第70話 依桜ちゃんとハロパ

「あー、今週の日曜日は、十月三十一日で、世間ではハロウィンだ。この日は、東京の渋谷で、脳内お花畑なガキどもや、パリピな馬鹿や、後先考えず目先の楽しいことだけをしたいがために、事件を起こしたり、トラックを倒すなど、ちと頭のイカレた馬鹿どもが問題を起こす日でもある」


 朝からいきなりな話だった。


 たしかに、渋谷のハロウィンと言えば、毎年何らかの問題を起こしてるけど。

 まあ、そもそも、仮装をする理由と言えば、ハロウィンの日にやってくる悪霊や魔女たちと同じ格好をすることで、攫われたり襲われたりしないように、と言う意味で始まったものだしね。

 それ以外だと、同じ格好をして驚かせて追い返す、という説もあったりする。


 昔は、先祖の霊が帰ってくる日で、日本で言うお盆のような日だったけど、その先祖の霊に便乗して、悪霊や魔女がやってきて、災いをもたらす、って信じられていたのが元々ハロウィンの由来だったはず。

 と言っても、今は、収穫祭的な意味合いの方が強いけど。


 そんなハロウィンだけど、最近の日本だと、特に理由を知らないままとにかく楽しむ、の精神で騒ぐため、先生が言った通り、色々と問題が目立つ。

 特に渋谷がそうだね。


「そんなハロウィンだが、入学説明会で説明されたと思うが、うちの学園ではハロウィンパーティー、通称ハロパを毎年行ってる。やることは、仮装して学園でパーティーするだけだ。一応、軽食や菓子類などが学園側から用意される」

『おー』

「で、このハロパ、やるのは日曜日、つまり休日だ。なんで、強制参加ではなく、自由参加になる。一応、そこの黒板に名簿を張っておくんで、参加するやつは丸を書いとけ。それから、ハロパに関することが書かれたプリントも置いておくから、まあ、欲しいやつは勝手にもってけ。連絡は以上だ」


 連絡事項を言い終えると、先生がいつも通りに気怠そうに教室を出て行った。

 先生が出ていくのと同時に、半数近くの人がプリントに群がる。


「で、どうするよ?」


 と、いつの間にかボクの席まで来ていた態徒が尋ねてきた。

 見れば、未果たちもいる。


「うーん、せっかくだし、参加しようかなぁ」


 こういうパーティーとかには参加したことなかったし。

 あ、異世界でのあのパーティーは例外ですよ? あれ、ガチなパーティーですし。

 それに、こういうのは結構思い出になりそうだからねぇ。


「それなら、私たちも参加ね」

「あれ、ボク基準?」

「まあ、この中で一番こなさそうなのは依桜だからな。どうせ行くなら、五人全員のほうがいいだろ?」

「それもそうだね」


 晶の言う通り、ある意味一番こなさそうなのはボクだ。

 だって、ね……。

 いつものパターンだと、変に注目を浴びて、パーティーどころじゃなくなりそうだし。

 実際、向こうのパーティーに参加した時なんて、なぜか縁談を持ちかけられたしね……。

 色々と思惑があったのかもしれないけど、断るのってちょっと気が引けるから、精神的にちょっときつかったし。

 さすがに、こっちの世界では、縁談なんてことないと思うから、そのあたりは安心できる。


「じゃあ、決まりだな」

「そういえば、先生開始時間と言ってなかったけど、誰かわかるの?」

「それなら、そこのプリントを取ってきたわ。開始は、お昼の十二時からみたいね」

「となると、そこで昼食を摂ることもできるってわけか」

「そうみたいだね」


 多分、そのあたりを考えての時間なんじゃないかな?

