第205話 スキー教室8

「……ん~……あれ?」


 目を覚ますと、白い天井……じゃなかった、木の天井が見えた。

 自分の体に視線を落とせば、布団に横になっていた。


「あ、起きた?」

「あら、目が覚めたのね」

「あれ? 女委に、未果?」

「おはよー。よく眠れた?」

「う、うん。えっと……眠れた?」


 言葉の意味がわからず、思わず聞き返す。


「うん。ミオさん曰、気絶したから、寝かせておけ、って」

「気絶……?」

「そうよ」


 あれ、気絶するようなことがあったの?

 うーん、思いだせない……何があったんだろう、ボクに。

 たしか、師匠と何かあったことは覚えているだけど……何があったんだっけ?

 なんかこう、すごく恥ずかしいことがあったような……。


「それで、大丈夫?」

「あ、うん。特に体調が悪いとかはないよ」

「そっかそっか。それならいいよ」


 ……そう言えば、いつの間に着替えたんだろう?

 よく見ると、今着ている服って、部屋着なんだよね。


「あの、未果、女委、誰がボクの服を着替えさせたの?」

「あ、わたしと未果ちゃんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 それってつまり、ほとんど裸同然の姿を見られた、ってことだよね……?

 ……お風呂で既に裸を見られているとはいえ、幼馴染や友達に見られるのは恥ずかしい……。


「あ、そう言えば依桜君」

「なに?」

「依桜君を着替えさせている時見たんだけど……依桜君って、生えてなかったんだね?」

「ぶっ!」

「???」


 女委の謎の発言に、未果が顔赤くして噴き出していた。

 ボクは言葉の意味がわからず、首をかしげる。


「けほっけほっ……女委、いきなり何を言ってるのよ!」

「何って、依桜君の文字通り、全身すべすべな肌について?」

「た、たしかにそうだったけど! それを言ったら、私と女委もそうじゃない」

「まあ、そうだね」


 顔を赤くしているんだけど、さっきの言葉ってなんなんだろう?


「ねえ、二人とも、生えてる、ってなに?」

「あ、い、いえ、気にしないで、依桜は」

「そうだよ、依桜君。少なくとも、純粋な依桜君が知ったら、希少価値が薄れちゃうから」

「そう、なの?」

「「そう」」


 うーん、どういう意味だったんだろう?

 すごく気になるけど、気にしないで、って言ってるから気にしないでおこう。

 多分、知らなくてもこの先問題ないだろうからね。

 でも、結局なんだったんだろう……?



