第510話 仲良し(?)な三人
「え、きゅ、九尾って、あの色々な伝説がある、九尾の狐、ですか……?」
「そうや。ウチは、その九尾の狐や。そっちの世界で、どないな風に伝わってるかわからへんがな」
ま、まさかすぎる存在と出会っちゃったんだけど……。
これ、間違いなく、女委が喜ぶ展開だよね? 女委、この手の者にも詳しかったし、何より好きだし。
それに、まだ肩から上しか見えてないけど、絶対すごい美人さんだと思う。
「おっと、せっかくウチの家に来た上に、古くからの友人の契約者なんやし、全体的な姿を見せといた方がええーな」
「あ、いえ、わざわざそんなことしなくても……」
「いや、これはウチがしたい思うてるさかい、気にせんでもええよ。……これが、ウチの姿や」
そう言って、天姫さんがその場で立ち上がると、体を覆っていた尻尾を離した。
「「わぁ……」」
その姿に、ボクと美羽さんは思わず感嘆の声を漏らす。
いや、本当にすごい美人さんなんだけど……。
髪は、まるで一本一本が貴金属と言われても不思議じゃないほどの艶を持つ、プラチナブロンド。長さは、かなり長いみたいで、少なくとも、腰元まであるけど、全然傷んでいる様子なんてなくて、とても綺麗。
目はアメジストを彷彿とさせるくらいの透き通った紫色で、眦が少し吊り上がってるけど、決してキツイ印象はない。
鼻筋はスッと通っていて、唇は桜色でふっくらと柔らかそう。
身長はかなり高いみたいで、見た感じ……180近くある気がする。
服は着物を着てるんだけど、胸上と肩が露出している。
スタイル自体もかなりいいのか、その、露出した部分から見える胸を見る限り、かなり大きそう……。多分、フィルメリアさんと同等……ううん、それ以上だと思う。
そして、一番目が行くのが、頭にある狐耳とお尻の辺りから生えた尻尾。
一本一本が太く、それでいてとってもふっさふさ。
色も天姫さんの髪色と同じプラチナブロンド。
毛並みがすごくよくて……ちょっと触ってみたいなんて思ってしまうくらい。
「ふふ、どーやろか? これでも、昔はぎょーさんの男に言い寄られたもんや。まぁ、ウチは自分の役割を果たすため、決まった男にしか近づかへんかったんやけどな。どーや? 結構綺麗やろ?」
くすり、と笑みを浮かべながら、どこか妖艶にそう聞いてくる天姫さん。
な、なんというか……本当に綺麗な人だなぁ……。
あれだよね、傾国の美女なんて言葉があるけど、それにぴったりなくらいだもん。
「あ、は、はい、すごく綺麗だと思います」
「私もそう思います」
「かかっ、素直でええなぁ。ウチの住む世界や、セルマ、フィルが住む世界は、みーんなばけもんやから、ばけもん以上のばけもんであるウチに、変に畏まってしまうんよ。やっぱり、感想をもらうねやったら、人間が一番やな」
「やっぱり、怖がられるんですか?」
「まぁなぁ。ウチはもっと、気楽にしてほしいんやけど、そうもいかんからなぁ。のう、セルマとフィルはどうなんや? そこんとこ」
「あー、我は案外一緒になってバカやるな。アットホームな世界なのだ」
「私はぁ……そもそもクソ上司のせいで、なかなか話す機会がないですねぇ……ずーっとお仕事お仕事、またまたお仕事、という感じでしたのでぇ……。でも、暇を見つけては集まって、上司の愚痴をぶちまけてましたねぇ」
「「「「……」」」」
ど、どうしよう、かける言葉が見つからないっ……!
フィルメリアさん、どうしてそんな重いことをいつものにこやか笑顔で言えるんだろう……って、あ、よく見たら目が死んでる!
