第164話 依桜ちゃんと冬〇ミ6

「というわけで、こんにちは、桜ちゃん」

「こ、こんにちは、美羽さん」


 イベント終了後、今日やる仕事が終わり、フリーになったということで、美羽さんが声をかけてきた。


「えっと、お友達、だったよね? お名前は?」

「椎名です。と言っても、本名じゃないですけど」

「やおいでーす! あぁ、生で見れるだけじゃなくて、こうして会話できて嬉しいです!」

「ふふっ、そう言ってもらえると、私も嬉しいです。でも私、実はやおいさんのファンだったりするんですよ」

「ほんとですか!?」

「ほんとですよ。……ここだけの話、私百合でして……」

「ほう! それはそれは……ということはもしや、桜ちゃんのこと?」

「……そうです。やっぱり、命の恩人ですし、お姫様抱っこもされましたから」


 なんか、二人が盛り上がってる?

 何を話してるんだろう? よく聞こえない。


「なるほど! ふむ、でしたら今度、桜ちゃんと美羽さんをモデルにした作品を描きましょうか?」

「いいんですか!?」

「もち! 好きな声優のためとあらば、この謎穴やおい、一肌脱いじゃいますよ!」

「ありがとうございますっ! それじゃあ、連絡先の交換をお願いできますか?」

「いいですよ! LINNやってます?」

「やってますよー。えーっと、これ、私のQRです」

「では失礼して……はい、登録できましたよ」

「ありがとうございます! これで、お友達ですね」

「ですね!」


 がしっと、なぜか笑顔で堅く握手をしているやおいと美羽さん。

 一体、何をしたんだろう? どうも、LINNの交換していたみたいだけど……。


「では、お友達ですし、敬語はなしにしましょうか」

「お、いいんです?」

「もちろん! 個人的には、推しの作家さんですからね。ぜひぜひ」

「こっちも、好きな声優さんとこうして話ができて嬉しいよ! ならば、遠慮なくためで!」

「ありがとう。やっぱり、敬語は疲れちゃって……」

「だよねぇ。わたしも、あんまり好きじゃないんだぁ」

「わかるわかる。私なんて――」


 すごい、ボクと椎名そっちのけで意気投合しちゃってる。

 どうも、美羽さんはかなりの売れっこ声優らしいけど、そんな人とすぐに意気投合して、友達になっちゃうやおいも大概だよね、これ。

 ボクには絶対できないよ。


「あ、ごめんなさいね。えっと、その……よ、よかったら二人もLINNを交換してもらえないかな?」


 と、美羽さんが恥ずかしそうにしながら、そんなお願いをしてきた。


「私は構いませんよ」

「ボクも大丈夫です。でも、いいんですか? その……一応ボクたち、一般人ですけど……」

「いいのいいの。私、あんまり友達とか多くなくてね。だから、友達になってくれると嬉しいなー、って。ダメかな?」

「いえいえ! こちらこそ」

「ありがとう! それじゃあ、早速……」


 手早くLINNの友達交換を済ませる。


「ありがとう、二人とも」

「いえいえ。ボクとしても、プロの声優さんと交換できて嬉しいですよ」

「私もです」

「ふふっ、そう言ってもらえると、私も嬉しいな」


 そうやって微笑む美羽さんは、やっぱり綺麗だった。

 たしか、美羽さんって二十歳、だったよね?


 ……あれ、実際のボクの年齢と一つしか違わない、んだよね?


 ……なんだろう、この敗北感。

 ボク、一応十九歳だけど、ここまで大人っぽさがないんだけど。あれ? なんで? や、やっぱり、身長? やっぱり、慎重なの?

 見た感じだと、美羽さんって、160後半近くあるよね?

