第470話 イケメンないのり

 ユニット名の件、ありがとうございました!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それから時間になり、


「エナ、いのり、そろそろ出番になるから、移動するわよ」


 マネージャーさんが部屋に来て、そう伝えてきた。


 ボクのことは、さん付けで呼んでいたマネージャーさんだけど、同じ事務所と思われている状況で、ボクだけを敬称を付けて呼んでいると怪しまれる、ということで呼び捨てになっています。


 ボクとしては別段文句はないし、むしろそう言った厄介ごとが来ないのなら、そうしてもらった方がいいからね。


「「はーい」」


 マネージャーさんの言葉にそう返事し、ボクたちは廊下へ。


「それじゃあ、私は先に言って色々とすることがあるから、一旦ここでね。この廊下をまっすぐ進んで突当りを右に曲がったところにスタッフさんがいて、その人が案内してくれるから」

「うん、わかったよ!」

「わかりました」

「それじゃあね」


 そう言って、マネージャーさんはスタスタと先へ進んでいった。


「じゃあ、ボクたちも行こっか」

「うん!」


 マネージャーさんの言う通りに、廊下をまっすぐ進んでいると、ふと気になることがあった。


「……ん?」

「どうしたの?」

「あ、えっと、この先の曲がり角にね、『気配感知』に引っ掛かった人がいるんだけど……」

「それって、マネージャーが言ってたスタッフさんじゃないの?」

「それもあると思うんだけど、それにしては人数が多いような気がしてね。大体……五人くらい?」

「あれ、本当に多いね」

「うん。だから気になったんだけど……」


 場所を案内するのなら、一人で十分な気がしてならない。

 なのに、五人もいる。

 となると……


「これ、廊下に何かあるんじゃないのかな?」

「考えすぎだと思うけど……」

「でも、今日の番組を考えると、何と言うか……否定しきれないでしょ?」

「たしかに」

「だから、用心するに越したことはないんじゃないかな?」

「……そうだね。いのりちゃんが言うなら、気を付けよう!」

「何もないのが一番だけどね」


 そう言って、二人で仲良く歩いていると……がこんっ、みたいな音がして、突然床が開いた。

 とはいえ、先ほどの『気配感知』から、ある程度の想定をしていたため、落とし穴があることも想定済み。


「わわわわっ!」


 唐突に落とし穴が現れたことで、エナちゃんがかなりびっくりした様子を見せる。

 十中八九、テレビに関係する物なんだろうけど……エナちゃんにもしもがあったら嫌。

 なので。


「エナちゃんちょっとごめんね」

「え? きゃっ」


 宙に浮いている状態のエナちゃんを瞬時に抱き寄せてお姫様抱っこをすると、近くの壁を蹴って斜め上に飛び、反対側の壁付近で一瞬だけ『壁面走行』を使用して、そのまま着地した。


「よいしょ、と。エナちゃん、大丈夫?」

「び、びっくりしたぁ。……でも、さすがいのりちゃん! まさか、落とし穴に引っ掛かった直後でも問題なく脱出できるんだね!」

「ま、まあ、経験でね……」


 主に、師匠の修行の、ね。


「それにしても、本当にあったね」

「みたいだね。……でも、ちょっとだけ申し訳ないことをした気がするよ……」

「なんで?」

「だって、こう言うのって普通、引っ掛かることが前提みたいなものでしょ? なのに、こうやって回避しちゃっていいのかなって」

「大丈夫だよ! そもそも、こう言うことがあってもいいんじゃないかな? 一周回って受けそうだよ?」

「ど、どうだろう?」


 視聴している人からすれば、有名な人がいたずらに引っ掛かる様子を見て楽しむわけで、それを回避されちゃったら拍子抜けなんじゃないかなぁ……。


「とにかく、ささっと進も!」

「……それもそうだね」


 ここで止まっているのもあれだもんね。

 ちょっとした問題はあったものの、ボクとエナちゃんの二人はそのままマネージャーさんに言われた通りにスタッフさんと会い、番組の撮影が行われている場所へ向かった。

 ちなみに、スタッフさんはぎょっとしていました。



『それではここで、スペシャルゲストのお二人に登場していただきましょう。どうぞ!』


 スタジオに入り、司会者の人がそう言ったところで、ボクとエナちゃんは真ん中の扉のような場所からスタジオへと出てくる。


「「どうも~! Graceです!」」


 一瞬煙のような演出が合ったけど、それを気にせず、いつものような笑顔で中央付近へと向かう。


「みなさんこんばんは! 火憐アイドルのエナです!」

「みなさんこんばんは! 水麗アイドルのいのりです!」

「「よろしくお願いします!」」


 パチパチと出演者の人たちから拍手が起こる。

 う、うぅ……恥ずかしぃ……。

 アイドルって、なんでこう決め台詞じみた挨拶をしないといけないんだろう……?

