第36話 依桜ちゃんたちの旅行 中

「はっはっは! やっぱり、旅行は大人数が一番!」

「そうねえ」


 道中の車の中は、少し騒がしかった。

 まず、父さんと母さんはこんな感じに結構テンション高め。

 ボクたちもボクたちでテンションが高い。


「あ、ボクまた上がり」

「はぁ!? 依桜、お前強すぎだろ!」

「運ならたぶん負けないよ」


 今やっているのは、ポーカー。

 勝ち抜き戦のようなもので、最初の二人が勝負して、負けたほうがどんどん後退していくルール。


 今のところ、ボクが八連勝中。

 運なら本当に負けないからね。

 だって……


「つーか、ロイヤルストレートフラッシュを八回連続で出すとか、ほんとどうなってんだよ!?」


 こんな勝ち方だし。


 まあ、あっちでの幸運値は、何回も言っている通り、一番確率の低いものを引き当てる、っていうステータスだからね。


 つまり、ボクの現在の運というのは、確率が低ければ低いほど当たり、高ければ高いほど当たりにくい、という状況なわけです。


 これ、ほとんどの人は羨ましがるとは思うけど、一度このステータスになったらわかると思うんだけど、あまりいいものではないんだよね。


 幸運値とは言うけど、このステータスの本質というのは、『確率』に関するものだと思うんです。


 確率の低いものを引き当てる、という物である以上、くじや賭け事などに対してはプラスな意味で捉えられるかもしれないけど、これが高い確率で敵を一撃で倒せる、なんていう場合だったら、一撃で倒せない、ということになっちゃうかもしれないからね。


 まあ、これが正しいかどうかはわからないけど。

 違うかもしれないしね。


「依桜って昔から変に運がよかったからな」

「言われてみればそうね。昔、駄菓子屋の風船ガムとか連続して当たり引いてたし、きなこ棒も当たり連発させてたしね」

「でも、同時に変に不運だったけどねぇ」

「あー、たしかプレイしてたゲームが、通常あり得ない挙動をしたと思ったら、エラーを起こして、そのままクラッシュして壊れた、なんてことがあったな。家庭用ゲーム機で、しかもバグがほとんどないゲームだったのにな」

「あ、あはは……」


 そう言えばあったなぁ、そんなこと。

 確かあれは、中学二年生くらいかな?

 その時は、みんなで集まってボクの家で遊んでいた時だったっけ。


 その時プレイしていたのは、みんなで遊ぶパーティーゲーム。

 晶が言った出来事が起きたゲームは確か……アスレチックタイプのげーむだったかな?

 横スクロール型のゲームで、レース形式になってた覚えがある。


 で、ボクが普通にプレイして、先頭にいたとき、急に荒ぶりはじめて、キャラクターの首は伸び、胴体は曲がっちゃいけない方向に曲がったまま伸びに伸びて、ケミカル色に染まり、遥か彼方へとワープして画面が青一色になって、そのまま動かなくなったっていう状況。

 ……あの時初めて、家庭用ゲーム機がクラッシュして起動しなくなるっていうことを知ったよ。


「なんだかんだで、プラマイゼロだもんなぁ、依桜は」

「マイナスのほうが強い気がするよ、ボク」


 異世界へ行って、帰ってきてすぐに女の子になってるんだもん。

 そもそも、異世界に関することは全部マイナスな気がするんだけど。


「かもな! んで、次何するよ?」


 という感じに程よく楽しみながら、車は走る。



「さて、ここらへんでピクニックと行こうか」


 目的である旅館に行く前に、ボクたちは綺麗な紅葉が有名な観光スポットに来ていた。

 今は十月中旬なので、地域によってはちょうど紅葉シーズン。


 ボクたちが向かっている旅館の道中にも、紅葉が見れるスポットが存在していた。

 なので、せっかくだから寄っていこうということになった。


「たしか、この辺りには釣り堀があるらしいから、そこで釣りでもどうかな?」

「「「「「賛成!」」」」」


 父さんの提案に、みんな賛成していた。

 時期的には、あれだけど、養殖技術ってすごいよね、一年中獲れるんだもん。


 というか、ピクニックと言いつつ、釣りって……父さんの一貫性のなさはどうなっているんだろうか? いや、釣りもピクニック、なのかな……?



