第511話 帰還方法

 天姫さんの厚意で朝食に。


 ボクは一応、旅館で食べはしたけど、少しだけお腹が空いてたり。


 そもそも、食べられる時に食べておかないと、困る場面もあるしね。


 朝食を食べる場所は、天姫さんと会った広間ということに。


 一応食事を摂る部屋があるみたいなんだけど、動くのがめんどくさい、という理由で移動せずに食事を摂ることになり、そう時間が経たずに料理が運ばれてきた。


 イメージ的には、日本史の教科書に出てくるような、平安時代とかそれくらいの貴族が食べていたようなものが運ばれてきた。


 もしかしてなくても、天姫さんって王なのかな……?


 自ら明言してるわけじゃないけど、明らかに二人と対等な接し方だし、何より妖精と精霊の王の話をしてたから。


 ともあれ、朝食。


 ボクは二度目だけど。


「さ、食べよか」

「「「「いただきます」」」」

「わ、美味しい……」

「本当ですね。これは……なんの魚だろう? それに、こっちのお肉も……」

「それは、妖魔界で採れる魚と肉やな。人間界とは違うて、色々な意味で旨味が強いんや」


 色々な意味って、どういう意味だろ……。


「ま、他の世界とは違うて、この世界は弱肉強食やからなぁ」

「そうなんですか?」

「そうや。ま、言うても、そら知性のあらへん生物だけなんやけどな」

「それじゃあ、妖魔界の住人はどんな感じなんですか?」

「そうやなぁ……一言で言うたら、温厚、これに尽きるなぁ」

「温厚、ですか?」

「種族はそこそこいるけど、全ての種族間で交易が行われてるさかいなぁ。ちなみに、ウチの住むここは、妖魔界の中心なんやで?」

「……それじゃあ、天姫さんってもしかして……」


 この場所は妖魔界の中心であるなら、多分……。


「セルマとフィルと対等に話とった時点で、薄々勘付いてはいたんやろ? そうやったら、その想像で正解や。ウチは、この世界の王なんよ」

「や、やっぱり……」


 予想通りでした。


 まあ、明らかに強そうな気配を持った人だし、セルマさんとフィルメリアさんと同じ格を感じるもん。


 強さも多分……確実にボク以上。


 セルマさんとフィルメリアさんの力を合算すれば勝てるけど、その二つなしじゃ、絶対に無理だと思う。


 師匠は……絶対勝てそうだけど。


 あの人、おかしいし。


「あぁ、そうや。二人とも、ウチに敬語を使うてるみたいやけど、自然に接してくれてええさかいな。むしろ、ウチは敬語を嫌うしな」

「あ、じゃあ、私は遠慮なくそうさせてもらおうかな。敬語、気分的に好きじゃないので……」


 と、美羽さんは少し嬉しそうにそう言った。


 そう言えば、去年の冬コミの時、そんなことを言ってたっけ。


「依桜はんも、おんなじように接してもらえたら、ウチも嬉しい」


 期待の籠った眼差しでボク見る天姫さん。


 なんだろう、異界の王たちって、やっぱり敬語を使われるのが嫌なのかな……?


 実際、生まれてからずっとそういう感じだったんだろうし……。


 年上の人相手にタメ口って、少し抵抗があるけど……まあ、いっか。


 ボクも敬語自体は得意じゃないし。


「……うん、わかったよ、天姫さん」

「うんうん。それでええ」


 ボクがいつも通りの口調で話すと、天姫さんは目に見えて嬉しそうにした。


 なんだろう、笑顔にちょっとドキッとする。


 妖艶な大人の女性ってこう……色々とすごい気がしました。



 朝食を食べながら、他愛のないことを話す。


 そうして、全て綺麗に平らげたボクたちはお茶を啜っていました。


 そのお茶が、何気に美味しくてびっくり。


 見た目は普通の緑茶なんだけど……。


「……そう言うたら、依桜はんらはどないしてこの世界に来たん? 人間界から異界へ行くのんは、本来不可能なんやけど……」


 と、お茶を飲みながらのんびりしていると、不意に天姫さんが不思議そうな顔をしながらそう尋ねてきた。


「あー、それに関しては、ボクたちもよくわかってなくて……」

「ふむ……過去に人間が迷い込んだ、そないな話は聞いたことあらへんのやけど……少し気になるなぁ」


 人間が来たことがない……そうなると、異界に人間が行くこと自体、そももそもイレギュラーってことになるよね?


