第508話 妖魔界にて

「ま、マジですかー……」

「「マジです(なのだ)」」


 師匠が予想した通りの展開になってしまい、ボクは思わず頭を抱えて蹲ってしまった。


 うぅ、楽しい修学旅行のはずが、どうしてこんなことに……。


 師匠に気をつけろ、って言われたばかりなのになぁ。


 これって、ボク何かに呪われてるのかな……。


「あのー、ここがえと『妖魔界』? というのはわかったんですけど、どうしてお二人がこっちに来てるんですか?」

「ただ単に、主が別の世界に行きそうになってたので、安全を確保するために飛んできたのだ。こっちの天使も、十中八九同じ理由だろ」

「そうですねぇ。私の天界と、そちらの悪魔の『魔界』であれば、こうして同時に顕現することもなかったのですがぁ……さすがに、そうではない世界であるのならば、そうも言っていられませんからねぇ。本当なら、強力もしたくないのですがぁ」

「それはこっちのセリフなのだ」


 ……うわー、すでに仲が悪そーう……。


 出てきてくれたのは素直に嬉しいんだけど、なんでこう……仲良くできなさそうなんだろう、この二人。


「あの、フィルメリアさんに、セルマさん。できることなら喧嘩はしないでね?」

「わかっていますよぉ」

「わかってるのだ。今は、この世界から脱出することが優先なのだ」


 よかった。ちゃんと理解してるみたい。


 あとは、事あるごとに喧嘩しなければ、もっといいかな。


「それで、依桜ちゃん。これからどうするの?」

「うーん、そうですね……。セルマさんが言うように、まずはこの世界からの脱出を考えないといけないですね。ただ、妖魔界はボクも初というか、そもそも存在を知ったのはつい最近なので……」

「そうなんだね。となると……この世界の住人と会うのが一番なのかな?」

「あー……そこのところって、どうなの? 二人とも」


 この世界の知識と言えば、必要悪な存在が住んでいること、それから気の良い人ばかりであること、らしいけど……。


 ただ、それくらいしかわからないので、二人に尋ねてみる。


「そうですねぇ……。ミオ様から聞いているかと思いますが、この世界に存在するのは、所謂妖怪や妖魔、都市伝説の類です。あとは、UMAなんかも含まれます」

「え、UMAいるの!?」

「いるのだ。たしか、ネス湖のネッシーもいるし、ビッグフットもいるのだ」

「ちなみに、鬼もいますねぇ」

「お、鬼……。それって、危なくないの?」

「大丈夫なのだ。鬼は基本、豪快で、細かいことは気にしない連中ばかりだからな! 強いて言えば酒が大好きってところなのだ」

「あー、そうですねぇ。案外、お酒があると仲良くなれるかもしれませんねぇ」

「な、なるほど……」


 つまり、師匠みたいな存在、と。


「……それにしても、まさか主だけじゃなく、普通の人間も一緒に来るとは……。その辺りは本当に誤算なのだ」

「なんだかその……ごめんなさい」

「いやいや、謝る必要はないのだ。そもそも、主の巻き込まれ体質に巻き込まれただけで、決して悪くないのだ」

「うぐっ……も、申し訳ないです……」

「あ、ううん、気にしないで! これもまた、旅行だと思えば楽しいと思うから!」


 笑顔を浮かべながら、そう言ってくれる美羽さん。


「美羽さん……」


 どうしよう、美羽さんが優しすぎて泣きそうなんですけど……。


 本当に、ボクの過去も受け入れてくれてるし、何よりこういった特殊で異常な状況に巻き込まれても、こういう風に前向きになってくれるのは、すごく嬉しい。


 ボクって、本当に人に恵まれてる気がするよ……。


「ともあれ、まずは人……というより、住人を探した方がよさそうですねぇ」

「そうだね。とりあえず、この辺りに気配は…………」

「どう? 依桜ちゃん」

「……だめですね。少なくとも、数キロ圏内には気配がないです。多分ですけど、ここは妖魔界の中でも、外れに位置してるのかも……」

「まあ、妖魔界自体、住人が多いかと言われればそうでもないのだ」

「そうなの?」

「うむ。住人の数で言えば……一番多いのは、天界、次に魔界、その次が精霊、次が妖精、最後が妖魔となっているのだ」

「なるほど……」


 なんだか、一番多い……とまではいかなくても、それでも多い方だと思ってたんだけど、案外そうでもないんだね。


 天使が多いのって、やっぱり神様が創ったから、なのかな?


 ……ブラックなお仕事的な意味で。


「もっとも、それ故に、個々の力が強いのですけどねぇ」

「そうなんですか?」

「うむ。異界に住む者たちというのは、人間からの信仰・もしくは認知度によって力が増すのだ」

「それって、広く認知されればされるほど、力が強くなる、ってことだよね?」


 昨日、師匠が似たようなことを話してたけど。


「その通りですよぉ。異界にいる我々は、基本的にあちらの世界両方を支える存在なのですぅ。つまり、広く知られれば知られるほど、我々の力は増し、干渉しやすくなるんですねぇ」

