第84話 朝の騒動
「依桜、ありがとう……」
次の日、教室に着いて早々、晶にお礼を言われた。
それも、心の底からの感謝だった。
「えっと、どうしたの?」
さすがに、昨日の今日で衣装ができてるはずがない――
「さっき、教室に着いたら、昨日置いてあった衣装の代わりに、この衣装が置いてあってな……」
そう言って、晶が両手に持って広げた衣装は、わずかに昨日までのあの衣装の面影を残しつつも、漫画などで見かける様な、かっこいい王子様風の衣装が。
え、ちょっと待って?
「あの、それ……頼んだの昨日、なんだけど」
「……は? ほ、ほんとか?」
「う、うん。昨日の放課後に頼みに行ってたんだけど……しかも、三徹していたのに」
「……何それ、化け物?」
うん、未果の言いたい気持ちはわかるよ。
「依桜君、何したの?」
「どう考えても、三徹の人間が一日で衣装一着作るとか、普通あり得ねえよ。絶対、依桜が何かしたよな?」
「えっと、普通に、言ってほしいことがあるって言われて、それを言っただけだけど……まさか、それだけでできるとは思えないし……」
言った直後に、謎の大声を発しながら金色のオーラを全身から出していたけど。
「へぇ? どんなセリフを頼まれたんだ?」
「幼い感じの声で、『お姉ちゃん、大好き』って。あと、最後に❥がついてるような感じでとも言われたよ」
「あー、なるほど……まあ、わかったわ」
みんな、至極納得したような表情になった。
何に納得したの?
「それはたしかに……一日で完成させるな」
「依桜みたいなやつに、そんなこと言われたらなぁ……」
「でもでも、どんな風に言ったの?」
「ふ、普通、に?」
女委にその時の言い方を尋ねられたけど、あまり言いたくない……。
なので、ここは誤魔化しておくに限るね。
「普通、ねぇ?」
あ、未果が何かを企んでいる時の笑顔に!
これ、絶対よからぬことを考えている時の顔だよ! ニヤッとしてるもん、ニヤッて!
「ねえ、依桜」
「お断りします!」
「まだ何も言ってないわよ?」
「言わなくてもわかるもん! 絶対『その時と同じように言って』とか言うんでしょ?」
「ご明察!」
「やっぱり!」
「さあ、言うのよ!」
「い、嫌だよ! あれ、恥ずかしいんだもん……」
しかも、妙にしっくりくるから、余計に言いたくないし……。
それに、一応同い年だよ? 未果の方が、ボクよりも早く生まれていても、同い年にお姉ちゃん、って言うのは、ちょっと……。
「えー? 聞きたーい」
「聞きたいじゃなくて! 絶対に嫌!」
「依桜君、わたしも聞きたいなー」
「なんで!?」
「だって、依桜君のそう言うセリフとか聞いてみたいし? それに、こういう時でないと、チャンスはないからね!」
「そ、そうは言っても……ボクだって、条件として出されたから言ったわけであって、今は言う理由がないんだけど……」
実際、何かの条件に、と言う理由じゃない限り、ああいったセリフは言わないと思う。
というか、言いたくない。
好き好んで言う人は……目立ちたがりか、自分が可愛いという絶対の自信がある人くらいなんじゃないだろうか?
あとは、将来声優を目指してるから、っていう場合。
ボクはどれでもないので、言いたくないです。
「じゃあ、何か条件があればいいの?」
「そ、そうかもしれないけど……ボクが言うような条件はないとおも――」
「これ、なーんだ?」
「――ッ!」
どこからともなく、女委が一枚の写真を取り出し、ボクに見せてきた。
その瞬間、ボクの顔が一瞬で熱くなったのを感じた。
だって、その写真は……ズボンが脱げて、思いっきりくまさんパンツを晒している時のものだったから。
しかも、その場でへたり込んで、涙目の上に、顔を真っ赤にしている、なんていうすごく恥ずかしい写真。
「ふふふー。これを江口アダルティー商会に流されたくなければ、言うのです!」
「ひ、卑怯だよぉ!」
まさかの、脅しを使ってきた。
やっていることが、完全に悪人のそれ。
それに、写真を流す場所が、確実にアウトな場所なんだけど! それ、学園祭の時にも、非公式で出店してたとこだよね!? 盗撮写真とか、盗撮動画とか、いろんなものを撃っていた場所だよね!?
