第69話 回想2 色々な弊害

 時間を遡って、依桜が女として通い始めた次の週の月曜日。

 その日はいつも通り……とは言い難かった。



「ち、遅刻遅刻!」


 最悪なことに、今日は寝坊してしまった。

 うぅ、絶対に遅刻しないようにと思ってたのにぃ!

 今日は、母さんが朝からいないから、そのために目覚まし時計をかけていたのに、まさか壊れているなんて……!


 そんなわけで、今は慌てて身支度を整えて、パンを一枚食べつつ、準備を済ませて玄関を出る。

 時間は、八時十五分。始業開始時間が、八時半だから……ボクが地面を壊したりしないギリギリのレベルで走って間に合うかどうかと言うレベル。

 身体能力強化をした上で、屋根の上を走ったりすれば、確実に間に合うんだろうけど、そんなことをしたら屋根に穴が開いて、迷惑どころの騒ぎじゃなくなる。

 ここは……


「自転車で行くしかない!」


 これなら間に合う。

 まあ、走るよりも危ない走行になりかねないけど、車道を走るし問題ないよね!


 ……あれ、問題大有りな気がしてきた。

 いやいやいや! 今はそれどころじゃなくて!


「と、とにかく急ごう!」


 ボクは自転車(所謂ママチャリ)に跨り、ペダルに足をかける。

 そして一気にペダルを回し始めると、


「わ、わぁ!」


 もの凄いスピードが出た。

 見れば、ペダルは残像が見えるほどにグルグルと回り、ぐんぐんとスピードが出ている。

 ちょ、速い速い!


 明らかにこれ、車以上のスピードが出ちゃってるよ! 時速六十キロはオーバーしちゃってる気がするんだけど!

 今の身体能力で自転車を本気で漕ぐと、こんなにスピード出るの!?

 少なくとも、走るよりは早いけど、本当にこれ危険だよ!


 で、でも幸い、ボクには師匠に鍛えられた反射神経と動体視力があるから、仮に曲がり角から人や動物が飛び出してきても回避できる自信がある。

 それは別として……。


「さ、さすがにこれはちょっと怖い!」


 いくら鍛えられているからと言って、異常な速さを出している自転車に乗っていて怖いわけがない。

 怖いものは怖いです!

 というか……


「目が乾くぅ!」


 かなりのスピードが出ているせいで、すごく目が乾く。

 言ってしまえば、時速六十キロ出ているバイクで、ゴーグルをしないで乗っているようなものです。

 なので、さっきから目が乾いて痛いんです。

 だけど、今そんなことを気にしている余裕はないので我慢!


『ひったくりよー!』


 って、こんな時にひったくりって! しかも、結構朝早い時間帯なんだけど!?

 で、でもいきなりは止められないし……しかたない!

 気配感知を使用して、ひったくり犯の位置を特定。

 すると、それなりに近いということが分かった。

 その上、幸いにも、ボクが走っている道に出る形になる。


 これなら、すれ違いざまにひったくり犯の足を止めることができる。

 足止めのために、針を四本ほど生成。


『へへ、これでまた金が手に入ったぜ!』


 と、下卑た顔と声を出しながら、一人の男が左手側の通路から出てきた。

 また、って言うことは、もしかして常習犯?

 だとしたら、尚更見過ごせない……。

 ボクは針を構えると、ちょうどすれ違う瞬間に一斉に男に向かって投擲。


『うおぉ!?』


 それぞれ、洋服の肩部分と、ズボンのすそに刺さり、建物の壁に縫い付けることに成功。

 もちろん、人体に刺さらないようにしているので、全部服にしか刺さってない。

 さすがに、傷害罪とかで捕まるのはね……。


 あ、そう言えば、建物に穴開けちゃったけど……だ、大丈夫かな? 一応、針はかなり細くて頑丈なものにしてあるから、穴は目立たないと思うけど……どうかバレませんように……。


