第82話 依桜ちゃんの評価(世間)

「う、ん……ふぁあ……うっ、あいたたた……」


 目を覚ますと、体の節々が痛んだ。

 どうやらボクは、いつの間にか眠ってしまっていたらしく、床で寝ていたみたい。


「うーん、昨日、未果たちと話してて……それから……」


 思い出せない。

 何か、すごーく嫌なものを見たような気がするんだけど……何を見たんだっけ? 少なくとも、ボク自身に関することだったのは覚えてる。

 でも、その内容までは全く思い出せない。


「……近くにスマホが落ちてるところを見ると、未果たちとの会話が終わった後だと思うんだけど……」


 なんとなく、スマホを手に取って画面を点ける。

 見れば、どうやらインターネットを見ていたらしい。


 ……だけど、なんだろう。この先は見ないほうがいい気がする。

 何か、おぞましいものを見たから、ボクは床で寝ていた……と言うより、気絶していたんじゃないだろうか?


「うん。見るのはやめよう」


 結局、嫌な予感がしたので、見るのをやめた。

 さすがに間違って開いたら怖いので、タブも全部閉じておいた。

 こうすれば、ボクが何を見たかわからないはず。

 検索履歴は……まあ、いいかな。


「着替えて、下行こう」


 体はちょっと痛むけど、異世界での野宿に比べたら、部屋の床なんて可愛いものです。



「おはよー」

「おはよう、依桜。ご飯できてるから、食べちゃいなさい」

「うん」


 いつも通り、母さんがリビングで朝食を作っていてくれた。

 今日は、ご飯に味噌汁、それから漬物と、目玉焼きにソーセージ。

 うん。美味しそう。


「いただきます」


 いつものように朝食を食べていると、ふと、テレビのニュースに目が行った。


『続いてのニュースです。つい先日、『白銀会』と言うファンクラブのようなものが設立されたようです』


 ……なんだろう、すごく聞いたことがあるような名前。

 白銀、ね……。

 いや、ボクのことじゃない、よね?

 多分、白銀さんって言う人が立ち上げた、ボランティア活動を主体とした、自治体だとおも――


『白銀と言いますと、やはりあの少女に関することでしょうか?』

『おそらくそうだと思われます。九月中旬以降から、モデルやドラマのエキストラに出演し、世に出回ると瞬く間に全国に広まった少女を応援し、一つでも多くの情報を入手しようと躍起になっている、非公式のファンクラブとのことです』


 うわぁ、絶対これボクだよ。


 九月の中旬頃にボクは女の子になってるし、それ以降にモデルとか、ドラマのエキストラとかやってたし……ボクだよ。確実だよ。

 ……というか、いつの間に、そんなことになってたの?

 あまりにも突然の出来事に、思わず箸が止まってしまった。


『現在の会員数は定かではありませんが、最低でも一万人はいると思われています』

「いちっ……!」


 最低でも一万人って……。

 普通の一般人に対するもののはずなのに、なんでアイドルのファンクラブ並みの人数がいるの!?

 こういうのって、多くても五百人くらいじゃないの!?


『しかも、参加している年代はかなりばらけているらしく、老若男女問わず参加しているようです』

『つまり、それほど魅力的、ということですね?』

『はい。今現在も、様々な分野の芸能関連の事務所が、あの少女を躍起になって探しているそうです』

『なるほど。やはり、芸能業界としても、無視できない存在ということですね』

『そうですね。あそこまでの美貌を持った少女はなかなかいません。それこそ、数十億人に一人の逸材のような存在と言えるでしょう』

『これは、今後も期待が高まりそうですね』


 勝手に期待されても困るんだけど!?

 いや、ボク一般人! 素性とかはともかく、ごくごく普通の一般人なんだけど!

 というか、未だに芸能業界の人とか探してたの!? もう一ヶ月近く経ってるよ!? そこまでして引き入れたいと思うほどのものを、ボクが持っているとは思えないんだけど。


「それねー。依桜も、ずいぶん有名になったわね」

「有名って……ボク、一般人だよ」

「あなたはそう思ってても、あなたのその容姿は一般人レベルじゃないってことよ」

「そ、そうかなぁ?」


 まったくもって、実感がわかない。

 いつもいつも、美少女だ、女神様だ、なんて言われているけど……ねえ?

