第512話 現世の方では

 依桜たちの滞在が決まったその頃、現実の京都では。


「…………ふむ。ここには何もなし、か。だが、向こうの神社に、妙な反応があるな……」


 とある女性……というか、依桜の理不尽師匠こと、ミオが京都内を散策していた。


 その様子は、一見すると観光をしているようにしか見えないが、ミオがしているのはとあることに関する調査である。


 そして今、ミオは不可解な反応を感知し、そこへ向かう。


「………………これは」


 ミオが向かったのは、伏見稲荷大社にある千本鳥居だ。


 時間帯としては、観光客がそれなりに増える時間。


 周囲には千本鳥居を見に来た外国人観光客や、叡董学園の生徒がちらほらと見かける。


 一見何もないように見えるが、ミオは千本鳥居のある個所を見て、眉を潜めていた。


 というのも、そこには得体の知れない存在の痕跡が残っていたからだ。


 その上。


「この反応は……チッ。あいつ、本当に巻き込まれやがった」


 そこには、間違いなく依桜の反応もあったため、ミオは呆れの声を漏らした。


 ある程度の予想をしていたとはいえ、この様である。


「ったく……で、行き先はどこなんかね? 正直、異界に関してはマジで知識不足だからな……。その内、天使長辺りを捕まえて、説明させるか」


 ミオはその場に残った痕跡を見るのを止めると、やれやれと肩をすくめながら立ち上がる。


「……とりあえず、この件はエイコに話しとくかね」


 そう言って、ミオは認識阻害をした後、エイコのいる場所へと転移していった。



 依桜たちと別れ、のんびりと京都観光をしている未果たちは現在、昼食を取り終え、天龍寺の北門の先にある竹林を歩いていた。


「しっかし、依桜と美羽さんは今頃デートかー」

「なに羨ましそうにしてるのよ。あんただって、彼女ができたじゃない」

「いや、そりゃそうなんだけどさ、やっぱクラスが違うのが残念でさ」

「仕方ないさ。そもそも、七矢がいることに気付いたのだって、つい最近だしな。まさか、同じ学園にいるとは思わなかったが」

「普通、入試の時に会っても不思議じゃないのにねぇ」

「態徒君に会うのが恥ずかしくて、隠れてたとかじゃいかな?」

「「「「多分そう」」」」


 話題は、この場にいない変態こと態徒の彼女、七矢鈴音に関することだった。


 恵菜を除いた四人は、中学時代からの付き合いであったものの、最近まで同じ学園にいたことを知らず、入試の際に会っていても不思議じゃないと思っていたが、恵菜の発言で納得した。


 鈴音は恥ずかしがり屋であるため、昔は態徒相手に隠れることもあったためだ。


「あーあ……ここに鈴音もいりゃなぁ……」

「文句言わない。……それに、旅館内では会えるんだから。まだまだ人生はあるのよ? それに……あんたが彼女にした人の家、ヤクザなんだからどうあがいても一緒の付き合いよ」

