第35話 依桜ちゃんたちの旅行 上
エキストラを終えた次の日。
それは、ある意味いつも通りの日のこと。
今日、両親が二人とも遅くなるとのことで、夕飯を作ってほしいと頼まれ、ボクは学校帰りに、商店街に立ち寄っていた。
今時珍しく、御柱市の住人は商店街での買い物が主流だ。
スーパーなどもなくはないけど、食材の質などは圧倒的に商店街のほうがいい上に、値切り交渉などもできるとあって、この街の主婦にはかなりありがたい場所なのだ。
かく言うボクも、お買い物を済ませるときは商店街に来ている。
『お、依桜ちゃん! 今日は秋刀魚が安いよ!』
「わぁ、本当ですか? うーんと、じゃあ秋刀魚を三尾ください」
『ほい、毎度! これ、おまけの福引券ね!』
「ありがとうございます」
『あ、依桜ちゃん、今日はいい豚肉が入ってるよ!』
「いいですね。じゃあこれを四百グラムください」
『あいよ! はい、これおつりと、福引券ね!』
「ありがとうございます」
『おお、依桜ちゃん、どうだい? 野菜、買ってくかい?』
「うーん……じゃあ、ジャガイモ四つと、ニンジン二つ、あと玉ねぎ一つください」
『はい、毎度あり! これは、おまけの福引券』
「ありがとうございます」
ここの商店街の人たちとは、お互い昔から知っているので、こんな風にみんなフレンドリーに接してくれる。商店街って、人の温かみがあるから本当にいいよね。
あと、ここの人たち……というか、この街に住んでいる人によく見られるのは、基本的に能天気だということ。
ボクが女の子になっても、あまり驚かなかったどころか、むしろ歓迎したほど。
さっきの魚屋さんの反応と言えば、
『あれ? 依桜君、女の子になっちまったのか? ほほぉ! 随分と別嬪さんになったねぇ! これで、商店街に華が増えるってもんだ! はっはっは!』
こんな感じ。
肉屋さんのおばさんは、
『あらまぁ! 依桜君……じゃなくて、依桜ちゃん、ずいぶん可愛くなったねぇ! やっぱり、年若い子はいいねぇ!』
こんな感じ。
八百屋さんのおじいさんは、
『ほっほ! 依桜ちゃん別嬪さんになったねぇ。五十年くらい若かったら、おじいさん狙ってたよ』
こんな感じ。
普通にボクが女の子になったことに対して、疑問に思うどころか、普通に好反応を示してきた。
この辺りは、認めたくないけど、元々の容姿が原因だったんじゃないかなと思う。
ボクって、女の子よりの顔してたし、自分で言うのもなんだけど、華奢だったし……。
なにせ、十六年この街で暮らしていて、何度も通っている駄菓子屋のおばあちゃんに、普通に女の子だと間違えられたしね。
今はもう、男です、なんて訂正ができなくなっちゃったからね……。
でも、ここの商店街の人はみんないい人だし、ボクは大好きです。
「んーっと、とりあえず、お買い物はこれくらいかな?」
買いたいものは全部買い終わり、いざ帰ろうと思った時、ふと思い出した。
「そう言えば、福引券もらってたよね」
八百屋さんで三枚、魚屋さんで一枚、肉屋さんで一枚の計五枚。
ダメもとで引いてみよ。
「五回お願いします」
『あいよ! お、次は依桜ちゃんか! どんどんティッシュを貰ってってくんな!』
「あ、あはは」
いやでも、ティッシュってなんだかんだで使うし、別にあって困らないからいいんだけどね。
でも、おじさん。それをお客さんに言う?
視線を景品のラインナップに向ける。
えっと、特賞が、温泉旅行(金)。一等は4Kテレビ(赤)。二等が、冷蔵庫(青)。三等、折り畳み自転車(緑)で、四等は、一万円分の商品券(桃)。それで、五等がお菓子の詰め合わせ(紫)、か。で、参加賞はおじさんの言ったティッシュ(白)、と。
う~ん、強いて言うなら、自転車かなぁ。テレビはあまり見ないから宝の持ち腐れだし、冷蔵庫は最近買い替えたばかり。商品券はいつでも使えるけど、なんだか中途半端になりそうだし。お菓子は……まあ、それでもいい、かな?
温泉かぁ。温泉……良いとは思うけど、まあ当たらないだろうし。高望みはしない。
なるべく、三等狙いで、と思いながらガラガラを回す。
一回目……カランカランカラーン!
『おめでとうございます! 特賞、『一泊二日、神座温泉旅行』でーす!』
『おおおおおおおおおおおおお!』
「……え?」
まさかの、一発で金が出てしまった。
当たった瞬間、周囲から歓声が上がった。
みんな、おめでとう! と言ってくる。
『おめっとさん! いやあ、まさか当てちまうとはねぇ。さ、残り四回、ガンガン行ってくれ』
「は、はい」
ここからはダイジェストで。
二回目……赤 カランカランカラーン!
