第5話 女の子の生活スタート
女の子になったという事実に、しばらく放心状態になって、少ししてようやく落ち着いたころ、ボクは再び鏡に向き合っていた。
そこに映っているのは、腰元まで届いた綺麗な銀髪に、ちょっと優し気な印象のある碧い瞳。
ややあどけなさの残る、可愛らしい顔立ち。
体も、服の上からわかるほどに胸が大きく成長し、体は妙に丸みを帯びている。
肌の質感も、ものすごく柔らかくて、ぷにぷにしている。
太腿だって、肉付きがよくてとてもやわらかそうな感じだし……。
昨日までの自分とは大違い……というか、
「まったくの別人だよっ……!」
思わず叫んでしまった。
その時の動きが、鏡に映った少女とシンクロしていた。
それを見るに、やはりこの鏡に映ったのはボクで間違いないと思う。
……一応一つ言わせてもらうと、銀髪碧眼だったのはもともとです。
ボクの先祖に、北欧の人がいたらしくて、隔世遺伝でボクは銀髪碧眼に生まれたらしいです。あ、両親はごく普通の日本人ですよ。隔世の幅が広すぎるのはご愛敬。
それにしても……ああ、まさか、本当に女の子になってしまうなんて……。
あの本、対処法を見つける前にこっちに帰ってきちゃったしなぁ……。
……そういえば、あの呪いが書かれてた本に、ちらっと見えたのものがあった。
たしか……『呪いが発動すると、一生戻ることはありません。効果は十二日後に発現します』だったよね?
「……あれ、それ、まずい気が……?」
呪いが発動すると一生戻らないということは、効果を発揮すると、それが呪いではなく、正常なもの、として存在することになるわけだよね……?
「……ということは、ボクって一生このまま、ってこと……!?」
そ、そんな……一生女の子だなんて……!
「う、うぅ……こんなんじゃ、外も歩けないよぉ……」
途方もない出来事に、涙が出てきた。
それもそうだ、一夜にしてボクは女の子になってしまうという、とんでも事態が起きてしまったのだから、涙が出ても仕方ないと思うんだ。
どういう顔して外を歩けばいいんだろう? 今まで……というより、男として当たり前――なのかはわからないけど、男としての生活をしていたのだ。
突然女の子になったら、外出するのも躊躇われる。
が、それはそれとして、一番身近な問題が出てきた。
「……と、というか、母さんたちにどう説明しよう……?」
母さんたちにどう説明するか、だ。
さすがに『女の子になっちゃった。てへぺろ♪』なんて言えるわけもないし……。
かと言って、異世界に行ってました! なんてことは言えないし……。
そんなことを言おうものなら、確実に『え、この子頭大丈夫? 病院行く?』みたいな、残念な子を見る目を向けられてしまう。
「はぁ……どうしよう?」
どう説明したって、ボクが依桜だって信じてもらえるわけないし……。
「いっそ、どこか遠い所にでも――」
遠い所にでも行こうかと呟きかけた時だった。
「……あ、あなた……依桜?」
突然、扉の方から声がした。
「ふぇ?」
呆けた声を出しながら、声の方を振り返ると、件の母さんがそこにはいた。
目を見開いた、驚愕に似た表情を浮かべつつ、硬直している母さんが。
訪れる沈黙。
時が止まったと錯覚できるのほどの沈黙。
き、気まずい。昨日もこんなことがあったけど、あれの比じゃないくらいに気まずい……。
あっちは友達だけど、こっちは実の親。あれの比じゃないくらいに、気まずい。
「あ、あの……え、えっと……」
とにかく何か言わないとと思ったボクは、何かを言おうとした。
だが、それが起きることはなく、
「依桜!? あなた、依桜なの!?」
母さんのセリフによってかき消された。
だけど、そのセリフはボクが男女依桜なのかと尋ねる質問。
ちゃ、ちゃんと答えないと……。
「う、うん。信じられないかもしれないけど、ボクだよ。依桜だよ」
ボクが、母さんの質問に肯定すると、一瞬思案するようなそぶりを見せて、口を開いた。
「た、誕生日は?」
「十二月の十七日」
「好きな食べ物は?」
「えんがわ」
「通っている学校の名前は?」
「
「……本物?」
「……うん。正直、信じられないかもしれないけど、その……ボク、女の子になっちゃったみたい」
ボクがそう言うと、母さんは驚愕に目を見開いている様子だった。
それに、嘘みたい、みたいな感じの表情もしているようにも見える。
……まあ、これで信じてもらえなかったとしても、どうにかなると思うし……。
今の内に、先の事を――
「すごいわあ!」
「……え?」
「たまに、依桜が女の子だったらなぁ、とは思ったことはあったけど……まさか、本当に女の子になっちゃうなんてね……母さん、ちょっと嬉しいわ」
あれ、なんかすごく好印象?