『な、なんだよこれ!?』


 男は逃げようともがくけど、一向に針が抜ける気配はない。

 自力で抜け出すのは困難だからね、あれ。

 誰かに抜いてもらわないと、動くことは難しい。


「うん、これで問題ないかな」


 少しだけ男の状況を確認してから、ボクは再び自転車を漕ぎだした。


「ま、間に合うかな……!」


 あれからは特に問題もなく、ボクは順調? に学園へ向かっていた。

 けれど、信号待ちの間にスマホで時間を確認したら、八時二十三分だった。

 家から出て、八分経過していた。残り、七分。


 こうなったら、身体強化を使うしかないか……。

 それに、二倍くらいだったら、なんとか自転車も耐えられそうだし……一応、強化をかけてあるからね、自転車。

 それに、ここから先には、これと言って大きな障害もないはず。

 人通りも、この時間ならほとんどないし。

 うん。行ける。


 覚悟を決めて、ボクは身体強化を使用。

 全身に力が行き渡るのを感じて、信号が青になる瞬間を待つ。


「今っ!」


 青になった瞬間、ボクは全力で自転車を漕ぐ。

 さっきよりも速いスピードに、さらに目が乾くけど、もう気にしてられない。

 さすがに、寝坊で遅刻は嫌だからね。

 というか、自転車で車以上のスピード出してるけど、問題ないよね、これ?

 ……心配になってきたけど、今はそれを気にしている余裕なんてない!


 ぐんぐんと景色が変わり、ついに学園が見えてきた。

 距離的には、大体百メートル。

 学園の外にある時計を見ると、八時二十八分。

 か、かなりギリギリ……。


「げ、限界を超えるっ!」


 諦めず、ボクは今まで以上の力で自転車を漕いだ。

 そして、


「ま、間に合った!」


 なんとか、敷地内に入ることに成功。

 でも、まだここで終わりではなく、


「く、クラスに行かないとっ……!」


 朝のHRに出るまでが登校!

 急いで駐輪場まで自転車を置きに行く。


 と、ここで悲劇が起こった。

 バキンッ!

 という、何かが壊れる音が、ボクの自転車から響いてきた。

 嫌な予感と、いやな汗をかきつつ、恐る恐る自転車を見ると……


「ぺ、ペダルが……」


 ペダルが、軸から壊れていた。

 それはもう、ものの見事にバラバラ……と言うより粉々。

 直そうと思っても、軸が逝ってしまったので修理は不可能。


「ど、どうしようっ!」


 突然の出来事に、おろおろしていると、


「ん? 男女じゃねーか。どうしたよ?」


 戸隠先生がボクに話しかけてきた。

 どうやら、今日の登校指導の担当だったみたい。


「あ、え、えっと、自転車が壊れちゃいまして……」

「ん、どれ……。あー、こりゃだめだなぁ」

「で、ですよね」

「つか、何をどうしたらこうなるんだ? ペダルの軸が粉々とか……」

「ろ、老朽化してたんだじゃないですかね……?」


 十中八九、ボクの本気の走行に耐えられなかったからだよね、これ。

 馬鹿正直に、本気で自転車漕いでいたら壊れました、なんて言えないし……。


「そうか。どうみても、買ったのは最近に見えるんだが……まあ、乗ってるお前が言うんだから、そうなんだろうな。とりあえず、自転車はこのままにしとけ。自転車の方は、あたしが片しとくから、お前はさっさと教室に行け。事情を説明すれば、遅刻にはならんだろ」

