第85話 競技の練習……だったのに
「と、言うわけで、今日から体育祭の競技種目の練習に入る。各自、自分の出場する種目の練習をするように! 解散!」
騒ぎが収まり、いつも通りの日程で授業が進み、体育の時間となった。
今週から、体育の授業は、種目の練習に入ることになっている。
と言っても、一部練習できない競技も存在しているので、人によっては……というか、半分くらいの人は練習をするのではなく、体力づくりをすることになるんじゃないかな。
体育祭の種目の半数近くが、練習ではできないものだし。
ボクも例外ではなく、ボクが練習できるのは一種目だけ。
二人三脚だ。
ほかの種目に関しては……練習できる競技と言うわけではなかった。
だって、障害物競走は当日までわからないし、美天杯は格闘大会だから練習のしようがない。そして、鬼ごっこのほうも、アスレチックと付いているので、当日にアスレチックが用意されると考えると、練習はできない。
障害物競走は、体力づくりを。美天杯は、技の確認やら、威力・キレ・反応速度などを強化に。鬼ごっこのほうは、たしか安芸葉町にアスレチックがあったから、そっちで体を少しでも慣らす、って感じかな。
最も、こっちの世界のアスレチックくらいなら、手を使わなくてもクリア出来ちゃいそうだけど。
多分、S〇SUKEに出たら、歴代最高記録を大幅に更新するだけでなく、途中にあるあの、なんて言えばいいんだろう? 何かにぶら下がって向こう側に渡るあれとか、使わないで向こう側に渡れる気がする。
あとは、ロープで一番上まで登る最終ステージとか、ロープ使わないで壁を蹴って、そのまま上がることもできるし、身体強化でそのまま飛び上がって上まで、なんてこともできると思うし。
それに、今のボクが体力づくりをしても、こっちの世界じゃほとんど体力はつかないと思う。
向こうの世界は、魔物とか師匠みたいな人とかが存在しているから修行のようなことができるわけだしね。
こっちの世界で修行ができるとしたら……砂漠とか、南極当たりじゃないかな。多分、ジャングルでもできると思う。
毒の心配もないしね、今のボクって。
毒耐性は結構重宝するもん。
こっちの世界の毒じゃ、ボクは死なないだろうし、効いてもちょっとお腹が痛いかなくらいのものだと思う。
「いーお君」
「わわっ……め、女委」
あれこれ考えていたら、後ろから女委が抱き着いてきた。
「め、女委、あ、当たってる! 当たってるよ!」
「ふっふっふー、あててんのよー」
「そ、そうじゃなくてっ」
「何をそんなに慌ててるんだい? 今の依桜君は女の子! わたしが抱き着いても、ちょっとした女の子同士のスキンシップにしか見えないよ?」
「そ、そうは言っても――ひぁんっ!」
「相変わらず、いいおっぱいだなぁ」
「ちょっ、め、女委っ、む、胸、揉まないでぇっ……!」
後ろから胸を揉まれたせいで、またいつものように変な声が出てしまった。
は、恥ずかしいよぉ……。
「ふぉおぉぉ! この形! 大きさ! もちもちと柔らかいのに、それでいてこの張り! さっすが依桜君! なんて理想的なおっぱい!」
「は、恥ずかしいこと、い、言わないでぇ! あと、いつまでっ、揉んでるの!?」
「おっと、これは失敬失敬。依桜君のおっぱいって、たまに揉みたくなるんだよねー」
「どういうこと!?」
『や、やばい、あれのせいで、まともに立てねぇっ!』
『美少女同士がじゃれ合うのって、やっぱエロいな』
『誰か! 誰か写真に収めてないのか! 動画でもいい! 男女の喘ぎ声とか、貴重なんだぞ!』
うん。誰かは知らないけど、後で記憶を消しておこう。
それと、なぜか前かがみになっている人の記憶も。
なんか、残しておいたら、知らないところでボクが恥ずかしい目に遭っているような気がするので。
「さて、イオニウムも貯蓄できたし、二人三脚の練習しよ、依桜君」
「イオニウムってなに!? そんな謎物質聞いたことないよ!?」
「え? イオニウムって言うのは、依桜君の全身から溢れ出る、エネルギー体だよ。100イオニウムで、一ヶ月は余裕だよ」
「そんなエネルギーはないよ! 誰が見つけたの、そんなの!」
「わたしー」
「だよね!」
そういう下らないことを考えるのは、大体女委だもんね! 知ってましたよ!