というより、喜んでいる……?
いや、それよりも、
「信じて、くれるの……?」
「当たり前でしょ。あなたは私とあの人の子供。自分の子供が姿を変えたくらいで、わからなくなるなんて、あるはずないもの。それに」
姿変わるどころか、性別すら変わっちゃってるんだけど……。
果たして、性転換後の姿を、姿を変えた、程度で納めてもいいものなのだろうか? 親として。
「あなたは可愛いもの。男の子時だって、そう思っていたわ。でも、女の子になっている今の姿は、とっっっっても! 可愛いわ」
「母さん……」
思わず、母さんの温かさに泣きそうになってしまった。
まさか、信じてくれるとは。
……親ってすごいんだなぁ。本当に、こういうところは素直にすごいと思える。
………だけど、最後の方は余計かな、うん。だって、男の子の時ですら可愛いと思われてたって……やっぱり複雑な心境だよ。
それに、ボクの両親はともに能天気な節があるからね……。そこが一番大きいかも。
だって、勉強の面とか、『赤点さえ取らなきゃ、どんなに成績が悪くても問題ない!』って言ってきたり、毒蛇に噛まれても、『血清があれば問題ない!』とか、果ては、『交通事故? 命あればセーフ!』なんてことを言ってくる。
結構とんでもないレベルな気がするけど、それでもものすごく心配してくれる。……矛盾してるなぁ。
「とりあえず、お父さんに言わなきゃね」
「う、うん」
父さん、どう思うんだろ?
「というわけで……依桜が女の子になっちゃったの」
「…………」
「そ、そういうわけです……」
父さんは驚愕していた。
目を大きく見開き、口を大きく開けた状態になっていた。これを世間一般では、あほ面って言うんだろうなあと、失礼にも思ってしまった。ここまでの表情、母さんですらしなかったよ。
そんなあほ面をさらしている父さんの口から、開口一番。
「まさか、息子が娘になるなんてっ……! 父さん嬉しいぞ!」
なぜか、ものすごく喜んでいた。
それも、なんかものすごく泣いているし。
「しかも、こんなに可愛い姿になって……!」
「あの……父さん? 普通こういう時って、信じられない、とか、お前は依桜じゃない、みたいなことを言うところだと思うんだけど……」
「何を言っているんだ! 自分の子供がわからないわけはないだろう! ましてや、こんなに! 可愛い娘になったんだぞ!? 男親として、喜ばないわけないじゃないか!」
……う、うーん? その気持ちは全くわからない。
だけど、子供は大切だという気持ちは伝わってくるし……
こんなに、わけがわかないよ、的な状況でも信じてくれるというのは、やはり腐っても親だからなんだろうなぁ。
「ありがとう、二人とも」
「ははは。何をいまさら」
「そうよ。何の心配もいらないわ。心配があるとすれば、そうね……あなたの服や下着かしらね?」
そう言って、二人はボクの体に視線を向けた。
そういえば、体が変わったのは寝ている間みたいだったし、当然今は男物の服や下着だ。
……まあ、好き好んで女の子の服や下着を身に着けたくはないけど……。
「そうね……あなたのスタイルだと、私より大きいというか、あまり見かけない大きさよね……うん、買いに行くしかないわね」
「え……」
「そうと決まれば、午前中には買いに行ってしまいましょ」
「いや、それは……」
「いいじゃないか。行ってきなさい。それに、そうじゃないとお前が困るぞ」
「ボクは困らないけど……」
だって、元々男なんだし、困るとか言われてもね……逆に買いに行く方が困るんだけど。
というか、ボクの胸って、母さんより大きいんだ……。
