1年生編 1章 魔王討伐、帰還後
第1話 プロローグ
「やあっ!」
すれ違い一閃。
ボクの放った斬撃は、見事魔王の首を捉え、切り落としていた。
「こ、これでっ……終わった、よね……?」
ボクは、背後を振り返り、頭と胴体がサヨナラした魔王を見て呟く。
見れば、頭があった場所からは、おびただしい量の血が噴き出していた。まるで、壊れた配管のように。
「ク、ククク……よもや、下等なニンゲン如きに負けるとは……世の中は分からぬものだな……」
「えっ……!」
首だけになっていても、魔王はまだ生きていた。それどころか、会話をも成立させていた。
あ、あれ? 普通、首だけになったら、声が出せないと思うんだけど……。
まさか、『フハハハハハ! 我には、まだ変身が残っているのだよ!』とか、言わないよね……?
そんな心配をして、武器を構えなおす。
「安心せい……我にはもう、戦う力も、生きる時間も、無くなっておる……我の負けだ。誇れ、ニンゲン。貴様は、歴代最強とまで謳われた我『ブラッドフェスティバル』に勝ったのだ……」
う、うーん、相変わらずカッコ悪い名前だなぁ……というか、その名前って、和訳すると、血祭り、だよね? 多分。直訳がそうであって、実際は違うかもしれないけど。
ただ、なんか気が抜ける名前なんだよね……。
「負けは負けだ……我は潔く、あの世へ向かうとしよう。それに、貴様のせいで我が魔王軍は、全滅した……第二第三の軍勢が出る、なんてことはないからな。……というわけだ。そろそろ我も、時間のようだ……」
「……あ、あの、そろそろ死んで頂けると」
「わかっておるわ。今時のニンゲンはせっかちでいかん……では、お別れの時間だ。最後に……一つやっておこう」
「えっと?」
「……【反転の呪い】」
魔王がそう呟いた途端、黒い光が僕を覆ってきた。
あまりにも、突然すぎた出来事に、回避しようと思った時には、もう遅かった。
「な、なにこれ!?」
「フフフ、フハハ、フハハハハハ! せめてのも仕返しだ! 貴様には、反転の呪いをかけてやった! これで、ある程度未練なく、あの世に行けるぞ! フハハハハハ! さらばだ!」
「あ、ちょ、ちょっと!? 魔王さん!?」
ボクの叫び空しく、魔王は光の粒子となって虚空に消えていった。
残されたのは、激しい戦闘の跡と、ボロボロのボクだけ。
「……はぁ。なんか、最後の最後で詰めが甘いなぁ、ボクは。これじゃ、師匠にどやされちゃうよ」
そうぼやきながらも、ボクは晴れやかな顔をしていた。
これでようやく、元の世界に帰れる。
ボクは悲願であった魔王討伐を果たした。
なぜ、悲願だったのか。
その理由は、今から三年前のことだった。
ボクの名前は、
当時、高校一年生のボクは、何事もない平穏な生活を送っていた。
時期は九月頭。まだまだ暑さが抜けない時期のことだった。
いつも通りに学園から帰っている最中、ボクの視界は突然ホワイトアウトし、世界から消えた。
気が付くと、よくわからない祭壇のような場所にいて、そこで運命的な出会いを――なんてことはなかった。
ただただ男だらけの場所に呼び出され、いきなり謁見の間? のような場所に連れていかれ、唐突に、
「勇者よ、魔王を討伐して欲しい」
なんて言われた。
なんの前置きや前振りもなく、開口一番にそう言われたものだから、何かのドッキリかなと、周囲を見回した。
だけど、ドッキリ大成功と書かれた看板やカメラが出てくることはなく、すぐさま、『あ、これはガチなやつかも』と思った。
それからなし崩し的に、魔王討伐の任務を課せられた。
最初の一年は、騎士団の方たち基礎鍛錬。筋トレや武器の扱い方などを学んでいた。
それ以外にも、魔物の情報を頭に叩き込んだり、戦術を学んだりと、なかなかハードスケジュールだった。
毎日が勉強に訓練だったため、最初はしんどかった。
だけど、魔王を倒さなきゃ元の世界には帰れないと言われたことで、仕方なくやることにした。
初めの一ヵ月は、さっき言った通りとてつもなくしんどかった。
本物の武器はやたらと重量があって、コスプレ道具などとはわけが違った(持ったことないけど)。
実践戦闘の訓練や、ひたすらに知識を叩き込むというのが、ボクに課せられた訓練と勉強。
そんな訓練や勉強を繰り返していると、気が付けばボクはたった一年で、騎士団の人たちよりも強くなっていた。