 というわけでボクたちは釣り堀に来た。

 みんな釣竿をレンタルし、餌を購入してからいざ釣りへ。


「ほい、一匹目」


 すると、物の数分で態徒が一匹目を釣り上げた。

 そう言えば態徒、釣りが好きって言ってたっけ。もしかして、特異だったりするのかな?


 ……あ、うん。得意なんだね。

 だから、そのドヤ顔はやめてほしい。ちょっとイラっと来る。


『今んとこ、オレしか釣ってないぜ?』


 みたいな表情もやめてほしい。


 見ると、父さんと母さん以外、態徒の表情にイラっと来てるのか、青筋が浮かんでいるように見える。多分、気のせいじゃないと思う。


 ……誰でもいいから、釣り上げてくれないかな。


「あ、私も」


 そんなボクの願いが届いたのか、未果が釣り上げた。

 それも、態徒よりも、サイズが大きい。


「なぬ!? くそっ、オレの天下が!」

「……開始数分で最初に釣ったからと言って、天下っていうのは、いささか調子に乗りすぎじゃないか?」

「うるせえ! 普段のオレの扱いを考えてみろ! 少しくらい威張ったっていいじゃねえか!」

「態徒君。そういうのは、自業自得って言うんだよ?」

「オレは悪くねえ! 悪いのは、周囲だ!」

「態徒。それ、クズの人間が言うことよ?」


 うんうんと、未果のツッコミに頷くボク含めた三人。

 典型的なダメな人の言い分だし。


 普段の扱いが悪いのは、単純に日ごろの変態具合が原因だということに気が付いていないのだろうか?


「お、俺も釣れたな」

「わたしもわたしも~」

「みんなすごいね。ボクなんて、まだ一匹も釣れてないよ」


 みんな連れているのにボクだけ釣れていない。


 父さんと母さんは、友達同士で、と気を遣ってくれたのか、ボクたちより離れたところで釣りを楽しんでいる。


 遠目に見たところ、向こうも順調に釣れているみたい。


 ほ、本当にボクだけ釣れてない……。


「むぅ……なんだかボクだけ釣れないというのも、ちょっと悲しい……」

「ま、始めたばかりだし、気長にな」

「そうそう。向こうのバカはほっといてもいいわ。どうせ、勝手に有頂天になっているだけだろうから」


 みんな慰めてくれた。


 ……あの、逆に気持ちが沈むんだけど。


 で、でも、まだ始まったばかりだもんね。

 釣れるよね!



 数十分後。


「つ、釣れないよぉ……」


 全く釣れていなかった。


「こ、ここまで釣れないと、なんかもう、しんどいわね」

「あぅぅ……」


 みんなは結構釣れているのに、ボクだけ未だにゼロ。

 すごく劣等感を感じるよ……。

 涙が出てきた……。


「な、泣かないで依桜君! 釣れるよ! きっと釣れる!」

「……ほんと?」

「うん! 日ごろの行いはいいんだから大丈夫だよ!」

「……うん。がんばる」

(((か、可愛い……)))


 ……なんでボクだけ釣れないんだろう?

 未果たちだって、それなりに釣ってるし、態徒なんてさっきから大漁だし……。

 はあ……釣れないかなぁ。



「にしても、不思議だな」


 依桜君が再び釣り始めたのを尻目に、晶君がつぶやく。


「何がかしら?」

「いや、ここの釣り堀にいるのは当然養殖だ。どちらかと言えば、天然よりも危機意識が低いはずだろ? だったら、依桜も俺たちくらい釣れていてもおかしくないと思ってな」

「言われてみれば、そうね。なんでかしら?」


 たしかに、晶君の言う通り、釣れやすいはずなのに、依桜君だけ釣れないのはおかしい。

 ここの釣り堀について調べてみたら、かなりつれやすいことで有名なんだとか。


 そんな場所で釣れない、というのも確かに変な話。

 あんまり釣りが得意じゃないわたしでも、釣れてるんだけどなぁ~。

 何か、依桜君にあるのかな?