やっぱり嫌な記憶なんだ。
普段喧嘩してるセルマさんですら、同情のこもった視線を向けるって……。
気まずい空気の中、天姫さんが口を開く。
「……あー、フィル。相変わらず、神はアレなんか? 仕事を押し付けるみたいな……」
「そうですねぇ。少なくとも、ミリエリア様が亡くなって以降、まともな休みをもらえたことはありませんねぇ……」
う、うわぁ、なんて暗い笑み……。
そこまでのドブラックな労働環境って、天使だからこそできるわけだよね?
人間だったら、すぐに過労死しちゃうよ。
「……な、なんちゅうか、辛い人生……いや、天使生を送っとるみたいやなぁ……」
天姫さんも、フィルメリアさんの哀愁漂う姿には、苦笑いしかできないみたいだった。
うん、ですよね。
「……正直な話、天界以外の方たちに対して、ずーっと羨ましいと思っていたんですけどぉ……今は違いますぅ! 今は、依桜様と契約したことにより、毎日が休日なんですよぉ! あっても、人間の子供たちのお世話……これほど素晴らしい日々はありません!」
「ん? なんや、フィルは今、人間界で暮らしてるんか?」
「そうですよぉ。というか、そっちの悪魔さんも暮らしてますねぇ」
「ほー、また珍しいこともあったもんやなぁ。ちゅうことは、依桜はんの家に住んでるんか?」
「いや、我らはそれぞれ、社宅だったり、学生寮に住んでるのだ。主の家に住んでたのは、本当に最初の内だけだな」
セルマさんの発言を受け、天姫さんはどこか驚いたような表情を浮かべた。
「フィルはともかく、セルマは意外やなぁ。どっち言うたら、図々しく住んでいそうなもんやけど」
あ、あー……驚いた理由ってそういう……。
たしかに、悪魔ってそういうイメージあるよね。
「そんなことないわ! 今の我はな、しっかり仕事をしてるのだ!」
「ふふふっ! やっぱり、玉さんはわかってますねぇ。悪魔は基本、適当ですもんねぇ! これが、勤勉な天使と、自堕落な悪魔の違いですよぉ。日頃の行いが違うわけですねぇ」
「何おう!? やるかクソ天使!」
「えぇえぇ、受けて立ちますよアホ悪魔ぁ!」
あー、まーた始まっちゃいましたか……。
「依桜ちゃん、止めなくていいの?」
「……止めます。天姫さんの家ですから」
さすがに、別の家に来てまで喧嘩するのはちょっと……。
いくら友人と言えども、論外です。
「二人とも、喧嘩はダメって……言ってるでしょ!」
ドゴンッ!
「いだっ!」
「あたっ!」
ギャーギャー、と口喧嘩をしている二人の頭に、割と全力な拳骨を落とす。
二人はボク以上に防御力あるし、全然大丈夫です。
むしろ、弱くしても意味ないし。
「依桜ちゃん、容赦ないなぁ……」
後ろで美羽さんが苦笑してる気がするけど、これくらいしないとダメなんです。
それに、今の拳骨をくらっても、
「いつも言ってるよね? 喧嘩しちゃダメだって。わかってる?」
「「だ、だってこいつ(この人)が――」」
ほらね? すぐに起きた。
頑丈なんだから、多少本気でも問題なしです。
それにしても、言い訳……。
「だってじゃありません! そこに正座!」
「「は、はいぃっ!」」
ボクは二人をその場で正座させ、お説教の態勢に。
「いつも言ってますよね? 喧嘩は駄目だと」
「「は、はい」」
「周囲に人がいないならまだしも、ここは二人のお友達の家です。そこで喧嘩するなんて、迷惑になります! そこのところ、ちゃんとわかってるの?」
「……わ、わかってるのだ」
「わかりますぅ……」
「わかってるのにいつもいつも……喧嘩することは悪いとは言わないけど、せめて迷惑のかからないところでやってください! 二人の力は異常なんです。ちょっと喧嘩して、周囲が焦土と化したらどうするの? 責任取れる?」
「い、いえ、一応直せるんですけどぉ……」