三回目……青 カランカランカラーン!
四回目……緑 カランカランカラーン!
五回目……紫 カランカランカラーン!
……なに、これ?
『す、すげえな……依桜ちゃん、ほとんど当てちまったねえ!』
「あ、あはは……」
ここまでくると、乾いた笑みしか出てこない。
おじさん、三回目の時点で、ちょっと引き攣った笑みを浮かべてたけど、四回目で逆に振り切ってしまったのか、半ばやけくそ気味になり、五回目ではいっそ清々しいという表情をしていた。
……なんだか、申し訳ないんだけど。
多分これ、あれだよね。異世界へ行った弊害。
思えば、あっちでの幸運値って、当たる確率が低いものを引き当てる、っていうステータスだったわけで……そのステータスが、こっちでも適用されることはすでに実証済み。
ということは、当たるのは、ある意味必然だったってことだよね……?
……これ、宝くじを買った日には、一等が当たるなんて言う、洒落にならないことになる気がする……うん。絶対買わない。
というか、ボクの場合、ギャンブルとか一番やっちゃいけない気がする。
『依桜ちゃん、どうする? リアカーで持ってくかい? それとも、こっちから発送するかい?』
「あー、じゃあ、発送でお願いします」
リアカーで持っていけなくはないけど、さすがに恥ずかしい。
街中を、テレビに冷蔵庫、自転車、お菓子詰め合わせが乗せてあるリアカーを引っ張っている女子高生の絵面って、かなりシュールでしょ?
ボクだったら、恥ずかしくて死にたくなる自信があります。
『ほい、これが温泉旅行のチケットだ。一応、七人まで行けるっていうぶっ飛んだ代物なんで、家族と楽しむなり、親しい友人と行くなり、好きにしてくれ』
「あ、ありがとうございます……」
ボクは、温泉旅行のチケットを受け取ると、足早に去っていった。
その夜。
「――って、ことなんだけど……あ、あれ? 大丈夫?」
父さんと母さんに、福引のことを話していた。
話を聞き終えたころには、二人はあほ面をさらしていた。
いや、まあ、うん。そうなる気持ちはわかる。
だって、ボクですら現実として実感できてないもん。
「だ、だいだいだい、だいじょ、大丈夫だ」
「いや、すごくかんでるけど」
「あ、安心して、依桜。母さんたちは、ちょっと気が動転してるだけだから」
「いや、安心できないよ」
ちょっとどころか、手がすごくプルプル震えてて、その手に持ってるお茶(熱い)の入ったコップから、零れてるよ。それ、絶対熱いよね?
「それで、土日に温泉旅行に行かないかな? ってことなんだけど」
「それはいいな! 父さん、今週の土日は珍しく休みだぞ!」
「私も休みね。ようやく、一段落してるし。行きましょうか」
「よかったぁ。でもこれ、七人まで行けるんだよ。四人分どうしようか……」
さすがに、使わないのはもったいないし……。
というか、七人で行けるって、かなりお金かけてる福引だなぁ。
普通なら、ペアとか、多くても四人くらいだよね。
「結構な人数で行けるんだなぁ。ふむ……なら、未果ちゃんたちを誘ってみたらどうだ?」
「あら、いいわねぇ。依桜、誘ってみなさいな」
「うん、そうだね。ちょっと明日確認してみるね」
たしかに、あの四人を誘うのが一番いいよね。
前日になっちゃうけど、まあ、かなり急だしね、仕方ない。
「じゃあ、温泉旅行の話はこの辺りで。正直、テレビと冷蔵庫、どうする?」
本題はこっち。
温泉旅行は、行くか行かないかの二択だから問題なかった。
だけど、家電製品は別。
「そうだなぁ……百歩譲ってテレビはいいとしよう。だけどなぁ、冷蔵庫なんだよなぁ……母さん的にはどう思う?」
「そーねえ。正直なところ、最近買い替えたばかりなのよねぇ。二台あっても意味ないし……困ったわねえ」
「……う~ん、ちょっとあれだけど、未果たちに聞いてみるよ。もしかしたら、欲しいっていう家庭があるかもしれないし……」
「まあ、それが妥当よね。テレビは……リビングにあるのを、依桜の部屋に移しましょう。それで、新しいほうをリビングに、ってことでいいかしら?」
「「異議なしでーす」」
そんなこんなで、家電製品についても決まり、
「自転車は、当然依桜のね。あなたの、ちょっと前に壊れたし」
「あ、あはは……」
自転車が欲しいと思ったのには、ちゃんとした理由があった。
実は、少し前……大体、ボクがこっちに帰ってきて、ほどなくしたころだったかな?
