第237話 邂逅
入学式、並びに始業式が終わり、特にこれと言って大きな出来事もなく、一週間が終了し、進級してから二週目の月曜日の朝。
先週やったことと言えば、委員会と係決めくらい。
ボクは、保健委員になりました。なぜか。
というか、なぜかクラスメートのみんなが、ボクに是非保健委員になって! なんて言うんだもん。しかも、鬼気迫る勢いで。
どうしてボクが保健委員になってほしいと頼まれたのかはわからないけど、一応向こうの世界で嫌というほど怪我の手当てはしていたし、回復魔法も持っているしで、ある意味あってると思ったから、了承したけど。
ちなみに、未果はまた学級委員になりました。
貧乏くじを引いた、って嘆いていた。
他には、晶が体育委員になったり、女委が図書委員になったりした。
態徒は委員会に入ることはなく、普通にフリー。
ただ、女委が図書委員って言うのはなんだか……ちょっと不安を感じる。
なんでだろうね。
……図書室に、気が付いたらBLの本が! なんてことになってそう。
できれば、阻止しよう。うん。
そう言えばメルにも友達ができた、って言ってたなぁ。
正直、普通の子供とは容姿が全然違うから、もしかしたら浮いちゃってるかも、って心配していたけど、杞憂で何より。
メルは素直で、可愛いからね。当然だと思います。
変なちょっかいを出してる子がでないといいんだけど。
それから、いつも通りにメルを起こし、朝ご飯を食べた後いつも通りに登校。
学園へ向かう途中、一週間経ったとはいえ、こんなに学園へ向かう生徒が大勢いるって言うのはなかなか見慣れない。
五月になる頃には慣れてるんだろうなぁ。
同時に、やっぱり視線が来るけど。
なんで視線が来るのかやっぱりわからない。
概ね、メルが可愛いから来てるんだと思うけど、なぜかボクにも来るし……うーん、銀髪碧眼は見慣れないのかなぁ。
まあ、そうそういないしね、ボクみたいなのは。
それを言ったら、メルなんてもっといないよね。
紫紺の髪に紅の瞳だから。
しかも、メッシュが入ってるから余計。
これ、地毛なんだよね。
魔族って不思議。
「あ、巴ちゃんじゃ! おーい、巴ちゃーん!」
と、大勢いる人の中から、友達を見つけたらしいメルは、巴ちゃんという娘を呼んでいた。
すると、メルの呼び声に反応して、巴ちゃんがタタタッと駆け寄って来た。
「おはよう、メルちゃん!」
「うむ、おはようなのじゃ! ねーさま、この娘が儂の友達一号の、巴ちゃんじゃ!」
「おはよう、巴ちゃん。メルのお友達になってくれて、ありがとう」
メルのお友達と言うことで、少しかがんで目線を合わせてお礼を言う。
茶髪でショートボブの可愛い女の子だ。
「ふわ! め、女神様だ! ほ、本物ですか!?」
「え、め、女神様?」
なんだろう、今すごく聞き慣れつつある単語が聞こえてきたんだけど。
「はい! 初等部の子たちの間で噂になってるんです! 高等部には、白銀の女神様がいるって!」
「あ、あー……うん、まあ、一応そう言われてるみたいだけど……ボク、そこまで大層な人間じゃないよ?」
「でも、女神様すっごく綺麗です!」
「そ、そうかな? ボク自身、そこまで綺麗とは思ってないんだけど……」
「そんなことないです! 女神様は綺麗ですよ!」
「そ、そっか。あと、できれば女神様呼びはやめてもらえると嬉しいかな」
正直、むず痒くて……。
あと、ボク自身が女神様、なんて呼ばれるような人間じゃないし、そこまですごい人って言うわけでもない。
「じゃあ、えーと、んーと……な、なんて呼べばいいんでしょうか?」
「あ、そう言えば名前を言ってなかったね。ボクは、男女依桜。まあ、好きに呼んでいいから」
「じゃあ、依桜お姉さんでいいですか?」
「うん」
本当は、お姉さんじゃなくて、お兄ちゃんの方がある意味正しかったりするんだけどね。
……そっか。今、学園の中に、ボクが元男だってことを知っているのって、高等部の二年生と三年生だけなんだよね。