 アイドルはよく知らないけど。


『というわけで、Graceのお二人です! そう言えば、ユニット名あったんですね』

「はい、今日が初披露です!」


 まあ、決まったのはついさっきなんだけどね。


『ってことは、今後この名前で活動していくんだ』

「そうなりますね!」


 こういう時、基本的にはエナちゃんの方が受け答えをする形になっていたり。

 理由はまあ……テレビ慣れしているから、というもの。

 ボクはそういうのにまだ慣れていないし、変なことを言ったらまずいからね……。


『では、あちらの席にどうぞ』

「「はい」」


 指示された席に並んで座る。


 うぅ、なんだか緊張するなぁ……。


 周囲には、ボクですら見たことがあるような人たちがいるし、まさかこんな大きな番組に出ることになるなんて思ってもみなかったから余計に。


『ところで、いのりちゃんだったかな?』

「は、はい」

『さっきのはすごかったねぇ』

「さっき……?」

『落とし穴のあれだよあれ』

「あ、あれですか。あれは……何と言いますか、エナちゃんが危ないと思ったので、つい……申し訳ないです……」

『いやいや! 謝ることはないよ。まさか、アクション映画ばりの動きで切り抜ける人がいるとは思わなくてね』


 ……普通はできないと思うんだけどね、あんな動き。

 スキル使用もありだし。


『では、Graceのお二人が来たところで、VTRの方に行きましょうか』

『それでは、どうぞ』


 そんなセリフと共に、VTRが流された。


 遡ること十日ほど前。


 その日はテレビ番組の前収録があると言うことで、依桜――もとい、いのりとエナの二人はとある草原のような場所に来ていた。


 テレビ局での落とし穴などを見る限り、これがドッキリ番組であることはわかっていると思う。


 今回のこの前収録は、そのドッキリ番組内にて放送されるもので、標的は二人というわけではなく、いのりのみである。


 つまり、エナは仕掛け人側、というわけだ。


 なお、エナはまだ二ヵ月半程度の付き合いながらも、いのりのことをある程度理解しており、嘘を吐いても見破られることはすでにわかっている。


 そのため、


『ドラマの撮影です!』


 と言っても、嘘だと見破られるのは自明の理だったので、いのりは、


『番組の企画の前撮りをするよ!』


 と言ったのだ。


 まあ、嘘は言ってないので、いのりとしても嘘だと思っていない。

 なので、何一つ疑うことなく、いのりは収録現場へ。


『やぁやぁ、初めまして! 君が、いのりちゃんかな?』

「は、はいっ。えと、よ、よろしくお願いしますっ……!」

『はははは! そんなに硬くならなくてもいいさ』


 いのりに話しかけたのは、今回の撮影に関わる監督……と言う設定のディレクター。


 いのりとしては、実質初のテレビ出演ということもあり、かなり緊張気味。

 反対に、エナの方は緊張した様子のいのりを見て、内心ドキドキしていた。

 ドッキリの際、果たしていのりが希望通りの動きをしてくれるかどうか、と言う部分に。


 とまあ、ここでドッキリの内容を軽く説明。


 今回のドッキリは、いのりとエナの両名だけではなく、他にも何名かの芸能人、それもいのりとエナのように二人一組の者たちが仕掛けられることがほとんどのもの。


 内容は至ってシンプルで、コンセプトを説明すると、


『相方が危機に瀕した時、もう一人はその人を助けるために動くかどうか』


 という、場合によっては禍根を残しかねないどころか、下手をすれば解散の危機にすら陥りそうな、ある種の友情クラッシャー的なものである。


 助けるという行動を取れば好感度爆上がりだが、逆に助けないなどという行動を取ろうものなら、相方だけでなく、スタッフたちやら後にスタジオでVTRを見ることになる者たちやら、それをお茶の間で視聴している一般人の者たちから、『あぁ、あの人はいざと言う時、一人だけ助かろうとするんだな』という印象を植え付けることになる、実に酷い物だ。


