第507話 デート開始、からの……

 師匠との話を終え、部屋に戻った後、これと言って特に話すことなどはなく、平穏に一日目が終了しました。


 そして、二日目の朝。


 起床時間よりも少し前に起きたボクは、先生に許可を得てから外で軽くランニングをしていました。


 何が起こってもいいように、体は動かしておきたかったので。


 起床時間になる頃にフルマラソンを終えたボクは、軽く汗を拭いてから部屋に戻り、みんなと一緒に朝食へ。


 さすがと言うべきか、朝ご飯はシンプルな和食だったのに、料理一つ一つをとってもかなり美味しかった。


 定番の焼き鮭は、身がふっくらしていて、脂がのっていたし、味噌汁は出汁の風味がよく出ていて、漬物もどうやったらこうなるんだろう? っていうくらいに味の深みがありました。


 これは是非とも、技術を盗みたい……!


 そして、それらの技術でメルたちに美味しいご飯を作ってあげたい。


 ……なんてことを思いながら、朝の時間が終わり、いよいよ自由時間に。


 最初は旅館の前で、軽く注意事項なんかを聞き、それが終われば、行動開始に。


 ボクたちはまず最初に、美羽さんと合流することになっているので、その待ち合わせ場所、稲荷駅へ。


「しっかし、依桜とデートするためだけに、京都まで来るとか……普通にバイタリティーがすげえよな、あの人」

「それだけ、依桜君とデートしたいんだよ、きっと」

「あ、あはは。そう思ってもらえてたら、ボクは嬉しいかな」


 態徒と女委の言葉に、ボクは苦笑いを浮かべながらそう呟く。


 人から好かれるのは嬉しいし、それに、美羽さんはちょっと憧れみたいなものもあるからね。


 最近は、お仕事の方もひと段落して、なかなか接点もなかったし、今回の件は素直に嬉しい。


「それで、デートは今日と明日、どっちでするんだ? 依桜」

「えっと、美羽さんとしては今日がいいって言うから、今日行ってくるつもり。今回はなんとか予定を空けたみたいで、今日と明日はこっちにいるみたいだけど」

「まあ、人気声優だしね。なかなか予定を空けるのが難しいんじゃない?」

「多分ね。……まあ、それを言ったら、エナちゃんもよく予定空けられたね、って話になると思うけど」

「うちも頑張ったよ! まあ、実際はうちというより、マネージャーなんだけどね!」

「へぇ~。やっぱ、大人気アイドルは、修学旅行に行くのも一苦労なんかね?」

「そうだね~。この四日間のためだけに、二ヶ月前くらいからスケジュール調整をしてたから。まあ、その分それ以外のところでちょっとお仕事が増えちゃったけどね! あはは!」

「それ、笑い事じゃないと思うわ、エナ」


 エナちゃんは楽しそうに笑うけど、そこは未果の言う通りだと思う。


 ……でも、エナちゃん自身はアイドルの仕事を本当に楽しそうにやるし、心の底から好きなんだろうなって思える。


 ボクもいつか、そういう仕事に就けるといいなぁ。


「ちなみに依桜、美羽さんはいつ頃着くの?」

「えーっと……多分そろそろ……」


 ボクがそう言ったところで、


「おーい!」


 少し離れたところから美羽さんの声が聞こえてきた。


「あ、来たみたい」


 声が聞こえてきた方に目を向ければ、そこにはベレー帽子に眼鏡を身に着け、ロングデニムシャツに白のTシャツ、ワイドパンツを穿いた美羽さんの姿があった。


「お待たせ! 待たせちゃったかな?」

「いえ、大丈夫ですよ。それにしても……なんだか、大人っぽくて綺麗ですね、美羽さん」

「ふふっ、ありがと。せっかく依桜ちゃんとデートするわけだし、少し気合を入れてみました」


 いたずらっぽく笑いながらそう言われると、なんだか顔が熱くなってきた。


 う、うぅ、ちょっと気恥しい……。


「みんなもこんにちは! 急に一緒に来てごめんね?」

「にゃはは、お気になさらずだぜ、美羽さんや! 大人気声優と一緒に修学旅行できることに対して、マイナスに思ってる人はそうそういませんぜ!」

「……まあ、俺たちの班には、すでに大人気アイドルもいるわけだが」

「それもそうね」

「まあ、依桜も有名人っちゃ有名人だしなー」

「あ、あはは……」


 ボクの場合は意図せずしてそうなったというか……。


 二人のように、自ら進んでその道を進んだ、というわけじゃなくて、いろんなことに巻き込まれて、いろんなことを経験しているうちに、結果としてこうなった、みたいな状況だもん。


 最近は、ちょっとずつ、それを楽しんじゃってるような気もするけど……。


「それで、もう今から別れる感じですか?」


 今日デートをすることになっていることを聞いた晶が、美羽さんにそう尋ねると、美羽さんはこくりと頷く。


「うん、そのつもり。依桜ちゃん、大丈夫?」

「はい。明日はみんなとも一緒に回る感じなんですよね?」

「そのつもり。せっかくだからね。私も学生時代の気分に戻って色々したいかなって」


 なるほど。


 たしかに、学生と一緒にいれば、そういう気分も味わえるのかも。


「わかりました。……それじゃあみんな、ボクと美羽さんはここで一旦分かれるね。自由時間終了の一時間前くらいに戻るよ」

「了解。集合場所は?」

「スマホもあるし、なんだったらあの指輪もあるから、大丈夫。それに、ボクだったら気配を感知して探すことも容易だしね」

「たしかにそうね。……それじゃ、私たちは私たちで楽しむわ。依桜も楽しんできなさいよ」

「うん、ありがとう、未果。それじゃあ、美羽さん、行きましょうか」

「そうだね」


 というわけで、ボクはみんなから一旦離れて、美羽さんとのデートに移った。


 ……それにしても、デートというのは、なんだかむずむずするね。



 みんなと別れ、ボクと美羽さんの二人は京都の街をふらふらとデート。


「京都の街はいいね、依桜ちゃん」

「ですね。和な街並みを見てると、なんだか心が落ち着きますよ」


 なんて、歩きながらそんなことを話すボクたち。


 特にボクなんて、普段はドタバタした日常を送っているからか、こういった場所を歩くだけでも、十分リフレッシュになる。


 もともと、京都みたいな街並みは好きだし、どちらかといえば洋風な建物よりも、和風な建物の方が好みだしね、ボク。


 理由は……異世界で散々洋風な物ばかりを見てきたからです。


「それじゃあ、まずはどこへ行こっか?」

「美羽さんは行きたいところとかはありますか?」

「う~ん……せっかく近くに来てるから、伏見稲荷大社かな? 千本鳥居、見たいから」

「いいですよね、あれ。なんだか神聖な感じがして」


 鳥居は神域への入り口を示すものだから、昔から神聖さを感じてたんだよね。


 でも、神社に行く度に、


『あれ? なんだか懐かしい?』


 なんて思う時もあったっけ。


 未だにその感覚はあるし、どういうわけか神社みたいな場所は昔から好き。


 なんでだろう?


 まあ、理由ははっきりしないけどなんとなく好き、なんてよくあることだよね。


「そうそう。それに、近々修学旅行の話があるアニメのお仕事があってね。しかも、主要メンバーで、尚且伏見稲荷大社に行くことになってるから、現地の空気を肌で感じる意味でね」

「なるほど。本当に、仕事熱心ですよね、美羽さん」


 やっぱり、ちゃんとプロの意識をもってできる人はすごいなぁ。


「ふふっ、これでもプロですから! ……まあ、本当は何度か来たことがあるんだけど、ね」

「そうなんですか? じゃあどうして?」

「ふふふー。それはね……その役を演じる際のシチュエーションが、デートだからなの」

「なるほど……それじゃあ、ボクと一緒に行きたいって言ったのは……」

「あ、ううん? 単純に依桜ちゃんとデートしたいなぁ、って思ったからだよ?」

「ふぇ!?」


 いきなり気恥しいことを言われて、いつもの変な声が出るのと同時に、顔がかぁっ! と熱くなった。


「たしかに、役作りの一環ではあるかもしれないけど、私は純粋に依桜ちゃんとデートしたいと思ったから、そこに行きたいなって!」

「あ、あああああのあのあの、い、いきなりそういうことを言うのは……はぅぅっ……」

「……依桜ちゃんって、本当に可愛いよね」

「ふぇ!? や、やめてくださいぃ~っ!」

「ふふっ、やっぱり依桜ちゃんは依桜ちゃんだね」


 なんて、楽しそうに笑う美羽さん。


 その言葉の意味は分からないけど、うぅ、嬉しいけどなんだか恥ずかしい……。



 そんなことがありつつも、ボクたちは伏見稲荷大社へ。


 やっぱり、有名な観光スポットなだけあって、平日でも人がそれなりにいた。


 ボクと同じ学園の人もちらほらと見受けられた。


 明日になれば、もっと増えそうな気がするなぁ。


「自然が多くて、なんだか心が安らぐね」

「ですね。都会よりも、自然の中の方が落ち着きます」


 異世界での経験が原因ではあるとは思うけど、それでもボクはこういう自然が好き。


 その中でも、その自然の中に神社のような建物があると、もっと好きかな。


 なんて、そう思いながら歩いていると、


「……?」


 不意に、何かの気配を感じた。


 これは……。


「依桜ちゃん? どうかしたの?」

「あ、いえ、今何か、変な気配があったような……」

「それってもしかして……」

「あ、多分違うと思います。向こうというより、また違った何かな気が……」


 美羽さんが言おうとしていることを察して、ボクはそれを否定した。


 確実に異世界関連の物ではないという事が、なんとなくわかるんだけど……それがなんなのかまったくわからない。


 ……まさかとは思うけど、昨日師匠と話したことが現実に起ころうとしてる、とか?


