第83話 応援団員の本気(欲望)

 時が少し進んで土曜日。

 これと言ってなんでもない日だったので、依桜はやることがなく、時間を持て余し、結局家でゲームをして過ごすことにした。

 そんな、依桜が家でゴロゴロしていること、学園の被服室では。


『くそぉ! マジで追い付かねえぞ!?』

『諦めるな! これさえ乗り切っちまえば、俺たちは露出度が高い、チア衣装が見れるんだぞッ!』

『た、確かにそうだが、さすがに十八人分の衣装を四日程度で作るとか、バカげてるぞ!?』

『男子! 話してる暇があるのなら、さっさと作りなさいよ!』

『うるせぇ! こっちだって、必死こいてやってんだよッ!』


 こんな風に、西軍の応援団の生徒(依桜と晶を除く)が、猛烈な勢いで衣装作りに励んでいた。

 その状況はまさに、粉骨砕身である。

 もはや、身や骨を削るだけでなく、確実に命まで削ろうとしているが。


『あんたちだって、依桜ちゃんのチアガール姿見たいでしょ!?』

『んなもん、当然だろ! 銀髪巨乳美少女のエロいチアガールが見たくないわけねえだろ!』

『男で見たくねえと言うやつは、ホモか悟りを開いたやつくらいだ! 絶対、彼女持ちでも見たがるね!』

『ほんっと、男子って単純』

『そんなこと言って! お前らもそれが目当てだろ!』

『ええ、当然! あんなに可愛い娘なんて滅多なにいないから! 男の娘の時ですら、是非やってもらいたかったもの! というか、なんで女の子じゃなかったのか、って女子たちの間では常に言われてたの!』


 とまあ、こんな感じである。

 事実、依桜を見たことがある女子たちは、基本的に、なぜ女の子じゃないのか、と不条理な話だと言い合っていた。


 そもそも、依桜の女子力はかなり高く、小学校の林間学校にて、ほとんど依桜主導でカレー作りをしたり、掃除、洗濯、何でもござれだったためか、家庭科の成績では、一番上以外を取ったことがないほど。

 女子たちは、それを見て、


『女子力たけぇ……。嫁に欲しい』


 と思ったらしい。

 依桜が聞いたら、『ボク男! お嫁さんはおかしい! ボクの場合は、お婿さんだからね!?』と言いそうなものである。


 ちなみに、そう言った発言をしたのは、女子だけでなく男子もだったりするが……依桜が聞いたら、卒倒ものだろう。


 それと、女子から見た男の時の依桜は、とにかく羨ましい存在だったとか。

 まず、シミ一つないきめ細かな白い肌。まつ毛も長く、髪もさほど手入れをしているわけではないにも拘らず、サラサラで、癖一つない。唇だって、リップを塗っていないのに、艶がありとても柔らかそうな桜色。

 その上、華奢で線も細く、太らない体質と来た。


 そんな恵まれた体を持ちながらも、性別は女ではなく……男。

 毎日気を遣って手入れやら、メイクやらをしている世の中の女性を馬鹿にするかの如く、依桜はある意味優れた容姿をしていた。


 依桜自身は、男らしくなりたい、と常日頃から考えていたが……それを知った女子たちは、嫉妬した。


 それと、依桜は自分を髪と瞳の色を抜きにしたら、平凡でちょっと中性的な顔立ちの人間と言っていたのも、女子たちが嫉妬した理由の一つではあるが……何分、依桜は性格がよく、謙虚で周りに気を配るという、できた人間だったので、嫌がらせやいじめとは縁遠かった。