「……そうだったなぁ。しかもその組、依桜の下に付いたんだろ? ってことは俺、もしかして将来、依桜の配下ってことになるんかね?」

「いやー、依桜君はそういうこと考えないし、形式だけじゃないかにゃー?」

「それもそうか。いやー、依桜たちは今、楽しんでるんかねぇ?」


 と、何気なく態徒が呟いた時だった。


 不意に、未果のスマホが鳴る。


「ん? 電話。誰かしら?」


 未果が電話に出るという事で、一行は一度端に寄る。


「もしもし……あ、学園長ですか? はい、はい………えぇぇぇぇぇ」


 どうやら電話をかけてきたのは学園長だとわかり、未果は一瞬何の用かと疑問顔だった。


 それは他のメンバーも同じで、修学旅行中に電話をかける事態はあるのか? と疑問符を浮かべた。


 しかし、未果は電話の内容を聞いて、呆れたようなうんざりしたような声を漏らし、顔はしかめっ面を浮かべていた。


 その様子を見るだけで、他のメンバーもなんとなーく察しは付いた、


「……わかりました。すぐにそちらに向かいます。……予定変更。今から旅館に戻るわよ」

「未果、今の電話はまさかとは思うが……」

「……多分、みんな予想してる人物が正解よ」

「「「「あ、ハイ」」」」

「まったく……。一旦話を聞くことになったから、申し訳ないけど、旅館に戻るわよ」

「「「「了解」」」」


 そういうことになった。



 学園長によって呼び出された未果たちは、急いで旅館に戻る――なんてことはなく、割とのんびり戻ってきた。


 旅館に入るなり、連絡係の教師たちに、


「まだ自由時間が終わるには早いが、どうした?」


 と不思議そうに尋ねられたが、未果たちは、


「いつものです」


 と答えるだけで納得された。


 ちなみに、この時質問し、納得したのは、戸隠胡桃である。


 二年も依桜の担任をしていることから、依桜が突拍子のない事態に巻き込まれても、『まあ、あいつだからなぁ』で済ませてしまうほどになっている。


 尚、他の教師は疑問符を浮かべていたが、未果たちは気にしなかった。


 とりあえず、事情を聴くのが先だと決めて、学園長が待つ部屋へ向かう。


「失礼します」


 未果が代表して声をかけ、中へ入る。


「突然呼び出してごめんなさいね。一応、話しておこうと思って」

「いえいえ、気にしないでください。……それで、また、ですか?」


 未果がスッと目を細め、どこかめんどくさそうな声音でそう尋ねる。


 その質問を受けた叡子は、眉を寄せて、


「……また、なのよ」


 その発言に、全員が顔をしかめた。


「……それで、今回はどんな感じですか?」

「ミオからの連絡だと、どうやら別の世界に行ってしまったらしくて……しかもそれ、異界らしいのよねぇ……」

「「「「「またかー……」」」」」


 全員、ものすご~~~~く! 呆れた。


 さすがの依桜でも、連続して問題は……と思っていた(思おうとしていた)未果たちは、またしても何らかの事件に巻き込まれた依桜に対し、心配することなく、むしろ呆れていた。


 当然と言えば当然である。


 初めて依桜が異世界へと転移したのは、こちらの世界換算で、ほんの数秒程度。


 その後、再び異世界へと赴いた時は一日で帰ってきたため、さほど心配するような事態にはならなかった。


 唯一心配したのは、依桜がある日突然並行世界に行った時だろう。


 その後も、依桜は何かと巻き込まれたが、回数を重ねるごとに思った。


『もう、いつものことじゃね?』


 と。


 恵菜との付き合い自体はまだ短いものの、その恵菜ですら依桜の突拍子のないことに巻き込まれる状況を何度も見たため、『あ、うん。いつものだね!』と笑って流すくらいにはできるようになっている。


 その結果、依桜はもう心配されなくなっていた。


「学園長先生。美羽さんはどうなったんですか?」


 ここで、依桜よりも先に、美羽の安否を確認する晶。


「あー、それが、ね……ミオ曰く『依桜と一緒に、美羽の痕跡もあった。多分一緒にいる』だそうで……まあ、あれよ。事件に巻き込まれた依桜君に、美羽さんが巻き込まれたわ」

「……依桜君、いつか何かやらかすんじゃないかなー、とは思ってたけど、まさか一般人を巻き込んで転移しちゃうとは……さすが、特級フラグ建築士!」

「依桜だけならともかく、美羽さんが巻き込まれたのは笑い事じゃ……いや、あの人、割とその場のノリを楽しむタイプだったような……ということは『異界に来ちゃったけど……異界でデートなんて、滅多にできない経験だと思うし、これはこれでありかも!』とか言ってそうね……」

