第304話 過保護な依桜を見て
それから、ブライズを潰しつつ、日常を過ごしていると、ある日、イオが消えた。
まあ、消えたと言っても、消えた次の日には帰還していたがな。
んでまあ、なんか……幼女が一緒にいたが。
見知らぬ幼女がいるな、とか思ったら……
「ねーさま~❤」
「メル、くすぐったいよ」
クッソ懐いてない?
え、マジで? 幼女に懐かれてるんだけど、勇者(暗殺者)。
帰ってきて、やけに可愛い幼女を連れてると思ったら、なんか、すっげえデレデレなんだけど、イオ。
じゃれつく幼女を、困りながらも相手するイオ……ふむ。素晴らしいな。うん。可愛いと思う。てか、可愛すぎ。
「メル、この人は、ボクの師匠で、ミオ・ヴェリルって言うの。ちょっと理不尽だけど、すごく優しい人だから、困ったことがあったら頼りにするといいよ」
「うむ! ティリメル=ロア=ユルケルじゃ! よろしくなのじゃ、ミオ!」
「ははは! 元気がいいな。ま、あたしはちょくちょく所用でいない時があるが、困ったことがあったら言いな。できる限り、助けてやろう」
「ありがとうなのじゃ!」
うむ。この娘は癒されるな。
……だが、人間ではないな。魔族だ。間違いない。
まったく。厄介ごとを持ち込んだんじゃないだろうな、愛弟子。
人間の娘ならともかく、魔族の娘とはな。
ちょいとびっくりしたぞ。
まあ、いいだろ。
「あ、そろそろ夜ご飯作らないと」
そう言って、イオは立ち上がると、キッチンの方へ行った。
残された、あたしとメルは、特に話さずその場に座っている。
ふむ……あたしは、子供を相手にしたことはないしな……仕方ない。部屋に行くか。
……おっと、その前に。
「おい、イオ、ちょっと聞きたいことがあるから、飯の後、あたしの部屋に来い」
「あ、わかりました」
事後報告をさせないとな。
「師匠、入りますよ」
その夜。飯を食った後、部屋でちょっと寛いでいると、イオがやって来た。
「ああ、入れ」
「失礼します」
「来たな。まあ、座れ」
イオを部屋に入れると、あたしは中央の座布団に座るよう指示。
「はい」
「単刀直入に訊くぞ。お前、どこ行ってた? いや、予想は付いているんだが、一応な」
十中八九、異世界だろうな。こいつのことだし。
てか、いなくなった時点でそうだろ。
「む、向こうの世界です」
目を逸らしながら、やや気まずそうに言うイオ。
「やっぱりか……」
案の定だったな。
まったく、本当に変なことに巻き込まれる奴だな。こいつ。
「んで? 原因はあれか? あのクソ野郎か?」
「い、いえ、今回は召喚陣の暴走が原因らしいです」
「マジで?」
「マジです。詳しいことはわかりませんけど、召喚陣の場所には、慌てた様子の王様しかいませんでしたよ」
「そうか……。まあ、ならいいんだ」
しかし、召喚陣の暴走ねぇ?
結構長く生きているあたしでも、聞いたことないな、そんな事例。
何か起こってるのか?
