第514話 妖魔界での朝

「ん~~っ……はぁ、よく寝た」


 翌朝(朝なのかは微妙だけど)、お布団の質が良かったからか、環境が変わったにもかかわらず、なかなかの快眠。


 やっぱり、天姫さんの家だから、いいお布団だったのかな?


「そう言えば、今って何時なんだろう?」


 起き上がって、ふと時間が気になった。


 こっちの世界って、あまり時間での環境の変化がなさそうなんだよね。


 実際、昨日こっちの世界に来た時と同じように、薄暗い感じだし。


「……そもそも、時間の流れって一緒なのかな?」


 一応、法の世界と魔の世界の両方の時間の進み方は同じ(一週間ずれはあるけど)みたいだし……。


 魔界に行った時だって、時間に違いはなかったように思える。


 となると、こっちの世界でも基本的に同じなのかな?


 その辺り、天姫さんに訊いてみようかな。


「ん、んん~…………ふぁあぁぁぁぁ……」


 ボクが時間に関して考えていると、ボクの真横からごそごそという音と共に、美羽さんの大きなあくびが聞こえてきた。


「あ、おはようございます、美羽さん」

「うん、おはよ~、依桜ちゃん」

「よく眠れました?」

「ばっちり。この布団、熱くもなく寒くもない、絶妙な温かさだったから」


 言われてみれば確かに。


「そうですね。ボクも、ぐっすりでしたし」

「見知らぬ土地……というより、世界だったから少し心配だったけど、これならしばらく困らなそう。ご飯も美味しいしね」

「あはは、そうですね。ボクとしても、ここの食事のレシピは是非とも覚えたいところです」

「ふふ、メルちゃんたちのためかな?」

「はい。美味しいものを食べてほしいので」


 ボクとしては、それが最も重要なことなので。



 雑談はほどほどに、ボクたちは一旦着替える。


 ボクは基本、何があってもいいように『アイテムボックス』の中に替えの衣類なんかを入れていたおかげで、困ることはなかった。


 まあ、無くても創れるんだけどね。


 ただ、ボクはよかったんだけど、美羽さんは着替えがなかった。


 当然と言えば当然だけど。


 そもそも、修学旅行に合わせて来て、デート時に着替えを持ち歩くなんて普通しないと思うもん。


 もし持ってたら、ある意味すごいと思います。


 さすがに、昨日着た服(寝る時にも着てました)を着るのは、さすがにあれなので、美羽さんに『アイテムボックス』の中に入ってもらい、身に着けられる衣類を創ってもらいました。


 こういう時、本当に便利。


 しばらくして、美羽さんが新しい服に着替えて出てきました。


 今まで来ていた服に関しては、一旦ボクの『アイテムボックス』の中に入れることで解決。


 持ち歩くのはかさばるからね。


 そして、着替えを終えて準備万端でいると、


『依桜様、美羽様、朝食ができましたので、ご案内に参りました』


 天姫さんの家で働く妖魔の人(女性の鬼)が、案内のために来ました。


「とりあえず、行こっか」

「そうですね」


 何はともあれ、朝ご飯は大事です。



 鬼の人に案内されて、ボクと美羽は昨日食事をした部屋へ。


 そこには既に、セルマさん、フィルメリアさん、天姫さんの三人が座って待っていました。


「お待たせしちゃいましたか?」

「かかっ、そんなんあらへんよ。さ、この後依桜はんには話があるさかい。ちゃっちゃと食べよか」

「あ、はい」


 話って何だろう?


 天姫さんの言葉に疑問を持ちつつも、ボクと美羽さんは朝ご飯を食べた。


 味はかなり良く、高級旅館顔負けの朝ご飯でした。


 材料は多分こっちの世界のものなんだろうけど、それにしたって技術力が高い気が……。


 もしかして、異界の人たちってこういうことが得意なのかな?