「そうだとしても、壊すことはダメです! というか、二人はボクよりも年上だよね? それも、遥かに。それなのに、どうして子供じみた喧嘩をするの? 完全に無意味とは言わないけど、時と場所を考えて! そもそも、片方が片方を煽るようなことを言うのがダメ。喧嘩になるとわかり切ってるんだから。それなのに、何かある度に煽って……ボク、二人と契約してから何度も言ってるよね? 契約してからもう二ヵ月も経つのに何回言ったと思う? 三十二回です三十二回! 二日に一回くらいのペースで言ってるよね? それなのに、言っても言っても……少しは進歩してください! 何度もお説教するボクの身にもなってよ。ボクだって、好きで怒ってるわけじゃないんだよ? それなのに……ボク、二人と出会ったことと契約したことに関しては、本当に感謝してるの。色々な力も得られて、みんなを守れる範囲が広がったから。でもね、喧嘩するのならボクは二人との契約を切るよ?「「それは――」」そうだよね。二人は切られたくないよね? 前にもこれを言ったのに、二人はするんだもん。ボク、最近本気で考えてるよ? なんだったら、二人以外の悪魔や天使の人と契約しようかなー、ってくらいには。それでも嫌だというのなら……なるべく、喧嘩をしないようにしてください。というか、しないでください。……いえ、するな」
「「は、はぃっ!」」
「……まったくもう……。まあ、二人は今後も喧嘩しそうだし、直らないと思うから言うけど……喧嘩するなら、よそでやってください。いいですね?」
「「……はい」」
お説教終了。
いつもより、少し短いくらいだけど……まあ、今は天姫さんの前だから……って!
「あ、す、すみませんっ! いきなりお説教始めちゃって……。あ、あの、うるさかった、ですか?」
天姫さんの前なのに、ついいつものお説教をしていたボクは、大慌てで天姫さんに向き直り、うるさかったかどうか尋ねた。
すると、天姫さんは俯いて肩を震わせる。
あ、もしかしてやっちゃった……?
「く、くくくっ……くはははははは!」
なんて、ボクが内心焦っていたら、天姫さんは大笑いしていた。
あ、あれ? 怒ってない……?
「二人揃うて仲良う怒られてるなんて……しかも、二人よりも身体能力的には低い者からとか……かかっ! いやはや、愉快やなぁ!」
なんだろう、すごく面白がってる?
えーっと?
「……はぁ、久しぶりに大笑いしたわ。くくっ、まさか、二人が昔みたいに怒られる日を見られるとはなぁ」
「昔? もしかして、この二人って昔も誰かに怒られてたんですか?」
「昔言うても、数百年前なんやけどな。その頃はミリエリア様ちゅう神様からやったなぁ。懐かしいわぁ。まぁ、大体の原因は妖精界の王やったんやけどな」
「妖精界の?」
「そうやぁ。妖精の王は、いたずら好きやったさかいな。その頃言うたら、妖精の王が二人を焚き付け、二人が喧嘩し、精霊王が二人の仲裁をし、ウチがその光景を笑いながら見て、最後にミリエリア様が叱る、そないな流れがやったんや。昔は、それが何度も何度も繰り返されとったさかい、楽しい毎日やった」
過去を懐かしむように、目を細める天姫さん。
でも、その表情はどこか寂しそうに見えた。
「あの、天姫さんはどうして寂しそうな顔をしてるんですか?」
と、ボクの疑問を美羽さんが天姫さんに訊いた。
同じことを思ったみたい。
美羽さんの質問を受け、天姫さんは目に見えて寂しそうな表情を浮かべた。
「……ま、あの神が死んだからな」
その質問に答えたのは、セルマさんだった。
「ですねぇ……。異界の王、全員の性格は違っても、どんなにいがみ合っていたとしても、みんな、ミリエリア様が大好きでしたからねぇ……。それだけに、喪失感がすごかったんですよぉ」
「……そうや。あの神様は、色々と規格外でなぁ。ウチら全員を合わせるために、全員の仕事の一部を肩代わりしとったんよ、ミリエリア様は」
いくら神様でも、できることとできないことがあると思うんだけど、ミリエリアさんって、もしかして何でもできたのかな……?