 軽食がどんなものかはわからないけど、多分ハロウィンに似合っていて、手軽に食べられるものだろうし。


「あ、それにこれ、自分で料理やお菓子を作って持ってくるのもありみたいよ。で、それを配ったりするのもありだとか」

「へぇ、結構自由度高いんだね」

「まあ、それが原因で、毎年問題が起こってるみたいだぞ」

「あー……うん、学園祭を経験して、なんとなくわかるような……」


 あの時と言えば、なぜかボクが作ったハンバーグが取り合いになる、なんてことがあったしね……。


「人気がある人のは、争奪戦になりやすい、ってことなのかな~?」

「そりゃそうだろ。例えば、依桜がお菓子とか作ってきたら、誰だって欲しくなるじゃん?」

「いや、誰でもってわけじゃないと思うけど……」

「じゃあ、あの時の学園祭の惨状は?」

「た、たまたま……だと思う、よ?」

「まあ、依桜の自己評価は低いからな。それに、周囲から見た依桜がどういう存在なのか、って言うこともわかってないだろ」

「まあ、依桜だしね」

「それどういうこと!?」


 ボク、別に自己評価は普通だと思うんだけど。

 可もなく不可もなくって感じで。

 たしかに、ちょっとは可愛いかな? くらいには思ってるけど。


「いやあ、依桜って、あまり噂とか気にしないだろ?」

「まあ、うん。所詮は噂だし……。それに、確証もないものを信じたり、気にしたりするのはね」


 そもそも、噂なんて、勝手に一人歩きするようなものでもある。

 あっちの世界なんて、ちょっと悪い噂が流れただけで、その人が周囲から唐突に嫌われる、なんてことも多かったからね。

 意外と払拭するのは難しいんだよ。


「依桜は昔っからそうだからなぁ。まあ、それはいいとして、だ。今のお前は……『白銀しろがねの女神』なんて言われてるからなぁ」

「何その二つ名! ボク、中二病とかじゃないよ!?」


 魔法は使えたり、暗殺者だったりはするけども!

 別に、それは本当のことだからいいけど、そっちに関してはただの痛い人だよ!


「依桜君、現在進行形でモテモテだからねぇ」

「そ、そこまでモテてるわけじゃ……」

「何言ってんのよ。依桜はたしか、この前他校の生徒から告白されてなかったっけ?」

「そ、そんなこともあった、かなぁ?」


 それも、結構最近に。

 あの時は、本当に困ったよ……。


「へー、そんなことがあったのかよ? 見たかったぜ」

「とうとう他校の生徒からくるなんて……ラノベ主人公街道まっしぐらだね!」

「そんな街道には進みたくないよ!」

「でも、告白されるってことは、それなりにモテてるってことなんじゃないのか?」

「そ、そう、なのかな?」

「「「「そう」」」」


 別に、告白されてるからモテる、って言うわけじゃないと思うんだけど……。

 モテるって言うのは、大多数の人から告白されたり、言い寄られたりするっていうイメージだし……。

 まあ、ボクの偏見かもしれないけど。


「そ、それはそれとして、さっきの二つ名は何?」

「ああ、あれ? あれは、ネット上での依桜のあだ名ね」

「な、なんでそんなことに?」

「んっとね、依桜君の情報って、先週の金曜日くらいからパタリと途絶えてね。一応、住んでいる街までは絞れて、住んでいる家にも張り込んでいたにもかかわらず、一度も出てこなかった。でも、この学園にいることは確か。で、雲の上のような存在であり、女神的な美貌と銀髪から、『白銀の女神』、って言われてるんだよ」

「雲の上って……ボク、普通の一般人だよ? 別に、芸能人でもなんでもないんだけど……」

「魔法使える人間が一般人はない」

「それに、その髪色と目の色で一般人とか……ないわ」

「そ、それを言われると……反論できない」


 晶と未果にキッパリと否定されて、ぐうの音も出ない。

 そもそも、魔法を使える時点で一般人じゃなし、一応暗殺者だから、そのあたりも踏まえると、一般人どころではなく、かなり特殊な人、だよね……。

 それに、元々この髪と目も相まって、余計に浮いてるし。


「まあいいじゃん。モテる人の特権だと思えば」

「嫌な特権だよ……」


 別に、目立ちたいわけじゃなかったんだけどなぁ。


「ま、依桜の恥ずかしい二つ名に関しては置いておくとしましょう」

「酷くない!? ねえ、酷くない!?」

「で? 依桜は何か作ってくるの?」

「えっと、料理?」

「それ以外何があるってのよ」


 だ、だよね。

 でも、料理、料理かぁ……。

 それなりに普段から料理しているから、ある程度のレパートリーは持ってるけど、あくまでも学生としての範囲であって、料理学校に通っている人や、母さんのような主婦の人たちには敵わないけどね。