しかも、王様直属の近衛兵にさえも勝てるようになっていました。
だけどボクは、これじゃ魔王には勝てないと思い、二年目は戦い方を教えてくれる人を探し、その人に戦い方を教わった。
まあ、あれに関しては、強制だったと言えなくもないんだけどね。
習ったのは、暗殺技術。
師匠曰く『イオ君には、類稀なる暗殺者としての才能がある』らしい。
この世界では、能力とスキル、それから魔法があるそう。
能力とスキルは同じものだと、ボクも勘違いしていたけど、実際はかなり違っていた。
……どっちも、同じ意味だと思うんだけどね。
この世界には、職業と呼ばれるものが存在しているらしく、生涯で一つしか選択できないシステムなのだとか。
で、その職業の中で覚えられるのが能力らしい。
反対に、スキルは理論上では誰でも得られるものらしい。
例えば、ボクがこの異世界に来るときにもらった、言語理解がその一つ。
スキルは、職業の中に含まれているものもあるそうだけど、本職の人よりは劣化するらしい。
職業の能力は、人によって能力値が変わるのだとか。
例えば、暗殺者の能力である『気配遮断』、これの効果値は、人によって違う、ということ。
それはどうやら、自身の身体能力や才能がかかわってくるらしい。よくわからないけど。
魔法に関しては、魔力の量は一般の人よりかなり上回っていたらしいけど、ボクには才能がなかったらしく、得意だったのは、ナイフなどの小型武器の生成だけだった。
まあ、それでも十分だったんだけどね。
ボクは、自分に暗殺者としての才能があると言われたのがきっかけで、暗殺者になることを決めた。……今思えば、勇者として召喚されたのに、暗殺者になるって……どうなんだろ?
ともあれ、暗殺者として旅をしたのは、こちらの世界に来てから三年目。
一年間、師匠の下で暗殺技術を学んだ。
一刻も早く元の世界に帰りたかったボクは、必死に技術を学び、盗み、昇華させていった。
そうした甲斐もあって、ボクは、気が付けば一年ほどで師匠越えをしていた。
師匠からのお墨付きを得て、ボクは魔王討伐の旅に乗り出しました。
ただ、本当に師匠が本気でやっていたのかどうかは怪しいけど。
そこからは、苦難の連続だった。
魔王軍幹部の人が各地に出現、それを討伐したり、街の人を助けたり。やることは本当に多かった。特に、魔王軍が操る魔物が街に押し寄せるなんてことも、何回かあった。地獄だったよ。
そうして、色々な場所を巡っている最中、ボクはついにやった。
それは――殺人。
ボクは、人を殺したのだ。魔族でもなんでもない、同じ人間を。
……ボクもいつかは覚悟していた。
暗殺者となったのなら、きっとそうなる日が来るだろうと。
言い訳のように聞こえるかもしれないけど、言わせてもらいたい。
ボクは基本的に、悪人でも殺さない。
ただそこに、更生の余地なしと判断すれば殺した。
初めて殺した時は、精神が崩れそうだった。
だけど、街の人たちからの感謝の言葉で、なんとか持ち直した。
いくら悪逆の限りを尽くしていたとはいえ、人殺しは人殺し。ボクは、それを背負って生きていくことにした。
命と言うのは、本当に重いものだと、強く認識した。
軽々しく、言ってはいけないものだと。
おかげで、ボクは強くなれた気がした。
同時に、業を背負ったとも言えるかもしれないけど。
……まあ、今は立ち直っている、と思う。
そんなこんなで、紆余曲折あり、ついに魔王との決戦と相成った。
戦闘が始まってからは、ほとんど何も覚えていない。
最後の一撃は憶えているけど、それより前、激しい戦闘が行われていた時のことは憶えていない。
気が付けば最後の一騎打ちになった。
そうして、冒頭に戻るわけで。
なるべく簡潔に話してみたけど……うん。あれだね。自分でも、とんでもない経験したんだなぁ、としみじみ思うよ。
あとは……帰るだけだね。
「……とりあえず、王国に戻ろう。呪いの事も調べなきゃいけないし」
ボクは、変わり果てた決戦の場所を出た。
十日後。
「よくやった、イオ・オトコメよ。魔王討伐、大儀であった」
「ありがとうございます」
「魔王討伐を称して、何か褒美を取らせたいのだが……何かあるか?」
「褒美、ですか。う~ん……とりあえず、元の世界に帰らせていただければ」