 ひと段落したら、教えてもらおうかな。


 そんなことを思いつつ、朝ご飯を食べ終えて食後のお茶を啜る。


 うん。緑茶だね、これ。


 色は黒いけど。


 ……そうなると、緑茶じゃなくて、黒茶かな?


「ずず……はぁ。それで、話って?」


 再び黒茶を啜って、天姫さんがしようとしている話について尋ねる。


 すると、天姫さんはわずかに申し訳なさそうに、それでいてどこか期待したような様子で口を開いた。


「あー、昨日フィルとセルマと話したんやけどな? その……ウチと、契約してほしいんや」

「……え、契約!?」


 まさかのまさか、天姫さんがしたい話と言うのは、契約のことでした。


 け、契約って、あれだよね?


 セルマさんとフィルメリアさんの二人としたあれ。


 ……な、なんで天姫さんも!?


 突然の頼みに、ボクだけでなく、美羽さんも驚いている様子。


 だよね!


「あ、あの、理由を聞いても……?」

「うむ。今回の件。依桜はんに手伝ってもらうことになったやろ?」

「う、うん。その方がボクたちも早く帰れるからね」

「セルマとフィルはともかく、依桜はんとは離れて会話ができひん。一応、セルマとフィルを介して会話はできる。そやけど、それなりに手間もかかる。そこで、ウチとの契約ちゅうわけや」

「な、なる……ほど?」


 目的は離れての会話。


 たしかに、二人を介して話すよりも、直接した方が早くはあるよね……。


「それに、契約しとったら、不測の事態に陥った時に、すぐに助けに行けるさかい。その上、ウチの力も使用できる。どや? 悪ない提案やと思うんやけど……」


 期待と不安が入り混じったような顔で見つめてくる天姫さん。


 その提案に、ボクは悩んでいた。


 ……うーん、契約自体は別に問題ないんだよね。


 でも、昨日の今日でどうしていきなり契約してほしい、なんて言ってきたんだろう?


 …………もしかして、セルマさんとフィルメリアさんが何か入れ知恵でもしたのかな?


 そう思って、二人を見ると、


「「……((ささっ))」」


 二人は目を逸らした。


 ……なるほど。二人が天姫さんに、契約するよう勧めたんだね、これ。


 状況は理解。


 そうなると……。


「え、えっと、天姫さんはボクとの契約を心から望んでる、っていう事でいいの?」

「ん? あぁ、そや」


 嘘をついてるようには見えない……。


 でも、理由は聞かないと。


「理由を尋ねてもいいかな?」

「理由? せやったら、さっき言うた思うんやけど……」

「それは、あくまでこういうメリットがありますよ、っていうことだったよね? ボクが訊きたいのは、天姫さんがボクと契約したい理由だよ」

「……敵わんわぁ」


 ふっと困ったような笑みを浮かべて、手を挙げた。


「まぁ、理由としては……そやな。依桜はんと契約すれば、今後セルマとフィルとほぼ無条件で会える思てな」

「そう言えば、数百年会ってないんだっけ?」

「そや。今まではせわしなくてな。そやさかい、あまり会えへんのや」

「そっか」


 ボクと契約するだけで、天姫さんは二人と会いたい放題になるもんね。


 見た感じ、天姫さんはそれが嫌みたいだし、セルマとフィルメリアさんの二人もそうみたいで、うんうんと頷いてる。


 んー……そうだなぁ。


「えっと……仕事的には大丈夫なの? こう、管理とか」

「問題ない。こう見えて、信頼できる臣下がおるさかいね。今は、異常事態があるが故に動けへんが、解決さえしたらウチがいーひんでも問題あらへんのや」

「あ、そうなんだ。じゃあ、最後に。……ボク、天姫さんたちみたいに強くないし、迷惑をかけちゃうかもしれない。それに、出会ったばかりで信用できるのかなー、なんて……」

「なんや。そんなんが気になったんか?」

「え、あ、うん。一応、天姫さんはこの世界の王みたいだし……ボク、そこまですごい人じゃないから……」

「「「それはない(ね)(のだ)(ですぅ)」」」

「なんで!?」


 ボク、そこまですごくないよね!?


