第506話 ミオの予想

 京都にたどり着いたボクたちは、点呼を取ってからすぐに宿泊場所の旅館へ移動。


 林間・臨海学校に泊まった場所以上に、かなり大きな旅館で、なんでも二百年以上前から経営してる旅館だとか。


 普通に泊まろうとしたら結構する上に、予約が取りにくいことでも有名らしいんだけど、そんなところを貸し切りにできる学園長先生って一体……。


 ともあれ、新幹線での騒ぎがあり、あれせいで少なくない人数の生徒が謎の体調不良になったみたいで、一日目の日程は大幅に変更することに。


 一日目はもともと、旅館近辺の自由行動がほとんどだったんだけど、外の自由行動をなくして、その代わり旅館内での自由行動となることに。


 幸いにも、旅館には娯楽施設があり、そこで遊んでもいいとのこと。


 先生から許可を得れば、温泉に入ってもいいみたいで、温泉に入りに行く女の子がかなりいました。


 ちなみに、ボクは入りません。


 夜だけでいいです……。


 と、そんなことは置いておいて、ボクはといえば、指定の部屋から出て師匠のところへ。


 先に人払いを済ませておくと言ってたので、多分大丈夫なはず。


 ボクは師匠の部屋に来るなり、コンコン、と部屋をノック。


『依桜だな。入っていいぞ』

「失礼します」


 師匠の許可を得てから、師匠がいる部屋の中に入る。


「来たな。まあ、座れ」


 いつの間にか浴衣に着替えていた師匠が、座布団を魔法で動かしながら正面に設置。


 ボクは用意された座布団に座る。


 ……なんだろう、師匠の浴衣姿、なんというか……すごく似合う。


「さて、とりあえずお前を呼び出した理由だが……例の新幹線でのことだ」

「はい。それで、あれは一体何だったんですか? あんなに大きな揺れ、普通じゃないですよね? 何より、師匠がボクに結界や再生を使わせたくらいですし……」


 しかも、再生に関しては練習しかしてなくて、ぶっつけ本番だったけど。


「そりゃ、こっちの世界の物理法則的にあり得ないことが起こってたしな」

「じゃあ、一体何が? さすがに、悪魔の人たちってことはないでしょうし……」


 悪魔の人たちに関しては、ボクが実質的なトップだし、ちゃんと人を襲わないように言い聞かせてあるから問題ないわけで。


 天使の人達に関しては言わずもがな。


「もしかして、空間歪曲が原因で向こうから魔物が来てた、とか?」

「近からずとも遠からずだな。正直、異世界から何かが来た、って線はあってるだろうな」

「やっぱり魔物が?」

「いや、あの気配は魔物じゃなかった。根本的に違う存在だ」

「違う存在、ですか?」


 悪魔でも、天使でも、魔物でもないとなると……なんだろう?