「う~ん……あ、もしかして」


 うんうんとうなっていると、一つの可能性が頭に浮かんできた。


「女委、何か思い当たることでもあるのか?」

「うん。あのね、異世界にいた時の依桜君の職業って……」

「……ああ、なるほど。たしかに、それなら釣れなくてもおかしくないな」

「でしょでしょ? 多分そういうことだよね」

「……まあ、暗殺者ならね」


 そう、依桜君の異世界での職業は暗殺者。

 当然、殺しに特化した職業なので、生き物の本能的何かが働いても不思議じゃない!

 わたしだって、本能的に、


『あ、あの人絶対薔薇だ!』


 とか、


『むむっ、あの人は隠れ百合だね!』


 とか、わかるし。


 え? それとは違うだろって? いやいや、腐女子には当然のスキルだよ!

 って、わたしは誰に言ってるんだろうね?


 あ、違う違うそうじゃなくて、依桜君のことだった。


「多分、お魚さんたちは、本能的に依桜君が危険だって察してるんじゃないかな?」

「だろうな。多分……というか、大いにあり得る」

「むしろ、それで確定じゃない?」

「逆に、態徒君が大量に連れているのは、たいして危機感を覚えないくらい弱い、っていう意味なんじゃないかなぁ?」


 態徒君だし。


 武術をやってて、強くても、普段の立場とかを考えたら、弱く感じるもんね!


 今だって、


『っしゃあああああ! またゲットォォォォッ!』


 ものすごい笑顔で、バンバン釣り上げてるし。


「あり得るわ、それ」


 ちらりと態徒君を見てから、未果ちゃんが真顔で断言した。

 うん。未果ちゃんの真顔って、結構クルものがあるね!

 んっ……下着替えないと……。


「……女委。今、変なこと考えなかった?」

「んーん? なーんにも?」

「……そう。ならいいんだけど」


 危ない危ない。

 依桜君だったら、確実にバレてたよ。

 依桜君、鋭いからなぁ。


「それはそれとして、やっぱり、依桜君が釣れないのは、にじみ出るプレッシャーが原因だと思うんだよね」

「元暗殺者だし、依桜の本気がどれほどの物かはわからないが、常人にはない存在感やプレッシャーがあるからな」

「……というか、それを消せばいいんじゃないかしら?」

「できるのか?」

「でもでも、依桜君って暗殺者だったわけだから、気配を消す、みたいな能力があっても不思議じゃないよね!」


 なんてったって、暗殺者だからね!

 やっぱり、気配を消さないと。


「じゃあ、早速アドバイスてくるね!」



「ん、未果たちが何か話してる?」


 未だに釣れる気配がなく、少しずつ集中力が切れてきたので、息抜き? のためにちょっと周囲を見回すと、何やら未果たちが集まって何か話しているのが目に入った。


 何の話をしてるんだろう?


 という疑問が出てきたところで、タタタッと女委が小走りで駆け寄ってきた。


「ねえねえ依桜君」

「なに?」

「依桜君って、気配を消したりできる?」

「え? うん、できるよ?」


 気配遮断の能力は必須だからね、暗殺者。


「ほんと? よかった!」


 できることを伝えると、女委が嬉しそうな顔をする。


「えっと、それがどうかしたの?」

「あのね、試しになんだけど、気配を消して釣りをしてみてほしいなーって」

「よくわからないけど、わかったよ。試しにやってみるね」


 女委に言われた通り、気配遮断を使用してから、再び釣りをする。


「おお、本当に依桜君の気配が薄れたよ!」


 すると、


「あ、釣れた!」

「おめでとう!」

「うん! でも、なんで急に釣れたんだろう?」


 さっきまで全く釣れなかったのに、どうして気配遮断を使用したら釣れたのかな?