 た、たしかに、なぜか神気はあるし、異世界では勇者とか言われたり、魔族の国で女王をやったりしてはいるけど…………………あ、うん。普通じゃないや。


「と、ともかくっ! 信用ってできるんですか? ボクのこと」

「問題あらへんよ。……そもそも、えらい善人じゃなきゃ、セルマとフィルの二人と契約するなんて、不可能やさかい。心配はしとらんよ」


 と、微笑みながら天姫さんはそう答えた。


 な、なんだろう、そう言われるとちょっと気恥しい……。


「依桜ちゃん、別に契約しちゃってもいいんじゃないかな?」

「美羽さん」

「天姫さん、セルマさんたちと気軽に会いたいって思ってるし、何より依桜ちゃんと一緒にいたい、みたいに思ってることだと思うんだ」

「そやな」

「ね? だから、してあげてもいいんじゃないかなー、って」

「…………そうですね。ボクの場合、この先今のままじゃ太刀打ちできないような存在が出てこないとも限りませんし、護れる力はあった方がいい、ですよね」


 特に、メルたちにもしもがあったら嫌だし、それは未果たちにも言えること。


 ボクは、誰かを失いたくはないから。


「わかったよ。それじゃあ、契約しよっか、天姫さん」

「いいのか?」

「もちろん。どんな力を得られるのかはともかくとして、ボク自身も強くなれると思うし」


 強さなんていらない、本心ではそう思うんだけど、さっきも思ったように、ボクは色々な存在と出会って先頭になる場面が多いからね……。


 特に、異世界へ赴いた時なんて、もしかすると先代魔王以上の敵が出てくるかもしれないもん。


 五つの内、もう二つの異界だって、最初から友好的とは限らないしね。


 ボクの場合、間違って行っちゃうかもしれないから、備えはあって困るものじゃない。


 だから、この契約は受けることに。


「……そうか。ほな、ちゃちゃっと契約してまおか」

「うん。あ、契約の仕方ってあれかな? ボクの髪の毛を食べる的な……?」

「そや。これは、異界に住む者ら共通の契約方やさかいな。さ、髪の毛を」

「……はい」


 ぷちっ、と髪の毛を一本抜いて天姫さんに渡すと、天姫さんは何のためらいもなくボクの髪の毛を食べた。


 契約方法が、なんで髪の毛なのかすごく疑問に思うけど……ま、まあ、某ヒーローマンガの主人公だって、能力を得る時は髪の毛を食べさせられてたから、多分DNAを取り込む的なものだよね、きっと。


「……んっ。ふぅ。これで、契約は完了や」


 そう言うと、セルマさんとフィルメリアさんの時と同じく、天姫さんと何かでつながったような不思議な感覚がボクの体を巡った。


「うん。……それで、天姫さんとの契約の証……紋章ってどこに? セルマさんとフィルメリアさんはそれぞれ、ボクの両手の甲に浮かび上がるんだけど……」

「ウチのは多分……右足の太腿辺りにあらへんか?」

「太腿?」


 そう言われて、ボクは少し恥ずかしい気持ちをしつつも、ズボンを軽く脱ぎ、右足の太腿を見てみる。


 すると、天姫さんの指摘通り、右側面の中央辺りに、六芒星がありその内側に九本の狐の尻尾と扇子が二つ描かれていた。


 あ、妖魔の契約の証ってこんな感じなんだ。


「あったか?」

「ばっちり。ほら」


 太腿に浮かぶ紋章を天姫さんに見せると、天姫さんは満足そうに頷いた。


「問題なさそうやな。依桜はん。ウチの能力の説明はいるか?」

「あ、お願いしようかな。ある程度把握しておきたいし」

「了解や。そやな……ウチら妖魔が使う能力は、妖術と言ってな、力の源は妖力や」

「妖力……」


 いかにも妖魔らしい力の名前だね。


「そや。で、基礎的な力としては、身体能力の強化がほとんどや。ま、これは他の種族にも言えること。天使であれば防御。悪魔であれば、攻撃。といった具合にな。それらは、種族的特性によるものでな、これらは種族の魂に刻まれてるんや。ほんで、ウチら妖魔の能力は……幻術や」