 その割には、セルマさんのいる『魔界』に簡単に行けちゃったような……。


 まあ、簡単と言っても、悪魔の人を脅して――じゃなかった。説得して、開いてもらったわけだけど。


「とりあえず、この世界にきた経緯を教えてもらえるか?」

「わかりました」


 もしかすると、この世界から出る方法が得られるかもしれないし、天姫さんに話そう。


 というわけで、ボクが事の経緯をなるべく細かく話す。


 こういうのは、小さな情報から何らかのきっかけを得ることができるかもしれないからね。


「――というわけです」

「なるほどなぁ。概ね、事の経緯はわかった」

「それで、天姫さんは元の世界への帰り方はわかるのかな?」


 少し心配そうに、美羽さんが尋ねる。


 ボクはともかく、美羽さんは一般人だから、さすがに心配になるよね……。


「……そうやなぁ。神社、か……。帰り方に関しては……できひんこともあらへん」

「本当?」

「うむ」

「じゃあ、今から帰ることはできる?」


 天姫さんのできるという発言に、美羽さんは期待の籠った表情でそう尋ねた。


 でも、天姫さんは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、


「……申し訳あらへん。実は、今のこの世界の状況やと、今すぐに二人を帰すのは不可能なんや」


 そう告げた。


 これには、美羽さんだけでなく、ボクもびっくり。


「天姫さん、それはなんで?」

「……実はこの世界には今、ウチらも知らへん存在がおるんや」

「「知らない存在?」」

「玉さん、それはどういうぅ……?」

「セルマとフィルは、この世界がおかしいとは思わへんかったか?」

「……まぁ、少しはな。何せ、主と美羽が出現した直後、我とそこの天使はこの世界がおかしいことにすぐ気付いたからな」

「そうですねぇ。悪魔とも話しましたが、この世界、なんだか騒がしくありませんかぁ? もっとこう、静かな場所だったと覚えているのですけどぉ……」

「かかっ、さすがセルマとフィルや。ようわかったなぁ」

「……これだけ騒がしければ、気づくのだ」

「ま、そうやなぁ。……して、依桜はんは何か気付いたことは?」

「あ、え、えーっと、なんだか不穏な気配を持った存在がいるなぁ、とは思ったけど……」


 二人みたいに、この世界を知ってれば、もっと何か気づけたことがあるのかもしれないけど……残念ながら、他に気付くことがあるものはなかった。


 むしろ、未知の土地に来て、異変に気付くことなんて、さすがに師匠でも……いや、師匠なら絶対できそう。師匠だし……。


「ほう、不穏な気配なぁ……。なかなか、良い感をしとるなぁ。普通の人間ちゃう、ちゅうことか」

「え、えーっと?」

「あぁ、すまないなな。気にしいひんで。……で、今すぐに帰すのが不可能言うた理由なんやけど……今、この世界には、存在したらあかん存在がおってなぁ。それが原因で、上手く妖魔界と人間界を繋ぐ門が開けへんの」

「……そう言えば、セルマさんが異物って言ってなかったっけ? 依桜ちゃん」

「言ってましたね。……天姫さん、その異物っていうのは一体?」

「それが、ウチでも存在がわからへんのや。そやけど、その存在を放置しとくのんは、後々まずいことになるちゅうことだけはたしかやな」


 天姫さんは、焦りや怒りが綯い交ぜになった顔をしながら、そう話した。


 なるほど……。


 つまり、この世界から元の世界へ帰るには、その存在をどうにかしないとまずい、ってことだよね……?


「……そやから、二人を帰すのは……」

「その解決、手伝いますよ」

「依桜はん?」

「美羽さん、どうやら手伝った方が早く帰れそうです」

「うん、みたいだね。私も、依桜ちゃんの意見には賛成かな。事情を聴く限りじゃ、それが終わらないと帰れなさそうだし」

「……すみません」

「ううん、気にしないで。滅多にできる経験じゃないもん。それに、私は何もできないから」


 そう言いながら、苦笑いを浮かべる美羽さん。


 こういうのは、異世界で鍛えたボクがやることだからね。


「手伝うって……依桜はん、人間なんやろ? さすがに無茶は……」

「大丈夫ですよ、玉さん」

「フィル?」

「うむ。天使の言う通りなのだ。そこの主はな、そんじょそこらの人間じゃないのだ?」

「どういうことや?」

「依桜様は、法の世界の方なんですけど、実は魔の世界にいた時期があるんですよぉ」

「それはまさか、魔の世界で行われとる、救済措置のことか?」


 救済措置?


