第513話 王たちの会話

 再び妖魔界。


 こちらでの時刻は、大体夜の九時ほど。


 いきなり別の世界に来たのと、慣れない環境ということで、依桜と美羽は早々に就寝。


 こちらの世界は、基本的に黄昏時のような明るさなので、何かと感覚がバグりそうではあるが、二人は疲れたからと、普通に寝た。


 二人が寝息を立て、しばらくした頃、セルマ、フィルメリア、九尾の狐こと天姫の三人が一室に集まって晩酌をしていた。


「しかしまあ、玉の世界は暗いな」


 と、酒を一口飲んで、セルマが言う。


「かかっ。ここよりも暗い世界に住んでる悪魔に言われたないなぁ。あっちは、年中真っ暗やん?」


 セルマの発言に、玉はからからと笑いながら言い返す。


 まあ、ごもっともである。


「それは、玉さんの言う通りですねぇ。あっちは、暗くてジメジメしてますからねぇ」

「ジメジメしてないわ! むしろ、お前の世界は明るすぎだろ! 睡眠しようにも明るすぎて眠れないだろあれ!」

「…………寝る必要がないとはいえ、私たちに寝る時間があると思いますかぁ?」


 ふふっ、と笑みを浮かべているはずなのに、その笑顔はどこか仄暗い。


「……すまん。マジで、すまん」


 普段言い合う二人だが、こういう時、セルマは素直に謝る。


 というか、心の底から同情する。


「……ま、ウチらは年中仕事やからなぁ。むしろ、一番楽なのは、悪魔ちゃうん?」

「まあ、他の連中に比べれば、我らは楽だな。決して仕事がない、というわけではないが、それでもある程度の余裕はあるしな」

「……ほんと、悪魔に関しては、その辺りは本気で羨ましいですねぇ」

「そうやなぁ。ウチも、最近はせわしなくてなぁ」


 苦笑いを浮かべながら、酒を一口。


 よく見れば、天姫の顔にはどこか疲れのようなものが見えていた。


 それに気づいたセルマが、何気なく尋ねる。


「そう言えば、玉はなぜ寝ていたのだ? 生まれたばかりの末端の存在ならまだしも、王は基本、睡眠や食事は必要ないはずだが」


 セルマの言う通り、異界に住む種族たちにとって、睡眠や食事、性欲などの欲求は満たす必要がなく、睡眠と食事に至っては娯楽の範疇だ。


 生まれたばかりの存在であるならば、存在の安定化のために必要ではある。


 しかし、それ以外の者にとってそれらは基本不要な物。


 にもかかわらず、眠っている姿は、二人のとって不思議な光景に見えたわけだ。


「……ウチの世界に、異物が入りこんでるさかいな。おかげで、ずっと結界の維持をしてるんや。そやさかい、ウチは寝てたわけや」

「なるほどですねぇ。ちなみに、その異物の正体、わかってるんですかぁ?」

「……まったくや。ほんまに、見たこともない存在でな。……いや、似たような存在なら見たことはあるかもしれへんな」

「本当か?」

「あぁ。ただ、確証はないんやけど」

「ほほう。教えてもらえるのか?」

「あぁ、それはやな――」



「――というわけや」

「なるほど……あいつらか」

「本当に、似ていたんですねぇ?」

「……あぁ。似とったで」


 天姫が口に出した存在を聞いた二人は、確認のために訊き返す。


 二人にセリフの中には、そうであってほしくない、という願いがあったのだが、その願いは裏切られる。


「……チッ、どうせ今のクソ共のしわ寄せなんだろ? あれでどれだけ危機を迎えたことか」

「……ですねぇ。そもそも、自分たちで始めたことの後始末すらできない始末ですしねぇ。前回は、あの方が処理しましたしぃ」

「そやなぁ……。ウチも二人には同意や。あれらは、碌なことをしいひん。皺寄せは全て……ウチらに回ってくる。ほんまに、勘弁や」


 三人は、揃って嫌そうな表情を浮かべる。


 セルマは怒りの似た表情を。


 フィルメリアは呆れた表情を。


 天姫は辟易した表情を。


 それは、三人が思うことの表れであった。


「……まぁ、確実にそうと決まったわけと違うさかい、今はその可能性がある、とだけ覚えといたらええ」

「……そうだな。今は今で楽しいことがいっぱいだからな! 悪いことよりも楽しいことなのだ!」


 暗い話は無し! と言わんばかりに、明るいテンションに変えるセルマ。


「はぁ……本当、悪魔は楽観的で、能天気ですねぇ。いえ、この場合はただ頭の中がお花畑、と言えばいいんでしょうかねぇ?」


 そんなセルマを見て、フィルメリアは『やれやれ、残念な人ですねぇ』という言葉が丸見えなくらいの笑みを浮かべる。