「てことは、今回の件はあのクソ野郎たちは無関係、と。わかった。じゃあ次な。あのガキは何だ? あれ、見た目こそ可愛い少女、って感じだが、明らかに……魔族だよな? というか、魔王っぽくないか?」
あの体から漏れ出る、禍々しい魔力。明らかに、普通の魔族ではなかった。
魔王なんじゃないか、とあたりを付けていたんだが……
「あー、えーっと、その……ま、魔王、です」
「……そうか、魔王か」
予想通り、魔王だったか。
「まあ、あいつが魔王なのは理解したが、確かお前、魔王は倒した、とか言ってたよな? まさかとは思うが、そいつじゃないだろうな?」
「いえ、全然違います」
「本当か?」
「本当です。少なくとも、あんなに素直ないい娘じゃなかったです」
「……そうか」
こいつが倒した魔王じゃなきゃ、別に構わないか。
……ま、そうは言っても、こいつから聞いていた魔王像はかけ離れてるようだったし、違うだろうとは思っていたがな。
「んで? なんで、その魔王が一緒にこっちの世界に来てるんだ? もしかしてあれか? あたしとかみたいに、強制的にこっちに来たあれか?」
だとしたら、帰還させないとまずいんだがな。
仕事が増えるんで、勘弁してもらいたい。
「それが、ですね……。ボクと離れたくない、って言う一心で、魔族の国を抜け出して、ボクに気付かれることなく同じ馬車に乗り、召喚陣で帰還! って言う時に、抱き着いてきて、そのまま一緒にって感じです……」
「なるほど?」
離れたくないから、付いてきた、か。
こいつ、どんだけ懐かれたんだよ。
すげえな。魔王が勇者に懐くなんて、前代未聞だぞ?
……ん?
「……って、ちょっと待て。お前が気付かなかった?」
時間差でそのことを聞き返す。
おかしい。
こんな超絶可愛い外見をしているイオだが、これでもあたしの一番弟子(弟子はイオ以外に取ったことないが)だ。そんなイオが気付かないって、やばくないか?
「は、はい。なんでも、『偽装』っていうスキルを使ったとかで……」
「……『偽装』か。なるほど。たしかにそれなら、依桜を欺くことができるな……いや、それどころか、成長すればあたしすら欺けるか?」
あー、なんだ『偽装』のスキルを持ってたのか。なら納得。
「え、師匠を!?」
「ああ。まあ、仮にわからなかったとしても、別に問題はない」
てか、『偽装』のスキルって、マジで厄介だしな。
自身の存在を偽り、姿を隠すことができるからな。
例えば、自身を周囲の自然と同化するよう偽れば、自然の一風景にしか映らなくなる。そうなってくると、『気配感知』は全く意味をなさない。
『音波感知』が有効かもしれんが、わからんな。
「し、師匠らしいです」
「……それから、なんでお前が、魔王に懐かれてる? というか、何があった? それから魔族の国だと?」
魔族の国があったのは知ってる。
だが、まさかこいつが関わってるようなことになっているとは思わんかった。
というか、何をしたら、魔王に懐かれるんだよ。
「え、えーっと、非常に言いにくいんですけど、そのぉ……」
「なんだ、はっきりしろ」
「……ボク、魔族の国の女王になっちゃいました」
「……………………はぁああああああああっっ!?」
イオの気まずそうな苦笑いと共に放たれた情報は、そこそこの間の後、素っ頓狂な声をあたしに出させるくらい、とんでもないものだった。
え、マジで!?
こいつ、女王になったの!?
いやいやいや落ち着けあたし。まずは、訊くことを訊かねば。
「ちょっと待て。たしか、魔族は人間と戦争していたんだよな? お前が魔族軍を壊滅させ、魔王を倒したから平和になったんだったよな、あの世界は」
そこは疑いようのない事実だろう。
あいつが魔王を討伐した後、たしかに人間の国々は平和になった。
だが、なぜこいつが敵国であるはずの、魔族の国で女王なんざやってるんだ。
「は、はい」
「なのに、魔族の国の女王とは、どういうことだ? むしろ、お前は恨みを買ってるんじゃないのか?」
「じ、実は、ですね――」
あたしは、ことのあらましをイオから聞いた。
それを聞いて、あたしは思いっきり溜息を吐く。
「はぁ~~~……なるほどな……。まさか、お前が魔族をほとんど殺さず、逃げるのを手伝っていたとは……。いや、それよりも驚きなのは、魔族が人間を匿い、保護していたことだ」
「ボクもびっくりでしたよ」
「だろうな……。あたしですら、驚きだ。……しかも、百年以上前って言えば、その間にあたしが邪神と戦った時期だよな。あの時点で、魔族たちに戦争をせず、共存を望むような奴らが出始めていた、ってことか……」
なんだ、あたしが申し訳なく思えて来るじゃないか……別に、その時は友好的になろうなんて思ってなかったんだろうが。
「そうみたいです」
「……ってことは、元凶は魔王とその思想に毒されていた奴らってわけで、他は共存派だったのか」
「はい」
「……で、その障害を取り除き、戦争していた魔族の奴らも助けたことで、魔族たちからも、勇者やら英雄やら呼ばれていた、ってわけか。それも、いい意味で」
「みたいです」
「はああぁぁぁぁ……」
こいつ、底なしの優しさを持ってんじゃねぇか。
うっそだろ?