……どれくらいなんだろう、これ。
少なくとも、足元は全く見えない。見えるのは、胸だけ。
「さ、とりあえず今はいつも通りの服でいいから、着替えてきなさい。早めに出るわよ」
「……どうしても行かなきゃダメ?」
「当然よ。昨日までは男の子だったとはいえ、今はとっても可愛い女の子。親としては、可愛い姿でいてもらいたいもの。ねえ、あなた?」
「ああ、そうだな。父さんも、依桜が可愛い姿でいるとすごく嬉しい。むしろ、可愛い姿でいてくれ」
なんだろう。急に女の子になったというのに、なぜこんなにもこの人たちは順応しているのか。
ボクはまだ混乱しているというのに……。
あれか、能天気だからか。ボクが能天気じゃないから、混乱しているのか?
……いや、この人たちが異常なだけだね、うん。
「……わかった。着替えてくるね」
ボクがそう言うと、母さんと父さんはとても満足そうな顔をした。
……解せぬ。
「んーと、とりあえず、服装はあまり男女関係なく着れるものがいいよね」
あまり男物すぎてもあれだし。
ボクの場合、ファッションとかあまり気にしないので、基本的にそれに似合った服を店員が持ってきたり、母さんが適当に見繕ったりしてくるから、大体男女両方着れたりするんだけどね。
幸いと思うべきなのか、不幸と思うべきなのか……複雑だよぉ。
「うーん……とりあえず、黒のシャツと、ジーンズでいいかな? 今日は涼しいみたいだし、灰色のパーカーも着ていこう」
着ていく服を決め、ボクはその服に着替えた。
鏡を見て、どこか変じゃないかを確認。
少しだけ大きいかな?
なんだか、ちょっとだぼっとしてるし……まあ、ジーンズはベルトをすれば問題ないかな?
上は……うん、世の中には萌え袖? っていうのがあるみたいだし……大丈夫、だよね?
「うん。いつものボク……とは言い難いけど、問題ない、よね」
少し地味目な色だから、ボクの銀髪がよく映える。
なんで、こんな姿になっちゃったんだろう……?
そう言えば向こうのボクって、幸運値が高かったよね。
それに、性転換は確率が低いって……ああ、うん。なるほど。
たしかにそれなら、この現状にも納得できるよ。
あれだね。幸運値が高いせいで、結果的に一番低い確率のものを引き当ててしまったと。
なんでボク、あんなに幸運値が高かったんだろう……?
「とりあえず、下行こ……」
そんなわけで、ランジェリーショップ。
店内には女性の人しかいない。
当然か。
そんな中でボクは……
「あぅ……」
非常に目立っていた。
と言うのも、母さんたち曰く、どうやらボクの容姿はかなり整っているらしく、注目を集めているというのだ。
それ以外にも、ブラを付けていないせいなのかはわからないけど、服に乳首がこすれて変な感じになっていて、それに反応しているのも、注目を集めている原因だと思う。
そのせいで、ボクの顔は真っ赤だろうなぁ……。
それに、かなり恥ずかしいのだ。
ボクはもともと男で、急に女の子になってしまった。だから、突然こんな場所に来たら、とても恥ずかしくなる。
「えっと、とりあえず依桜の胸囲は計ってきてあるから、それを探して……あ、あった。へぇ、依桜ってGあるのねぇ」
どうやらボクの胸は、Gもあるらしい。
いや、正直大きさとかよくわからないんだけど……そういえば、態徒が、
『十代女子のおっぱいの平均って、AA~Cらしいぞ?』
とか言っていたっけ。
……当時は何調べてるんだ、とツッコまれていたけど……それが本当だとすると、ボクは結構大きいみたいだね。
……うん。なんか複雑。
こういうのって、普通は小さいものなんじゃないだろうか?
