第2話 懐かしの我が家、懐かしの学園
母さんたちに出迎えられ、ボクは思わず泣きそうになった。
だって、しょうがないと思うんだ。三年間も会えなかった人に、ようやく会えたんだ。喜ばないはずがないと思うんだ。
家に帰れば、嫌なことは何もかも忘れられる。
ほかの何物にも代え難い安心感があるよね。
「帰ってこれて、よかった……」
三年間も非日常的な生活を送っていたせいで、余計に安心する。
「はぁ……明日は学校、か。久し振りだなぁ」
こちらも三年振り。懐かしい。
……そう言えばボク、年齢的に今って、十九歳なんだよね……向こうで三回も誕生日を迎えてるし。
みんなに会うのも久し振りだ。間違っても、『久し振り』なんて言わないようにしないと。
じゃないと、変な目で見られちゃいそうだからね。気を付けないと……!
「……あ、そうだ。魔法が使えるかどうか確認しないと」
呪いの件もあるし、今の内に。
「えっと……『生成』! ……出てきた」
魔法発動のキーワードとなる言葉を発すると、魔力が減った感覚がし、ボクの手には、一本のナイフが。
「……………………あ、うん。魔法、使えるんだね……ということは……」
魔法が使えることが判明した際、ボクの頭の中には『反転の呪い』という単語が浮かび上がっていた。
「……まさか、発動、しないよね?」
問題の呪い。
魔法が問題なく使える以上、こちらも発動する恐れがある。
ただ、その発動条件がよくわからない。
うーん……流し読み、しなきゃよかったかな。
「でも、なにも起こってないし……不発、だったのかな?」
それに越したことはないけど、なんだか違和感。
そう言えば、呪術魔法ってディレイ式が多かったっけ。
だとすると……。
「この呪いもそうなのかな……?」
様々な呪術魔法を見てきたけど、反転の呪いみたいな感じの効果を持ったのは見たことがなかったなぁ。
身体に関係するものと言えば、やっぱり、一分おきに転ぶとか、一週間で毛根が死滅するとか、何かの角に足の小指をぶつけるとか。地味な嫌がらせばかりのものだった。
不幸になる呪いとかもあったけど、あれは一日限定だったし……。
この呪いは、どのタイプなんだろう?
ボクも一回呪いにかかったことあったけど、消えると感覚でわかるし……それに、かかっている間も、体に違和感あるんだよね、あれ。
それに、今はその感覚がない。
だとすると、やっぱりディレイ式なんだと思う。
「あの本、持ってくればよかったかな……」
そうすれば、効力がどの程度かわかったんだけど……。
ま、さすがに盗むわけにもいかなかったし……あ。
そう言えば、王様。褒美を言えって言っていたような……?
「……それ使って、持ってくればよかったんじゃ……?」
……………………………やらかした。
そうだよ! それをご褒美にしてもらえばよかったんだ!
ああ、なんで忘れていたんだろう?
……ああそう言えばボク、帰らせてくれればいいって言ったんだっけ。
うん。よく考えなかったボクが悪いね。
「うわぁ……やっちゃった……」
あの時のボクに会えるのなら、一発殴りたい……。
「はぁ……もう今更だよね……」
なるようになるよね。
うん。今は、元の世界を楽しまないと。
嫌なことはきれいさっぱり忘れよう。
「明日は学校だし……疲れたから寝ようか」
異世界だと、ほとんど心休まるときはなかったからなぁ……。
ライトノベルの主人公って、いいよね。
美少女に囲まれて、ある程度精神疲労が減りそうだから。
ボクなんて、そんな出会いなかったからなぁ……。
世の中、上手くいかないってことだね、うん。
……幸運値は高かったんだけど。
でもあの世界の幸運値って言ったら、確率の低いのを引き当てる、何ていうステータスだったから、高い人は苦労したらしいし……かく言うボクも苦労したっけ。
ほぼ確実に当たるであろうくじで、ボクはものの見事に外れを引いた。
ほかにも、普通に進んでいれば大きなことに巻き込まれないダンジョンで、普通に進んでいたのに、なぜか裏ボスの部屋に転移させられ、死にかけたりもした。
この二つだけでも、あの世界の幸運値は、実は不運値なんじゃないかと思っちゃうよ。
多分、幸運値が低ければ低いほど、幸福になれるんだと思うよ、あの世界。
だって、幸運値が高い人が苦労してるんだよ? おかしくない?
この調子じゃ、あの呪いも変なのを引きそうだよ……。
寝ようと思っていたのに、気が付けば結構考えていたみたいだね。
あ、眠くなってきた……
「ふわぁ……おやすみなさい……」
翌日
「んっ……んんんーーー! はぁ……」
朝。転移前と同じ時間に起きれた。
久しぶりのベッドは安心できたからか、かなり熟睡できた。
上半身を起こして大きく伸びをすると、血行がよくなったのを感じた。
伸びをするっていいよね。
「さて、起きよう……」
ベッドから起き上がって、ふと違和感。
なんだろう、視点がちょっとだけ低いような……?