「幻術……それって、相手に幻覚を見せたり、感覚を狂わせたり、っていう感じかな?」

「そや。簡単な術で言えば、今しがた依桜はんが言うたように、幻覚を見せるものやな。こないな風に」


 そう言って、天姫さんは軽く指を動かす。


 すると……


「あ、あれ? 天姫さんが……二人?」

「わ、不思議……。これが幻覚?」


 天姫さんが二人に増えた。


 それは美羽さんにも見えていたみたいで、驚き顔を見せていた。


「そや。今回は簡単なもんやけど……上位の者が使う幻術はな、簡単に殺せる」

「え!?」


 こ、殺せる……?


 それってどういう……。


「あー、玉の能力は厄介だったなぁ」

「ですねぇ。あれは、まさに鬼と呼ぶべき恐ろしい物でしたぁ……」


 と、話を聞いていた二人が、過去を思い出してか苦い顔を浮かべていた。


 そんなに怖い能力なの……?


「失礼やなぁ。……まあええ。二人が言うたように、妖魔が使う幻術はかなり強力や。なんせ、相手に見した幻覚を、実際に起こったこととして認識させれるさかいな」

「そ、それってつまり……幻覚で相手を切ったら、実際に切られたと認識する、っていうこと?」

「その認識でええよ。これが、相手を殺せると言うた理由やな。使い方次第で無条件で殺せるようなもんや」


 こ、怖い能力だなぁ……。


 だってそれ、精神が弱い人とかは簡単に殺せちゃうってことだし……。


 なんだろう、セルマさんとフィルメリアさんの二人が物理的且つ、シンプルな能力だったけど、天姫さんの能力はこう、搦め手と言うか……相手を一方的に攻撃する能力に思える。というか多分そう。


「で、や。今のは妖魔の中でも上位の者のことやったんやけど……ウチはそれよりもさらに強力」

「そう、なの?」

「あぁ。上位の者は、実際に傷をつけることはできひん。そやけど、ウチの場合は幻術で傷を与えた場合、別の能力を使うことで実際に起こったこととして、それらを引き起こせるんや」

「……それって、極端な話、幻術で相手の心臓を潰したら、現実でも潰れてる、っていうことだよね?」

「そや」

「えぇぇぇぇ……」

「な、なかなか怖い能力だね……」


 さすがに、ここまでぶっ飛んでると、その……チート過ぎない……?


 ボク、とんでもない能力を得ちゃってるよね?


「かかっ。そう思えるのなら、心配はいらへん。今のあくまで、悪い例や。いい例を教えよう」

「いい例?」

「あぁ。まず、そうやな……怪我をした者がいるとする。その相手に対し、幻術を使用し、その中でその怪我は完治した、そないな風に見せ、別の能力を使うたら……その傷完治してる、ちゅう現実にできる」

「そ、それ、かなりすごくないですか……?」

「かかっ、そうやろ? 他にも、病気の治療もできる」

「治療法が見つかっていない病気も?」

「もちろんや」


 あー……うん、本当にぶっ飛んでるね、その能力。


 現実と幻覚を入れ替えられるなら、それはもう幻術とは言わない気がします……。


「……とはいえ、何の代償もなしに使えるわけとちがうけどな」

「あ、そうなの?」

「あぁ。そもそも、この世界に代償無しで使える奇跡のような力はあらへん。この能力かて、幻覚を見せる方はともかく、現実にする力の方は、えらい妖力を消費する。そうやな……ウチでも、週にいっぺんが限界や」