「あ、ありがとうございます」

「いいってことよ。ほれ、さっさと行った行った!」


 先生に軽く会釈をしてから、ボクは教室へ向かった。



「お、おはようございます」


 もうすでにHRが始まっていて、その途中で教室に入ったものだから、ボクに視線が集中した。

 う、恥ずかしい……。


『ん、男女か。どうした?』

「自転車が壊れちゃって……」

『あー、なるほど。わかった。それならいいぞ』

「ありがとうございます」


 よかったぁ、遅刻にならなくて……。



「しっかし、依桜が自転車で来るなんて、珍しいな」


 今日の一時間目~四時間目は、ほとんどすべてが移動教室だったこともあって、みんなと話す機会がほとんどなかった。

 昼休みになり、みんなでお昼を食べていると、態徒が今朝のことを言ってきた。


「ちょ、ちょっと寝坊しちゃって……」

「依桜が寝坊ねぇ……。いつもは、おばさんが起こしてるはずだけど、なんで寝坊なんて?」

「今日は、朝から母さんがいなくて、目覚まし時計をかけていたんだけど……」

「なるほど。壊れてたんだな」

「うん……おかげで、大変だったよ。家を出たの、八時十五分だったし」

「そっかぁ、依桜君でも寝坊するんだ……って、ん? ちょっと待って。依桜君、今なんて?」

「八時十五分って……」

「「「「ええ!?」」」」


 女委に聞き返されたので、時間をもう一度言うと、なぜか四人がびっくりしていた。


「い、依桜? たしか、依桜の家から学園まで、どんなに自転車で急いでも、二十分くらいかかるよな? なのに、お前、十五分で学園に着いたのか?」

「う、うん。大変だったよ……。途中で、ひったくり犯がでてきちゃうし、八時半前に学園には着いたけど、ペダルは壊れちゃうし……」


 今度からは、強化をかなり強めにしないとダメかもなぁ……。

 少なくとも、二倍くらいの強度じゃダメと。

 次は、三倍以上かな。


「いやいやいや! おかしいだろ! 何? ひったくり犯? お前何してきたの!?」

「それよりも、ペダルが壊れるって、何をしたら壊れるんだ? たしか、少し前に買ったばかりだったよな?」

「え、えっと、ひったくり犯が横の道から飛び出してきたから、すれ違いざまにちょっと足止めを……。ペダルは、その……軸が粉々に……」


 朝の出来事を伝えると、四人はこの世ならざる物を見る様なまなざしを向けてきた。


「ひったくり犯の足止めしながら自転車漕いで、その自転車のペダルは粉々……わけわかんねぇ」

「いや、そもそも、ひったくり犯の足止めって……」

「依桜君、どうやって足止めを?」

「えっと、は――」


 針で、と言おうとして、ボクは慌てて言葉を止めた。

 そうだった。

 そう言えば、未果以外の三人には、ボクが異世界へ行ったことを伝えてないんだっけ。

 だったら、あまり変なことを言わないほうがいいかも……。


 たしか数日前に、態徒相手に爪楊枝を投げたことがあったよね?