 周囲の人が、依桜の欠点は何か、と聞かれれば声をそろえて、


『性別』


 と言うほどだ。

 そして、そんな周りの思いが通じたのか、依桜はある日突然本当に女の子になるという事態に発展。


 色々と、不思議な体質をするようになったが……そこは、叡董学園の生徒。誰も気にすることなく、受け入れてしまったのだ。

 依桜としては、詮索されないのでありがたいと感じているところではあるが。


『俺たちのことを、変態だの不潔だの言ってくる割には、女子のほうも大概じゃね?』

『ふっ、あなたたちは異性。でも、私たちは同性だから』

『いや、それを言ったら、元々男なんだぜ? だったら、俺たちも同性だろ』

『はぁ? それはちょっと前までの話じゃない。今は女の子よ、女の子!』

『そっちこそ何言ってんだよ! 男女は今でこそあの外見だが、中身は男だぞ? なら、同性と言ってもおかしくないだろ』

『とか何とか言って、合法的に触りたいとか、そんな考えなんでしょ?』

『そ、そんなわけねえし? あわよくば、練習中に触れあいたいとか思ってねえし?』

『そんなことはさせない! 依桜ちゃんはね、私たちとくんずほぐ――んんっ! 練習するのよ!』

『女子のほうがひでえじゃねえかよ!』

『何よ!』

『なんだよ!』


 とまあ、こんな感じに、男子対女子の構図が出来上がっていたりするが……作業する手は一切止まっておらず、一心不乱に衣装作成をしている。

 男子たちのほうに被服部の生徒はいないが、依桜のチアガール姿が見たいという欲望のためだけに、才能やら何やらが限界突破している模様。

 と言う以前に、言い争いをしながら衣装を作るという、軽く人間離れした業を使う時点で、限界突破どころの騒ぎではないと思うが……人間とは、欲望があれば何でもできるのかもしれない。


 言い争いをしながらも、衣装製作は順調(殴り合いや罵倒をし合うことも含めないのであれば)に進み、衣装が完成したのは、まさかのまさか。月曜日の朝だった。



「おはよー」


 土曜日と日曜日は、これと言ってやることもなく、久しぶりにゆっくりできた。

 手持ち無沙汰だった、と言うのもあるけど、いい気分転換になったかな。

 ……九月から、結構酷い生活になってるからね。


 そんなわけで、新しい週になり、学園へ。

 挨拶しながら教室へ入ると、何やらちょっと騒がしい。

 よく見ると、晶と未果だけじゃなく、女委に態徒までいる。

 あれ、珍しい。

 ……晶が死にかけているのがちょっと気になるけど。


「お、来たか依桜!」

「えっと、これはどうしたの?」


 ボクに気づいた態徒が、満面の笑みで話しかけてきた。

 なので、クラスの現状について尋ねた。


「いやぁ、ははは! 依桜のおかげで、西軍の応援団の服装が、結構素晴らしいものになったって聞いてよ」

「あ、チアガール?」

「そうそう! まさか、依桜君がOKするとは思わなかったけど、わたしたち的には大変ありがたいのですよ!」


 あー、だから男子のみんなが嬉しそうなんだ。


「じゃあ、女の子のほうは、なんで嬉しそうに?」

「晶の机の上にあるあれよ、あれ」

「あれ? ……あ」


 晶の机の上にあるのは、その……つい、ボクが提案してしまった、あの衣装。王子様風の衣装(かぼちゃパンツ)が、机の上で広げられていた。

 それを見た晶が、死んだ魚の目でその衣装を凝視していた。


「あってことは……依桜、あれが何か知っているのね?」

「まあ、その……うん。実は、ね――」


 先週の集まりにあった出来事を説明。

 最初は楽しそうな表情をしていたクラスのみんなだったけど、ボクが出した条件の話をした途端、


『『『男女(依桜ちゃん)ェ……』』』


 ドン引きされてしまった。


「依桜……やることえげつないわね」

「たまーに、ブラックな依桜が出てくるけどよ……今回のはまた、一段とえぐい」

「さっすが依桜君! わたしたちじゃ思いつかないことを平然と言ってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」

「……今回の依桜の条件は、本気で死にたくなったぞ、俺」

「あ、やっと言葉を発したわ」


 その言い方から察するに……さっきまで、ずっとあの死んだ状態だったってこと?


「……ごめんね、晶」


 すごく申し訳なくなった。


「いや、いいんだ……。考えてみれば、依桜だって、この二ヶ月間、衣服には悩まされてたみたいだしな……。それに比べたら、一回くらいで死ぬとか、依桜に申し訳なくてな……」


 笑顔なんだけど……何と言うか、妙に哀愁漂うと言うか……。

 これ、大丈夫なの?


「で、でも、晶だって、最近人間関係で困ってるって……」

「はは……依桜に比べたら、なんのそのだ」


 どうしよう。目に生気を感じない!