あと、全身から溢れ出てるって……普通になんか嫌なんだけど!
「さあさあ、やろうよ!」
「わ、わかったよ」
やろうと言う以前に、話をおかしな方向に持って行ったのは、大体女委だと思うんだけど……言っても無駄だろうなぁ。
「じゃあ早速……。依桜君、右左どっちがいい?」
「ボクはどっちでもいいよ」
「ふむ……じゃあ右だね」
「わかった」
ポジションが決まり、ボクが右側、女委が左側となった。
決めたところで、早速練習に入る。
お互いの足を布で縛る。
「よし、準備おっけい! 定番の1、2で行こうね」
「うん」
「「せーの」」
ボクが左足を、女委が右足を同時に動かし、一歩踏みだす。
それから、1、2と交互に足を動かし、前に進む。
いきなり走るのはちょっとハードルが高い気がして、歩きから始めたんだけど、
「1、2、1、2……やっぱり、わたしと依桜君の相性バッチリだね!」
「そうだね」
息ぴったりで動けたこともあって、あっさり走りに移ることができた。
そこでも、ミスをすることなく、すんなりとトラックを一周できた。
ただ、なぜかものすごく視線を感じたけど。
ボクだけじゃなくて、女委のほうにも視線が行っていたみたいだし……何だったんだろう?
依桜が感じた視線と言うのはもちろん、種目の練習や体力づくりを行っている生徒だ。
そのすべての視線が、依桜と女委の胸に行っていた。
もちろん、それには理由がある。
この学園において、一番の巨乳の持ち主は依桜である。
依桜が性転換する前のトップは、女委であったため、必然的に、依桜・女委の二人三脚ペアは、学園一の巨乳の持ち主と、学園二の巨乳の持ち主となる。
そして、それは走っている時、お互いの胸がぶつかり合い、それはもう、ぶるんぶるん、ゆっさゆっさと揺れまくっていたのである。
当然、思春期男子が見逃すはずもない。
美少女二人による二人三脚と言うだけでも素晴らしい光景だというのに、そこにさらに、滅多に見ることのできない乳揺れが見れるとあって、男子たちは大興奮だった。
『な、なんだあれは! し、新種の化学兵器か何かか!』
『ヤバイ! あの桃源郷のせいで練習どころじゃねえ!』
『し、しまった、鼻血が……』
『理想郷は、ここにあったのか……』
とまあ、かなり大変なことになっている。
依桜と女委が走っていることで、被害が色々な方面に飛び火した。
まず一つとして、彼女と一緒に二人三脚の練習をしている生徒がいた。
その彼氏の方は、あろうことか、依桜と女委の胸を見て、
『いいな……』
と呟いてしまい、それが聞こえていた彼女によって張り倒された。
この後、二人は破局し、後日、二人ともファンクラブに入会した。
その次に、美天杯に出場する生徒同士(しかも男女)で、簡単な試合を行っていたところ、不運なことに、男のほうが見惚れてしまい、女子生徒の割と本気なボディーブローが決まり、男がノックアウトされた。
さらに、一部のエリアでは、それを観戦していた男子たちが、その光景に大興奮して、とてつもない量の鼻血を噴きだし、それで出来上がった血溜まりに数多くの男子生徒が沈む、なんていう寄〇獣のワンシーンのような光景が出来上がったりもした。
被害が出たのはグラウンドで練習をしている生徒たちだけではなかった。
それは、校舎内の教室である。
今は、放課後でも昼休みでもない、普通の授業の時間。
つまり、教室ではごくごく普通の授業をやっているというわけだ。
そして、依桜のクラスの体育の授業は、全学年、全クラスの生徒、その上教師陣も把握している。で、今は体育祭の練習期間に入り、現在進行形でグラウンドでは楚の練習が行われている。
依桜が女委とペアを組んで二人三脚に出場することも、なぜか把握されており、授業を受けていた一人の生徒が、
『おい! 男女と腐女が二人三脚の練習してるぞ!』
と言い出すと、生徒全員……どころか、教師すら窓に張り付く始末。
もちろん、目当ては胸である。
しかも、末恐ろしいことに、『サイテー』とか『キモーイ』とか言いそうな女子生徒たちも、
『どきなさい! 依桜お姉様の素敵なお姿は、薄汚い男どもなんかには見せません!』
こんな感じで、むしろ先頭争いに参加する始末。
たかだか一人の生徒が走るだけで、授業が止まるというこの学園は、本当に大丈夫なのだろうか……。
「はぁ、はぁ……結構、疲れたぁ……」
「あはは。女委は、運動神経自体は悪くないけど、持久力はあまりないからね」
「依桜君がおかしいだけだよ。だって、結構な速さで走ってるのに、息一つ乱れてないんだもん」
「ボクの場合は、死ぬほど鍛えられてるからね」
本当に死にかけたけど。
「でも、やっぱり仲がいい人同士で組むと、かなりペースよく走れるよね!」
「うん、そうだね。幸い、このクラスの二人三脚に出るのは、ボクたちと、晶と態徒のペアだもん。相性はいいよね」
「だよね! やっぱり、イケメンと野獣のカップルっていいよね!」
……あれ。なんか今、解釈違いが起こった?