普通、敵を前にして、殺さずに助けるか? こいつ、マジでイカレてやがる。
……いや、そこがイオのいい所ではあるんだがな。
極力殺さないようにする姿勢は、いいことだと思う。
それでもだめなら、ちゃんと殺すしな、イオは。
「だが、まさか、たった数ヶ月の間に魔王が復活しているとは思わなかったな……」
まあ、数ヶ月で魔王復活、何てことになってるなんて思いもしなかったがな。
周期が早まってるのか?
「それは、ボクも思いました。まあでも、妹みたいで可愛いメルが魔王でよかったですよ」
「……なあ、イオ。お前、あの魔王のこと、どう思ってる?」
ふと、イオの様子が気になって、魔王……メルのことをについて、イオ考えを尋ねてみた。
「え? そうですね……可愛い妹、ですね」
「他には?」
ふむ。可愛いなら普通だな。
まあ、これなら、他のこともふつ――
「他って言われても……。ボクのことを『ねーさま』って呼んで慕ってくれてるみたいなんですよね、メルって。しかも、ちょこちょこついてきますし、基本的にべったりですけど、そこが可愛いというか……。もちろん、あの見た目も可愛いですよね。髪の毛は綺麗だし、目は宝石みたいだし……。一応、学校に通うことになったんですけど、もしいじめるような子が現れたら、お仕置きしますね。絶対」
「あ~……そうか。まあ、なんだ。よかったな」
…………こいつ、やべぇ。
「?」
マジか……。この世界の常識人枠だった、あのイオが……まさか、こんなに姉馬鹿だったなんてな……。世の中、わからないものだ。いや、まて。この場合、イオは、姉馬鹿になるのか? それとも、兄馬鹿? ……いやこの際どうでもいい。少なくとも、イオは魔王を溺愛してやがる。さっきちらっと見たときに、『魅了』とかのスキルがなかったってことは、素で溺愛してるな。しかも、向こうも純粋にイオを慕っているみたいだし。……勇者に懐く魔王とは一体……。
「まあ、わかった。とりあえず、お前は魔王の面倒を見てやれ。あたしも、見た感じ素直なガキみたいだしな」
なんて、何気なく言ったら、
「師匠、ガキじゃなくて、メルって呼んでくださいね?」
笑顔の圧で、そう言ってきた。
「いや、別にいいだ――」
「メルです」
「だから――」
「メル、です」
「わーったわーった。メルな」
あたしの負けだよ、ったく……。
「はい」
……うっわー、すっげえいい笑顔。
てか……こいつ、すげえ過保護じゃん……。
ここに来て、イオの新しい一面を知ることになった。
……しかしまあ、メル、ね。
固有技能は『癒し』か。
単純に精神的癒しを与えるだけの固有技能みたいなんで、かなりよさげだな。
あれか、アロマセラピーとか、アニマルセラピーならぬ、ロリータセラピーってか。
だが、あの固有技能は、あくまでも自身が心を許しているか、ある程度の好意を持っているかじゃないと発動しないみたいだし、効果は身内だけになりそうだな。
イオに対してはバリバリ働いていたが。
まあ、あいつには癒しが少ないしな。ちょうどいいだろう。
……そして、やはり時間操作がかかっているのが、これで確定したな。
実質七分一の時間で帰って来たみたいだしな。
一体、誰が、何の目的で時間操作をしてるんだか。
やっぱ、神なのかね?
「謎は多い、ってか? まあ、きっといつか解明されるだろう」
なんて、他人事にしちゃまずいな。あたしがどうにかしないと、って気概でやるとするかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます