第509話 天使長と悪魔王の旧友
不穏な気配を感じつつも、その存在から離れるべく、ボクたちは別の反応がある存在の場所へ向かった。
その道中は割と楽しく談笑し、ちょっとした旅行気分に。
途中、美羽さんが疲れた時は軽く休憩してはいたけど、それなりに順調に。
そうして、休憩を挟みつつ歩いていると、前方に建物が見えてきた。
「あれは……集落、かな?」
「みたいだね。どんな人たちがいるのかな?」
「美羽さん、ちょっと楽しそうにしてません?」
「んー、依桜ちゃんと一緒に京都を回ることはできなくなっちゃったけど、その分滅多に経験できないことを経験してるからね。しかも……未果ちゃんたちも知らない場所だし」
「? 何か言いました?」
「ううん、なんでもない。……それで、二人とも、あそこって何がいるかわかる?」
「見たところ…………あぁ、なるほど。主はかなりの幸運……いや、豪運なのだ」
「え、どういうこと? もしかして、何かいるの? あそこ」
「いるというか……まあ、行けばわかるのだ。幸い、そこには知り合いがいるからな。主に、我とそこの天使のな」
「「???」」
どういう意味なんだろう?
いや、言葉通りの意味なんだけど……異界の人たちって、お互いを行き来できる、のかな?
でも、仮にそうだとしたら、天界と魔界って普通に戦争してそうだし……となると、行き来できるのは二人みたいに、その世界の王ってことなのかな?
……え、じゃあもしかして、この先にいるのって……ま、まさかね。
集落の奥に、日本屋敷っぽいものがあるけど……あ、あはは、ないない。
「依桜ちゃん、どうしたの?」
「あ、い、いえ、ちょっとぼーっとしただけです。さ、行きましょう」
「うん」
……大丈夫、だよね?
一抹の不安を覚えつつも、四人で集落へ。
集落へ近づくと、門番らしき人がいた。
あれってもしかして……。
『む、そこの者たち、一旦止まれ!』
門番らしき人達は、ボクたちが近づいてくることを確認すると、警戒しているのか手を前に出してそう言ってきた。
まあ、いきなり見たことない人が現れたら警戒するよね。
それで、問題の門番らしき人なんだけど……どう見ても、鬼、なんだよね。
妖魔界に来て最初に出会うのが鬼……。
見た目、着物のようなものを着ていて、顔自体はどちらかと言えば……人間に近い、かな? 少しだけごつごつしてるような気はするけど、あまり変わらない気がする。
大きな特徴としては、身長がかなり高く、少なくとも二メートルは優に超えてるかな。
お、大きいなぁ……。
『見慣れない姿だが、一体どこの種族の者だ?』
「あ、え、えーっと、種族というか……」
「あらあらぁ。やはり、たまには別の世界にも顔見せをしないとだめですねぇ。こういうやり取り、いつもしますからぁ」
「……同感なのだ。お前たち、一つ訊きたいのだが、いいか?」
『む、まずはこっちが質問をしているんだが』
「我らの種族を言うと、色々と面倒なのだが……まあいいか。あー、我は悪魔。そっちの頭緑は天使。で、そっちの二人……特に、茶髪の女は人間なのだ。あっちの銀髪の我が主は……あー、一応人間なのだ」
「ちょっ、セルマさん、そこはちゃんと断言してよ!」
「いやだって、主を人間の部類に含めていいのか、甚だ疑問だし……」
「主人にそういうことは、言ってはいけないですよぉ、頭悪いんですかぁ?」
フィルメリアさん、なんでここぞとばかりに煽るような言い方をするんだろうなぁ……。
でも、一応セルマさんを咎めてくれたみたい――
「……とはいえ、たしかに依桜様は少々、人間かどうか疑ってしまいますねぇ」
そうじゃありませんでした。
「……あの、ボクってそんなに人間じゃないように見える……?」
「「「見える(ますぅ)(のだ)」」」
「美羽さんまで!?」
申し訳なさそうにしてるけど、何気に酷くない!?