「「「「「あり得る」」」」」


 会う機会はさほど多くないものの、なんだかんだで都合が付けば遊びに行く仲である美羽の性格は、全員に理解されていた。


 大人なお姉さんのよう見えて、実はちょっと子供っぽかったりするのである。


 なお、依桜の前ではあまりその姿は見せていなかったりする。


 好きな人の前では良い格好したいのだ。


「それで、依桜たちはいつ帰るかわかりますか?」

「ミオがその辺りを調査中だけど、まだわからないわ。でもまあ……幸い、依桜君にはいつでも呼び出し可能な最強種が二人いるわけでしょ? だから問題ないんじゃないかって。ほら、あの人たちって自分でゲートを開いて異界とこの世界を行き来できる、みたいなこと言ってたし」

「あぁ、たしかに。じゃあ、案外早く帰ってくるかもしれませんね」

「そういうこと。とりあえず、依桜君と美羽さんが行方不明になった、ということは理解しておいて。こっちも一応、調査はするつもり。他の教職員、生徒は……まあ、二年三組と昨年度依桜君と同じクラスだった生徒なら問題ないかしらね。問題は、それ以外の生とと職員、か……」

「確実に、暴動が起きると思います!」

「そうよねぇぇぇ……」


 元気いっぱいに答える恵菜の発言に、叡子は頭を抱えた。


 昨年の学園祭にて、依桜は一躍有名人且つ人気者になった。


 その時の依桜ですら、風邪を引いて休んだだけで大騒ぎだった。


 しかし、今の依桜は前とは違い、最早崇拝されるレベルにまでなってしまったのだ。


 生徒会長になったことも、一つの要因かもしれない。


「まあ……なるようになりますって、絶対」

「……ま、それもそうね! さて、読んで悪かったわね。せっかくだから、これ上げるわ」


 そう言って、叡子は人数分のチケットのようなものを手渡してきた。


「学園長、これは?」

「それは、この辺りにあるとある甘味処で使えるチケットよ。ちなみに、そこは一見さんお断りの場所で、そのチケットを使えば、そこで甘味が食べ放題になるわ。まあ、知る人ぞ知る名店だし、そのチケットはまず入手不可能レベルのものだから、堪能してきて」

「……あの、さすがにそれをもらうのは……」


 いきなり手渡されたチケットが、とんでもないものだと知り、未果たちは受け取るのを拒否しようとした。


「気にしないで。だって、ただでさえ昨日一日ろくに外を歩けなかったし、しかも修学旅行中に呼び出しちゃったんだから、これくらいは学園長としてやらせて」

「いやでもこれ、学園長がやることと逸脱してね……?」


 思わず素の言葉が出てしまうほどのものを受け取った態徒のセリフは、その場にいた未果たち全員の心を表していた。


 実は叡子が取り出したチケットは、マジで入手不可能レベルの代物なのだ。


 一枚手に入れるだけでも無理難題だというのに、それを人数分。


 しかも、この場にいない依桜と美羽の分まであるのだから笑えない。


 噂としてだが、このチケットを入手するために、とある国の王族がものすごい大金を積んだが、それでも手に入ることはなかった、というものがあったりする。


 他にも、一枚オークションで出せば、一瞬で億を超える金額になるとも。


 入るだけならば、紹介者経由で可能だ。


 しかし、チケットを手に入れるとなると、そう上手くいかない。


 例えるならば、昨日までただの村人だった少年が、運よくドラゴンを倒した、くらいのレベルである。


 まあ、それくらい途方もない幸運をもってして、ようやく手に入る代物、ということだ。


 そんな事情を知らない未果たちは、叡子が話した部分の価値だけでも、明らかに一介の高校生が手に入れられるものではないと悟った。


 そして、それをポン、と手渡す叡子に驚愕した。


 まあ、叡子とはこんなもんである。


「さて、私はこれから会議があるから、失礼するわね。依桜君たちがちょっとあれだけど、楽しんでね、修学旅行」

「「「「「はい」」」」」

「じゃあね」


 そう言い残し、叡子は去って行った。


 会議、と言ったのになぜか行き止まりしかない廊下の向かったのはなぜか、と一同は疑問に思ったが、考えても無駄だと思うことにし、再び旅館を出た。

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