 目を覚ました後、ボクたちは再び外へ。

 まだ自由時間はあったからね。


 戻ってくると、みんなに心配されたけど、元気な姿を見せると、安心してくれた。

 どうやら、それなりに心配させてしまったみたい。


 何はともあれ、その後は時間が許す限り、みんなで遊んだ。

 かまくらを作ったり、雪だるまを作ったり、色々と。


 それから日が傾き、時間になったと言うことで部屋へ戻る。


 部屋に戻ったら、お風呂の準備。


 一日目と違って、二日目は夕食の前にお風呂となっている。

 理由は、一日中外にいたから、というもの。

 今は一月。外は、一面銀世界。

 いくら晴天とはいえ、雪が降り積もっていたので、かなり冷える。

 しかも、転んだり、雪合戦(地獄だったけど)したりと、体が冷えるような状態だったのは間違いないわけで。


 さすがに、風邪を引きかねないとあって、二日目は夕食がお風呂の後になってる。

 というわけで、ボクたちも移動。



「……まあ、それでもまだ恥ずかしいわけですが」


 脱衣所にて。顔を赤くしながら、ボクは呟く。


「何? まだ言ってたの?」

「だ、だって、普通に考えたら、同年代の女の子の裸なんて、そもそも見たことがなかったわけだし……」


 あったらあったらで怖かったけど。

 師匠は……かなり年上なので、同年代じゃないです。

 いや、それでも綺麗なことに変わりはないけど……。


「それもそうだね。依桜君の場合、男の子の裸の方が見慣れてるもんね」

『『『!?』』』

「女委、その言い方は誤解を招くからやめなさい」

「え? 誤解を招くの? 実際、そうなんだけど……」


 もともと男だったから、その通りなんだけど……。


『『『!!!???』』』

「……天然なピュアって、恐ろしいわ」

「あれ? ボク何か変なこと言った……?」

「……気にしないで。なんか、こっちが汚れてる気になってくるから」

「汚れてる? 未果は綺麗だと思うけど……」

「ばっ、きゅ、急にそんなこと言わないでよ! もぉ……」

「あ、あれ? ボク、未果を怒らせるようなこと言った……?」

「そ、そうじゃないから! いきなり天然な依桜に褒められたから、その……」


 よかった。じゃあ、怒ってたわけじゃないんだ。

 ほっ……。


「ま、まあ、とにかく入りましょ! あったまりたいわ」

「あ、うん」


 話はそこそこに、ボクたちは浴場内に入っていった。



 ……うん。やっぱり恥ずかしい。


 昨日よりは少しだけ心に余裕が出てきたけど、だからこそ、というか……なんだか、すごく視線を感じる。

 昨日は胸に多く視線が集まっていた気がするんだけど、どういうわけか、今日は全身に来ているような……。

 多く来てる視線に戸惑いつつも、体を洗う。


「依桜君って、すごく髪が長いのに綺麗だけど、よく手入れができてるね」

「あ、えっと、そこまで手入れはしてないよ?」

『『『え!?』』』

「え?」


 なんか、浴場内にいた女の子たちが、突然驚愕したような声を出したんだけど……ど、どうしたんだろう?


「依桜、それほんと?」

「うん」

「ちなみに、普段ってどうしてるの?」

「えっと……普通にシャンプーで髪を洗って、リンスをするね」

「それで?」

「え? それだけだよ?」

『『『なんっ、だとっ……』』』


 あ、あれ? なんか、いきなり四つん這いになりだしたんだけど……見れば、なんだか落ち込んでるような……?


『あ、あんなに髪が綺麗で長いのに、洗っただけ……?』

『そう言えば依桜ちゃん、依桜君の時からすごく髪の毛さらさらで綺麗だったっけ……』

『まさか、あのまま髪を伸ばしても傷まない……?』

『う、羨ましい!』

「ど、どうしたの?」


 周囲の人の様子がおかしくて、思わず尋ねる。


「依桜、女の子はね、髪の毛が命なのよ」

「あ、うん。よく聞くね?」

「だから、みんな髪の毛の手入れには力を入れるの。それこそ、時間を惜しまずに」

「なるほど?」

「女の子は準備がかかる、なんていうけど、それは服装もそうだけど、一番は髪の毛よ」

「う、うん」


 身だしなみに時間がかかる理由って、それなんだ。


「それほど手入れを頑張っているにもかかわらず、依桜はあまり……どころか、ほとんど手入れをしていない、って言うじゃない?」

「そ、そうだね。そこまで気にしてないし……」

「そこよ!」

「ど、どこ?」

「ずるいじゃない!」

「ずるい、の?」

「それはもう! だって、手入れなんてしなくても、つやつやさらさらな銀髪じゃない? 世の女の子が羨むような綺麗な髪をしているのに、それが何の手入れもされていないとか……なんてずるいのよ!」

「そ、そう言われても……」


 ボクだって、何でそうなのかわからないし……体質? 髪質? としか言いようがないような……。


「元男だったというのに、なぜ、なぜっ……!」

「まあ、依桜君だしねぇ」

『くそぅ、手入れもしてないのに、ずっと綺麗なんて……』

『いいなぁ……』

『真の美少女って、特に手を入れなくても綺麗なのかなぁ……』


 どうして、浴場内にいる女の子たちは、落ち込んでいるんだろう……?

 ボク何かしちゃったの……?