だから、お姉さん呼びが自然なのかな。
「じゃあ、巴ちゃんでいいのかな?」
「はいです! 巴ちゃんでいいですよ!」
「うん。じゃあ、巴ちゃん。メルとこれから仲良くしてあげてね? メルは、友達がいなかったから、ちょっと心配で」
「任せてください! メルちゃんとは、ずっと友達です!」
「おお、儂もじゃ、巴ちゃん!」
感極まったのか、メルが巴ちゃんに抱き着いた。
これ、抱き着き癖があるのかな、メルって。
まあでも、微笑ましいよね。
ボクも、こんな風に微笑ましい環境だったらなぁ……はぁ。無理だね。うん。
学園長先生とか、態徒や女委がいる以上、ほんわかとした生活は無理だね。
「さて、と。そろそろ学園に行かないと遅刻……って、あ!」
「む、どうしたのじゃ、ねーさま?」
「ごめんね、ちょっと忘れ物しちゃった」
「なんと。ねーさまが忘れ物とは、珍しいのぅ?」
「悪いんだけど、先に行ってて。ボク、忘れ物を取りに帰るから」
「わかったのじゃ」
「巴ちゃん、メルと一緒に行ってあげてくれる?」
「もちろんです! 依桜お姉さんも気を付けて!」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
そう言って、ボクは急いで家に戻った。
「あ、あったあった。今から走っていけば間に合うかな」
家に戻り、忘れ物――現代文の教科書を回収したら、急いで家を出る。
忘れ物なんてしたの、いつぶりだっけ……。
少なくとも、最後にしたのは中学一年生の時くらいだった気がする。
はぁ、確認を怠ったのが悪かったよ……。
人気もほとんどないし、急がないと……。
と、ボクが大急ぎで走っていた時だった。
「あ、あれ? なんか、急に視界が歪んで白く……って! こ、これ、少し前のいせ――」
ボクがセリフを言い終える前に、ボクの視界はホワイトアウトし、意識はブラックアウトした。
「よーし、出欠取るぞー。あー……ん? 男女が来てないな。おい、椎崎、小斯波、変之、腐島。何か知らないか?」
朝、いつも通りに登校し、晶たちと話す。
いつもなら、晶と一緒にいると少しして依桜が来るのだけど、今朝は依桜が来ることはなく、そのまま態徒と女委が登校してきた。
不思議に思っていたけど、前にも体の変化による遅刻や、寝坊による遅刻、もしくは風邪で欠席なんてことがあったから、多分そのどれかだろうと思って待っていたら、HRの時間になっていた。
そして、出欠を取る戸隠先生が、依桜が来ないことに不思議に思い、私たちに尋ねてきた。
私たちは少し席が離れていたけど、お互い顔を向け合う。でも、誰も何も思い当たらず、全員首を振る。
「いえ、何も連絡は来ていないです」
私が代表して言うことにし、戸隠先生に伝える。
「そうか。変だな……。すまない。ちょっと、男女の家に連絡してくる。HRは終わりだ。授業の準備をするなり好きにしててくれ」
そう言って、戸隠先生は教室を出ていった。
『男女どうしたんだ?』
『風邪とかか?』
『依桜ちゃん、どうしたんだろう?』
『さあ……でも、急に来ないなんて心配』
クラスメートも、依桜が何の連絡もしないで来ていないことに対し、心配している。
私たちも一度集まって話す。
「依桜、どうしたんだろうな」
「わからないわ。依桜のことだし、休むか遅刻する時は、ちゃんと学園に連絡を入れるし……」
「だよな……マジでどうしたんだ?」
「でも、単純に連絡をし忘れた、なんてことがあるかもしれないよね」
「そうだといいんだけど……」
なんだか不安なのよね……それに、妙に嫌な予感がするというか……。
この後も、晶たちと話していると、
「悪い、椎崎、小斯波、変之、腐島の四人はちょっと来てくれ」
唐突に戸隠先生に呼び出された。
私たちは一瞬、顔を見合わせると、戸隠先生の所へ行った。
「あー、単刀直入に言うぞ。男女なんだが……行方不明だ」
「「「「――ッ!?」」」」
う、嘘でしょ?