 そんな疑問を感じていると、ボクの心の内を見透かしたのか、説明してくれた。


「依桜君って、暗殺者だったでしょ?」

「うん、そうだね」

「でね? 依桜君は抑えているつもりなのかもしれないけど……というか、現にわたしたちは何も感じられないからあれだけど、お魚さんたちには、そうじゃなかったんだよ」

「えっと、なにが?」

「プレッシャーだよ」

「プレッシャー?」

「そうそう。圧倒的強者な依桜君がたとえ無意識で抑えていたとしても、お魚さんたちはそれを感じ取っていたんだよ!」

「な、なるほど……」


 だから、全然釣れなかったんだ……。


「……そうだよね。養殖と言っても、ここのお魚さんだって、元は自然で暮らしてたんだもんね。本能で感じ取ってもおかしくないよね」


 考えてみれば、向こうでもそうだったし。

 師匠に命令されて、よく動物を狩っていたけど、ボクに気が付いた瞬間、一目散に逃げて行ってたし……。


「そうだよ! だから依桜君は、気配を消せばバンバン釣れるよ!」

「そっか。うん、ありがとう、女委」

「いいよいいよ! 依桜君だけ釣れないのも、悲しいもんね!」

「女委……」


 うう、女委の優しさが心に染みるよぉ……。

 それに引き換え、態徒はずっと釣ってるし……。

 同じ変態でも、こういうところで違うんだなぁ。


「どうどう? 依桜君、見直した?」

「見直したも何も、ボク、女委が優しいっていうのはよく知ってるよ。だから、見直したというより、改めて認識できた、かな?」


 これでも、中学生の時からの付き合いだからね。

 四年近く一緒にいれば、気づくもん。


「お、おおぅ。ナチュラルに口説いてる……や、やば。下着が……」

「……あの、女委? 今何か、変なことを言わなかった?」

「な、何でもないよ! き、気のせいじゃないかなぁ?」


 女委の目が泳いでる。

 マグロみたいに、止まることなく泳ぎ続けてる。

 同時に、冷や汗もだらだらと。

 ……はぁ。


「まったくもぅ。女委って、自分でしたいいことを、自分で壊しに行くよね、いつも」

「にゃ、にゃはは! そ、そこは女委ちゃんクオリティですからね!」

「もぅ、何それ?」


 女委のごまかしに、ついつい笑みがこぼれる。

 言っていることが面白いというよりも、女委の必死さに、だけど。


 でも、普段変態的な言動や、行動しているけど、いざというときには、こうして人のために動いたり考えてくれるんだから、本当にすごいと思う。


 ……変態な部分が無くなれば、もっといいとは思うけどね。


「さあさあ、依桜君! どんどん釣ろう!」

「そうだね」


 勢いで乗り切ろうとしている魂胆が見え見えだけど、ここはお礼も含めて目をつむることにしよう。


 この後、時間が許す限り、ボクたちは釣りを楽しんだ。


 途中、態徒がダイナミック入水を果たして、びしょ濡れになったのをボクがばれない程度に風魔法で乾かしたり、態徒が自分の釣り竿の針で、自分で自分を釣ろうとして、勢いよく地面とキスをしたり、態徒が水虎に連れて行かれそうになったのを、ボクが助けに行ったりという、アクシデントに見舞われたけど、とっても楽しくて、思い出に残るものになりました。


 ……態徒が、問題を起こしすぎてる気がするけど。


 釣りを終えて、釣ったお魚を調理してもらって、お昼を摂ってから、再び車で移動。

 向かうのは、この旅行のメイン、温泉。

 楽しみな気持ちで胸をいっぱいにしながら、ボクたちは目的地の旅館へと向かった。

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