 ……そういえば。


「師匠、たしか異界って、天界、魔界の他に、精霊界、妖精界、妖魔界がありましたよね? 今回現れたのってもしかして……」

「鋭いな。さすが愛弟子。今お前が言ったように、今回のきっかけは、天界と魔界を除いた三つの世界のどれかの存在によるものだ」


 やっぱり。


 でも、そうなってくるとどこの世界が問題を引き起こしたのか、ということになるわけだけど……。


「師匠はどこが怪しいかわかってるんですか?」

「いや、残念ながら皆目見当もつかん。あたしは残った三種族に関してはあまり知らないんでな。強いて言や……妖精か妖魔のどっちかだろうな」

「どうしてですか?」

「お前、学園際準備期間の間で、各世界の軽い説明を受けたよな?」

「はい」

「その説明が事実だったとして、精霊は確実に白ということになる」

「……あ、そういえば精霊は自然と密接な関係でしたっけ」

「あぁ。そして、今回の揺れ。あれは、地震によるものではなかった。あれは、新幹線事態に干渉し、揺れるようにしていたものだったな」

「なるほど、だから白なんですね」

「そういうことだ。で、問題は妖精か、妖魔。どちらが今回の事件にかかわっているか、だが……まあ、この辺りはもしかすると、すぐにわかるかもしれないがな」

「え、どうしてですか?」


 どういうわけか、すぐにわかるかも、と言った師匠にボクがそう尋ねると、


「……まあ、少なからずお前が巻き込まれてるからな」


 頭が痛そうにしながら、そう言ってきた。


 ……なんだろう、その表情とセリフで、なんとなーく理解しちゃったのが辛い……。


「とはいえ、お前のことだ。どうせ巻き込まれても、変なのを従えた上に、パワーアップして戻ってくるだろうしな、問題ないか」

「問題ありますよ!?」

「何もないだろ? どうせお前、仮にどっちかの世界に行ったとしても、絶対にそいつらを手下にするだろうしな」

「うぐっ……」


 前例があるだけに、ぐうの音も出ない……。


「でも師匠、今回は異世界じゃないですし、多分異界に行くことはないと思うんですけど……」


 だって、こっちの世界は魔力が少ないわけだし……。


 ちょっと前に、フィルメリアさんとセルマさんに訊いたら、こっちよりも向こうの世界の方が降りやすいって言ってたし……。


 その理由だって、魔力が多いからっていうものだったから、魔力が少ないこっちの世界だと、難しいんじゃ?


 なんて、そんな思いでボクが話すと、


「お前はなんでそう、ポンポンポンポンフラグを建てるのかねぇ……?」


 師匠はものすごく呆れてました。


「師匠……?」

「はぁ……。まあいい。とりあえず、よく聞け、イオ」

「あ、は、はい」

「こっちの世界はたしかに、魔力が乏しいかもしれない。だがな、それが必ずしも異界に繋がらないとは限らないんだよ」

「えっと、どういうことですか?」

「いいか? 異界ってのは、結局のところ、法の世界と魔の世界両方を支えるようにしてる場所だ。天使と悪魔みたいなやつらは、魔力が少ないと降りにくいのかもしれんがな、ほかの三種族の世界はそうとも限らないだろ? 事実、妖精や精霊、妖魔の類は世界各地で伝承として残ってる。……ま、この辺りは天使と悪魔にも言えることだが、あいつらは少し例外みたいなもんだ」

「た、たしかに……」


 ヨーロッパの国々だと、妖精や精霊の伝承は多かった気がするし、日本だって似たような存在の話も多い。


 仮にもし、それが本当の話だったとしたら、ほかの種族はこっちに来ることがそう難しくない、のかな?


「あぁ、今お前が思ったことで合ってる」

「師匠、ナチュラルに思考を覗かないでください」


 なんでこの人、しれっと心を読むんだろう……?


「いいんだよ。……で、話を戻して、だ。妖精やら精霊なんてのは、ある意味では人間と近い位置にいたと考えていいだろう。あれだ。何らかの儀式では、神ではなく、その使いとして目されていた精霊や妖精なんかがそうだし、日本で言えば、妖怪なんてのがピッタリかもな。それらのことを考えてみても、天使と悪魔とは違い、かなり密接な存在だったと言える」