「はっはっは! 常に頭の中が信仰で埋め尽くされてる天使は言うことが違うのだ!」

「ふふふ、遊びしか頭にない悪魔さんには言われたくありませんねぇ」

「こっちこそ、食べることしか頭にない天使になんか言われたくないのだ」

「「……ぐぬぬ!」

「はぁ……あんたら、ほんまに変わらへんなぁ。仲がええのか、悪いんか……わからへんわ」

「「良くはない(のだ)(ですぅ)!」」

「……そうか」


 昔と変わらぬ姿に、天姫呆れつつも懐かしさを覚えた。


 と言うのも、ある時を境に、異界の王たちは会わなくなったからだ。


「……そういうたら、ウチ、あんたら二人の契約者、依桜はんについて訊きたいんやけど」

「主の?」

「あぁ。あの時の様子を見る限り、ほんで依桜はんの性格を見る限り、気に入るのんはわかる。そやけど、まだウチは、表面上しか知らん。故に、二人から聞きたいんや」


 天姫は、性格的に正反対な二人が、揃って同じ人物を主と仰ぐ依桜の存在が気になっていた。


 接した瞬間は短くとも、性格の良さが全身から滲み出ていたことと、見ず知らずの自分を手助けする、と言ってきた時点で、天姫の依桜に対する好感度は既に高め。


 故に、依桜という存在が、どんな人物なのか気になったわけだ。


 ……もっとも、依桜自身が亡きミリエリアに似ている、と言うのも気になった要因の一つではあるが。


「そうだな……まず、主は優しい」

「ふむ。それは、先ほどの様子を見たらわかるんやけど……」

「いや、あれはほんの片鱗なのだ」

「ほほう?」


 セルマの返しに、天姫は興味深げに目を細める。


「まあ、これを話すと我……というか、悪魔の失態になるのだが、実は我ら悪魔は、暇つぶしという名目で魔の世界にある、魔族の国を襲ってな」

「……そ、そうか。理由がしょーもないが……続けなはれ」

「で、その際にうちの悪魔が一人主に倒されてな。主がその悪魔を脅し、単身魔界に乗り込んできたのだ」

「…………え? 依桜はん、そんなんしたん?」

「うむ」


 依桜から感じたオーラは、たしかに末端の悪魔……どころか、そこそこ長生きの悪魔でさえ倒せてしまいそうに感じた天姫。


 ところが、セルマの口から飛び出た依桜の行動は、それはもう……驚くに値するものであった。


「人間……それも、法の世界出身の人間が魔界に乗り込むなんて、正気の沙汰とちがう。依桜はん、その……いけるのか?」

「大丈夫……かどうかで言えば、主は少々頭がぶっ飛んでるのだ。……いやー、さすがの我も、あれには驚いたのだ。まさか、直接魔界に乗り込んでくる人間が現れるとは思ってなかったからなぁ……」

「ですねぇ。異界の住人ならともかく、人間がですからねぇ……」

「帰れへんくなるかもしれへんのに、大胆な人やなぁ」

「大胆と言いますかぁ……あれはおそらく、依桜様がトップに立っている国が襲われたことと、依桜様のご友人、そして妹様方に被害が及ぶ、と考えた結果ですねぇ」

「おそらく、ではなく。確実に、なのだ。主は、親しい者が危機にさらされることを極端に嫌い、それが怒ろうものなら、尋常じゃないくらいに怒るからな……我、あの時の主は怖かったのだ……」

「セルマが怖がるとは……かかっ、よっぽどやったんやなぁ」


 その時のことを思い出してか、ぶるり、と震えるセルマを見て天姫は笑った。


 実際のところ、セルマが怖がることは滅多にない。


 強いて言えば……。


「ミリエリア様がおった時くらいか、セルマが怖がったのは」

「それは、悪魔だけでなく、どこかの妖精王もそうでしたけどねぇ」

「どころか、我ら全員、ミリエリア様には頭が上がらなかったからなぁ……」

「そやなぁ。あの頃は楽しかったなぁ……」


 ぽつり、と呟くような言葉で、三人はしんみりとした気持ちになった。


 思い出せば顔は鮮明に思い浮かび、どういった内容の会話をしたのか、ということも細かく思い出せるくらいに、ミリエリアとの思い出がたくさんあった。


 また会いたい、三人……いや、残る二つの異界に住む王たちも同じことを思っている。


 しかし、そう思っても故神は帰ってこない。


 いくら神と言えど、死ねば生き返ることはないのだ。


「……そういうたら、ミリエリア様はそろそろ転生する思うんやけど、そこのとこどうなん?」

「それは、我らも思ってるのだが……どうにも、魔の世界から気配を感じなくてなぁ。死に場所が魔の世界だから、そっちで転生すると思ったんだが、一向に現れる気配がないのだ」