ボク、そんなに人間に見えないのかなぁ……。
『天使に悪魔、それに人間……? ほ、本当なのか?』
「噓ではありませんよぉ。事情がありまして、つい先ほどこちらの世界に迷い込んでしまったんですよぉ」
『迷い込む? そんなことが……』
『いや、最近世界の至る所で問題が発生していると聞く。別の世界から他種族が紛れ込んでも不思議じゃない』
『たしかに……。あー、とりあえず、敵対はしない、ということでいいのだろうか?」
「はい。ボクたちはそんなことをするつもりはありません。それに、できることならこの世界についての情報が欲しいので」
さっきの、問題が発生してるっていう発言はちょっと気になるし、あとで聞いてみよう。
『なるほど……。それで、そっちの桃色髪の悪魔』
「ん、なんだ?」
『訊きたいことがあると言ったな。一体なんだ?』
「うむ、それなんだが……今、玉はいるか?」
玉? 玉って誰だろう?
『玉……もしや、天姫様のことでしょうか?』
「天姫? ……はぁ。なんだ、あいつは今そう名乗ってるのか」
「本来の名前は好きじゃない、って言ってましたしねぇ」
『あの、お二方は天姫さまと接点が……?』
「ん? あぁ、顔馴染みなのだ。古い友人、とも言うかもしれないな」
「そうですねぇ。あの人とは、異界が創造されて、ほどなくしてからの付き合いですねぇ」
などなど、セルマさんは淡々と話し、フィルメリアさんは昔を思い出しながら、話していた。
それぞれ異界の王が、古い友人と呼ぶ存在ってまさかとは思うんだけど……この世界の王、じゃないよね……?
心配なんだけど。
嫌予感がするんだけど。
『あの方と対等かのような話し方……お二方の名前を伺ってもいいだろうか?』
二人の門番らしき人の内、一人が恐る恐ると言った様子で二人の名前を尋ねた。
「我はセルマだ」
「私は、フィルメリアと申しますぅ」
『あ、ああああ悪魔王様に』
『天使長様ですかぁぁぁぁ!?』
二人の名前を聞いた門番らしき人たちは、目を飛び出させる勢いで驚愕の声を上げた。
あ、あー……二人って、やっぱり有名なんだ……。
『あ、悪魔王様と天使長様と知らず、無礼な口を……!』
『も、申し訳ありませんでしたッ!』
門番らしき人たちは、さっきまでの対応の仕方を思い出してか、突然土下座しはじめ謝罪をし始めた。
「……はぁ。こうなるから、面倒なのだ、他の世界は」
「顔見せ、やはり考えないといけませんねぇ」
そんな様子を見た二人はというと、セルマさんは額に手を当てながらため息をつき、フィルメリアさんは頬に手を当てて苦笑い。
『も、申し訳ありません! こ、ここは死んで詫びるしか……!』
二人の反応に、これは許されないと勘違いしたみたいで、門番らしき人たちは腰に下げていた刀で切腹しようと……
「って、待って待って待って! 待ってください!」
『と、止めないでくれ! 我々は、ここでケジメを……!』
「死んでケジメなんて、相手が困惑するだけです! むしろ、命を無駄にする行為ですから!」
向こうの世界でそういう人散々見たからボク!
その度に止めてたけど、あれって本当に冷や冷やするんだよ。
「あー、主の言う通りなのだ。とりあえず、問題にしないし、我らも全然顔を見せに来なかったからな。とりあえず、玉……天姫がいるなら案内してくれないか?」
『わ、わかりました。で、では、こちらへ』
「うむ、助かる」
何が何だかよくわからないけど……とりあえず、問題ない、ということでいいのかな?
入る前からちょっとした騒ぎになったものの、何とか入れそうで何よりです。
二人の門番の内片方が、案内してくれるとのことで、ボクたちはその人の後を付いていく。
道中、物珍しいのか、集落に住んでいるらしき人たちが、ちらちらとこっちを見てきた。
事前情報通り、住んでいる人は妖怪の類みたいで、鬼はもちろんのこと、河童や天狗がいるみたい。
他にも、よくわからない妖怪がいるんだけど……なんて言うんだろう。
住人の人たちに見られるボクたちだけど、ボクと美羽さんの方もかなり物珍しくて、ついついきょろきょろと見回していた。
美羽さんに至っては、かなり熱心に見ていたから、多分演技に活かそうとしてるのかな?