 尚、このドッキリをすることを事前に伝えられていたエナは、


『いのりちゃんなら絶対大丈夫!』


 と、全力で信頼していた。


 いのりの性格をよく理解している上に、近くにいるからこその信頼感である。


 とまあ、そんなドッキリが敢行されようとしていた。


 状況的には、いのりとエナの両名がある場所で二人揃って並んで立ち、いざこれから収録! と言うタイミングで、


「――っ! エナちゃんごめんねっ!」

「ひゃっ」


 不意に何かを察したいのりがエナをお姫様抱っこで抱き抱え、瞬時に走り出す(人外じみた速度は出さず、一応一般常識で収まる範囲での走り)。


 そして、いのりが走り出した直後、


 ドカァァァァンッッ!


 という、まあ、お約束的な音が、赤い炎を巻き起こした爆発と共に鳴り響く。


 場所的には一応、いのりとエナがいる場所の後方。大体、七メートルくらいである。

 走ると同時に、いのりを中心とした左右七メートルほど離れた場所からやはり爆発が発生。


 通常であれば、慌てたり、決死の表情みたいなものを浮かべるのだが、


「よくわからないけど、エナちゃんは絶対に守るからね」


 いのりの場合は、安心させるようににっこりと優し気な笑みを浮かべながら、そんなどこのヒーローだよ、と言わんばかりのセリフを吐いた。


 伊達に勇者をしていない。


 さて、これがドッキリの全容……と思ったら大間違いで、実はまだ仕掛けがある。


 実はこの時、爆発が発生した直後、大体まっすぐに進むことを想定し、なんとクリーム砲が準備されていた。


 ようは、バズーカ砲の弾をパイにしただけなんだが、普通の人であれば、とんでもない速度で迫るクリーム砲を避けることはできない。


 が、そこは異世界最強の暗殺者に鍛えられたいのり。

 前方から飛来するパイをスライディングで避けた。

 これにはさすがの撮影スタッフたちもポカーンとした表情。


 さらにさらに、パイを避けた先には落とし穴も用意(これはエナには知らされていない)。


 なんという三段構え。


 爆発が始まる前から走り始めたことと言い、通常避けることが不可能なクリーム砲を避けたことと言い、驚きを禁じ得ないスタッフたちだったが、次なる刺客である落とし穴にはかかるだろうと思っていたが。


 が。


「ふっ――!」


 落とし穴の手前でスライディング状態から一気に跳躍し、飛び越えた。


 エナの体重は四十キロ台であり、そんなエナを抱き抱えたまま軽く数メートルは跳躍したいのりを見たスタッフたちは……


『『『……』』』


 驚愕する外なかった。

 とまあ、そんなこんなで爆発、バズーカ、落とし穴の全てを何事もなく対処したいのり。

 あまりにも突然すぎる状況に、さすがのいのりも疑問を感じた。

 うーん? と、難しい表情で首を傾げていると、


『ドッキリ大成功!』


 という、プラカードを持ったスタッフが現れた。


 果たして、大成功と言ってもいいのかはさておき。


「え、ドッキリ?」

『は、はい、ドッキリです!』


 いのり、さすがにちょっと驚いた。

 先ほどのイケメンな表情とは打って変わって、実に可愛らしい驚き顔を披露するいのりに、スタッフはちょっと顔が赤い。


「え、えーっと……エナちゃん?」

「あ、あはは……ご、ごめんね?」


 状況が飲み込めたいのりは、抱き抱えたままのエナに声をかけると、エナは苦笑いを浮かべながら謝った。


「…………はぁ~……なんだ、そう言うことだったんだ。もう、びっくりしちゃったよ」

「でも、いのりちゃんかっこよかったよ?」

「そうでもないよ。ボクはあくまでも、自分にできることをしただけだからね。普通のことだよ」


 と、笑いながら何でもないような風に言うが……この時、スタッフたちは思った。


『『『あれが、普通のこと……? そんなバカな』』』


 と。


 この後、少しだけインタビュー的なものを受けた後、同じドッキリを仕掛けられた他の芸能人たちの映像が続いた。


 しかし、いのりの動きのインパクトが強すぎて、後続の人たちの映像が何と言うか……薄く見えてしまう、と言う事態が発生してしまった。


 恐るべし、いのり。



『――という映像でしたが。何と言いますか、すごい、としか言いようがないですね』

「あ、あははは……なんだか、その……すみません……」

『いえいえ、謝らないでください。むしろ、現実にあんなとんでもない動きを見せられるとは思っていなかったもので。ちなみにあれは、何かワイヤーアクションのような者ではないんですよね?』