 自分でやっておいてあれだけど……晶だけ、衣装を変えればよかったかもしれない……。

 ただでさえ、晶はおかしな人に告白されたり、ストーカー被害に遭ったり、ヤンデレな人に、血文字と思わせる様な、狂気的なラブレターを送られたりして、精神的にちょっと危ない状況になっているのに……。

 ……本当に申し訳ないよぉ。


「晶、本当にごめんね……」

「依桜が謝る必要はないさ……。俺だって、依桜の立場だったら、ああしてたと思うしな……」

「これ、相当重症ね。……依桜、どうするのよ?」

「……ちょっと、晶だけ衣装を変えられるか、試しに訊いてみるよ」

「そうね。さすがに、その……晶が可哀そうだわ」

「それは同感」

「わたしは面白いと思うけど……この晶君はちょっと、同情するかなぁ」


 みんな、優しい人で良かったよ……。



「――と言うわけでして……その、晶だけ衣装を変えてもらうことって、できますか……?」


 放課後、ボクは団長さんと衣装を担当した人を呼び出し、晶のことを相談していた。


『ふむ……俺的にはそこまで問題はない』

『私も大丈夫だけど……』


 団長さん――獅子野先輩は特に問題はないらしく、否定はしてこなかった。

 でも、衣装を作った人――江崎先輩は、難しい顔をしていた。


「……ダメ、ですか?」

『い、いえ、そう言うわけではないのだけど……さすがに、こっちも金土日の三日間、三徹でね……さすがに、疲れちゃって』

「で、ですよね……。すみません、無理言っちゃって……」


 やっぱり、ちょっと厳しそうみたい。

 ……でも、どうしよう。

 ボクに、衣装を作る知識やスキルなんてないし……できても、人形の洋服を作ったりするくらいだし……。

 諦めるしかない、のかなぁ……。


『あー、えっと、依桜ちゃん?』


 諦めようかなと思った矢先、江崎先輩に声をかけられた。


『その、ね? 私としては、依桜ちゃんのお願いを聞くのはやぶさかではないの』

「え、ほんとですか?」

『もちろん。一着だけなら、そこまでの労力ではないから』

「そ、それじゃあ――」

『ちょっと待って』


 ボクの声を遮るように、江崎先輩が手で制止をかけてきた。


「えっと……やっぱり、ダメ、ですか……?」

『ち、違うの! べ、別に断るわけじゃなくてね?』

「じゃ、じゃあ……どうしてですか……?」

『一つだけ、お願いがあるの』

「お願い、ですか? えと、ボクにできることであれば」


 実際、ボクもちょっと無理なお願いだとわかっているし、あの条件だって、まさか本当に受けてくれるとは思わなかった。

 なので、ボクにできることであればなんでも受けるつもり。


『ほんと!? じゃ、じゃあ……言ってほしいことがあるの』

「なんでしょうか?」

『その……お、お姉ちゃん大好き、って言ってほしいなぁ、って』

「え、そんなことでいいんですか?」

『そ、そう。それで、できれば笑顔で、ちょっと幼い感じの声で、最後に❤がついてそうな感じでやってもらえると……』


 け、結構オーダーが細かい。

 幼い感じの声って言うと……あれかな。ボクが小さくなってる時くらいの、声のトーン。

 多分できるとは思うけど……ちょっと恥ずかしいような……。

 ……ううん。でも……それを言えばやってもらえるのなら、


「わ、わかりました」


 やるしかない、よね。

 ……これも晶のため。


「じゃ、じゃあ行きます」

『うん! ばっちこい!』

「すぅー……はぁー……お姉ちゃん、大好き❤(ロリボイス)」


 暗殺者時代に培った演技力をフルに使い、言った。


『ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』


 頼まれたセリフを言った瞬間、江崎先輩はガッツポーズをしながら、謎の大声を上げだしていた。


『ちょ、江崎お前! ずるいぞ!』

『力がっ! 力が漲ってきたぁああああああああああああ! いける! これで、あと一ヶ月は不眠不休で動けるぅぅうううううううううううう!』


 そんなことを言いながら、江崎は猛ダッシュで教室から出て行った。

 ……なんか、スーパー〇イヤ人みたいに、金色っぽいオーラのようなものが体から出てたんだけど……きっと幻覚、だよね?


『くっ、あいつめ、一人だけいい思いをしやがって……! っと、すまない男女。俺もこれで失礼させてもらう!』

「あ、は、はい。ありがとうございました」

『ではな!』


 ばひゅん! と言う音が聞こえそうなほどのスピードで、獅子野先輩は江崎先輩が走り去ったほうへ向かって、全力疾走していった。


「あ、嵐みたいな人たちだったなぁ……」


 でも……なんだろう。

 さっき言ったセリフ、妙にしっくり来てしまったのが複雑なんだけど……。

 しかも、かなり自然に言えちゃったし……。


「や、やっぱり、精神面も女の子化が進んでる……の?」


 ……これ以上考えるのはやめよう。

 ちょっと怖いから。


 後日、奇声を上げながら全力疾走するヤバイ女がいる、という噂が校内に広まったけど……ボクは、聞かなかったことにした。

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