「法の世界にも気配はないんですよねぇ……」

「ふむ……何か理由があるんやろうか?」


 三人は、ある程度神の転生のシステムを知っているため、未だ転生してこないミリエリアに対し、不思議に思った。


「さぁな」

「まあ、神の考えることは、わかりませんからねぇ。その辺りは、ミリエリア様も同じでしたしぃ」

「そやな。あの方は……部類の女好きやったからな。特に、セルマはお気に入りやったよね?」

「ぐっ……い、言うな玉! 我はな、あの女神のせいで、とんでもない目に……くっ、思い出すだけで精神がおかしくなりそうなのだ」

「かかっ。あんたは、ほんまにトラウマになってるんやな。ま、わからんくもないが」


 ミリエリアにされたことを思い出し、ガクブルしているセルマに対し、同情的な視線を向ける天姫。


 よく見ると、天姫も苦笑を浮かべていた。


「唯一被害を逃れたのは確か……あ、精霊王だけでしたねぇ」

「そやな。精霊王だけが唯一、男やったさかい。基本、諫めるポジションやったな」

「……まあ、あいつは魂の在り方が苦労人だからな。仕方ないのだ」

「それを言ったら、精霊王は依桜様と相性が良さそうですねぇ。性格的に」

「あー、たしかに。主も苦労人だしな」

「ほう、依桜はんは苦労人とな?」

「うむ。主は何と言うか……行く先々でトラブルを引っ提げてくるような存在でな。今回の一件も、それが原因なのだ」

「むしろ、トラブルを起こさないことの方が珍しいそうで」

「……あんたら二人が変に言い合うことあらへんちゅうことは、ほんまにそうなんやろうな」


 普段喧嘩する二人だからこそ、その二人がどちらも同じ感想を言い合うことなく言ったため、天姫は信じた。


「……そやけど、契約、なぁ」

「ん? なんだなんだ? 玉も興味があるのか?」

「いいですよ、依桜様はぁ。私たちのことも気にかけてくれますし、何より法の世界で暮らせますからねぇ。楽しいこといっぱいですよ、法の世界はぁ」

「ほんまに?」


 フィルメリアが楽しそうに話すので、天姫はなんとなく興味を持った。


 どこか期待したような様子である。


「うむ。楽しいぞ。娯楽が多いな。特に。ゲーム、マンガ、アニメ、ラノベ、他にも遊園地なる遊び場もある」

「食べ物も美味しいですしねぇ。私は常に、美味しいものを食べるために頑張ってますよぉ」

「ほほう……。そらまた、気になるなぁ。この世界も、ずーっといると退屈やし」


 そう言う天姫は、少し退屈そうな表情を浮かべる。


 まあ、実際の話。


 異界に住む者たちは、常に楽しいことに飢えているのだ。


 いくら欲求は満たさなくても生きられるとは言え、感情がある以上、それはまた別の話。


 面白いことをしようとなると、本当に何もないのだ。


 天界は基本的に仕事三昧。


 魔界は血気盛んな者が多く、戦い以外に娯楽がない。


 妖魔界は暗くもなく明るくもないという微妙な世界且つ、各種族で完結してしまっているため、あまりそれらしい娯楽がない。


 こういった環境であるため、異界に住む者たちは常に娯楽に飢えているのである。


「だろ? それならいっそ、玉も主と契約してはどうだ?」

「ウチもか?」

「それはいいですねぇ。依桜様と契約すれば、今後会いやすくなりますしぃ。悪魔もたまにはいいことを言いますねぇ」

「たまには余計になのだ。……で、どうする? 主ならきっと、了承してくれると思うぞ?」

「ふむ……たしかに、そらええ考えなんやけど……一つ、心配事があってなぁ」


 二人の提案に、かなりの魅力的に感じた天姫だったが、それはそれとして心配事があった。


「心配事?」

「うむ。そもそも、異界の存在との契約は慎重にせなあかん。ウチらはそれこそ強力な存在や。生半可な人間では、体が力を受け入れきれず、爆発四散してまうかもしれへん。そこのところ、理解してるんか? しかも、依桜はんは天使と悪魔の王と契約した。ともなれば、体にかかる負担は相当や。いけんのか?」