今のところ、欲しいものはあまりないし……。
それに、持って行ってたところで、何かできるってわけでもないと思うからね。
「そうか。そなたは無欲なのだな。わかった。すぐに準備しよう。準備が整い次第、すぐに呼び出そう。それまでに、色々と荷造りややり残したことをしておくがよい」
「はい」
そう言って、王様は準備のため謁見の間を出ていった。
それを見送ってから部屋に戻り、ボクは荷造りを手早く済ませ、図書館へ向かった。
もちろん、魔王がかけた呪いを調べるためだ。
図書館に着き次第、すぐに呪いに纏わることを調べ始めた。
呪いに関する蔵書はかなり多く、探すのに苦労した。
数時間以上かかって、ようやく見つけることができた。
その本を手に取り、パラパラと読み始めた。
関係のないところは基本流し読み。
肝心のページに行きつくと、ボクはそれを読み始めた。
「何々?」
『反転の呪いは、ランダムで様々な効果をもたらす呪術魔法です。効果は様々で、かけられた人の幸運値によって変動します。高確率で起こるのは、可能不可能の反転です。最も確率が低いのは、性別が変わってしまうこと。男であれば女に。女であれば、男に変わってしまいます。性転換は事例が少ないため、原理はよくわかっていません。これら以外にも、性格が真反対になる、肌の色が変わるなど、あべこべにできるものであったり、対となすものがあれば適用される呪いです』
「……あの魔王。ぶっとんだ呪いをかけたんだなぁ」
呑気に言っているようだけど、本当はちょっと焦っている。
だって、下手をすればボクの能力が無くなるってことでしょ? 多分、代わりにできなかったものができるようになるんだろうけどさ。
でも、それはそれ。苦労してできるようになったものができなくなるというのは、嫌だしね。
この中でマシなのだと……肌の色が変わったりすることかな?
それだけだったりマシだと思うし。
「えっと、対処法は――」
ボクが呪いの対処を探そうとしたときだった。
「イオ様。帰還の準備が整いました」
「え、あの、まだ調べ物が……」
「いいえ、今でないといけません。でなければ、次帰還できるのは、次の年になってしまいます」
「ええ!? そ、そうなの?」
「はい。ですから、お急ぎください」
「わ、わかりました。今すぐ行きます」
「では、召喚の間にてお待ちしております」
そう言って、宮廷魔術師の人は図書館から出ていった。
うう、なんてことだ。
まさか、今日を逃せば帰れるのは来年になるなんて……。
いやまあ、向こうの時間は止まってるって、女神様から聞いたけど……ボク的には、一刻も早く帰りたい。
女神様と言うのは、この世界を管理している神様らしい。
会ったことはないけど、転移からまもなくして声が聞こえてきた。その声曰く、止まってるらしい。
それはそれとしても……あと一年。秒数にして三千百五十三万六千秒。
正直、もう一年も異世界にいられるほど、精神的に強くない。
呪いに関しては気になるところだけど……もしかしたら、向こうに着くと効力を失って、何も起こらないかもしれないし。
……そうであってほしいなぁ。
「……うん。気にしてもしょうがないし、帰ろうか」
それに、案外元の世界では魔法なんて使えないだろうしね。
もしも使えるのなら、なんで世の中に出てこなかったんだ、ってことになるし。
自分に言い聞かせるように、ボクはそう思い続けた。
……まあ、性転換さえ起こらなければいいよね。
「来たか、イオよ」
召喚の間では、すでに帰還の準備を終えた魔術師の人たちがいた。
召喚の間、か。
来るのは、三年ぶりかな。
なにせ、召喚当初くらいしかここにいなかったし。
こうしてじっくり見ると……魔法陣の周りって、水が張ってあったんだね。
それに、部屋自体も、なんだかわずかに発光してるように見える。
落ち着く場所だなぁ。
「さて、こちらでやり残したことはないか?」
「なくはないですけど……大丈夫です。多分、大事には至らないと思うので」
「そうか。ならばよい。此度の活躍、誠に大儀であった。そなたのような人物と出会えて、儂は、嬉しかったぞ。……できることなら、儂の娘と結婚させたかったところだが」
少し残念そうに、王様が言う。
……なんで、別れの時になって、それを言うんですかね?