「今の神は、ミリエリア様ほどの能力はもってへんさかい、ウチらも会う頻度が減ってなぁ。その上、ミリエリア様ほど性格も良うのうて、苦労しとるんよ。……最も、一番苦労してるのんは、フィルと精霊王やけどなぁ」
苦笑いを浮かべながら、フィルメリアさんを見る天姫さん。
その視線を受けたフィルメリアさんと言えば、天姫さん以上に苦笑いをしていた。
まあ、あれだもんね……。
「精霊王……えっと、どんな人、なんですか?」
フィルメリアさんの仕事がかなりドブラックなわけだけど、話に出てきた精霊王さんも少し気になる。
「んー……まぁ、そうやなぁ……一言で言えば、『苦労人』やな」
「く、苦労人……」
「ほれ、フィルは真面目に仕事はするけど、セルマと喧嘩するやろ? そやさかい、そないな理由で喧嘩が始まるもんやから、いつも止めとってなぁ。その上、仕事は自然の管理。色々な方面で苦労しとるわけや」
「な、なるほど……」
たしかに、この二人のけんかを止めて、尚且つ仕事をしてるって思うと……うん、大変そう。絶対に苦労人だと思う。
もしかすると、ボクと気が合うかも。
「しっかし……ほんまに、依桜はんからは懐かしい気配を感じるなぁ。まるで、ミリエリア様がそこにおるかのようや」
「……あの、セルマさんにも間違えられたんですけど、ボクって、そんなにそのミリエリアさんって神様と似てるんですか……?」
前のことや、天姫さんの発言が気になって、尋ねてみたら、
「「「似てる(のだ)(ますねぇ)(とるなぁ)」」」
ミリエリアさんを知る三人から、同じタイミングで肯定されました。
ボク、そんなに似てるんだ……。
「少なくとも、雰囲気が似とるな」
「あと、性格も似てるのだ」
「神気の質も近いですねぇ」
「そ、そうですか」
一応ボク、神様じゃないんだけどなぁ……。
でも、前にノエルさんに、一緒にいるだけじゃ神気が宿るのはおかしい、って言われたんだよね……。
もし、それが本当だとしたら、なんでボクは神気を持ってるんだろう?
気になる……。
やっぱり、詳しく調べた方がいいかなぁ。
なんてことを考えていたら、
くぅ~~
と、可愛らしい音が聞こえた。
「……わ、私です」
声の主は美羽さんでした。
「美羽さん、もしかして朝ご飯食べてないんですか?」
「う、ううん、一応食べたんだけど……ちょっと、少なかったみたい……ほら、少し前まで歩いてたから」
「あー、たしかに慣れてないとお腹すきますよね、あれは」
気持ちはわかるかな。
ボクだって、最初の頃はそれはもうお腹が空いたもん。
今は効率よく体を動かす方法を覚えたからそうでもないけど。
「ん、なんや。お腹空いてるんか?」
「お、お恥ずかしながら……」
「かかっ。恥ずかしがらんでもええよ。ウチも、今さっき目覚めたばかりで、空腹なんや。なんで、これから朝餉にしよか思てるんやけど……一緒にどうや? もちろん、フィルにセルマ、依桜はんもな」
「お、玉の家の飯は久しぶりなのだ」
「そうですねぇ。結構美味しいんですよね、玉さんの家の料理はぁ」
「二人がそういう反応をするなら、本当に美味しいんだろうね。じゃあ、ボクもいただきます」
「決まりやな」
そんなわけで、ボクたちは天姫さんの家で朝ご飯をいただくことになりました。
そう言えば、異界の人たちって食べる必要がなかったはずだけど……と、そんな疑問を天姫さんに訊いてみたら、
「かかっ。空腹はなくとも、ウチは毎日三食食べるんや。食べへんと、どうもしっくりきいひんさかいな」
とのことでした。
……それにしても、天姫さん、どうして京都弁なんだろう。
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