「でも、それ以外には何も感じないし……」
体のいろんなところを触ってみたけど、どこにも変化はない。
「……んー? 気のせいかなぁ?」
ほんのわずかと言っても、3センチほどだけど。
まあ、誤差だよね、うん。
……身長的には誤差にしたくないけど。
それに、気のせいかも……というか、絶対気のせいだと思うし。そうであってほしい。
「着替えて、準備しないと」
結局違和感の正体を突き止めようとはせず、ボクは学校の準備を始めた。
「おはよう」
「あら、依桜。おはよう。ご飯、できるわよ」
「ありがとう」
リビングに来ると、母さんがちょうど朝食を作り終え、テーブルに配膳してたところだった。
父さんは見当たらない。
多分、もう会社に行ったんだろう。
さて、冷めないうちに食べよう。
「いただきます」
いただきますと言ってから、ボクは朝食を食べ始めた。
今日の朝食は、ご飯に、わかめと豆腐の味噌汁。それから、鰺だ。
……今時の日本で、こんな典型的な朝食が食べられるなんてことは、そうそうないと思う。
それを考えると、ボクは幸せ者なんじゃないかなと。
なにせ、向こうの三年間なんて、よくて柔らかいパンに燻製肉やちょっとしたサラダだったからね。
悪いときなんて、硬いパンだけだったし……。
ほんと、こういう朝食っていいよね……。
改めて、現代のありがたみがわかるよ……。
そう思いながら、白米を一口。
「……美味しいなぁ」
思わず涙が出るほどった。
ああ。三年間、夢のまた夢だと思っていた白米がまた食べられるなんて……。
パンも嫌いじゃないけど、やっぱり日本人はお米だよね!
それに、この味噌汁も……。
「ああ、癒されるなぁ」
食事だけで、こんなに癒されるとは……。
ボクって、なんだかゲームのキャラみたいだなぁ。ひょっとすると、削られた体力とかも食事で回復できるかも。
それに、鰺も美味しいし。やっぱり、日本人の朝食と言えば、ご飯に味噌汁だと思う。
そんな、普通の人からしたら、何言ってんだ、と思われそうな事を思いながら、ボクは朝食を食べ終えた。
当たり前だと思っていたことが、いきなり当たり前じゃなくなって初めて、素晴らしいものなんだとということに気が付くってことかな。
「ごちそうさま。それじゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
母さんが微笑みながら送り出す。
うん。ボクの望んでいた日常はこうだよね。
何事もなく、平穏に過ごすこと。これだけだよ。
「うん。行ってきます」
さあ、三年振りの学校だ。
……ぼろが出なきゃいいけど。
「おはよー」
「依桜。おはよう」
教室に入るなり、ボクの挨拶に答えてくれたのは、
ちなみに、家が隣、などいうことはないよ。
幼稚園の時から、妙に気が合ったのだ。なので、未果とはその時からの縁。
えっと、ボクからしたら普通の女の子、って感じなんだけど、周囲からすると、かなりの美少女らしい。
ほかの誰かが未果の事をラノベ風に説明してくれたことがあった。
なんでも、艶やかな黒髪ロングに、深い夜空のような綺麗な黒目。顔立ちも、かなり大人びて見えるため、美少女、というよりは美人の方があっている。プロポーションもよく、モデルのようなスレンダー体系。ただし、出ると事は出ているなど、均整の取れた体つきをしている なんだとか。
ちなみに、未果は成績優秀、おまけにスポーツ万能と言う、まさに完璧美少女なんだって。
あと、ボクより身長が高い。
……なんか、複雑な気分。
「どうしたの、依桜?」
「あ、ううん、何でもないよ」
いけないいけない。
久しぶりだからって、ボーっとしちゃってた。
しっかりしないと。
と、ボクが内心意気込んで? いると、未果がこんなことを言ってきた。
「んー……ねえ、依桜」
「なに?」
「なんか……雰囲気変わった? それに……ちょっと身長が縮んだような……?」
む、さすが未果。鋭い……。
まさか、雰囲気のことを言ってくるとは……。
普通の人は、雰囲気が変わった、なんていうことに気づかないと思っていたんだけど……現実で、その言葉を言ってくる人を、ボクは初めて見た気がする。
まあ、でも、
「やっぱり、未果もそう思う? えっとね、なんか朝起きたら、ボクもちょっと違和感があって……ちょっと縮んだように感じるんだ」
ボクも実際違和感はあるし。
とはいえ、ボクが何をしていたかについては……落ち着いたら言おう。そうしよう。
「依桜もそう思ってるのね。私的には、3センチほど縮んだように感じるんだけど……」
「あはは。未果もそう思ってるってことは、やっぱりそうなのかな……はぁ。身長は縮むんじゃなくて、伸びてほしいんだけどなぁ……」
ボクは身長が低いから、日常生活ではそれなり――いや、かなり苦労していた。
高いところにある物に手が届かなかったり、人ごみに流されそうになったりと、様々。
……まあ、今は異世界で鍛えられた体があるから、大抵のことはどうにかなるんだろうけど……それはそれ。いや、それ以前に、その身体能力が残っているか怪しいけど。
でも、やっぱり……男たるもの、背は欲しい。
というか、やっぱり身長は気のせいじゃなかったのかな……?