な、なんて恐ろしいところに!
「この写真がばら撒かれたくなかったら、言うんだよ!」
「あ、あぅぅ……」
ど、どうしよう……。
あの写真が流されるのは、さすがに……。
で、でも、あのセリフも結構恥ずかしい……。
「うわぁ、女委のやっていることが、結構えげつないわ」
「だな。あの写真の時の依桜、少しトラウマになってるみたいだしな」
「まあ、あれはね……。実年齢十九歳の高校生が、くまさんパンツを穿いているって言う事実を知られたら、ね」
「地獄だよな」
「でもよ、あの時の依桜って、若干精神年齢のほうも下がってる気がしたぜ?」
「たしかにそうね。依桜ってなかなか泣かないもの」
未果たちが何か話しているようだけど……話すんだったら、こっちを助けてほしい。
「さあ、依桜君どうする?」
ここまで嫌な笑顔を、ボクはかつて見たことがあっただろうか?
……ないね。女委は、笑顔がスタンダードだけど、ここまで邪悪な笑顔は見たことがない。
ちょっと悪い笑顔をする時はあったけど、その場合はエッチな方面の時だった気がするし……。
言わなかったら、不特定多数の人たちに、あの恥ずかしい写真が流出しちゃう……かと言って、あのセリフをこんな公衆の面前で言うのも死にたくなるくらい恥ずかしい……。
でも、言うだけなら一時的だし……言わなかった場合は、半永久的に写真が出回ることになっちゃう……。
……仕方ない、か。
「わかったよ……言うよ」
「やった! じゃあ、どうぞ!」
うぅ、人の気も知らないでぇ……。
って、ボクが言うことになった瞬間、周りの人も話すのをやめて、こっち見てるんだけど!
よ、余計に恥ずかしくなってきたよぉ……!
で、でも、言わないとばら撒かれちゃう……それだけは阻止しないと。
「……じゃ、じゃあ、行くよ」
「どうぞ!」
「お姉ちゃん、大好き❤(ロリボイス)」
昨日の江崎先輩が言ったオーダー通りに、ボクはセリフを言った。
笑顔で、幼い感じの声で、❤が付いてそうな感じの。
『『『ぐはっ!』』』
その瞬間、聞いていたクラスの人全員(晶を除く)が、胸を抑えて倒れた。
「な、なんて萌え声っ……! い、依桜君の萌え力が無限大すぎるぅ……!」
女委は何を言っているんだろうか?
萌え力って何?
「やべえ、依桜のロリボイスが可愛すぎて、萌え死にする……」
「で、でもこれ、依桜が小さい時にやらなくてよかったわね……じゃなきゃ、全員死んでるわよ」
未果も未果で、一体何を言っているんだろう?
声だけで人が死んだら、日常的に人が死ぬことになるんだけど。
『男女のロリボイス、マジ神がかってる……』
『ボイス販売とかしたら、絶対買うわ……つか、どれだけ高くても、絶対手に入れてぇ』
『だ、誰か今の、録音した人いる? いたら、言い値で買うわ』
『お、おい大変だ! 松戸が息してねぇ!』
『うわ、マジだ! めっちゃ安らかな顔して死んでやがる!』
「えええ!? し、死んじゃったの!?」
た、大変なことになっちゃったよぉ!
クラスメートの松戸君が死んじゃったんだけど!
「ど、どどどどどうしよう!?」
「お、落ち着きなさい、依桜」
「み、未果、ボク、どうすれば……」
突然の事態に、おろおろしてしまう。
だ、だって、ボクのせいで人が死んじゃったんだよ!? 車とかに轢かれたわけじゃなくて、声を聴いたから死んだ、なんてすごくどうでもいい理由で死んじゃうなんて、松戸君が可哀そうだよ!