 うん。今回はそれを言い訳にしよう。


「つ、爪楊枝を投げたんだよ」

「すごいなそれ!?」

「それはあれか? 前に、態徒にやったような?」

「そ、そうそう! 上手く当たってくれてね、それで足止めを」

「ほぇ~、依桜君ってすごいねぇ」

「たしかにな。爪楊枝でひったくり犯を足止めするとは」


 普通に信じてくれちゃったよ。

 いやまあ、爪楊枝でも、あながち間違いじゃないんだけどね。

 投げたの、針だし。

 あの後、ちゃんと捕まったかな、あの男の人。


「それで、帰りはどうするんだ?」

「自転車は先生が片してくれるって言うし、いつも通り、歩いて帰るよ」


 元々、ボクの通学方法は徒歩だからね。

 自転車が壊れても、歩いていけばいいわけで。


「それもそうか。しっかし、自転車が壊れるとか、依桜もついてねーよなー」

「あ、あはは……」


 態徒のセリフに対しては、本当に笑うしかない。

 自転車が壊れたのは、運が悪かったんじゃなくて、単純に強化不足だったからだし……。


「お、そうだ。なあ、今日隣町にいかね?」


 と、急に態徒がそんな提案をしてきた。

 唐突だなぁ。


「急にどうしたのよ」

「いやよ、隣町のデパートにあるゲーム屋でゲームの予約しててな。一人で行くのも寂しいしよ、一緒に行かないかな、と思って」

「態徒君、かまちょ?」

「違うぞ! だって、一人で寂しくゲーム買いに行くだけって、なんか嫌じゃん! 寂しいやつって思われるじゃん! リア充どもに笑われるじゃん!」

「そう思うなら、なんでわざわざ隣町にしたんだ? ゲーム屋なら、美天市にもあるだろ?」


 うんうんと、ボクと未果、女委が頷く。

 実際、美天市って、かなり過ごしやすい街だし、基本的に何でも揃っているから、わざわざ隣町のデパートに行かなくてもいいと思うんだけど……。


「たしかに、こっちにもあるんだが……この街の予約特典、オレが好きなキャラの奴じゃないんだよ! 対して、隣町のデパート、オレの押しキャラがメインの予約特典なんだよ! だったら、迷わず行くだろ!?」

「それはわかるよ、態徒君!」


 なるほど、そう言う理由だったのかぁ。

 場所によって予約特典が変わってくるときとかあるしね。

 そう言った場合、なるべく手に入れたくなるよね。

 ボクも、ゲームを買うときそうだし。


「ってーわけでさ、誰かついてきてくんね?」

「わたしはいいよー」

「あー、俺は今日バイトが入ってるな。すまん」

「私も、今日は学園祭関連でやることがるから無理ね」

「ボクは空いてるからいいよ」

「マジか! 女委と依桜がついてきてくれるとか、マジ感謝だわ!」


 ボクと女委がついていくことになり、態徒のテンションが上がった。


「それによ、男一人に女子二人って、傍から見たらリア充だよな!」


 あー、なるほどー。

 そう言う意味で、テンション高かったんだね、態徒。

 そこまで非リア充に見られたくないのかな?

 別に、気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ。


「けど、依桜は元男よ?」

「いいんだよ! 今の依桜は美少女! それも、超が付く程のな! それに、女委だって、性格はあれだが、美少女だろ?」

「態徒君、いいこと言うねぇ」

「このグループ、態徒以外はみんな美男美女だしね」

「ちょ、それじゃあ、まるでオレだけイケメンじゃないみたいじゃねえかよ!」

「「「「え?」」」」

「なにその、え、は。お前ら酷くないか!?」


 態徒って、自分でイケメンだと思ってたんだなぁ、って顔してるよね、みんな。

 よく見ると、クラスにいるみんなまでもが、『え?』みたいな顔を態徒に向けてるし。

 いじられキャラだよね、ほんとに。


「え、もしかしてオレ、ブサイク……?」

「そこまでじゃないと思うよー」

「ほ、ほんとか?」

「イケメンとブサイクの中間くらい?」

「それ普通って意味じゃん!」

「あはは。でも、別に態徒の見てくれは悪くないと思うよ?」


 ちょっと可哀そうだし、そろそろフォロー入れておこうかな。


「ま、マジ?」

「うん。どちらかと言えば、いいほうだと思うよ、ボク」

「本気で?」

「うん、本気で」

「依桜は優しいなぁ……」


 優しいとは思わないけど、本当のことを言ったまでだし。

 実を言うと、態徒に対して恋愛感情を抱いていた人が、中学生時代にいたりする。

 でも結局、告白することなく、卒業しちゃったんだけどね。

 ちなみに、態徒のことが好きだった女の子は、普通に可愛い人でした。

 今何してるんだろうね。


 一応、言おうか言わないかで迷ったんだけど、その人のことを考えて言わなかった。

 あと、言ったら言ったで、態徒が暴走しそうだったし、調子に乗って目も当てられない状況にならないか心配だった、っていうのもあったり。

 決して、態徒がモテない、ということはないわけです。


「それで、授業とか全部終わったらすぐ行くの?」

「そうなるな」

「じゃあ、学園が終わったらすぐ行こうか」

「おうよ」


 とりあえず、放課後の話はこれでいいかな。

 その後は適当に雑談しつつ、お昼を食べて昼休みが終わった。



 そして、帰りのHRにて。


「――とまあ、連絡事項はこんなもんだ。おっと、一つ忘れてたな。歩きで登下校してるやつと、自転車で登下校しているやつにはほとんど関係ないが、まあ聞け。最近、電車で痴漢の被害が出てるそうだ。しかも、狙われてるのは、中学生~二十代前半までと、かなり幅が広いみたいなんで、まあ、気を付けろ。以上だ。号令はいらねーから、気を付けて帰れよー」