「女委、勘違いしてない?」
「勘違い? ううん? してないけど?」
「でも今、イケメンと野獣のカップルって言わなかった?」
「うん。やっぱり、晶君みたいなかっこいい人と、態徒君みたいなケダモノな人のカップリングって言うのは定番なわけですよ!」
「定番かどうかは知らないけど」
「定番なの! ほら見て、あの一角を」
「え? ……な、何あれ?」
女委が指さした先には、女の子の集団が。
しかも、全員同じ方向を見ている。
何を見ているのか気になって、その視線の先を追うと……
「はぁ、はぁ……やっぱ、晶は速いなっ」
「そ、そういう、態徒こそっ……っはぁ、はぁ……」
「へ、へへっ、オレたちと、依桜たちのペアなら、絶対勝てるよなっ……!」
「ああ、負ける気がしないっ……!」
汗を流し、呼吸を荒げつつもお互いに笑顔を向け合っている二人。
「――とまあ、あんな感じ」
「あんな感じって言われても……普通に、仲良くしているようにしか見えないよ?」
どう見ても、普通の男の友情な気がするんだけど。
「ふむ。じゃあ、さっきのところを見て」
「う、うん」
一体何を見せようと……
『はぁっ、はぁっ……! す、素晴らしぃぃ! なんてすばらしい光景ぃ!』
『妄想が、妄想がはかどるッ!』
『やっぱり、次の即売会のネタは、あの二人で決まりね!』
『あのポジション的には、左が変態で、右が晶君……素晴らしい! 私たちの桃源郷はここにあったのね!』
『でもやっぱり、依桜君が依桜ちゃんになったのは痛かったなぁ』
『だよねぇ。私たちの中での総受けって、依桜君だったもんね』
『あのまさにTHE・男の娘な容姿に、優しい性格! 押しに弱いところもあって、私たちの中では、理想の総受けキャラ!』
『依桜ちゃんもいいけど、私たちは依桜君派よね!』
…………なんて、反応に困る光景なんだろうか。
所々何を言っているのかわからない場面もあったけど、ボクが何かおぞましい想像をされているような気がして、背中がゾワッとした。
「依桜君ってね、うちの学園の腐女子の人に大人気だったんだよ。いかにも総受けって感じだったから」
「……その言葉の意味は全く分からないけど、少なくとも、ボクにとってはいい意味ではないということだけはわかるよ」
「依桜君もこっちの世界に堕ちればわかるよ!」
「行くじゃなくて、堕ちるなの!?」
「腐女子はね、上るんじゃなくて、下るんだよ」
「何を言っているのかわからないよ!」
「ちなみに、さっきの依桜君の総受けの一例をあげると、依桜君が(ピ――)されて、(ピ――)させられて、最終的に(ピ――)するんだよ」
「きゅぅ~~~~~………………」
そこでボクの意識が途絶えた。
「しまった。依桜君が気絶しちゃった」
依桜君には刺激が強かったみたいで、顔を真っ赤にしながら、目を回して気絶しちゃった。
あっちゃー、これ、依桜君が女の子になって、初めて登校してきた次の日と同じ反応だね。
あの時も、そう言う感じの話題だったし……もしかして、依桜君ってそっちの方に対する免疫が圧倒的にない、のかな?
下手をしたら、小学生よりも免疫がないんじゃないかな。
「とりあえず、邪魔にならないところに運ばないとだね!」
依桜君を抱えて、わたしは近くの芝生に移動した。
お詫びの印と言うわけじゃないけど、ここは、わたしの膝枕で寝かしておいてあげよう。
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