「ま、依桜はよく女の子に間違えられるからね」
「た、たまにだよ!」
「でも、この前私と遊びに行ったときなんて、姉妹と間違えられたじゃない」
「うぐっ」
……そう言えば、そんなこともあったなぁ……三年前に。
未果にとっては最近の出来事でも、ボクからしたら、三年前の出来事なんだけど……。
たしかあれは、駄菓子屋に行ったときだったっけ?
お菓子を買ったら、駄菓子屋のおばあちゃんに『可愛らしい姉妹だねぇ』なんて言われ、お菓子をおまけしてもらったのだ。
しかも、未果は笑いをこらえてたかのように、プルプル震えてたし……。
それを言われた瞬間のボクと言えば、笑顔のまま硬直したよ。
「まあ、依桜ならしょうがないよ。だって、服装によっては女の子に見えないことないもの」
「……否定できない」
そう。冒頭で説明したかもしれないけど、ボクはちょっと中性的なのだ。そこに、身長の低さも相まって、たまに女の子に見間違えられる。
「まあまあ、それも依桜のよさだよ」
「よくないよぉ……」
こんな風にからかわれることも多いから、ボクは参っている。
だって、男なのに、女の子に間違えられるんだよ? 男として、泣きたくなるよ。
「おはよう」
「うーっす」
ボクと未果が話していると、二人の男子生徒が入ってきた。
晶は、ボクとは小学生以来の親友で、もう一人の幼馴染。
晶はハーフらしく、髪は金髪。その上、顔立ちも整っていて、かなりのイケメン。
身長も、175とやや高めで、スタイルがいい。
しかも、スポーツ万能。未果ほどではないけど、成績もいい。
言ってしまえば、女子受けする人物ってことだね。
なぜ、ボクが晶と仲良くなれたのかは不明。
ちなみに、性格もものすごくいい。
そんな晶とは裏腹に、もう一人はちょっと厄介で……。
「なあなあ、聞いてくれよ!」
「……どうしたの、態徒?」
「なんかよ、道端にエロ本が落ちててよ、しかもそれがまたマニアックなプレイの物ばかりだったんだよ! いやあ、おかげで昨日は捗ったぜ」
「はぁ……朝から何を言ってるのよ、態徒は」
「まったく……お前はそうしてるからモテないんだぞ?」
「うるせえ! きっといつか、オレに惚れてくれる奴が現れるかもしれねえだろ!?」
「「「それはない」」」
ボク含めた三人が同時に否定。
そう、変之態徒は、ただのスケベな男子高校生だ。
三度の飯よりもエロ、みたいな感じで、こちらもボクの友人。
正直なところ、なんで友達やってるのかわからない。
スポーツはある程度できるけど、成績は悪い。
うちの学校って、進学校だから、それなりに偏差値は高い。
なんで態徒が入学できたのか未だにわからない。
十中八九、煩悩だとは思うけど。
あと、名字と名前をそれぞれ一文字ずつもじると、変態になることから、周囲からは変態と呼ばれている。
中身も変態そのものだから、かなりぴったりなあだ名だと思うよ。
本人は彼女が欲しい! といつも言っている。
容姿は決して悪くないけど、中身で損をしているタイプ。
……性格も変態なところを除けばなぁ。
「くそう、今に見てろよ……!」
「はいはい。期待しないで待ってるわ」
「まあ、今世では無理でも、来世があるさ」
「ちょ、晶!? お前それ、今世では彼女出来ねえって言ってるよな!? オレ泣くぞ!?」
「あはは……。晶は本気で言ってないからさ、態徒も泣く準備に入らないでよ」
「依桜だけだぜっ……オレを慰めてくれるのは……!」
「お金さえ払えば、数日限定で付き合ってくれると思うよ」
「それ援助! 一番空しいやつ! しかも、違法じゃねえか!」
うん。やっぱりこの感じだ。
ボクはこの空気間が一番好きだよ。
あんな血みどろな世界は、もうこりごりだ。
好きであんなことしていたわけじゃないしね……。
本当に、この空気は安心するなぁ。
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