 それってもしかして、召喚のこと……だよね? どう考えても。


「そうですよぉ。そこで依桜様は、ミオ様という世界で最も強く、そしてミリエリア様とも親友だった方から戦う術を学び、歴代最強と言われていた魔王を倒しているのですよぉ」

「なんと。それは驚きやなぁ……。しかし、そうか。救済措置に……」

「それに、主はどういうわけか、魔力を持ってるしな。本来、法の世界の人間なら、気力だが」

「ほほぅ……。これまた、とんでもない存在やなぁ。ふむ……依桜はん」

「何?」

「あんたは、神気の扱い方はわかるんか?」

「神気? 一応、基礎程度なら使えるけど……」


 師匠には使い方を教えてもらって、暇を見つけては扱い方を学んでるし。独学で。


 今できることと言えば、神気を纏って身体能力をある程度向上させたり、神気を飛ばして攻撃したり、あとは神気で防御したり、っていうことくらいだけど。


 物質を生成するのは、未だに難しい。


 できても『アイテムボックス』の下位互換にしかならないんだよね……。


「そうか。ふむ……依桜はん。お願いがあるんや」


 天姫さんは姿勢を正すと、真剣な表情でボクにそう言ってきた。


「お願い? うん、何でも言って」

「おおきにな。……お願いは至ったシンプル。ウチの世界を正常に戻す手伝いをしてほしいんや」

「もちろん。手伝うよ」

「難しいかとおもんやけど――って、え?」

「どうしたの?」

「い、いや、まさか即答されるとは思わへんかったさかい、驚いてな。……ほんまにええんか?」

「うん。ボクの世界に帰るには、それをどうにかする必要があるみたいだし、それに……」

「それに?」

「セルマさんとフィルメリアさんの友達なら、助けて当然だよ。三人が話すところを見てたけど、すごく仲が良さそうだからね。天姫さんもいい人みたいだから」


 微笑みながらボクは思ったことを口にした。


 ボクの言葉を受けた天姫さんは、一瞬ポカーンとしたものの、すぐに笑みを浮かべて、


「……かかっ! なるほどなぁ。二人は、ほんまにええ人と巡り合い、契約したんやなぁ。ええなぁ。ウチも依桜はんが気に入ったわ」

「ま、当然なのだ。我が主と契約したのは、強さじゃなく、主の性格だからな!」

「そうですねぇ。ここまで善性に傾いた人もなかなかいませんしねぇ。最高ですよぉ」

「まあ、依桜ちゃんだもんね。行く先々で誰かを助けてるみたいだし。依桜ちゃんが引き寄せるハプニングって、実は困っている人が依桜ちゃんを呼んでるからなのかもね」

「や、やめてくださいよ、美羽さん。さすがにそれは……。それに、二人も人前で堂々とそういうこと言わないで。は、恥ずかしいんだから……」


 いきなり褒められると、やっぱり照れる。


 おかげで、ちょっと顔が熱い……。


「かかっ。えらい可愛い反応をするんやなぁ。おもろいわぁ」

「あ、あはは……」


 どこが面白いんだろうなぁ……。


「……さて、そうなると四人分の食事に寝床が必要やな……」

「え、もしかして泊めてくれるの?」

「手伝ってもらうんや。これくらいはな。……それに、美羽はんがいる以上、ウチの家の方が安全やさかい」

「気を遣ってくれて、ありがとう、天姫さん」

「気にしいひんでええよ。……ともあれ、今日はゆっくりしていってな。見知らぬ世界に来るだけで、相当なストレスやさかいな。もし、急いでるなら申し訳あらへんけど……」

「大丈夫だよ。向こうには、異世界の事情を理解してる人がいるので」

「うんうん。その人がいれば、上手く誤魔化してくれると思うよ、天姫さん」

「……そのような者がおるんか……。変わった世界になったんやなぁ……」

「世界が変わったっていうより……」

「ものすごく変わってる人がいる、と言った感じかなぁ……」


 主に、学園長先生が、だけどね。


「……そうか。ほんまにすぐに帰せんで、すまないなぁ……」

「気にしないで。その分、早く終わらせて帰るだけだから。天姫さんは悪くないよ」

「……おおきにな」


 そんなこんなで、ボクたちは天姫さんの家に滞在することになりました。


 ……未果たちや先生たちには心配をかけることになるかもしれないし、最悪の場合捜索願が出されるかもしれないけど……帰った時に、謝ろう。

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