第479話 女委が多才な理由
「んで、依桜君的にどう思うんだい?」
お店から出て、歩き始めるなり女委が唐突にそう尋ねて来た。
「えっと、さっきのこと?」
「そそ。麻薬を押し付けている人がいる、なんて情報わたしでも知らなかったからねぇ。それに、ターゲットは学生さんみたいじゃん? 相手もなんか多そうだし。だから、どう思うかなー、って」
「うーん……そうだね。ヤクザの人が関わってる、みたいな噂を田中さんが言っていたから、組織でやってるんじゃないかな? こっちの世界での麻薬売買をしている人たちがどんな人かは知らないけど、向こうの世界だと割といたしね、組織だって行動する売人の人たち」
向こうで暮らしていた時と言えば、ボクの肩書などから、様々な問題を解決する立場にいたんだけど、その中でも麻薬に関することはそこそこの件数あった。
こっちの世界での麻薬と言えば、大麻とか覚醒剤、アヘン、コカインなどがあるけど、向こうだとちょっと違っていたり。
たしかに覚醒剤みたいな、粉末状の物もないわけじゃないんだけど、多かったのは植物系や果物系、あとはキノコ系だったかな。
結構凶悪だったしね、あれ。
だって、一般的に美味しく食べられる食材と酷似している物が多かったから、見つけるのに苦労したよ。
……まあ、結果的にそれが原因で『鑑定』のスキルが手に入ったんだけど。
ただ、酷似しているということは、当然それを悪用しようとする人もいるわけです。
それらを秘密裏に栽培して、それらを広めようとするんです、向こうの麻薬密売組織の人たちって。
しかも、麻薬だと気づくのって結構遅れるんです。
薬を少しずつ体に馴染ませていくような感じなので、初めて口にしたとしても、それが麻薬だとは気づかず、味も酷似している食材と似通っているため、美味しく食べてしまうわけです。
そして、知らず知らずのうちにそれらに依存してしまった人たちに、それらを売る値段を吊り上げる、なんてことをして多額の資金を得ていた、というのが向こうの麻薬密売人です。
ということを女委に説明。
「ほへー、こっちよりも凶悪だねぇ」
「そうだね。ボク自身は『毒耐性』のおかげで効果はなかったし、それがきっかけで『鑑定』も手に入ったんだけど、こういう事件の時は、大体がしんどかったなぁ」
「それまたどうして?」
「少人数規模だったり、トップの人の頭が悪かったら楽なんだけど、大規模な組織や、頭がキレる人がトップな組織だと、結構大変だよ。支部を一つ潰しても、トカゲの尻尾切りでなかなか捕まえられないしで大変だったんだよ」
「どこの世界でも、頭のいいトップと、大きな組織はめんどくさいんだねぇ」
「本当にその通りだよ」
とはいえ、やらないわけにもいかなかったし、子供が麻薬に依存するようになってしまったら、それこそ大問題だったから、なるべく迅速に潰していったんだけどね。
「それにさ、向こうって言えば、ファンタジーなあれとかもあるじゃん? 余計に大変だったんじゃないの?」
「実際そうでね。今でこそ、師匠以外の隠密術は見破れるようになったけど、当時はまだ修行中で、そのレベルにまで至っていなかったから、結構大変だったよ。特に、魔道具系が一番厄介だったかな」
「やっぱり、魔道具って結構めんどくさいの?」
「うん。多分話してなかったと思うんだけど、魔道具って階級があってね、下から順に、現代級、中世級、古代級、アーティファクト級、って順番なんだけど、これの内、古代級とアーティファクト級だと、結構厄介だったの」
「ほうほう、ちなみに、依桜君が前くれた魔道具はどれくらい?」
「前って言うと……あ、遠くても会話ができる魔道具のことだね。えっとたしか、古代級だったかな?」
「すごいものだったんだ、あれ」
「うん、すごいものだったんだよ、あれ」
今は『アイテムボックス』で複製できるけど、あれってかなり高価なものだったからね。
ジルミスさんは、お土産に是非、と笑って譲ってくれたけど、本来なら国宝級とか、そうでなくても軍事機密レベルのものだったらしいしね。
……それを笑って譲ってくれたジルミス、器が大きすぎます。
「しかしまー、麻薬かー。んー……」
「どうしたの?」
「んや、なんか学園祭前なのに、随分と不穏な噂が流れてるんだなー、と」
「そうだね……。生徒会長としても、個人としても、ちょっと心配かも。それに、学生が狙われてる、って噂だし、もしかすると叡董学園の生徒の人たちも巻き込まれる可能性があるよね……」
「だねぇ。しかもさ、相手がヤーさんかもしれない、って噂じゃん? なんか怖いよねぇ」
「うん……」
麻薬は一度でも使用すれば、一生治せないほどの深刻なダメージを受ける本当に危ない物。
一度使っただけで、人生を破滅させてしまうほどのもので、ボクだって何度も向こうの世界でそういう人たちを見て来たから、その怖さが余計に理解できる。
あれほど怖い物はないよ。
依存した人は、何をするかわからないくらい、怖いからね。
「……ねえ、女委。ヤクザって言ってたけど、この街って、そういう人たちいるの?」
「んー、ちょっと待ってねー。……んっしょと」
短い掛け声と共に、女委がどこからともなくノートパソコンをぬるっと取り出した。
「……え、ちょっと待って? 今、どこからノートパソコンを出したの?」
今、明らかにカバンとかなかったよね? 入れられそうな場所なかったよね?
どうやったの?
「あー、これ? ふっふっふー、我が腐島家に伝わる、特殊な収納術。その名も『四次元〇ケット』!」
「なんでそんなものがあるの!? 女委の家ってどうなってるの!?」
色々と謎が多いけど、今回のある意味とびきり謎なんですが!
「にゃはは! まあ、冗談は置いておくとして」
「冗談なの?」
「うん、九割くらいは」
「あ、そうなんだ。びっくりしたー……って、え? 九割?」
「実を言うとね、異世界旅行に行った時に、ミオさんに『簡易版アイテムボックス』を創ってもらってたのさ。ちなみに、それがこのポシェットだったりするぜー」
「へぇ~……ってそうじゃなくて! え、何? 収納術って本当にあるの!?」
「にゃはは。そんなわけないじゃないか~」
「ほ、ほんとに?」
「もちのろん! できても、おっぱいの谷間からものを取り出すくらいだよ」
「それはそれでおかしいけど!?」
何そのアニメやライトノベルでしか見ないような技術は!?
女委、なんでそんなこともできるの!?
「まぁ、さすがにわたしのお父さんはできないけどねぇ」
「……むしろ、それでできると言われた場合が怖いんだけど」
胸からものを取り出す男の人……胸筋がすごいことになってるのかな。
「んじゃ、早速調べますかねー」
「えと、何を調べるの?」
「んー、この街の情報」
「……どういうこと?」
「いやほら、さっき依桜君が『この街って、そういう人たちいるの?』って訊いてきたでしょ? だから、それを調べようと思って」
そう説明しながらも、女委はパソコンの画面を見ながらものすごい速さでキーボードを打っていた。
……片手で。
え、あれ、ボクが両手で打ってる時より速いんだけど。
女委、本当に何者……?
「んー……お、出た出た」
「えーっと、ちなみに何を、調べたの?」
「市内の所々に設置してある監視カメラとか、市のネットワークに侵入して、住所が記録されている場所に侵入。監視カメラの映像と照らし合わせて、ヤクザの人たちがいるかのチェックをしてるのさー」
「……え、それ、はんざ――」
「チッチッチ。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「いや、今犯罪って――」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 足跡は残さないし、すっぱ抜くのはヤーさんの情報だけだから!」
「それでも大問題だよね!?」
嫌だよ、大事な友達が朝刊の一面を飾るとか、テレビで放送されちゃうとか、そういう状況になったら!
「……よーし発見!」
「え、見つかったの?」
「うむ! どれどれ……ほほう、とりあえずこの街にいるのは二つ、かな?」
「何気に二つもあるんだ……」
「みたいだね。んで、情報は……おっといけね。バレちゃいそう。よし、接続遮断!」
「えぇ!? だ、大丈夫なの!?」
「問題なし! わたしと副店長で組んだハッキングツールは完璧さ!」
「なんてものを作ってるの!?」
あのお店の副店長さん、会ったことないけど、女委と共同でそんなものを作ってたの!?
色んな意味で怖いんだけど!
「ちぃ、意外とセキュリティが堅かったぜ。まー、依桜君の疑問は解消されたわけだし、別にいいけどねぇ」
「……ハッキングはよくないと思うんだけど」
「にゃはは! 大丈夫! わたしがすっぱ抜こうとしたのは、市民じゃなくて、ヤーさんの人たちだから!」
「そういう問題じゃないよ!?」
どこに、自分が住む街のネットワークに侵入して、住所を抜こうとする女子高生がいるんだろう?
……まあ、ここにいるんだけど。
「というか、女委ってどこでそういう技術を身に着けるの? 女委はボクのことを多才、なんて言うけど、ボクからすればよっぽど女委の方が多才だと思うんだけど」
なんて、今までちょっと疑問だったことを女委にぶつけてみた。
実際、女委はかなり多才だと思う。
だって、ハッキングはできるし、お店は経営できるし、プログラミングもできるし、マンガが書けるし、衣装デザインもできるし……あれ、本当に多才。
それに反してボク。
たしかに、今のボクはできないことよりも、出来ることの方が多いけど、でもそれは向こうの世界で死に物狂いで修行をしたり、いろんな経験からくるものであって、女委のように色々なことができるわけじゃない。
それに、三年間は学校に通っていなかった分、鍛えることに時間が回せたわけだし。
その反面、女委は学校に通ったりしつつも、そう言うことができる時点で、かなり異常なんじゃないかなと。
……ボクたちのグループって、よくよく考えたらみんな何かしらに一芸に秀でてる気がする。
未果だったら統率力があるし、晶はなんでもそつなくこなせる。
態徒は武術に秀でているし、女委はさっき言ったようにいろんな方面に対処可能。
エナちゃんはアイドルとしての技術が高い。
……うん、みんなすごい気が。
「んー、なんとなく?」
「曖昧だね……」
「いやだって、お母さん曰く、幼稚園ぐらいの頃から自作のパソコンを作っていた上に、OSまで組んでた、って話だよ?」
「……女委って、実は向こうの世界で暮らしていた、とかない?」
「そうだったら、その経験をもとに超大作のマンガを描いてるんじゃないかなー」
幼稚園の頃からすでに、パソコンをOSごと作れる時点で、天才だと思うんだけど……。
「……えーっと、ハッキングとか経営とか、プログラミング、衣装デザインの方は?」
「ハッキングとプログラミングはほぼ同時期かな? やり始めたのは……中学一年生で、経営は中学二年生くらい。衣装デザインは、小学生の頃から同人誌を書き始めた影響だね」
「……濃いね」
「でしょー。ちなみに、わたしがこんな状況になったのは理由があってだね」
「理由?」
「うん」
理由ってなんだろう?
でも、ここまで多才になるくらいだし、きっと大きな理由が――
「実はわたし……ラノベとかマンガによく出てくる、『なんでもできるオタクな友人キャラ』に憧れてね。それでなってみました!」
あると思ったボクが大間違いでした。
「……何と言うか、女委らしい理由、だね……」
「だってよくない? ハッキングもできるし、パソコンも作るし、メイド喫茶とかも経営しちゃうオタクな友人! 正直、友人系キャラで一番好きなタイプです。でも、現実ではなかなかいない」
なかなかどころか、普通はいないと思うんだけど。
「そこで考えました。いないならなればいい! と」
「……普通、そういう発想にはならないと思うんだけど……」
「それでなっちゃうのが、女委ちゃんなんだなー」
ドヤ顔を決めつつ、胸を張る女委。
友達が多才になった原因に、ボクは呆れを禁じ得ないよ……。
「……まあ、女委、だもんね。うん。知ってました」
「それ、依桜君にも言えることだよね?」
「いや、ボクは女委ほどじゃないよ」
「あ、ハイ、そっすか。まあ、依桜君がそう思うのなら、そうなんだよ」
……なんだか引っ掛かる言い方。
「はいはい。……って、うん?」
「依桜君? どったの?」
「あ、ううん、ちょっと『気配感知』に気になるものが……」
「気になるもの? それはあれかい? フラグ回収って奴かい?」
「なんでそうなるの」
「え、だって依桜君がそう言いだしたっていうことは、何か問題が起こる前触れかなと」
「そう言うのじゃない……と思う、けど」
……言い切れないボクも、少なからずそう思ってることだよねぇ……。
なんだろう、この言い表しようのない複雑な気持ちは。
「それでそれで、どんな反応?」
「あー、うん。これは……あ、ちょっとまずいかも」
「え、まずいの?」
「まずいね。それもかなり。……ちょっと行ってくるね!」
「あ、わたしも行く!」
気になる反応を感知したボクは、すぐさまその場所へと走った。
……なんだろう、また問題事の予感。
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