 連絡事項を終えると、先生は号令しないでそのまま退出していった。

 これがいつもの風景なので、もう慣れました。

 それにしても……どうやら、電車で痴漢する人がいるみたい。

 この辺りではあまり聞かなかったんだけど。


「それじゃあね、三人とも。気を付けていくのよ。特に依桜ね」

「え、ボク?」

「そうだな。痴漢の被害が出てるなら、依桜は狙われそうだ」

「あはは、ボクなんかを狙う人はいないよー」

「「「「……」」」」


 あれ、なんで誰も賛同してくれないんだろう?

 え、ボクって狙われやすいの?

 ま、まさかね?


「な、何はともあれ、さっさといこーぜ」

「う、うん」

「おー」


 みんなの反応がちょっと気になったけど、狙わることはない……と思いたいです。

 ……念のため、気配感知は使っておいたほうがいいかも。



「……で、依桜は大丈夫だと思うか?」

「そうねぇ……狙われるとは思うけど、まあ、大丈夫なんじゃない? 普通に対処しそうだし」

「……だといいがな」



 というわけで、学園を出たボクたちは、美天駅へ。

 チャージは十分なはずだし、しなくてもいっか。


 改札を通り、安芸葉町行の電車が来るホームへ行くと、タイミングよく、電車が止まっていたので乗り込む。

 ちょっと混んでいたけど、そこまで人が多いわけじゃなく、幸い、ドアの方を陣取れたのでちょっとありがたい。

 ドア側って、寄りかかれるからちょうどいいんだよね。


 それにしても、ボクが電車に乗った瞬間、やけに視線が集中したけど……やっぱり、銀髪碧眼だったからかな?

 そんなことを考えていると、電車が動き出した。

 異世界で鍛えたおかげか、不意に揺れてもよろけることなく難なく踏みとどまれた。


 あ、そうだ。気配感知を使っておこう。

 痴漢防止のために、気配感知を使用すると……。


(……あれ、一つだけ変な反応がある)


 邪な感情でも抱いているのか、悪い反応が一つだけあった。

 それも、ボクの背後に。

 ……もしかして、これはあれかな。ボクが狙われちゃってる感じ?