「別に、作ってきてもいいんだけど……」


 と、ボクがつぶやいた瞬間、


『――ッ』


 やけにクラスが殺気づいた。

 だけど、未果たちは気づいていない様子。


「作ってくるとしたら、依桜君は何を作ってくるの?」

「うーん……そうだなぁ、手頃なお菓子とか、軽くつまめるものとかかなぁ」


 唐揚げとかいいかも。

 冷めても美味しいし。

 あ、そう言えば何かの料理漫画に、おにぎりサンドとかあったっけ。

 たしかあれは、スパムを挟んでたよね。


 それ以外だと……普通のおにぎりとか、卵焼き、あ、またハンバーグを作ってくるって言う手もあるけど……ハンバーグはやめよう。またおかしなことになりそうだし。

 さすがに、煮物とかを持っていくわけにはいかないし、持っていくのなら、単体で食べられるものがいいよね。個数で計算できないものは無理。

 やっぱり、おにぎりとかサンドイッチになるかなぁ。

 そこに、おかず類を作る、って感じがいいかな。

 そうなると、どういうものがいいかな?


「お、何かいい案でもあるのか?」


 と、態徒が期待したような声音で訊いてきた。

 ちょうどいいし、四人に聞いておこうかな。


「いい案、ってわけじゃないんだけど、みんな好きなものはある? お菓子でも料理でもいいから」

「そうだな……俺は、和食とかだな」

「私は、卵焼きとか好きよ」

「オレは……唐揚げだな」

「わたしは……パイとか?」


 晶は和食。うん、幅が広いね。

 未果は卵焼き、と。

 態徒は唐揚げか。

 で、女委はパイ。

 ……なんだろう。女委だけ、ちょっと他意を感じるのは気のせい? ボクの心が汚れてるからなのかな?


 いや、きっとボクだけじゃないね、これ。

 晶は怪訝な顔を浮かべているし、態徒は女委の胸元に視線が釘付け状態。

 周囲の男子たちも、女委の言葉が聞こえていたのか、女委の胸元に視線が行ってるし。


「意外とバランスが取れるかも」

「お、何作るか決まったのか?」

「うん。晶が和食が好きって言ってたけど、お弁当で、個数になるような料理って少ないから、炊き込みご飯を作って、おにぎりにしようかなって。あとは、卵焼きと唐揚げを作る感じかな。で、さすがにパイは作ったことないから、市販のパイシートで簡単なパイでも作ろうかなって」


 一応、軽くサンドイッチも作ろうかな。

 おにぎりとサンドイッチを選べるようにしたら、それはそれでいいかもしれないし。

 ハロウィンに似合った料理を、とも考えたけど、あいにくとかぼちゃを使った料理って作ったことないからなぁ。

 多分、そのあたりは学園側が用意してくれそうだし。


「それは楽しみね。依桜の料理はおいしいし」

「そうだな。俺も楽しみにしてるよ」

「あはは。一日だけだからね。それに、十二時からなら、そこまで早く準備しなくてもいいだろうし」

「いやぁ、また依桜の手料理が食えるとか、マジ学園様様だぜ」

「うんうん。依桜君の料理って、かなり高額で取引されてたみたいだしねぇ」

「何それ初耳なんだけど!?」


 なんでボクの料理くらいで取引なんて行われちゃってるの!?


「あ、うん。学園祭の時の依桜君の料理。実は、買った人が買えなかった人にお金を積まれて売ったらしいんだよねぇ」

「あ、それ聞いたことあるわ。たしか……ハンバーグ一個に、二万円くらいの値が付いてたわね」

「どこにでも売ってる普通のお肉なのに、なんで国産黒毛和牛100%のハンバーグみたいな値段してるの!?」


 明らかに、一介の高校生が作った料理に出すような金額じゃないよね!? それだけあれば、普通に中古のゲーム機が買えちゃうんだけど!

 いいの? 食べたらなくなるものに対して、二万円払ってるけどいいの!?


「まあ、それだけ価値があったってことだな!」

「この学園の生徒はよくわからないよ……」


 この学園に在籍する生徒たち(主に男子)は、常人には理解できないような試行しているんだなと、ボクは思った。

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