第478話 よくない噂
「いやぁ、悪いね、一緒に来てもらっちゃって」
「いいよいいよ。ボクの方も、生徒会の方であまりクラスの方の手伝いができてないし、これくらいはね」
初等部での一件から数日後。
その日の準備時間中、ボクと女委の二人は学園の外を並んで歩いていました。
なぜ外に出ているかと言うと、ちょっとした買い出しと、田中さんのお店に行くためです。
と言うのも、クラスでコスプレをする人の衣装が決まったからです。
衣装担当の人たちが真っ先に取り組んだのは、受付担当の人や広報担当の人、それからミス・ミスターコンテストに出場する晶と女委が着る衣装。
合計で十人くらいかな?
なぜそっちを先にしたかと言えば、リアルの方だからですね。
今年のボクのクラスがやるお化け屋敷は、『New Era』を用いた、フルダイブ型のお化け屋敷になので、そっち側の人たちの衣装のデザインに関してはさほど急がなきゃいけない、というわけではないからね。
女委のお店の人が衣装をモデリングしてくれるけど、現実で衣装を作ることに比べたら、遥かに時間はかからないからね。
なので、一番時間がかかる、リアルの方で着る人たちの衣装デザインを田中さんに渡しに行くべく、今は向かっているわけです。
買い出しの方は、単純に広報担当の人たちが使うのと、教室の外装を飾り付けるための材料の購入。
と言っても、大きなものに関してはあらかじめ申請書を貰ってるから、今日買いに行くのは小物系だけどね。
ちなみに、買い出しの方は既に済ませていて、ボクの『アイテムボックス』に収納してあります。
ルート的に、買い出し→田中さんのお店、と言う順番の方が効率が良かったからね。
荷物に関しては、そこそこの量になっちゃったので『アイテムボックス』へという方法を取りました。
ちなみに、女委一応、ほとんど建築担当なんだけど、ある程度暇になったから代わりに、と言う理由でこっちに来てます。
あと、行くのが田中さんのお店だから、といのもあるかな。
「そう言えば、依桜君が田中さんに会うのって久々じゃなかった?」
「そうだね。たしか、去年のハロパの衣装を買いに来た時だったかな」
女委の質問に、去年のことを思い返しながら答える。
初めて田中さんと会った時は、内心かなりびっくりした記憶があるよ。
だって、色黒で、筋骨隆々で、パンチパーマで、ふりふりが多くあしらわれた可愛らしいエプロンドレスを着た、大きな人だったんだもん。
あと、口調もおねぇ口調って言われるものだったし。
多分、初対面で驚かない人ってあまりいないんじゃないかなぁ……。
フィルメリアさん辺りは、『あらあら、うふふ~』なんてリアクションで済みそうだけど。
むしろ、驚くようなリアクションが想像できない。
「あー、そっかそっか。もうそんなに前なのかー。夏コミの時も、衣装は田中さんに作ってもらったしねぇ」
「ま、まあ、ボクが着たコスプレ衣装って、聞けば全部田中さんが作ったっていう話だし、ね。……夏コミに関しては、ちょっとあれだったけど」
「にゃははー。あの時の依桜君は素晴らしくエッチで可愛かったですぜー」
「や、やめてよぉ、恥ずかしかったんだからぁ……」
からかい交じりでうりうりと、楽しそうに肘で小突いてくる女委に、顔を赤くさせながらその時の気持ちを言った。
と言うのも、今のボクと女委の会話を見てわかる通り、今年の夏休みに、ボクはその……夏コミに参加していたんです。
去年の十二月にも、いつものメンバーで冬コミに参加して、その時はやや露出が多いメイド服でした。
胸元と肩が大きく露出していて、スカートも膝丈より上だったし、初めて身に着けたガーターベルトは恥ずかしかった……。
だけど、今年はそれの比じゃないくらいの衣装を着させられたからね……。
今思い返すだけでも恥ずかしい思い出だよぉ……。
……その時、色々とありはしたけど、それはまた別の機会に。
「でも、依桜君人気者だったよねぇ。冬コミの時のコスプレも相まって、かなり有名人だったし」
「ぼ、ボク、そんなに有名になりたくないんだけど……。平穏に、何事もなく、緩やかな日常生活を送りたいんだけど……」
「にゃはは、それは無理だね!」
「否定は酷くない!?」
「いやいや、依桜君レベルの特級フラグ建築士かつ、トラブルホイホイな体質なら、平穏で緩やかな日常生活を送るのは無理でしょー。むしろ、そんな体質をしておきながら、緩やかな日常生活を送れてたら、巻き込まれ系主人公なんてジャンルは生まれてないよ」
「それはおかしくない?」
た、たしかに巻き込まれ系なのかもしれないけど……だとしても、そんな人が仮に緩やかな日常生活を送ったとしても、そういうジャンルは生まれてたと思うんだけど。
と言うより、マンガやライトノベルの主人公の人たちって、大体巻き込まれ系主人公だと思うんだけど……。
「よーし、着いた着いた! 早速入ろうぜー」
「あ、うん」
女委と話している間に田中さんのお店に着いていたみたいで、女委が先頭を切って中へ入って行く。
ボクも女委の後を追って中へ。
「いらっしゃ~い……って、あらぁん、女委ちゃんに依桜ちゃんじゃなぁい!」
「やーやー、田中さん。お久!」