でもボク、お姫様に会ったことないんだけど……。
「さすがに、王族になるというのは……ボクには荷が重すぎますよ」
というより、会ったことない人と結婚するというのはね……。
「はっはっは。それもそうか。向こうでは、平民らしいからな」
「ええ。普通の暮らしができれば、ボクは満足なので」
……三年間もみんなに会ってないからなぁ。早く会いたいよ。
「それでは、始めるぞ」
「お願いします」
王様はゆっくりと頷いて、魔術師の人たちに合図した。
お別れはとっくに済ませている。
みんな名残惜しそうにしていたけど、ボクには元居た世界がある。
この世界にいても、決して退屈はしないと思う。だけど、元の世界だからこその楽しみというものあるはずだから。
魔術師の人たちも、涙ぐみながら詠唱している。
足元の魔法陣が輝きだした。
それは、徐々に強くなっていき、ついには視界を埋め尽くすほどの強力な光となった。
だからボクは、
「ありがとうございました。みなさん、お元気で」
もっと気の利いた言葉は出てこないのか、というツッコミは置いといてほしい。
人間、本当にこんな別れが起きたら、当たり障りのないことしか言えないだろうから。
「そなたも、気を付けるのだぞ」
王様の言葉を聞いた瞬間に、世界から音が消え、ボクの視界はホワイトアウトした。
さよなら、異世界。
「……ん?」
次に目を覚ますと、見慣れた風景だった。
どこにでもある住宅街の路上。
見渡せば、現代の建築技術の家々。
「どうやら、帰ってこれたみたいだね」
微妙に悪い空気は、きっと排気ガスとかだろう。
向こうじゃ、魔法の力で発展してたからね。空気も綺麗だった。
それに引き換え……
「こっちの空気って、こんなに汚かったんだ……」
向こうは、自然豊かだったから、本当に気持ちよかった。
「……けど、やっぱり、こっちが落ち着く」
この微妙な空気を吸っていると、帰って来たって感じがする。
「……さ。早く家に帰ろう」
この道を通るのも、三年振りだから、もしかしたら忘れてるかも、なんて心配をしたけど、意外とそんなことはなかった。
体は憶えているらしい。
あっさり家に着いた。
「……ああ、懐かしいなぁ。母さんたちからすれば、朝会ったばかりなんだろうけど……ボクからしたら、三年振りの我が家。……泣かないようにしなきゃ」
正直、すでに目の前が歪んで見える。
涙で視界がぼやけているみたい。
……あはは。さすがに、疲れてるんだろうなぁ。
向こうは殺伐としてて、殺し合いなんて、日常茶飯事とは言わないけど、珍しいことじゃなかったから。
きっと、精神が摩耗していたんだと思う。
一度は壊れかけたボクだけど、立ち直れたのは、案外家族や友達を想っていたからかもしれないね。
「ふぅ……よし」
軽く一呼吸して、ボクは玄関の扉を開け、
「ただいま」
懐かしの我が家に入っていった。
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