その日はちょっと問題があって……っと、この話はまたいずれ。
ともかく、ちょっとした問題が発生して、結果的に自転車のペダルが旅立ってしまったので、乗れなくなってしまった。
それから、しばらく自転車に乗れなくて困っていた。
やっぱり、無いと不便だよ。
だから、自転車が欲しいと思っていたわけです。
「お菓子は、ご自由に、でいいわよね?」
「うん。さすがに、一人じゃ食べきれないよ」
女の子になってからというもの、甘いものが以前にも増して好きになっていた。
多分、人並み程度だとは思うけど、いくら甘いものが好きとはいえ、さすがに一人で食べるのはちょっと、というわけで、母さんの提案には賛成。
「でもまさか、福引を五回も引いて一度もティッシュを貰ってこないとはなぁ。思えば、依桜は昔から変に運がよかったものなぁ」
変に、というか、いやに、のほうが正しいと思うけどね。
いやな運の良さを発揮してたし。
やっぱり、異世界転移も、そのあたりが関わってきそうだよね……。
まあ、多分体質なんだとは思うけど。
「ま、依桜のおかげでいいものが手に入ったし、温泉が楽しみだ!」
「そうねぇ。依桜、ちゃんと聞いてきてね」
「はーい」
福引に関する話が終わり、この後は普通にお風呂に入って、普通に寝て、一日が終了した。
次の日。
「――というわけなんだけど、だれか冷蔵庫欲しい人いる?」
昼休みに昨日の件について、四人に尋ねていた。
「俺は必要ないな」
「私もね」
「オレんちもだ」
三人は必要なし、と。
残るは女委だけ。
でも、女委だし、多分必要ない――
「あ、わたし欲しいな~」
必要だとおっしゃりました。
「ほんと?」
「うん。最近、冷蔵庫の調子が悪くてね~。そろそろ買い替えようかと思ってたんだ~」
「それならよかった! 冷蔵庫もらってくれないかな?」
「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ」
「ありがとう! じゃあ、商店街の人に連絡して、女委の家に送るように言っておくね」
「うん。ありがとう、依桜君」
「どういたしまして。……まあ、福引の景品だけどね」
よかったぁ。
これで、なんとか、冷蔵庫を消費?できたよ。
やっぱり、倉庫で眠ってるよりも、誰かに使ってもらった方が、物も喜ぶよね!
「それで、もう一つみんなに聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「あのね、さっきの福引の話の続き、なんだけど……明日明後日って暇かな?」
「私は暇よ。特に用事はないわ」
「俺もバイトは入ってないな」
「オレも、世の真理の探究について以外は、暇だぞ」
「入稿はしばらくないし、わたしも暇~」
態徒は何を言っているかわからないけど、みんな暇みたいだ。
うん、ならちょうどいいかな?
「えっとね、温泉旅行に行かない?」
「「「「…………は?」」」」
「だから、温泉旅行」
みんななぜか、きょとんとした表情をしながら、間抜けた声を出してきた。
「え、依桜、どういうこと?」
「あ、えっと、さっき福引で冷蔵庫が当たったって言ったよね?」
「ええ、言ったわね」
「実は、ね。当たったの冷蔵庫だけじゃないんだよ」
「……依桜。お前、何を当てたんだ?」
冷蔵庫以外にも当てたと言ったら、晶が眉をひそめながら尋ねてきた。
「温泉旅行、4Kテレビ、折り畳み自転車、お菓子詰め合わせ」
「……依桜って、バケモンみてえに強運なんだな」
「すっごいねぇ。依桜君、神がかってるねぇ」
「いや、そう言うレベルの話じゃないわよね? これ」
「……普通、福引で五個もあたり引くか?」
うん。普通の人だったら引かないと思うよ、ボク。
正直、ボクの運がどうかしてるんだし……。
「ま、まあ当たっちゃったんだよ」
「当たっちゃったって……軽くないか?」
「ボクが一番動揺してたんだよ」
「……そうか」
遠い目をしながら軽いと発言してきた晶に言うと、何かを察したような顔をした。
ありがとう、晶。
「当たったのはわかったが……家族で行けばいいんじゃねえのか、その温泉」
「うわ、態徒が珍しくまともなこと言ってるわ」
「いつもだったら『マジで!? ッしゃあ行く行く! 混浴か? 混浴か!?』みたいに言いそうだもんね~」
「ああ、ありえるな」
「……態徒だもんね」
「……普通のこと言っただけなのに、この仕打ちよ。すみません。友人たちが冷たいです……」
ボクたちに散々な言われようで、今にも泣きそうな態徒。
普段の行いだと思います。
「でも、たしかに態徒の言う通りよね。家族で行けばいいんじゃないの?」