 そう、天姫が言ったように、実は契約には相当なリスクがある。


 本来、契約は王自らがすることはまずなく、するのは大体王以外の者。


 個体差はあるものの、それでも人間からすれば絶大な力を得ることができ、もし契約できたならば、一生くいっぱぐれることはなくなる。


 国に仕官するもよし、傭兵として活躍するもよし、そういったものだ。


 しかし、だからこそ、契約者の体はそれに耐え得る状態でなければならない。


 もしも耐えられなかった場合は、天姫が口にしたように、体が爆発四散することになる。


 これは比喩でもなんでもなく、マジだ。


 全然耐えられないほどの脆い体であったならば、跡形もなく消し飛び、中途半端に耐えられる場合は肉片が辺り一帯に飛び散るという、地獄絵図になる。


 王でない存在と契約するだけでこれなのだ。


 当然、王と契約する以上、それ以上の力を持っていなければならない。


 特に、複数契約するという事は、必要な体の強度は二倍になる。


 また一人増えれば三倍だ。


 天姫は、依桜を少なからず気に入っているため、もし死んでしまう可能性があるのであれば、契約はしないつもりだ。


 ところが。


「あー、それか……」

「それ、ですかぁ……」


 二人は苦笑いを浮かべた。


「どないしたん?」


 歯切れが悪そうにする二人を見て、天姫は首をかしげる。


「いやー……主はなぜか、耐えられてなぁ。見る前から、明らかにキャパシティーが高いというか……」

「身体能力自体が高かったのもありますが、神気の量が多く質も高かったことも余計ですねぇ」

「……そういうたら、たしかに異質やったな……。人間であるにも関わらず、なぜあそこまでの神気を持ってるんか。謎やな……」


 口元に手を当てながら呟く天姫。


「それで、二人の見立てとしては、あと何人と契約できる思う?」

「……正直、異界の王五人全員と契約しても、問題ないと思うのだ」

「同じくですぅ」

「……そうか。そやけど、ウチが契約したところで、依桜はんにメリットはあるんか?」


 二人の見立てを聞き、疑問は解消されたといった顔をした。


 しかし、既に王二人を従え、契約している以上、今更自分が契約したところで、メリットはあるのか疑問であった。


 その疑問に対し、二人は、


「大ありじゃね?」

「ですねぇ」


 あると断言した。


「そうか?」

「うむ。我らは基本、何らかの能力に突出しているからな。我であれば攻撃系に。クソ雑魚天使は防御系。攻守揃ってはいるが、それでも不測の事態を考えると、手札もう少しあるに限るのだ」

「……木端悪魔さんの言う通りですねぇ。攻撃、防御が揃っていても、それだけではダメな時もありますぅ。玉さんたちのような、搦め手も必要になりますからねぇ」


 バチバチと二人の間に火花が散るが、天姫が気にする様子はない。


「まあ、そないな意味では、たしかにウチら能力は使えるかもしれへんな」

「そうだろう? だから、どうだ? いっそのこと、玉も契約するというのは」

「そうですよぉ。そうすれば、明日からの行動も楽になりますしぃ。お互い連絡が取れますからねぇ」

「ん~~…………それもそうやな」


 二人に勧められ、うーんと唸っていたが、たしかに連絡手段はあった方がいい、と思った天姫は、二人の勧めを受けることにした。


「そうこなくてはな! よし、明日は早速、契約をするとするのだ!」

「楽しみですねぇ」

「これこれ、まだ依桜はんが受けるとは決まったわけと違うで? 依桜はんと相談して決めなあかんよ」

「あ、そうでしたねぇ。でも、依桜様のことですし、案外すんなり了承すると思いますよぉ」

「せやったらええんやけどな。ウチも、あんたらと会う機会増えたら嬉しいさかいな」

「数百年も会ってなかったしな。その前はかなりの頻度で会ってたし、当然と言えば当然なのだ」

「私も、玉さんとはできる限り会いたいですからねぇ。……まあ、妖精王には会いたくないですけどねぇ」

「「同感(なのだ)(やな)」」


 フィルメリアが心底嫌そうにしながら挙げた名前の存在に、二人は深く頷いた。


 そうして、異界の王たちの話は終わり、三人は一緒の部屋で就寝となった。

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