美羽さんはかなり勉強熱心なところがあるからこそ、まだ若いながらも人気声優になってるんだろうなぁ……。
……まあ、ボクもボクでかなり知名度があるみたいだけど、声優としての。
ちらちらと見られていたことを除けば、大して問題らしい問題が起こることなく、集落に入る前から見えていた、日本屋敷に到着。
そこには、集落の入り口を守っていた門番の二人よりも、さらに強そうな雰囲気を持った鬼が二人いた。
けど、門番の人がセルマさんとフィルメリアさんのことを説明すると、急にぺこぺこしだした。
……この二人、ボクが思ってる以上にすごい人たち、なのかな?
でも、ボクは学園祭での二人とか、喧嘩してばかりの姿を見てるから、あんまりすごいと思えないんだよね……。
もちろん、すごいことにはすごいんだろうけど……。
やっぱり、第一印象って大事だよね。
セルマさんはBL本を読んでたし、フィルメリアさんは……ブラック会社に勤める社畜みたいなことになってたし……。
うん、やっぱり大事、一人称。
『この先に、天姫様がいらっしゃいます』
「うむ、案内ご苦労なのだ。……さて。おーい、玉やー、入らせてもらうぞー」
セルマさんは特にノックをすることなく、目の前の襖を勢いよく開けた。
「これだから悪魔はダメなんですよねぇ……。遠慮を知らないといいますかぁ……」
「あ、あはは。まあ、セルマさんだから……」
悪魔のトップだからこそ、ある意味遠慮がないんだと思うけど……。
……さて、二人の古い友人ってどんな人なんだろうなぁ。
ボクたちは、セルマさんがずかずかと入っていった部屋の中へ。
中は明るいと暗いの中間くらいの明るさ。
自分でも何を言っているのかと思うんだけど……本当に絶妙な明るさなんです。
明るいとも言えないし、暗いとも言えない、そんな明るさ。
明かりは、火みたいだけど……多分あれ、鬼火か何かじゃないかな……?
だって、目があるし。
『気配感知』を使って、この屋敷内をちょっとだけ調べてみると……何やら反応多数。
小さな妖怪とかも住んでるのかも。
果たして、奥にはどんな人が……。
セルマさんはずんずんと、フィルメリアさんはすたすたと、ボクと美羽さんは恐る恐ると言った様子で、奥へと近づく。
するとそこには、
「えっと……毛、かな、あれ」
「みたい……ですね。なんだか、尻尾のようにも見えますけど……」
何やら大きな毛玉が上座の上に鎮座していました。
え、えーっと、あれは……。
「……はぁ。玉さーん、起きてますかぁ~?」
溜息の後、フィルメリアさんが上座の上に鎮座する毛玉に近寄ると、そう声をかけた。
声に反応したのか、毛玉はもぞもぞと動いた。
でも、もぞもぞ動くだけで、特に起き上がる気配はない。
「お~い、玉やー。我だぞー。親友のセルマなのだ。あとついでに、クソ天使もいるぞー」
「……お久しぶりですよぉ、玉さーん。鳥頭な悪魔もいますよぉ。起きてくださ~い」
「アァン? ふざけたこと言うと、ぶん殴るぞ?」
「ふふふふ、やれるものならやってみてくださいよぉ」
「やるかこの野郎!」
「いいですよぉ。受けて立ちますよ、その喧嘩ぁ!」
バチバチと、お互いの間に火花が散る光景が見えた気がした。
あー、まーた始まった。
「依桜ちゃん、止めなくていいの?」
「止めますよ。だってここ、あの二人の友達の家みたいですし……」
家かどうかはまだわからないけど、少なくとも住んでると思うしね。
「二人とも、ここで喧嘩は――」
「……ん~……んん? なんや、えらい騒がしい思うたら……かかっ、懐かしい顔ぶれやんなぁ」
ボクが二人を止めようとしたら、不意に毛玉の方から、何やらゆったりとした声が聞こえてきた。
それと同時に、毛玉――実は尻尾だった――が動き、その中から着物を着崩した狐耳の生えた女性が現れた。
な、なんか出てきた!