 鏡のように反射しているドアのガラス部分を見ると、一人の男の人がいた。

 ちょっと太って、少し不潔な印象与える男の人だ。

 妙に鼻息が荒いし……うん。これ、本当に狙われてるかも。


 うーん、だとしたら、放置はまずいよねぇ……。

 狙っている年代からして、ちょうど引っかかってるし、何より、幅広いって言うことは、それだけ被害に遭った人がいるって言うことと同じ。

 そう言えば、痴漢に遭っても怖くて言い出せない人とかもいるって、前にニュースでやってたっけ。


 ……ここで見逃しちゃうと、後々大変だよね。

 それに、ボクの隣には女委もいるし、痴漢の人からしたら、格好の的ってことになる。

 うん。触ってきた瞬間、すぐに手を掴もう。

 そう決めていると、ガクンと電車が揺れた。

 そして、偶然を装って、男の人がボクのお尻に触ってきた。


「――ッ」


 来るとわかっていても、一瞬ビクッとなってしまった。

 う、うぅ、どうにも敏感になっているような気がする……。

 って、そんなことを考えている場合じゃない。


 一応、気配感知があるから、これが自発的にやっているのか、それとも本当に偶然触ってしまったのかはわかる。

 そして、再度確認。

 うん。ギルティ。

 触った瞬間、邪な反応が強くなったし。

 それに、いつまでも触っているし。

 捕まえよう。

 そう決めて、ボクは振り向くこともせず、ボクのお尻を触っている男の人の手首をつかむ。


『――ッ!』


 一瞬、ドアに明らかに挙動不審な男の人の顔が見えた。


「依桜君、どうしたの」


 と、ボクの様子の変化に気づいたのか、女委が何かあったのかと訊いてきた。


「ううん、何でもないよ。それより女委、電車を降りたら、すぐに駅員さんを呼んできて」

「うん、わかったよ」


 ボクが駅員さんを呼ぶように伝えると、女委は少し疑問に思いつつも、了承してくれた。

 そして、そんな会話が聞こえていたのか、男の人は、顔を青ざめさせている。

 自業自得だよね。


『次は、安芸葉駅、安芸葉駅。お降りの際は、忘れ物にご注意ください』


 と、ここで駅に到着。

 ここで、男の人はボクの手を振りほどいて逃走を始めた。

 逃げるのは予定通り、と。


 気配感知で気配を覚えたから、逃げても無駄だし、そこまで足も速くないみたい。

 うん、これなら、問題なく捕まえられるね。


 電車を降りて、一目散に逃げる男の人視界にとらえると、ボクも走り出す。

 向こうは必死なせいか、人を無理矢理押しのけながら逃げる。

 あれじゃ、余計に迷惑がかかるだけだよね。

 ボクは上手く人と人の間を縫うように走る。

 そして、かなり近いところまで近づくと、ボクはその場で跳躍し、


「逃げられませんよ?」


 男の人の前に立ちふさがった。

 慌ててUターンして逃げようとしたけど、すぐさま左腕を掴み、腕をねじるようにしてその場で組み伏せた。


『な、何をするんだ! は、離せぇ!』


 この期に及んで、どうやら白を切るつもりらしく、暴れまわる。


「何するも何も、痴漢した人を放置したらダメですからね。なので、こうして抑えているまでですけど」

『ち、痴漢なんてしてない!』

「していないのなら、逃げる必要はないと思いますけどね」


 そう言うと、男の人は押し黙ってしまった。


「依桜くーん!」


 と、ここで女委が駅員さんを連れてやってきた。


『お客様、お怪我などはありませんか?』

「大丈夫です」

『よかったです。では、男はこちらで引き取りますので、できれば事情を聴きたいのですが……』

「あ、わかりました。……女委、悪いんだけど」

「うん、態徒君には私の方から伝えておくね」

「ありがとう」

『それでは行きましょうか』


 というわけで、ここでボクと女委は別れた。



 この後、ボクは事情聴取を受け、終わるころには外はすでに真っ暗になっていた。


 男の人は、最初こそ否定していたけど、ボク取り押さえていた時に聞いたことを尋ねたら、あっさり撃沈。せめて、もっとマシな嘘を吐けばよかったのに。

 男の人が痴漢した理由は、まあ……単純にバレるかバレないかのスリルを味わいたかったのと、異性に触りたかったから。それと、ボクが見たことものない美少女だったので、欲求を抑えられなかったとのこと。

 そんなしょうもない理由で、被害を受けていた人がいると思うと、本当に腹立たしいよ。


 今回の一件のおかげで、痴漢の被害が減るどころか、一切なくなった。

 喜ばしいことです。


 態徒の方も、ボクが痴漢に遭ったと聞いて、すごく心配していたけど、電話でちゃんと事情を説明したら、安心した。

 なんだかんだで、態徒は優しかったです。


 考えてみれば、一日に二件の事件に遭遇してるね、ボク。

 ほんと、どういう運をしているんだろう。

 ……これ以上、大きな事件に巻き込まれないといいなぁ。


 そう考えるボクだったけど、学園祭当日にて、テロリストを全滅させる出来事が起こるとは、この時のボクには知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る