「こ、こういう時はね……死んでる人の近くで、『起きてお兄ちゃん』と言えば、なんとかなるの。もちろん、さっきと同じ声音で」
「ふぇ!? そ、それを言うの……?」
「依桜だって、殺人犯にはなりたくないでしょ?」
「……う、うん。わかった。やってみる!」
(チョロいわね)
うん? 今、一瞬未果がほくそ笑んでいたような……気のせいかな?
って、今は松戸君の蘇生が先!
ボクは急いで、松戸君の近くへ駆け寄る。
「え、えとえとえと! ……お、起きて、お兄ちゃん!(ロリボイス)」
『ふぉあ!?』
「ひゃっ!」
ほ、本当に起きた!
声をかけた瞬間に、がばっと松戸君が起き上がって、悲鳴が出ちゃったけど。
『か、川の向こう岸で、超絶可愛いロリが手招きしてたっ……!』
……えっと、松戸君ってあれなのかな? その……『ろ』で始まって、『ん』で終わる人。
『す、すげえ、マジで息を吹き返しやがった!』
『しかも、男女に起こしてもらうとか……くそ! なんて羨ましいんだ!』
『ロリボイスで蘇ったあいつを、今度からは、松戸ではなく、ロリ戸と呼ぶことにしよう』
『『『異議なし!』』』
『ちょ、お前ら!? 俺はロリコンじゃねえぞ!?』
『いや、誰もロリコンとは言ってないぞ?』
『ふむ。つまり貴様は、ロリコンの自覚があったわけか』
『……サイテー』
『ロリ戸君、今後、小さくなった依桜ちゃんには、半径一メートル圏内には入らないでね』
『ぬ、濡れ衣だあああああああああああああああ!』
よ、よかったぁ……ちゃんと蘇生できて……。
もしできなかったら、師匠直伝の『スライムでもできる、人間蘇生! ~後遺症? 生きてりゃいいんだよ!~』を、実践しないといけないところだったよ。
向こうの世界の人なら、ギリギリ後遺症なしで蘇生できるけど、こっちの人だと、体がそこまで強くないから、最悪半身不随になりかねないほどの後遺症が残っちゃうから、助かったよ……。
ちなみに、蘇生方法については……黙秘させていただきます。
……言葉にするのもおぞましいほどのものなので。
「しかし、依桜も大変だな」
「晶は無事だったんだね」
「……多少はドキッとしたが、倒れるほどじゃないな」
「くっ、イケメンは慣れてるってか? けっ、お前なんか、幸せになっちまえ!」
「態徒、それ悪態をつけてないわ」
「なんだかんだで、友達思いだもんねー」
いつのまに、未果たちも復活していた。
「みんなも大丈夫?」
「ええ、ハートブレイクされたけど、全然問題なしよ」
「オレも無事だ。……どっちかと言えば、さっきの依桜の声を録音できなかったことが、ものすごく悔しいが」
「態徒は後で、〆るね」
「だから、なんでオレにだけ辛辣なんだよ!?」
態徒だからです。
「わたしも大丈夫だよー。……あとで下着替えないと」
「女委、今何か変なこと言った?」
「ううん、言ってないよー」
……幻聴だったのかな?
ま、まあ、女委だし、さすがに酷すぎることは言ってない……よね?
「平気そうでよかったよ。……まさか、死人が出るとは思わなかったけど」
「多分、可愛すぎる依桜のロリボイスを聞いて、幸福感がオーバーフローを起こしたのでしょうね」
「世の中のロリコンが聞いたら、確実にロリ戸のようになりそうだもんな」
「恐るべし、依桜君」
「ぼ、ボクは殺人鬼じゃないよぉ」
((((無自覚って恐ろしい……))))
このよくわからない騒ぎが収まったのは、戸隠先生が来た頃だった。
なんで、朝からこんなことになったんだろう……。
ちなみに、女委にあの写真をどこで撮ったのか訊いたところ、どうやら超小型カメラを持っていたらしく、それで撮ったそうです。
そのカメラは、ボクが責任を持って破壊しました。
女委が号泣してたけど、知りません!
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