれ? なんか、どこかで聞いたような名前なんだけど……。
ま、まさか、ね?
『それでは、宮崎さん、どうぞ!』
司会の人がそう言った瞬間、舞台袖からどこかで見た……と言うか、九月に一度会ったことがある、あの時の女優さんが登場した。
え、せ、声優? 俳優じゃなくて?
「みなさーん、こんみうー!」
『こんみうー!』
今の、独自の挨拶?
せ、声優さんってこう言うことするの?
あ、あれ? なんか、初めて会った時と、全然違うような気がするんだけど……。
「では、改めまして、アニメ『エンドレス・ウィンター』のメインヒロイン、雪宮雪役の宮崎美羽です! 今日はよろしくお願いします!」
『わあああああああああ!』
や、やっぱり、美羽さんだ。
え、美羽さんって、声優さんだったの……?
でもたしか、ドラマの方でメインヒロインをやっていたような気がするんだけど……。
「みなさん、元気ですね。私も嬉しいです。冬ですからね、インフルエンザや風邪などに負けないくらいのその元気があれば、きっと大丈夫ですよね!」
て、テンションが高い。
あの時は、普通の人って感じだったんだけど……やっぱりこれ、演技してる、のかな?
『というわけで、早速イベントの方を進めていきたいと思います。まずは、質問コーナーから! 今回のイベントに際しまして、事前にSNSで質問を募っております。今回は、そこからいくつかピックアップして、宮崎さんに尋ねたいと思います。準備はよろしいでしょうか?』
「はい! いつでもどうぞ!」
『わかりました。では、まず最初の質問です――』
と、質問コーナーが始まり、過去に演じた役で一番印象に残ったキャラクターは誰、とか、逆に演じ難かったキャラクターは誰か、とか、そう言った仕事面の質問が多かったけど、中には、好みの人とか、彼氏はいるのか、と言った色恋に関わる質問もあった。
やっぱり、人気があると、そう言う質問もあるのかな?
すごいなーと感心しながら、ぼけーっとイベントを眺めていると、
『それでは、続いての質問です。おや、次も色恋に関する質問ですね。これを選んだ人は、どんだけ売れっ子声優の色恋沙汰を知りたいんでしょうかね? まあ、いいです、えーっと、『好きな人はいますか? もしくは、気になる人』だそうです。好みに近そうですね。それで、どうでしょうか』
「え、えっと……ひ、一人、気になっている人が、います」
と、美羽さんが顔を赤くしながらそう言った瞬間、会場がざわつきだした。
耳をすませば、『一体どんな男が?』とか、『美羽たんの心を射止めた強者はどこのどいつだ?』とかなんとか。
こう言うのって、割とスキャンダルになりかねないような気はするんだけど……大丈夫なのかな、美羽さん。
なんて、他人事のように考えていたら、とんでもないセリフが美羽さんの口から飛び出した。
『え、えーっと、その方はどういった方でしょうか?』
「そ、その……九月ごろに一度だけお会いしたんですけど、危ないところを助けていただきまして……。まあ、その、気にはなってますね」
……く、九月? 危ないところを助けた……?
な、なんだか、身に覚えのある話だなぁ……。
ま、まあ、きっとボクと同じようなことをした人だと――
『なるほど。して、その方は……?』
「名前は教えてもらったのですけど、それ以外はよく知らなくて……。綺麗な銀髪で、翡翠色の瞳をした人で」
その瞬間、椎名とやおいがバッとこっちを振り返って来た。
ちなみに、明らかに特徴が被りすぎているボクは……ガタッ、と音を立てて少しこけた。
「あと、年下って言うことしか。……あ、丁度、最前列にいるあのメイドさ、ん……?」
その音に気付き、美羽さんがこっちを見てきて、表情が固まった。
見れば、驚愕の表情で固まっている。
……だらだらと汗が流れる。
「い、い……依桜ちゃん!?」
大声で名前を呼ばれたことで、ボクは天を仰いだ。
「い、依桜ちゃん、ですよね?」
「……ち、違います、よ? ぼ、ボクは桜、です」
「え、でも、あの時……」
「さ、桜、です」
「うーん……あ! コスプレ用の名前?」
「そ、そう、です……」
か、隠しきるなんて無理だよぉ!
だって、バッチリ平常時の姿見られてるもん! 九月に!
というか、イベントそっちのけで、ボクと会話してるような気がするけど、大丈夫なの!?
『あーえっと、そちらの大変可愛らしい銀髪碧眼ケモっ娘メイドさんは、宮崎さんのお知り合いで?』
「そ、その……ちょっと、お会いする機会があって、その……」
『ほおほお! なかなかに面白い展開ですね! これは、是非とも登壇してもらわなくては!』
「ええ!?」
『それでは、桜さん、でいいんでしょうか? とりあえず、ステージに上がってきてもらえますか?』
ど、どうしてこうなったの……?
見れば、まったく断れるような雰囲気ではない気がして、仕方なくステージに上がることに。
『え、何あの娘、めっちゃ可愛い……』
『あんなレイヤーさん、いたか?』
『無名……? まさか、初参加、とか?』
『ヤバイ、可愛すぎて、脳死する……』
うぅ、恥ずかしい……。
な、なんでこんな公の場に出ないといけなくっちゃったの……?
『えーっと、自己紹介をお願いできますか?』
「ふぇ!?」
『おや、可愛い悲鳴ですね。それで、できれば自己紹介をお願いしたいのですが』
「わ、わかりました。え、えっと、これって何を言えば……?」
さすがに、こんな状況は初めてなので、何を言えばいいのかわからない。
と言うか、ボクと同じ状況になった人とかいるの? あと、スポンサー的に、この状況って大丈夫?
『あ、そうですね。とりあえず、お名前と、参加しているのであれば所属サークルを。それから、コ〇ケに参加した経緯を教えていただけるとありがたいです』
「わ、わかりました。えっと、さ、桜、です。さ、サークルに所属しているわけじゃないんですけど、今日は友達のお手伝いで参加しました」
『お手伝い、ですか。それってもしや、お隣座られていた、あそこにいるオレンジ髪の双〇コスをした?』
「え、っと双〇が、どういったキャラクターかわかりませんが、そうです」
『なるほど。美少女同人作家として有名な、謎穴やおいさんのお友達でしたか! とんでもないご友人をお持ちのようで、素晴らしいですね。ということはもしや、反対側に座っていた、霊〇コスの巫女さんも?』
「お、幼馴染です」
ボクが幼馴染だと言うと、なぜか会場が沸いた。
『幼馴染! まさかの、美少女の幼馴染! 大変すばらしい関係性です!』
す、素晴らしい?
いや、たしかに、椎名は可愛い、と言うより美人だけど……。
『ところで、そのぴったりすぎるシグ〇ットのメイド衣装は……?』
「こ、これは、やおいが無理矢理……その、す、すごく恥ずかしいんですけど……」
『なるほどなるほど。謎穴やおいさんが割と変態なのは周知の事実でしたが、どうやら恥ずかしがる美少女に露出が多い衣装を着せるほどの変態のようです。GJ!』
「ぐ、GJ? ぼ、ボクとしては恥ずかしすぎるんですけど……」
『おお! 銀髪碧眼ケモっ娘メイドだけでなく、ボクっ娘でもあったんですね! 何と言う萌え要素の塊! 可愛い、可愛すぎます!』
「そ、そんな。ボクはそこまででもないですよ。その、美羽さんの方がきれいだと思いますし……。それに、ボク以外にもいっぱいいますよ……?」
歩き回っている時に、コスプレをしている人を多く見かけたけど、本当に可愛い人や、綺麗な人が多かった。
それに比べたらボクなんて、そこまで可愛くないと思うんだけど……。
『ご謙遜を! 十分どころか、百分くらいですよ! ねえ、宮崎さん!』
「はい! 桜ちゃん、すっごく可愛いいですよ! 個人的には、大好きですよ! 自信もって大丈夫です!」
「ふぇ!? そ、そそそ、そんなことはっ……! え、えと、あの……あ、ありがとう、ございます……」
(((何あの可愛い生き物)))
は、恥ずかしいよぉ……!
正面切って好きって言われるとは思わなかったよぉ……不意打ちは卑怯だよぉ……。
うぅ、なんであんなに楽しそうなの? 美羽さん……。
『気を取り直して……。桜さんと、宮崎さんが出会った経緯を教えて下さい』
あ、あれ? なんでもなかったかのように質問コーナー? が始まったんだけど……。
「そうですね。きっかけは、ドラマの撮影ですね」
『ドラマ……? ああ、先ほど言っていた』
「そうです。それで、とあるワンシーンを撮り終えて、階段付近にいる時に、悪ふざけをしていた男性二人組とぶつかってしまって、階段から落ちちゃったんです」
『なるほどなるほど』
「その時に、桜ちゃんに助けてもらいまして……それが初めて会った時、ですね」
『具体的にはどのような感じで?』
「えっと、落ちている途中でお姫様抱っこされて、そのまま……」
『お、落ちている途中ですか? どこの主人公ですか、それ』
うっ、自分でやったことを正面から言われると、すっごく照れる……。
美羽さんだって、顔を赤くしているのに、なんで平気なの?
ボクなんて、恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら俯いてるよ?
『そう考えると、桜さんは運動が得意なんですか?』
「得意、と訊かれれば、得意、です」
『なるほどー。すごいですね! でも、よく階段から飛び降りれましたね?』
「か、階段くらいなら、まあ……。大きな建物から落ちていたら、ちょっと大変でしたけど……」
『その場合、大変と言うより、不可能では?』
「……あ! そ、そうですよね! 不可能、ですよね!」
『そうですよー。もしかして、天然なんですか?』
「そ、そんなことはない、と思うんですけど……。友達には言われます……」
ボクって、絶対天然じゃないと思うんだけど。
『天然はみんなそう言います。それにしても、随分運命的な再会ですね。……まあ、場所がコ〇ケのイベント、と言うのが何ともあれですが』
苦笑い気味そう言う司会の人。
運命的、というわけではないと思うけど……どうなんだろう?
やっぱり、女の人的には運命的に感じる物、なのかな?
「そうですね。私も、まさかここで再会するとは思ってなくて、びっくりしましたけど、すごく嬉しいですよ」
『ですよね。それで、桜さんはどうなんですか?』
「ぼ、ボクも、その……う、嬉しい、です」
『おやおや、顔が真っ赤ですねぇ。やっぱり、恥ずかしがり屋な感じで?』
「ひ、人前に立つのは、あまり得意じゃなくて……そ、それに、今の格好が恥ずかしくて……」
「そんな姿も可愛いですよ、桜ちゃん!」
「ふぇ!? あ、あんまりそう言うことを言わないでくださいぃ……」
『冬〇ミにこのような、可愛さのお化けがいるとは思わなかったです』
ひ、酷い言われような気が……。
ボク、お化けじゃないよぉ……。
『おや、どうやらもう時間のようですね。それでは最後に、宮崎さんの歌で締めくくろうと思います!』
『Yeahhhhhhhhhhhhhhh!』
「あ、え、えっと、ボクは戻っていいんですか……?」
『あー、そうですね……あ、じゃあ、丁度ここにタンバリンがありますので、こちらをリズムに合わせてたたいていただければ』
「なんであるんですか!?」
『なんとなくです』
なんとなくで置かれているって、かなり怖いような気がするのはボクだけ……?
『それでは、よろしくお願いします!』
「え、ほ、ほんとにやるんですか!?」
『当然です! 宮崎さんも、その方が嬉しいですよね?』
「はい! ぜひ、お願いします!」
わ、わぁ……綺麗な笑顔……。
う、うぅ……恥ずかしいけど、こんな綺麗な笑顔で頼まれたら、断れないよぉ……。
「わ、わかりました」
そう言って、ボクは視界の人からタンバリンを受け取った。
そして、音楽が流れだし、美羽さんの歌が始まった。
美羽さんの邪魔にならないよう、タンバリンを打ち鳴らすボク。
……なんだろう、すっごく浮いてるような気がするよ。
とはいえ、途中からなんだか楽しくなってきて、そんな考えはほとんどなくなっていき、結局ノリノリでタンバリンを叩いていた。
「それではみなさん、最後までありがとうございました! またどこかでお会いしましょー!」
そして、無事にイベントは終了となった。
『宮崎さん、そして、突発的に参加してもらった桜さん、ありがとうございました! これにて、単独イベントは終了となりました。皆様、お忘れ物がないようにお願いします』
それを聞いてから、ボクはステージを降りた。
「お疲れ様、桜。頑張ったわね」
「おつかれー、桜ちゃん。よかったよー」
「……ありがとう」
二人の労いの言葉が沁みました。
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