「しっかし、会うたびに喧嘩しとるなぁ、セルマにフィル」
「なんだ、起きてたのか?」
「んーや、今しがた、あんたらのやかましい声で起きたんよ。とりあえず……久しいなぁ、セルマ、フィル」
「うむ、久しぶりなのだ、玉よ」
「お久しぶりですぅ、玉さん」
玉と呼ばれた女性は、にこやかに二人に挨拶をし始めた。
本当に久々みたいで、三人はとても嬉しそうに見える。
「……おや? よう見たら、あんたら二人、誰かと契約したんけ?」
「さすが、玉だな。うむ、我らは契約者がいるのだ」
「ふむふむ……して、それはどんなお人なんや? ウチにも紹介してくれへんか? それぞれの契約者を見てみたいさかい」
玉さんはどうやら、二人が契約した人が気になってるみたいで、興味津々の様子。
でも、聞いた感じ、お互い別々の人と契約したって考えてるみたい。
旅行の時にも聞いたけど、一人の人間が複数の存在と契約するのって、本当にないことだったんだなぁ……。
「契約者なら先ほどからいますよぉ」
「む? ……まさか、人間がおるんか?」
「うむ。そこにいる二人は人間だぞ、玉」
「ほー、これまたけったいなことがあるもんやなぁ。それで、どっちがセルマで、どっちがフィルの契約者なんや?」
あ、やっぱり別々と思われてる。
やっぱり普通じゃないんだ。
「あぁ、勘違いしてるみたいだが、我とこいつの契約者は同一人物だぞ?」
「……今、なんて言うた?」
「だから、我とそこの天使の契約者は、同一人物だと言ったのだ」
「かかっ、そないなこと、あるわけがあらへん。あんたら二人は、しょっちゅう喧嘩しとったし。天地がひっくり返ってもあらへんよ」
ないないと言いながら笑う玉さん。
あー、この二人の仲が悪いのって、昔からなんだ……やっぱり……。
それで、信用されないんだね、契約者が同じだって」
「いや、マジでそうだぞ。ちなみに、契約者は銀髪の方なのだ」
「……ほんまか?」
「はい、ほんまですよぉ。あちらの方は、男女依桜様と言うんですよぉ」
「…………ほんまや。そこの人間から、二人の気配を感じるなぁ。かかっ、おもろいなぁ。それから…………むぅ? この気配は……」
最初は、二人分の契約があるとわかって面白がっている様子だったけど、急に驚愕の表情に変わった。
あ、あれ? どうしたんだろ?
「やはり、玉も感じるか」
「……当たり前や。この気配は間違いない。いいや、間違えるはずあらへん……これは、ミリエリア様の気配……あんたは一体……」
まるで、信じられないものを見た、と言わんばかりの玉さん。
えっとこれは……自己紹介を求められてる、のかな?
「あー、えっと、初めまして。一応、セルマさんとフィルメリアさんと契約してます、男女依桜と言います」
「おっと、ウチとしたことが、先に自分の名前を言うてへんかったなぁ。さっきから、セルマとフィルがウチのことを玉と呼ぶが……ウチの名前は天姫という。よろしゅうなぁ」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「依桜はんやな。それで、そっちのお嬢はんは?」
「初めまして、私は宮崎美羽って言います」
「美羽はんやな。覚えたぞ」
「ありがとうございます。……あの、一つ訊いてもいいですか?」
「なんや? 美羽はん」
「えっと、セルマさんとフィルメリアさんが、天姫さんのことを『玉』って呼んでますけど、それって何なんでしょうか?」
美羽さんナイスです!
ボクもそれは気になってるんです。
玉が何のことを言ってるのか。
「かかっ。そうやなぁ。法と魔。十中八九、法の世界から来たんやろうけど……今は伝承として残ってる思うんやけど……まあ、ええわ。さっき言うた『天姫』ちゅう名前はやな、ウチが本来の名前が気に食わへんから付けたもんなんや。本当の名前は……玉藻の前と言う。もっとわかりやすう言うたら……あれや。九尾の狐や」
「「……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」」
天姫さんの口から飛び出た名前に、ボクと美羽さんはそろって驚愕の声を上げるのでした。
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