「依桜、そんなに心配そうな顔はしないで」

「で、でも……」

「いいのよ……世の中にはね、自分たちの理解が及ばないものもあるのよ」

「そ、そう、なんだ……?」


 女の子って、大変なんだね……。

 なんて思った。



 それから、冷えた体を温めるために、昨日と同じ露天風呂に入る。


「はぁぁ~~~……あー、肩が楽だよぉ……」

「依桜は普段から、重りを二つぶら下げてるような物だものね」

「お、重りって……まあ、間違いじゃないけど……」

「わかるよ、依桜君。実際、おっぱいって大きいと、肩こるもんね! しかも、何気に思いから疲れちゃうんだよね」

「そうそう。おかげで、運動もしにくくてね」

「ブラを着けてるからまだいいけど、それでも付け根が痛いんだよねぇ」

「引っ張られるよね」

「そうなんだよー」


 なんて、女委と胸の大変さについて話していると、


『くっ、あれが、巨乳の悩み……』

『一度でいいから、言ってみたいよね、肩がこるって……』

『話に全く入れない……』

「まあ、あの二人は別格だし、仕方ないわよ」

『そう言う未果だって、そこそこ大きいじゃん』

「そうかしら? 私なんて、Dよ? あの二人に比べたら」

『十分だよ!』

『ない者の気持ちは、ある者にはわからないんだよ!』

「きゃぁ! ちょっ、いきなり揉まないでよ!」

『ぐへへ、よいではないか、よいではないか!』

「あーもう! ぶっ飛ばすわよ!」


 未果たちは、すごく楽しそう。

 ……未果も胸を揉まれてるけど。


 それにしても、よく揉まれて平気だなぁ、未果。


 ボクなんて、揉まれたら変な気分になっちゃうし、声だって……。

 変なのかなぁ、ボク。

 なんて、自分の胸を見ながら、そう思うボクだった。



 昨日と同じく、男子風呂。

 相変わらず、馬鹿たちは、露天風呂の仕切りの前に集まっていた。


「昨日は、思いがけないハプニングで断念となったが……今日こそ、やるぞ」

『おう!』


 やっぱり、覗きだった。


 馬鹿である。


 ここにいる馬鹿たちの行動原理はただ一つ。

 同年代の裸が見たい。これだけだ。


 特に、学園一の巨乳であり、学園一の美少女である依桜の裸が一番見たい、というのが馬鹿たちの野望である。

 変態である。


『作戦は?』

「決まっている。堂々と、上から覗く」

『なんだと!?』

『し、しかし変態。それはさすがに、リスクがでかいぞ……?』

「ふっ、お前たち、何を怖気づいているんだ?」

『変態?』

「それほどのリスクを負わなければ、依桜の裸は見れんッ!」

『『『――ッ!』』』

「オレたちにある選択肢は、覗くか覗かないの二つだ! さあお前たち、どっちを選ぶ!」

『俺は、お前について行く!』

『俺もだ!』

『当然!』


 馬鹿しかいない。

 変態こと態徒は、同族からは、圧倒的信頼があり、動かせるほどのカリスマ性に似た何かがある。もっとも、そんなものが役に立つときは一生来ないと思うが。


「ふっ、ならばいい」

『で、どうやって覗くよ?』

「そりゃもちろん……これを使う」


 そう言って、態徒が取り出したのは……S字に似た筒状のパイプのような物だった。


『これは?』

「これはな。オレ特製の、覗き用アイテムだ。ここを覗くとな、内部に仕込まれた鏡に映っている物が見えるんだぜ」

『そ、そんなものを作ったというのか!』

『ほ、本気すぎる……なんて奴だ』

『俺はお前を尊敬するぞ、変態!』

「そうだろうそうだろう! では、乙女の花園を覗くぞ!」

『『『おう!』』』


 意気揚々と、馬鹿たちは覗きを敢行した。

 そして、


『態徒―。覗いてるの、わかってるからねー』


 依桜のそんな声が聞こえてきた。

 その声は、優しさに満ちていたのだが、なぜか逆らえないような圧が入っていた。

 そして、馬鹿たちの覗きは、二日とも、失敗に終わった。

 それを見ていた晶は、やれやれと、肩をすくめるのだった。



 この後、覗きがバレていた態徒たちを待っていたのは、依桜による本気の説教だった。


 それはもう、普段の温厚で優しい依桜からは想像もできないほどのお説教だった。

 説教場所はまさかの廊下。


 覗きに関わっていた人は、もれなく依桜に捕まり、一列に正座させられ、逃げようものなら針で動きを封じられることとなった。


 その結果、覗きに参加した馬鹿たちは思った。


(((男女には絶対逆らわないようにしよう)))


 と。

 こうして、依桜はすこしずつ学園を支配して行くような形になっていく。

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