 なんて、さすがにないよね。


「ともあれ、特に害はなさそうなので、先に進みましょっか」

「……うん。依桜ちゃんがそう言うなら、そうしよっか」

「はい。まあ、何かが襲ってきても、絶対に守るので、安心してくださいね」


 にこっ、と笑ってそう言うと、美羽さんは顔を赤くした。


「い、依桜ちゃんって本当に天然さんだよね……」

「え?」

「あ、ううん、気にしないで、こっちの話」

「そう、ですか?」

「うん、そう」


 ボク、天然なの、かな?



 それから、ボクと美羽さんの二人は談笑しつつ、千本鳥居を歩く。


 そして、もうすぐ頂上、というところで違和感に気付いた。


「……あれ? さっきまで人がいたはずなのに、なんだか……気配がない?」

「たしかに、少し前を歩いていた人もいない気がする……」


 そう、どういうわけか、人がいなくなっていた。


 目に映る風景自体はさほど問題がなく、特に何も変わらない伏見稲荷大社。


 でも、なぜか人の気配がない。


 これは一体……。


「……ん? 依桜ちゃん、何か聴こえない?」

「え? …………あ、ほんとだ。何か聴こえる……」


 ふと、美羽さんが耳を澄ませると、何かが聞こえてきたと話し、ボクにもその音が聴こえてきた。


 チリーン……チリーン……。


「これは……鈴の音?」

「みたい、ですね。一体何なん――」


 と、ボクがなんなんでしょうか、と言おうとした次の瞬間、


 びゅぅっ!


 と、突然強い風が吹き、バランスを崩してしまった!


「わ、わわわわわわっ―――!」


 しかも、運が悪いことに後ろは階段だった。


 もちろん、異世界で鍛えたボクだから、これくらいの段差だったらダメージはなく、それどころか今からでも回避は可能だった。


 だけど、


「きゃぁぁぁぁっ!」


 ボクと同じく、突風によって美羽さんも階段から落下。


 このまま回避すれば美羽さんは大怪我……もしくは死んでしまうと理解したボクは、会費をやめて美羽さんを受け止めることに。


 なんとか美羽さんを空中で受け止めることに成功したボクは、地面に着地しようとしたところで……


「え、い、依桜ちゃん、なんだかおかしくない!?」


 美羽さんが慌てたようにそう叫びだした。


 ボクも慌てて周囲を確認したら……ボクたちは、鳥居を潜るようにして落下していた。


「な、何これ!? ど、どうなってるの!?」


 まるで、壁に鳥居が生えたように連続し、下を見れば延々と鳥居が続く。


 そして、ボクたちはいつの間にかその鳥居を落下し続けていた。


 鳥居の外側は緑豊かな自然。


 明らかに異常な現象に巻き込まれているボクたちは、酷く混乱していた。


「い、依桜ちゃん、あれ、あれ!」

「ふぇ……? って、あれは……白い……?」


 美羽さんがボクの背中の先を指さし、ボクもそこを見ると……そこには白い光があふれていた。


 え、何あれ!?


「わわわ! お、落っこちてる! 入っちゃう! 入っちゃうよ!?」

「み、美羽さん、ボクにしがみついてください!」


 何か危険な気がして、慌ててボクは美羽さんに思いっきりしがみつくように指示。


 美羽さんは素直に従ってくれて、ボクに強くしがみついた。


 ボクは美羽さんを抱きしめるようにして、なんとしてでも美羽さんを守ると思ったところで……プツリ、と意識が暗転した。



「――――ちゃん! ―――おちゃん! 依桜ちゃん!」

「はっ! こ、ここは……!?」


 美羽さんのボクを呼ぶ声でボクは目を覚ました。


 慌てて飛び起きたボクは、すぐに状況を把握しようと周囲を見回した。


 ボクの視界に広がっているのは、どこか現実離れした森の中だった。


 見たこともない植物に木々、そして果物。


 空は少し暗く、もうすぐ日が沈みそうな空に似ていた。


 ただ、明らかに周囲を流れる空気は、ボクがよく知っている空気感じゃなくて、全く知らない空気だった。


『気配感知』を使用して周囲を探ってみると、何かの生物の反応があった。


 だけど……


「人の気配じゃ、ない……?」


 明らかに人ならざる者の気配を感じた。


 ここは一体……。


 そう、ボクが思った時だった。


「……まさか、こうなってしまうとはぁ」

「だな。こればかりは、我もびっくりなのだ」


 ボクの両手が光ったと思ったら、いきなりフィルメリアさんとセルマさんの二人が現れた!


「あ、フィルメリアさんにセルマさん! どうしてここに?」


 突然現れた二人に、美羽さんは一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐに疑問に満ちた顔に。


 けど、ボクはそれよりも気になることが。


「フィルメリアさん、今、こうなってしまうとはって言ってましたけど、ここがどこか知ってるんですか?」


 そう。それは、出てきた直後に言ったセリフだった。


 まさか、こうなってしまうとは、というセリフから察するに、ここの世界がどこか知っているのでは? と。


 セルマさんも似たような反応だから、多分こっちも知ってるのかも……。


 そんなボクの予想は、どうやら当たったらしく、フィルメリアさんは困ったような表情を浮かべなら、こう告げた。


「……はいぃ。ここは、五つある異界の一つ……『妖魔界』ですぅ」


 と。

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