 何度言われても、ボク自身がそうとは思えない。


「うーん」


 なんだか、新たな問題が出てきたような気がするけど……今のところは実害がないし、頭の片隅に留めておくだけにしておこう。



「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」


 うん。いつも通りだ。


「依桜、ニュース見た?」

「ニュース?」

「ああ、お前のファンクラブができたっていう……」

「あー……うん、一応、チラッとは……」

「で、どう思ったの?」

「どうって……うーん、また変なのが出てきたなぁ、って感じかな?」


 それ以外にない気がするんだけど。


「それに、ファンクラブって、学園内にもうあるしね……」


 前に、晶たちが言ってたし。

 その人たちが、ボクに告白を使用としている人たちを阻止しているらしいけどね。

 ……そのあたりは、ありがたいような……阻止された人が可哀そうな人のような……。


「ファンクラブって言っても、特段何かしてるわけじゃないみたいだけどね」

「そうなの?」

「ええ。……ほら」


 そう言って、スマホを操作して、何かの画面をボクに見せてくる。

 そこには、


『白銀会 Informal Site』


 と、大きくジョブに表示され、その下にはボクの写真が貼られた、謎のサイトが。


「……これ、なの?」

「これね」


 ボクは絶句した。

 まさか、サイトも作ってたなんて……。


 いくらなんでも、本気すぎませんか!? あと、普通に非公式って書いてあるし! いや、公式って書かれてたらさすがに嫌だけど!

 しかも、無駄にクオリティが高くて、よく見るような公式ファンクラブのサイトと比べてもそん色ないレベルだし。


「まあ、それにしても……このネーミングセンスよ」

「……まあ、微妙だよね」

「だな。これだと、ファンクラブというより、何かの自治体みたいだ」


 うん。それはボクも思ったよ。

 一体誰が発足させたんだろう、これ。


「おっはよー!」

「おーっす」


 と、ここで二人が登場。

 あ、女委だったら何か知ってるかな?


「おはよう、二人とも。女委、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「なになに? 依桜君のためとあらば、わたしのスリーサイズや、恥ずかしいことだって、教えちゃうよ~」