「なるほど……。じゃあ、どうして、それが妖魔界の人の力が強くなるって言えるの?」

「んー……簡単に言えば、人数が少ないが故に、認知度から個々に得られる力の量が増えるという事なのだ」

「あ、そういう……。そうなると、天使や悪魔の人たちが、そう簡単に法の世界に降りられないのは、住む人が多すぎて分散しちゃってるから、っていうこと?」

「そうですよぉ」

「……師匠の仮説通りだ」

「なぬ。主の師匠は、そんなこと言っていたのか」

「うん。仮説だけどー、って前振りはいれてたけど、普通に言ってたよ?」

「……やはり、恐ろしいのだ」

「……ですねぇ。本当にあの人、なんなんでしょうかぁ」

「それは、ボクも常々思ってます」


 師匠について、軽くドン引きしている二人。


 超常の存在の長二人に引かれる師匠って一体……。


「えーっと、依桜ちゃん。一つ、疑問があるんだけど、いいかな?」

「え、あ、はい。なんかすみません、置いてけぼりで……」

「気にしないでいいよ。私はこういうことに関して門外漢だから。……それで、疑問なんだけど、依桜ちゃんってお化けが苦手だよね?」

「え? あ、はい。そうですね。どうにも幽霊とかは駄目で……」

「それなら、妖怪は平気なの? 例えば、鬼火とか」

「…………あー、ど、どうなんでしょう? 一応、今は撃退する方法はありますけど……個人的に、物理的に触れないのが苦手と言いますか……」


 昔から、幽霊系等がダメ。


 異世界に行っても、それらは克服されることはなかった。


 理由は、物理的に触れないから。


 でも、鬼火の場合って……。


「えと、どうなの? 鬼火って」

「触れるぞ」

「触れるの!?」

「うむ」


 驚きの事実。


 なんと、鬼火、触れるそうです。


 あれ、ほとんど火だと思うんだけど……え、触れるの?


「あれって、実は炎を物質化させているのだ。だから、触ることができるのだ」

「ちなみに、触ると熱いの?」

「そうですねぇ。もとは炎なので、熱いですよぉ」

「そ、そうなんだ」


 なんだろう、この世界って日本のコンビニなんかでよく売られてる、妖怪に関する雑誌とか本に書かれている内容と全然違いすぎる、よね?


 やっぱり、伝承と実物は違うってことなのかな?


「にしても……この世界、こんなに騒がしかったか?」

「不本意ですが、それに関しては同意ですねぇ。もう少し、大人しい世界だったと記憶しているのですがぁ……」

「あの、騒がしいってどういうことですか? 私には、静かな森の中にしか感じないんですけど……」


 たしかに、ボクも美羽さんと同じ意見。


 一応、聴力は異世界で鍛えられてるんだけど、騒がしいと感じるほどじゃない。


「あー、そうか。こういった特殊な環境は、二人、特に美羽は知らなかったな。主は何か感じないのか?」

「ボクもほとんど美羽さんと同じ気持ち」

「……そうか。ま、仕方ないのだ。じゃあ軽く説明するが……まず、この世界は妖魔がいる、という事は知っているな?」

「うん」

「はい、一応聞いてます」

「うむうむ。妖魔は基本、気の良い連中で、力比べのようなことはするものの、他の異界に比べれば比較的大人しい部類なのだ。それらは、雰囲気として表れているのだが……今、妖魔界のその空気が妙に騒がしいのだ。まるで、異物がいるかのような感じで」

「異物?」

「はいぃ。その異物がなんなのかはわかりませんが、少なくとも良い影響を与えているわけではないですねぇ」

「それって、この世界が何かの攻撃を受けてるかも、っていうこと?」

「う~ん……まだ何とも言えませんがぁ……可能性はあるかとぉ」

「そっか」


 二人のこの世界に対する反応を見るに、もともとはかなり治安の良い場所みたい。


 そんな場所が、何らかの理由で悪い方向に向かっているかもしれないとなると……ボクたちはともかく、美羽さんがちょっと危ないかも。


「二人は、これからどうするべきだと思う?」

「我は……そうだな。まずは集落を探すべきだと思うのだ。未知の状況ほど、危険な物はないからな」

「同感ですねぇ。普段なら、『や~いビビり~』という風に煽るのですが」

「おい」

「今はそんなことをする余裕はありませんからねぇ。それに、不穏な気配が近くにある気がしますのでぇ」

「不穏な気配……?」


 フィルメリアさんのその発言を聞いて、ボクは『気配感知』を使用し周囲の気配を確認する。


 すると、フィルメリアさんが言うように、何かよくない気配を纏った何かが背後にいることがわかった。


 これは……。


「行きましょう。美羽さんが危ないかもしれません」

「うむ。賛成なのだ」

「わかりましたぁ」

「なんだろう、ものすごい安心感……」


 ボクたちの真剣な様子を見てか、美羽さんがどこか頼もしそうな人を見る目をしていた。


 ……まあ、これでも世界最強の師匠に鍛えられた弟子と、天界、魔界それぞれのトップがいるわけだし、頼もしいのかも。


「依桜ちゃん、それでどっちへ進むの?」

「そうですね……不穏な気配は背後からしてるので、逆方向、前に進みましょう。『気配感知』ギリギリですが、この先に何かいるみたいですから」

「うん、了解だよ」

「依桜様そう言うのなら、従うまでですねぇ」

「主の指示なら、間違いはないと思うのだ」


 いや、それはないと思うよ、セルマさん。


 ……とりあえず、まずはこの世界を知らないと、かな。

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