「お久しぶりです、田中さん」
「えぇえぇ、久しぶりねぇん! 女委ちゃんはちょくちょく来てくれるけど、依桜ちゃんは来てくれなかったから、おねえさん、ちょっと寂しかったわぁん」
「すみません。あんまりコスプレとかしないものですから……」
190センチ越えの筋骨隆々の男の人が、体をくねらせながら会話してくる光景って、普通に考えたら結構あれだよね。
ボクは全然そういうのは気にしないし、個性は人それぞれだからね。
むしろ、田中さんのような人って、大抵いい人が多いしね。
「もったいないわねぇん。まあ、その辺りは人それぞれだし、仕方ないけどねぇ。それで、今日は何の用かしらぁん?」
「今度やる学園祭の衣装の作成で来たんだぜー。ほら、去年も頼んだじゃん?」
「あぁ、あぁ、コスプレ衣装の作成ねぇ! OKよぉん! それで、デザイン案はあるかしらぁ?」
「おうともさ。これだよー」
ごそごそとカバンからクリアファイルを取り出し、それを田中さんへ渡す女委。
デザインの人たちが、休み時間や休みの日を削って書いたそうです。
同時に、各コスプレをする人のスリーサイズ等も、一緒にか書かれているので、測る必要はないとのこと。
……これ、持っているのが女の子だからよかったけど、男子だったら色々と問題だったよね。
「ふんふん……ラインナップがお化けや化け物系。なるほど、今年はお化け屋敷、ということねぇん?」
「そそ! んでんで、田中さんにお願いしたいのは、衣装の作成だけじゃなくて、そのデザイン案の原型をなるべくとどめつつ、良く直せるところは直してほしいんだよ。で、その状態で衣装の作成をお願いしたいの」
「他ならない女委ちゃんの頼みだもの、当然OKよぉん。それに、このデザインはまだまだよくできる箇所があるから、がんばっちゃうわぁん」
「おー! さっすが田中さん! そんじゃ、よろしく頼むぜー」
「えぇ、任せておいてぇ」
「あ、ちな、衣装ってどれくらいで完成する?」
「そうねぇ……デザイン改良から始めたとしても、学園祭前日までには間に合わせるわぁ。調子が良ければ、もっと早いかも?」
「ほうほう、それならよし! じゃあ、後はお願い! じゃあ、依桜君、そろそろ戻ろう!」
「あ、うん。それじゃあ、何かあったら来ますね」
「えぇ、えぇ、待ってるわよぉん」
「では」
そう言って、お店から出ようとしたところで……
「あ、ちょっと待って!」
なぜか田中さんに呼び止められた。
「ん? 田中さん、急にどうしたん?」
「いえ、少し二人に忠告というか、ちょっと気になることがあるのよぉ」
「気になること、ですか?」
なんだろう?
表情から見る限りだと、いい話というわけじゃなさそうだけど。
「えぇ。なんでも近頃、美天市内で麻薬の密売がそこそこ目撃されているらしくてねぇ? しかもそれ、ヤーさんらしき人たちも関わっているみたいなのよぉ」
「えー、マジすか、田中さん」
「マジよぉ。さらに言えば、麻薬を学生さんに渡している人がいる、なんて噂もあるわねぇ」
「その学生さんって、具体的にどれくらいの年齢かわかりますか?」
「んー、噂でしかないけど、大体中学生から上らしいわぁん。今のところは大きな事件は起こっていないし、渡された学生さんはすぐに警察に連絡したから、特に大きな問題にはなってないわぁん」
「それならよかったです……」
自分が住む街の中で、そんなことが起こっていたなんて、驚きだよ……。
でも、ターゲットが中学生以上って考えると、間違いなく高校生も含まれているわけだし……これは、少し気を付けておいた方がよさそう。
「まあ、二人みたいにしっかりと常識を持ち合わせているなら、麻薬なんて使わないでしょうけどねぇ。でも、油断は禁物だから、気を付けてねぇん?」
「OK! 忠告サンキュー、田中さん!」
「ありがとうございます」
「いいのよぉん。ワテシとしても、二人が酷い目に遭うのは看過できないものぉ」
「はっはっは! 依桜君がいるから大丈夫だぜー、田中さん!」
「あらぁ? ということは、依桜ちゃんは何かすごい権力か力でも持っているのかしらぁん?」
「い、いえ、権力とかはないですけど、ま、まあ、武術をちょっとだけ」
武術じゃなくて、暗殺術だけど。
でも、それを何も知らない田中さんに言っても、冗談に取られるだけだし、逆に信じられると変に関係が悪くなるかもしれないから、黙っておこう。
「そうなのねぇん。でも、油断はしないで、常に冷静にねぇん?」
「はい。ありがとうございます、田中さん」
「いいのよぉん。それじゃあ、ワテシはそろそろ仕事にかかることにするわぁん。請求書は女委ちゃん宛でいいのよねぇん?」
「OKだぜー」
「じゃあ、いつも通りに送っておくねぇん」
「うむ、ありがとう、田中さん! そんじゃ、わたしたちも帰るね!」
「えぇ、気を付けてねぇん」
「ういー! 依桜君、行くよー」
「うん。じゃあ、お邪魔しました」
「また来てねぇん」
「機会がありましたら」
そんなやり取りをして、ボクと女委は今度こそお店を後にした。
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