「なるほど……」


 言われてみればそうかも。


 八百万の神っていうのも、ある意味そういうのに近いかもしれないし、似たような考え方をした部族の人たちがいても不思議じゃないわけで。


「……でも、そうなるとどうして天使と悪魔はこっちの世界だと降りにくいんですか?」


 魔力が少ないから、というのはそうなのかもしれないけど、何かこう、別の理由もあるような気がしてならない。


「それは知らんが……おそらく、どれだけ広く認知されているかが重要なんじゃないか?」

「認知?」

「ああ。たしかに、天使と悪魔は有名だ。だが、天使と悪魔の名前をどれくらい知ってるか、と聞かれて、お前はどれくらい答えられる?」

「そう、ですね……天使だとやっぱり、ミカエルとか、ウリエル、あとはメタトロンでしょうか?」

「悪魔は?」

「悪魔は……メフィストフェレス、アスモデウス、ベルゼブブ、とかでしょうか?」

「そうだな。だが、お前が今上げたのは、ある意味有名どころばかりだ。ほかの存在を知ってるか、と訊かれても答えられないだろう?」

「は、はい」


 たしかに師匠が指摘したように、ボクにはそこまで天使や悪魔の知識はない。


 知ってる存在と言えば、今挙げたような有名どころばかり。


「こっちの世界には、たしかに聖書のような存在があるにはある。だが、あれを好き好んで読む奴は、それに関連する宗教の信者がほとんどだろう。そうじゃない奴は、一生読まないで終えるのが普通だ。悪魔だって、存在が記された書物を見ない限り、まず知ることはない。日本のように、その存在を二次元のキャラとして出す事例があるにはあるが、結局、それを見なければ認知したことにはならない」

「なるほど……。つまり、一部の人たちから有名だったとしても、全体的に見て広く認知されていなかったら、それは認知されていないのと同じ、ということですか?」

「極論に近いが、まあそんなところだな。……で、ここからが本題だ」

「あ、はい」

「お前自身よく理解しているように、今回の件に天使と悪魔は絶対に関わっていない。その場合、考えられるのは、さっき言ったように精霊を除いた二種。『妖精』と『妖魔』だ。万が一、お前が異界に行くかもしれない、というのであれば……まあ、妖魔の方が可能性は高いな」

「どうしてですか?」


 それだったら、妖精でも不思議じゃないような……。


「まあ、妖魔ってのは、言っちまえば妖怪やら都市伝説の存在を指すからな」

「えっと、河童とか、スレンダーマンとかですか?」

「あぁ。正直、現代の身近な超常的存在っていうのは、大多数がそういう存在だ。だからまあ、妖怪やら都市伝説の類が多く存在しているだろう。伝承通りの存在であれば、ヤバい存在がかなりいるが……まあ、お前なら大丈夫だろ」


 えぇ……。


「師匠、あの、なんでそんなに楽観的なんですか……?」


 自分の弟子だから、切り抜けられて当然!


 とか、絶対思ってそうだよね、この人。


 ボク、師匠より弱いのに……。


「いや、ついさっきも同じことを言ったが、お前の場合、強かろうが弱かろうが、結局その種族を味方につけそうでなぁ。十中八九、そいつらの王になると見た」

「……」


 否定したいけど、今までの経歴を考えると、ぜんっぜん! 否定できない……。


「で、でも、まだ行くと決まったわけじゃないですし、大丈夫ですよ! 多分!」

「お前のその自信はどこから来るんだかねぇ……」


 あれ、なんかすごく呆れられてる。


「……ま、最悪の場合を想定して、異界に行って見方をつける、っていうのは悪くないことだろうがな」

「? どういう意味ですか?」

「あー、いや。なんでもない。ともかく、だ。お前の場合はマジでシャレにならない事態が頻発する。明日からの自由時間は、色々と気をつけろよ?」

「はい」


 たしかに師匠の言う通り、気を付けるに越したことはないよね。


 いつも油断からこうなるわけだし。


 多分大丈夫……のはず。


「おし。そんじゃ、自分の所に戻りな。あたしは少し、京都内を見て回ってくるよ」

「師匠、それずるくないですか?」

「なんだ? だったらお前も『分身体』を出して、こっそり行ってくればいいだろ」

「さすがにそれはずるですよ。それに、ボクはみんなと回りたいですしね」

「なら言うなよ」

「いえ、この場合ボク自身というよりも、ほかの生徒の人たちに対してずるいなぁ、と思っただけなんですけど……」

「知らん」


 相変わらず酷いなぁ……。


「それに、あたしもなんだかんだで色々やることがあるんだよ。ほれ、さっさと戻った戻った」

「わ、わかりましたよ……。それじゃあ、失礼しますね、師匠」

「あぁ。楽しめよー」


 ひらひらと手を振りながら、そう言う師匠を見てから、ボクは未果たちのいる部屋に戻っていった。

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