「は、はい。一応、純粋なボクの身体能力、です」


 そう言うと、おぉぉ~、とスタジオ内に感嘆の声が響く。


 ……本当のことを言えば、あれってそこまで力を使ってないと言うか……全体の割合で言えば、一割以下だったり。


 むしろ、制御するのに神経を使ったほどだもん。


『でも、爆発が発生するよりも早く動いてなかった? あれって、事前に知ってたとか?』

「い、いえ、事前には知らされてないですよ。爆発の直前に、嫌な気配と言いますか、違和感と言いますか、そう言ったものを感じ取って、それで、動き出しまして……」

『なんか、アニメやマンガのキャラみたいなことができるんだね』

「あ、あはは……」


 師匠の教えって、色々と異常だったので……。


『エナちゃんとしては、助けられてどうだったの? 信じてた?』

「もちろんです! いのりちゃんは、とってもいい人で、もしもお友達が危ない目に遭ったら助けてくれますから! うちも何度か助けてもらってて、だから信じてました!」


 なんて、エナちゃんが嬉しそうにそう言う。

 うぅっ、なんだか恥ずかしい……。


『へぇ、具体的にはどんな時に助けられたの?』

「えーっと、複数のホオジロザメに襲われてそのホオジロザメを撃退した時とか、プールのイベントの時に、銃を持った不審者さんを撃退した時とかですね」

『『『……え?』』』


 ……エナちゃん、なんでそれをこの場で言ったの?


 普通に考えよう。


 一般人は、ホオジロザメを撃退することはできないと思うんだよ。

 仮にできても、それは水中銃とか、もしくは何らかの武器が必要になると思うの。

 しかも、そう言うのはプロのような人たちがすることであって、間違っても女子高生な女の子ができるような芸当じゃないよ。


 あと、銃を持った不審者の撃退も。


『あー、じょ、冗談、なんだよね?』

「冗談? ううん、本当の話ですよ?」


 エナちゃん、そこは冗談と言ってほしかった……。

『……い、いのりちゃん、ほんと?』

「え、えーっと、ですね……その………………え、エナちゃんの命がピンチだったので、あの、その場の勢いで、つい……」


(((その場の勢いで、ホオジロザメと銃持ちの不審者を撃退できる物なの……?)))


 あぁぁぁ……どうしようどうしよう! なんだか、おかしな空気になっちゃったよぉ!

 通常、明るい雰囲気の番組が流すような雰囲気じゃないよぉ!

 いや、ボクの今の発言も悪かったけど!


「あ、もしかして、うち言っちゃいけない事言っちゃったかな?」

「……う、うーん。そう、だね。なるべく、こう言う場所では言わないでほしかったかなー……」

「ご、ごめんね! えと、いのりちゃんがどれだけすごいのかっていうことを伝えたくて! ……でも、いのりちゃんはあんまり目立つのが得意じゃないもんね……本当にごめんね……」

「あ、き、気にしないで! エナちゃんが悪いわけじゃないから! そ、それに、エナちゃんのそう言う気持ちは嬉しいと言うか……だから、悲しそうにしないで? ね?」

「……いのりちゃん。ありがとうっ!」

「わわっ! え、エナちゃん、今放送中! 今は抱き着かないでぇ!」


(((何あれ、尊い……)))


 この後、なぜか和やかな雰囲気が流れ、先ほどのおかしな空気はなかったかのように、番組は進行し、なんとか無事終えることができました。



 後日。この番組の視聴率が馬鹿みたいな数字を叩きだし、尚且つ番組内でのいのりの身体能力やら、イケメンな性格やらが目立った上に、VTR後のいのりの伝説的な話がネットで話題になったが……それ以上に、百合百合した二人の抱擁の方が話題となった。


 それにより、ネット上では、


『この二人は実は付き合っているのではないか?』


 と、噂されるようになったそうな。


 いのり――依桜は申し訳なさそうにし、エナの方は少しだけ、嬉しそうにしていたそうだ。


 ちなみに、これがきっかけで、この二人の知名度はさらに上がった、とだけ言っておこう。

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