まさかの事態に、私たちはそろって声を出せずにいた。
「男女の母親に連絡を取ったら、朝はいつも通り男女の妹と一緒に登校。そのあと、少しして忘れ物を取りに家に帰り、慌てて出ていった。同時に、これが男女を見た最後の瞬間とも言っていた……」
戸隠先生の事情説明を聞いて、私たちは一気に暗い表情になった。
依桜のことだから、あまり心配はいらないのかもしれないけど……さすがに、なんの前兆もなしに行方不明になったとなると、かなり心配になる。
大切な幼馴染が、ある日突然いなくなる、なんてラノベとかマンガの中でしか見たことがない出来事が現実に起こると、かなり不安になるし、怖くなる。
ま、まさか、依桜に限って、何か危険なことになったりしてない、わよね……?
「一応、警察の方に捜索願を出すが……見つからない可能性が高い」
「な、なんでですか?」
「今朝、男女らしき人物が、突然消える、という目撃情報があってな……。仮に、それが男女だったとしたら、見つかる可能性は限りなく低い」
「そんな……」
「……いいか。この件は、誰にも言うな。正直、男女がいなくなった、なんて知れたら、学園はいろんな意味で大ごとになる。高等部と教師は特に。この意味、わかるな」
「はい……」
ただでさえ、依桜が風邪で休んだだけで大ごとになったと言うのに、依桜が行方不明になったなんて知れたら、それこそ鬱病とか、精神疾患を患っても不思議じゃないくらい、大変なことになる。
それを想像したのか、晶たちも苦い顔になる。
「とりあえず、何か情報が入り次第、お前たちにも伝える。くれぐれも、変な行動はするなよ。自分の生徒がいなくなったり、おかしくなったりするって言うのは、教師的に一番来るんだ。いいな?」
「「「「はい」」」」
「とりあえず、これだけだ。戻っていいぞ」
そう言うものの、私たちは誰一人として、動けずにいた。
「……まさか、対処法ができる前に、依桜君が巻き込まれるなんて」
私は学園長室で一人、苦々し気にそう呟いていた。
四月に入ってから多発していた、空間歪曲の対処法を探るために、色々していた私の研究員たちは、常に空間歪曲の発生場所をチェックしていた。
もちろん、私も暇がある時にいつもチェックしていた。
私の中は焦りで埋め尽くされている。
ついさっき、誰かが空間歪曲に間こまれたと報告を受け、慌てて私も確認した。
すると、確かに一人、空間歪曲に巻き込まれて、別の世界に行ってしまった人がいた。
問題はそれが誰か、という部分だったのだけど……ついさっき、戸隠先生に依桜君が行方不明になったことを伝えられた。
そして、最後の目撃情報を聞いて、私は悟った。
消えた人って言うのは、間違いなく、依桜君。
この非常事態に、私はものすごく焦る。
大切な生徒がいなくなってしまった。
私たちが知っているような異世界だったら、まだどうにかする方法があった。
だけど、今回はちょっとわけが違う。
空間歪曲には、繋がっている世界によって、パターンが違う。
今回依桜君が巻き込まれたのは、私たちがどこに繋がっているのか全く分かっていない、例の物。
依桜君が巻き込まれるかもしれないと思っていた私は、あの日伝えていたんだけど……
「まさか、本当に巻き込まれちゃうなんて……」
私がもっと早く対処法を見つけていれば……。
去年の九月、依桜君が向こうに行ってしまったことを知った時、本当に後悔が私の中を渦巻いていた。
一応、消えたと思ったらすぐにまた出現した、なんていう特異な状況だったけど、依桜君は向こうで三年間も過ごしていることを、学園祭の前日に知った。
いや、正確に言えば、依桜君が女の子になって学園長室に来た時には、もう大体悟っていた。
詳しい年数自体はわからなかったけど、何かがあったと。
なにせ、監視カメラで普段見ていた依桜君とは、雰囲気がかけ離れていたから。
その後、依桜君がゼイダルの企みを知り、私の時に来た時にそこで確定した。
私は依桜君が人を殺したことを知って、自分を殺してしまいたいという衝動にかられた。
……あの時は、あんなに軽く言っていたけど、本当は一番悔いていたのは私。
まさか、大切な生徒が心に深い傷を負ってしまっているとは思わなかったから。
もとはと言えば、私が楽しそうだから、という理由で父から受け継いだ研究だったけど、それが原因で人を傷つけるとは思わなかった。
私は正直、依桜君に殺されてもいいと思ったのだけど、依桜君は許してくれたのよね、私を。
救われたわ、あの時は。
それからしばらくして、依桜君に異世界にもう一度言ってほしいと頼んだのは、今にして思えば、頭のおかしい話よね。
結局また巻き込んじゃったんだもの。
しかも、脅しみたいな形で。
……甘えてしまう悪い癖よね。
でも、結局依桜君は行ってくれた。
しかも、帰ってきた後、まさかお礼を言われるとは思わなかったけどね。
だから、異世界転移装置を創ってほしい、なんて言われた時は驚いたわ。
嫌っているのかなと思ったから。
しかも、向こうの世界で女王様になった、って言うんだから本当にすごいわよね、依桜君って。
ただ、なんの前兆もなしに依桜君が異世界に行ったのは本当に焦ったわ。
一応、次の日には帰ってきていたけど。
空間歪曲が多発している現在では、できれば巻き込まれないよう、色々とやってはいたけど……無駄になった。
けど、ここで諦めたらいけない。
依桜君がどんな世界に行ったかはわからないけど、全力で探さないと……!