「そ、そそう言うのはいいから! って、服を脱ごうとしないの!」

「ふふふー。冗談だよ、冗談」

「し、心臓に悪いよぉ……」


 あはは、と笑う女委。

 本当に女委の冗談って、心臓に悪いから困る。

 いきなり、シャツのボタンに手をかけるんだもん。


「それで? 何が訊きたいんだい?」

「あ、うん。なんか、ボクのファンクラブができたってニュースでやってたんだけど、何か知らない?」

「あー、あれかぁ。知ってることと言えば……発足させたのは、学園祭に来て、依桜君に一目惚れした人たちだね」

「ひ、一目惚れ?」

「うん。多分、ミスコンが原因なんじゃないかなぁ」

「どうして?」

「もしかして、依桜の水着審査の時とかか?」

「お、晶君正解! 正確に言うと、喫茶店でやった時と、水着審査の時の二つだね。で、この二つで共通して、依桜君がやったことは?」

「え? えっと……笑顔?」


 たしか、両方とも、人に言われてやった記憶がある。


「そう! その時の依桜君の笑顔はね、その場にいた人たち全員を魅了し、一目惚れした人が続出したんだよ!」

「そ、そんなことで?」

「そんなことって……依桜、あなた、やっぱり自己評価が低いわね。それも、かなり」

「いや、この場合、自己評価云々よりも、単純に鈍感だからじゃね?」

「なるほど、たしかにそれはありあえる」

「少なくとも、自分に向けられている好意に気づかない時点で、鈍感だもんね!」

「ボク、結構鋭いほうなんだけど……」

「「「「そんなまさか」」」」


 ……酷い。

 即答で否定しなくても……。


「こ、これでもボク、気配とかには敏感なんだよ? どの方角に何人いるとか、不審者が誰を狙っているのか、とか」

「確かにそれは敏感だが、俺たちが言っているのは、そう言うのじゃなくて、感情的なものだぞ?」

「え? でも、敵意とかならわかるよ?」

「……ああ、そうだな」

「依桜君って、時折天然な反応するよねー」

「依桜にとっては、感情を敵意だけだと思ってるのか?」

「さ、さすがにそこまでじゃないよ。敵意以外だと……こう、まとわりつくような感じの、ねっとりした感じの視線、とか?」

「「「「……」」」」


 あれ、何も言わなくなっちゃったんだけど。

 なんで、みんなは可哀そうな人を見る目をボクに向けているんだろう?

 え、何かボクの発言におかしなところあった?


「いや、まあ、なんだ。前も言ったが、別に、欠点ってわけじゃないと思うし……いいと思う、ぞ?」

「なんで、最後疑問形?」

「正直、依桜に何を言っても直らないと思うし、気にしなくてもいいと思うわよ」

「それ、直る見込みなしって言ってるよね?」

「依桜君の場合、素晴らしいステータスだよ! 滅多にいないからね!」

「いやあの、普通に馬鹿にしてない?」

「はっはっは! 鈍感じゃない依桜とか、ちょっと戸惑うしな!」

「態徒コロス」

「だから、なんでいつもオレだけ脅迫されるんだよ!?」


 だって、ね?

 態徒にそう言う風に言われると、ちょっと……というか、なんとなくイラッとくるし。


「まあ、態徒君のことは置いておくとして。……つまるところ、依桜君のファンクラブができた原因は学園祭。で、中でもそこで一目惚れして、熱狂的なファンが立ち上げたのが、白銀会っていう組織なんだよ」

「そ、そうなんだ」


 一目惚れ、ね。

 現実にいるんだ、そう言う人。

 ここでボクが、『一目惚れする要素なんてない』みたいなことを言ったら、即否定が来るんだろうなぁ、今までの経験則から行って。


「じゃあ、学園にあるファンクラブは?」

「そっちは、普通にこの学園の生徒が作ったやつだね。ちなみに、参加しているのは学園の男子生徒の7割と、女子生徒8割だね。ちなみに、教職員のほうも5割くらい」

「おかしい! おかしいよ、その人数!」


 学園にいる人の、ほぼ半数が参加してるってことだよね!? 怖いんだけど!

 何? ボクは今まで、それに気づかずにずっと生活してたってこと!?


「そこまで広がってたとは……下手をしたら、生徒会長とかよりも有名なんじゃないか?」

「さすがに、生徒会長のほうが有名だと思うけど……」


 肩書き的に。

 ……あれ、ちょっと待って。


「この学園の生徒会長って、どんな人だったっけ?」

「何言ってるのよ。自分の学園の生徒会長くらい……あら? そう言えば、どんな人だったかしら?」

「二人とも何を言ってる……って、いや、確かに、どんな人だった?」

「やばい。オレも思い出せねぇ……」

「わ、わたしも。おっかしいなぁ……」


 生徒会長がどんな人だったか忘れる事態が発生してしまった。

 なんとなく、周囲を見回すと、聞き耳を立てていたからなのかはわからないけど、みんな生徒会長がどんな存在だったかを思い出そうとしていた。

 あ、あれ? 本当にどんな人だったっけ?

 え、えっと確か、目があって、鼻があって、その下に口があって……ダメだ。それしか出てこないっ……


 た、確か、入学式とか、新入生歓迎会とかで見た記憶があるのは覚えているんだよ。

 でも、肝心の顔が全く思い出せない。


(((せ、生徒会長、どんな人だったっけ……)))


 朝のHRは、クラスの生徒全員が同じ疑問を抱え、うんうんと唸っていた。


 なお、後で確認したところ、生徒会長は権蔵院菊之丞と言う名前の、男子生徒でした。

 容姿は……その、眼鏡をかけた人で、みんなからは『普通』と言われるような容姿でした。

 ……名前と容姿のギャップがすごい人だった。

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