「はい、依桜。とりあえず、これつけてみて」
「う、うん……」
そう言って、母さんに渡されたのは、水色のブラとパンツ一式のものだった。ところどころにフリルがあしらってあって、ちょっと可愛いやつ。
……と言っても、ボク自身見るのは初めてだから、可愛いのかどうかと言うのはよくわからないけどね。
母さんに促されるまま、ボクは試着室へ。
「と、とりあえずパンツから……」
一度全部の服を脱いで、試着用の下着に手をかける。
そこでふと、自分の姿が映った鏡が目に入った。
「うわぁ……」
思わず、こんな声が漏れてしまった。
そこには当然、裸のボクが。
なんというか……無駄にスタイルがいいというか……。
「世間一般で、こういうのを美巨乳って言うんだよね……」
胸は大きい上に形が綺麗だし、大きいのに、腰にはしっかりとしたくびれが。
あと、その……両方の胸の中央に、桜色の突起があるのが、その……自分とは言えど、見えているものは見えているので、ものすごく恥ずかしい。自分なのに……。
「う、うーん、自分の裸とはいえ……なんだか、見てはいけないものを見ている気分になるね……」
思わず自分に向かって苦笑いをしてしまう。
まさか、こんな外見になるとは……。
別の人の体に入っている、と言われたほうがまだ納得できる気がするよ……。
その場合、ボクのもとの体に誰かが入っているということになっちゃうけど。
「はぁ……さっさとつけて、早くでよ」
パンツは問題なくはけた。
ただ、
「むぅ……布面積が小さいし、なんか余すところなくフィットして、なんか変な感じ……」
男物の下着と言えば、ある程度余裕があったりしたからね……例えるなら、ボクサーパンツを小さくした感じ、かな? うん。よくわからないけど。
「えっとブラは……」
肩ひもに腕を通して、ホックを背中で止めればいいのかな?
「……ん、難しい」
見ながらできるわけじゃないため、なかなかホックがはまらない。
ほんの少しだけ悪戦苦闘していると、ようやくはまった。
「ふぅ……やっとつけられた」
その状態で再び、鏡を見る。
「やっぱり……女の子になっちゃったんだなぁ……」
そこに映ったボクを見て、ものすごく鬱な気分になった。
たしかに、可愛いかもしれないけど……なんというか、複雑だよ。
ボク的には、かっこよくなりたかったのに……。可愛くなりたかったわけじゃないよぉ……。
「依桜―? そっちはどう?」
「着けられたよー」
「じゃあ、開けるわねー」
「うん……って、え!? ちょ、まっ――!」
ジャッ!
「あら。なかなかいいスタイルしてるわね」
ボクの下着姿は、母さんによって、堂々と公開されてしまった……。
しかも、ほかの女性客の人もこっちを見ている。
その上、
『何あの子、可愛い……』
『銀髪碧眼って……外国の子かな?』
『身長は低めだけど、モデルみたいにスタイルいいし、肌も真っ白で綺麗だし……』
『すっごい胸大きいんですけど』
『……なんか、負けた気分』
『でも、不思議と嫌な気持ちにならない……』
『うん。なんか、癒されるような可愛さ、って感じだよね』
『『『わかるわー』』』
こんな会話も聞こえてくるし、
「か、母さん! いきなり開け放たないでよっ! す、すごく恥ずかしいんだから!」
「あら、ごめんなさいね。でもいいじゃない。ここには、女の人しかいないのよ?」
「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいの! もう……」
ボクは急いでカーテンを閉めた。
「うぅ……もうやだ……」
どうしてボクがこんな目に……。
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