「いや、それがその温泉旅行の定員が、七人でね。ボクの家だけで行くと、四人分空きができるんだよ。だから、みんなを誘おうかなって。どうかな?」
「なんだ、そう言うこと。なら、私は行くわ」
「そう言うことなら、俺も」
「わたしも~」
「オレも行くぜ」
「よかった。行くのは明日だったから、急な話だったんだけど……行けそうでよかったよ」
これで、みんな都合が合わなかったら、正直困ったしね。
その場合は、父さんたちと行ったんだろうけど。
やっぱり、旅行はみんなで言ったほうが楽しいもんね。
「待ち合わせは、朝十時にボクの家でいいかな? 父さんが車で行くって言ってたし」
「いいわよ。というか、依桜の幸運にあやかっての旅行なんだから、異論なんてないわ」
「たしかにな」
「オレは構わないぞー」
「今日は早く寝ないと」
みんな問題ないとのことみたい。
なんとか、一人も欠けずに行けそうだね。
よかったよかった。
放課後は、とりあえず各自必要なものを買い揃えに。
さすがに、商店街では買えないものも混じっていたので、ショッピングモールへ。
と言っても、一泊二日だからそこまで買う物もなかったけどね。
ただ、その……女の子的には買わないといけないものがあったわけで。
実を言うと、ボクはまだ来ていなかったりする。
多分だけど、ボクの場合純粋な女の子っていうわけじゃないから、そのあたり不安定なのかも。
でも、未果たち曰く、
『あったほうがいい』
とのことなので、一応買いに来た次第です。
まあ、万が一来たとしても、あれば安心だろうしね。
その間、晶と態徒は自分たちで必要なものを買いに行っていた。
何を買いに行ったのか尋ねたら、晶は呆れたため息を吐くだけだった。
態徒は態徒で、変な笑みを浮かべながら、
『秘密だぜ!』
って言うし……その時、未果の目は、限りなくジト目だった。
いやな予感がしつつも、買い物が終了。
買い物が終わると、みんなで少しぶらつく。
これと言ってしたいこともないし、やることもないけど、こう言う時間はなんだか嬉しいし、楽しいから、みんな文句どころか、楽しそうにしている。
でも、ボクと晶的には、困った展開が発生。
というのも、前回、モデルとして仕事をした中央エリアの掲示板のような場所に、ボクたちの写真が掲載されていたから。
「……晶、どうしよう?」
「どうするって言ってもな……とりあえず、さりげなく、遠ざけるしかないんじゃないか?」
「……だね」
そのさりげなく、が難しい気がするけど……四の五の言ってられないよね。
でも、写真が小さいから、ここからじゃ見えない――
「お、なんか面白そーな情報ねーかなー」
……態徒、ろくなことしない。
「な、何もないよ、態徒」
「え? でも、まだ何も見えてないし、というか、いつ見たんだ?」
「え、えーと、ほ、ほら! ボクって、異世界行ってたから、そう言うスキルも持ってるから、よく見えるんだよ!」
「あー、なるほどー。そりゃ、たしかに確実かもなぁ。なんだあ、何もないのか―」
((ほっ……))
二人そろって、心の中で一息つく。
安心した……
「あ、そう言えば、新しいお店が入った情報があったっけ。いい、アニメ系のショップとかないかなー」
安心したのもつかの間、今度は女委が掲示板の隣にあるマップを見に行こうとしていた。
またしてもピンチ!
「め、女委、この前行ったが、これと言ってアニメ系の店はなかったぞ?」
「ほんと? そっかー。それなら、しょうがないね」
((ほっ……))
再び、心の中で一息。
さすがに、大丈夫なはず……
「……ねえ、二人とも。さっきから、何を隠そうとしているの?」
「な、何も隠そうとはしてない……よ?」
「あ、ああ。何一つとしてないぞ?」
「……ふーん。ならいいわ。……ま、
((…………バレてない!?))
明らかに含みのある言い方をしてきた未果。
おそらくだけど、何を隠そうとしているのかに気が付いたんだと思う、これ。
……だって、ニヤァっとした笑みを浮かべてるんだもん。それをボクたちに向けてるんだもん。
……これ、絶対楽しんでるよ。
未果にだけは、ある意味バレたくなかった……。
「「はぁ……」」
未果にバレたと確信したボクたちは、ただただため息を吐くことしかできなかった……。
何はともあれ、買いたいものも全部買い終えたボクたちは解散となった。
明日明後日は、みんなで温泉旅行!
学校行事でしか、みんなと旅行に行くことはなかったから、すっごく楽しみだなぁ。
いい思い出になるといいなぁ。
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