「もしもし、叡子です。大至急、研究所の総力を挙げて、依桜君が行ってしまった世界を探して。これは、絶対よ」
私は、スマホで研究所の方に連絡し、絶対の命令を下した。
これは、私の中で最優先事項だから。
「……う、こ、ここは……」
目を覚まし、体を起こすと、そこは見慣れた景色だった。
いつもの通学路が目に映る。
周りを見れば、未だに桜が舞っている。
周囲に人気はなく、ここにはボク一人らしい。
「うっ……いたたたた……」
ふらふらと立ち上がると、ずきりと頭が痛んだ。
どこかに頭を打ったのだろうか?
一体ボクに何があったんだろう?
たしか、忘れ物を取りに家に戻って、急いで学園に向かっている途中、急に視界が歪んで白く染まった後、意識がなくなって……気が付いたらここに。
「……でも、異世界に行っちゃうはずなのに、ここって……美天市、だよね?」
なんだったんだろう?
もしかして、単純に立ち眩みを起こしてちょっと気絶してただけとか?
うーん、あり得る。
知らぬ間に疲れがたまっていて、それで倒れちゃったんだよね、うん。
「って、いけないいけない。学園に急がないと」
ボクは大急ぎで学園へ向かって走った。
それから、なんとか、時間前に学園に到着。
かなり急いだこともあって、結構余裕がある時間についたみたいだね。うん、よかったよかった。
……って、あれ? なんだろう。いつも以上に視線を感じるのは気のせい?
しかも、驚いたようなそんな感じの視線ばかり。
うん? ボクがここにいるのって、そんなに不思議かな?
とりあえず、二年三組の教室に行こう。
「おはよー」
『『『!?』』』
ボクがいつも通りに教室に入った瞬間、クラスメートのみんなが、ものすごく驚愕したような表情を見せた。
というか、『え、マジで!?』みたいな反応のような……?
ボクが不思議に思っていると、未果たちがボクの所に来た。
「あ、あなた、依桜、よね?」
「え? 何を言ってるの? ボクだよ?」
「でも、あなた……いつ戻ったのよ」
「戻った? え? なんのこと?」
なんで、みんなボクが依桜だと言うことに対して、こんなに戸惑っているの?
え?
「というか、だな。依桜。お前、いつからそんな柔らかい話し方になったんだ? いつもはもうちょっと、男勝り……というか、実際男のような話し方じゃなかったか?」
と、晶にそう言われた。
「え? ボクは昔からこの話し方だったけど……って、どうしたの? みんな」
なぜかボクの言ったことに対して、みんながさらに驚いたように固まっていた。
うーん? これは一体、どういうこと……?
「おはよう」
と、ここで、なんだかすごく聞き覚えがある声が聞こえてきた。
誰だろうと、振り向くと、
「……え?」
「……ん?」
両者見つめあって、固まった。
「「………………」」
そして、無言。
いや、ちょっと待って。脳の処理が追いついていないんだけど。
目の前にいるのが、少なくともボクの記憶・考え経験が正しければ……って!
「「ぼ、ぼぼぼぼ、ボク(僕)!?」」
『うえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
なぜか、ボクの目の前には……男の時のボクがいました。
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