 う、羨ましい……。


「それで、三人はこの後どうするのかな?」

「えっと……やおい、どうするの?」

「そうだねぇ。やっぱり、コスプレしてることだし、コスプレエリアかなー」

「なるほど。もしよかったらなんだけど、私も同伴してもいいかな?」

「もちろんいいよ! 美羽さんが一緒って、かなり貴重だもんね!」

「ふふふ。私、確かに同年代じゃ売れてる方かもしれないけど、ベテランってわけじゃないからねー。だから、そこまで貴重じゃないかもよ?」

「いやいや。これでもし、後にベテランと呼ばれる時期が来れば、この時の体験は貴重だよー」

「なるほど。そう言う見方もあるね。でもまあ、とりあえず行こ」

「はーい」


 と言うことで、ボクたち四人でコスプレエリアに行くことになった。



 それで、来たはいいんだけど……。


『すみませーん、こっちに目線くださーい!』

『あ、こっちも!』

『こっちにも!』

「あ、あは、あははは……」


 ボクたち……と言うより、ボクはカメラを持った男の人たちに囲まれ、苦笑いを浮かべていた。

 なぜこうなったのかと言うと、それは、数分前のこと。



 やおいの予定であったコスプレエリアに、四人で向かう。


 そこには、コスプレイヤーの人たちが大勢いて、同時にカメラを持った人たちも多く見受けられた。

 中には、なぜか、かなりのローアングルから撮影している人もいた。

 そんな人たちが気になって、やおいに尋ねる。


「あー、あれはカメコだよ」

「カメコ?」


 なんだか、聞き慣れない単語が飛び出してきた。


「本来は、カメラが趣味で、写真撮影をする年少者に付けられたあだ名のようなものだったんだけど、見ての通り、女性コスプレイヤーの人たちの胸部やら下半身を執拗に撮る人たちがいるでしょ? そんな人たちに対する皮肉を込めて、カメコ、って呼ばれてるんだよ」

「なる、ほど?」

「やおいさんの言うとおりだよ、桜ちゃん。桜ちゃんのその服装だと、結構狙われるかもしれないね」

「そ、そうですか? たしかに、胸元も大きく開いちゃってますし、スカートも短いから、ちょっと危ないかも……」


 元男と言えど、やっぱりみられるのはちょっとね……。


「ちなみに、他の人たちの名誉のために言うけど、本来はいい意味で使われてるからね? あくまでも、礼儀をわきまえないような人たちに付けられたものだから、マイナスに捉えないでね?」

「うん、わかった」


 そう言う話を聞くと、ちゃんとしている人がかわいそうだよね……。


 似たような話だと、とあるアイドル系アニメの一部のファンが、マナーが悪くてニュースに取り上げられたりして、非難されていた、なんてものがある。

 あれを聞いていると、ちゃんとマナーを守って楽しんでいる人たちがかわいそうだよね。だって、少数の人がそれをしたら、マナーを守っている人まで悪くみられちゃうんだもん。


 たった一人が間違いを犯しただけで、その他大勢に飛び火するんだから、本当に危ない世の中だよ。


「まあでも、桜がそう言うことをされれば、すぐにわかるでしょ。桜、視線には敏感だしね」

「ま、まあ、色々とね……」

「ちなみに桜ちゃん。もし、盗撮とかされてたらどうする?」

「え? う~ん……」


 やおいにそう訊かれて少し考える。

 そうだなぁ……。


「あまりにも酷いようだったら、今日一日、写真撮影をできないようにする、かな。あと、その写真は消す」

「え、桜ちゃん、そんなことできるの?」

「あ、え、えっと、まあ、その……一応」

「すごーい! ねえ、それってどうやってるの?」


 うっ、それって言ってもいい、のかな……?


 さすがに、椎名たち以外に言うのってまずいような気がするし……そもそも、知り合ったばかりの人だよ?

 大丈夫、なのかな?

 あれ、一応向こうの世界に関わるようなことだし。


 うん、ここはちょっと誤魔化しを入れよう。


「えっと、ツボを押して、色々とできるんです」

「ツボ? えっと、それって、体の至る所にある、あのツボ?」

「そうです。ボクの師匠から教わった技術なんですけど、それを使っていろんなことができるんです」

「なるほど~。すごいね、桜ちゃん。ところで、師匠さんがいるなら、桜ちゃんって何かの武術をやってたりするの?」


 ま、またしても答えにくいものが……。


 武術、なのかな、あれ。

 暗殺技術を教えてもらったけど……一応あれも、戦闘に用いられるものだし……武術、と言えば、武術なのかな?


「ま、まあ」

「すごいねぇ。結構強かったり?」

「少なくとも、変な人に絡まれても余裕くらい、でしょうか?」

「へぇ~。あー、だから、私が階段から落ちた時に、あんな動きができたんだー」

「そうですね。師匠に、みっちり鍛えられましたから、ね……」

「どうしたの? 遠い目をして」

「い、いえ、ちょっと嫌なことを思いだして……」


 嫌なことどころか、地獄だったけどね。


「まあでも、桜は、どんな荒事も一人で対処可能よね」

「だねー。桜ちゃん、かなり強いもん。少なくとも、武装した集団を一人で対処できちゃうもんね?」

「え、そうなの!?」

「い、いや、さ、さすがにやおいの言いすぎですよ」


 もぉ! 何言ってるの、やおい!

 絶対だめだよ!

 た、たしかに一度、本当にやってるけど……。

 あれだって、内心かなりドキドキしてたんだからね?


「だ、だよね? ……でも、不思議とできちゃいそうなんだけどなぁ、桜ちゃん」

「ふぇ?」

「なんとなく、雰囲気がね。私のお父さんって、プロの格闘家なんだけど、近くでそう言う強い人たちを見てきたからなんとなくわかるの。あ、この人は強いなー、って」


 何その能力。

 少なくとも、二十歳の女性が持つような能力じゃないような?


「だから、できても不思議じゃないかな、って」


 まさか、雰囲気でそう思われるとは思わなかった。

 椎名たちの場合は、その場面を見られちゃったからだからね……。

 でも、見られてなかったら、言わなかったかもしれないけど。


「でも、そっかー。私の勘は外れちゃったか」


 ちょっと残念そうな美羽さん。

 いや、外れてないです。むしろ、大当たりです。


「そう言えば、桜ちゃん、太腿の辺りに何か着けているように感じるんだけど……それは?」


 ……嘘。美羽さん、擬態させていたナイフポーチを見破ったんだけど。

 もしかして、演者だから? 観察眼で見破ったの?

 え、すごくない?


 それとも、単純にボクと相性の悪い能力だったのか……い、いや、そんなことはないはず。一応これ、暗殺者の能力の一つだし……覚えたの、最近だけど。

 だとすると、単純に美羽さんがすごいだけ?

 え、おかしくない?


「ねえ、やおい。桜の太腿に何かあるように見える?」

「ううん? なーんにもないように見えるけど……」

「あれ、二人には見えてないの? なんか、ポーチのような物が見えるんだけど」


 ほ、本当に見えてる!

 おかしい。一応、ボク的に見たら、一般人だよね、美羽さんって。いや、声優さんだけど。

 どちらかと言えば、戦闘技術を持っていない、普通の女性だよね?

 なのに、なんで見破れちゃってるの……?


「え、えっと、これは、その……ご、護身用の武器、です」

「なるほど~。たしかに、桜ちゃんの外見だとあった方がいいよね」

「そ、そうです」


 よかった、信じてもらえた……。

 二人をなんとなく見ると、納得したような表情をしていた。

 あ、気付いてるね、あの二人。何が入っているのか。


「それじゃあ、話もそこそこに――」


 と、美羽さんが言いかけた時だった。


『あ、あの、メイドさん!』


 ふと、誰かに声をかけられた。

 きょろきょろと周囲を見回すけど、ボク以外にメイド服を着た人は見当たらない。と言うことは、ボクだと思う。


「え、えっと、ボク、ですか?」

『そうですそうです! あ、あの、写真を撮らせてもらってもいいですか!?』

「……え?」



 そして、今に至ります。

 最初に写真を撮らせてほしい、と言ってきた男性の参加者さんが写真を撮り始めると、なぜかボクの周辺に人だかりが出来始めた。

 そうして、気が付けば、大勢のカメラを構えた人に囲まれてしまったわけで……。


「おー、見事に大人気だねぇ、桜ちゃん」

「……他人事に行ってるけど、私たちも大概じゃないかしら?」

「にゃはは~、まあ、美少女のコスプレだからねぇ。桜ちゃんには劣るけど」

「たしかに、桜ちゃんすっごい可愛いから、ああなるのも不思議じゃないね」

「友達として、花が高いよー」


 そんな、やおいたちの会話が聞こえてくるけど……できれば、助けてほしいです。


 なんて思うんだけど、見れば、三人も写真を頼まれている。

 椎名とやおいも、普通にコスプレしているし、美羽さんだって、コスプレはしていないけど、かなり美人。その上、売れっ子声優としての知名度もあって、囲まれてしまっていた。

 ボクほどではないけど、かなり多く見える。

 こ、これ、大丈夫?


『すみませーん! ポーズをお願いしてもいいですか?』

「ぽ、ポーズ? え、えっと……こう、ですか?」


 なんとなく、両膝に手をついて前かがみになってみる。

 これ、以前モデルをした時にやったポーズだったり。

 正直、ポーズと言われても、これくらいしか思い浮かばなくて、なんとなくこれにしてみた。


 すると、


『おおおおおおおおおおおお!』


 なぜか、歓声が上がった。


 あ、あれ? そんなにいいポーズなの? これ。

 ものすごい勢いでシャッターが切られてるんだけど。


「……あの、もしかして、桜ちゃんって……天然エロ?」

「実はそうなんです。あの娘、かなりの天然系エロ娘で……」

「ちなみに、本人は、子供を作る方法を、未だにキスだと勘違いしているほどの、ピュアです」

「え、何それ可愛い……。あんなに可愛くて、性格もいいのに、ピュア……? 天は二物どころか、三つも与えちゃったんだね」

「三つどころか、五個以上与えちゃってるけどねぇ」

「そんなに? ……桜ちゃん、何者?」


 なんか、三人が何かを話しているような……?

 ボク、どうすればいいんだろう?

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