「それで、週に一回使えるだけでも破格だと思うんだけど……」

「……ま、それは現実にする物の重さによるんやけどな。大体、それくらいちゅうだけや」

「え? それじゃあ、場合によってはそれ以上使えなくなる場合も……?」

「あぁ、ある。ほんで、できひんこともな」

「できないこと?」


 明らかにできないことがなさそうな、すごい能力なのに、それは一体……。


 そんな疑問を口にしたら、天姫さんは少し悲しそうな、もしくは残念そうにこう言った。


「……失われた命の蘇生や」


 重々しい声だった。


 その中には、深い後悔が混じっている気がした。


「……死んですぐであれば、死んですぐであったら、辛うじて蘇生できる。そやけど、時間経ってまうと、蘇生ができひんようになるんや。そやさかい、万能に見えるようで、そうでもあらへんの」

「……そうなんだ」


 すごい能力でも、できないことはある、よね。


 …………あれ。そうなると、一つ疑問が……。


「ねえ、天姫さん」

「ん、なんや?」

「えーっと、天姫さんのその能力以外で蘇生する方法って……あるの?」

「さぁな。そやけど……それができるのんは、神くらいのものやったと記憶してるな。あとは、セルマやフィル、妖精王に、精霊王なんかがウチとおんなじような条件でできるな」

「……そ、そっか」


 それじゃあ…………師匠ってやっぱり異常だよね!?


 え、何あの人。


 修業中、ボクを何度も殺し、そして何度も蘇生してたけど、あれって普通はあり得ないことだったの!?


 神様や、異界の王の人たちのようなことしてたのあの人!?


 ……師匠って、本当になんなんだろう。


「……と、まあ、能力に関してはこないなとこやな。一応、『妖魔化』っちゅう能力やら耐性系のスキルが身に付くけど、そこらへんはセルマとフィルの場合と大差あらへんので、割愛な」

「あ、うん。教えてくれてありがとう」

「ええよええよ。そうそう、さっき言うた幻術系の能力名な。幻覚を見せるのんは『幻術』、幻覚を現実にするのんは『虚構反転』。覚えとくとええ」

「うん、ありがとう」


 新しい力も得たし、早めに使い方を覚えないと、かな。


 とりあえず、この一件が終わって、元の世界に戻ったら、師匠に手伝ってもらおう。


「……さて、そろそろ異物の調査に入らなな。依桜はん、すぐに出られるか?」

「大丈夫」

「ほな、これから出発してもらいたい。ウチはここに残り、異界の管理をせなあかん。そやけど、なんかあったらすぐに連絡してほしおす」

「わかった。セルマさんフィルメリアさんはどうする?」

「我はここに残るつもりなのだ」

「ですので、その悪魔の代わりに、私が依桜様と同行させていただきますねぇ」

「了解。それじゃあ、すぐに出発しよっか。美羽さんは……」

「あ、私も一緒に行きたいかな」


 ここに残ってほしいと言う前に、一緒に行くと言い出した。


 しかも、どこかきらきらした目で。


「え、でも、危ないですよ……? 何があるかわかりませんし……」

「でも私、依桜ちゃんと一緒にいたいし……」

「そ、そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……」


 さすがに、危ない存在がいる以上、一緒にいてボクが守り切れるかどうか……。


「なんや? 美羽はんは一緒に行きたいんか?」

「うん、もともと依桜ちゃんとデートしてる時に、こっちに来ちゃったので……」

「かかっ、そうやったんやな。せやったら、この屋敷から北へ進んだ先にある集落に行くとええ。そこに、『酒吞童子』っちゅうえらい強い鬼がおってな。美羽はんにはその者との相性が良さそうやし、どうせならそいつと契約して守ってもらうとええ」

「え、わ、私も契約を?」


 いきなり、契約を勧められて、美羽さんは思わず目を丸くした。


 なんか、とんでもないことを言い出してない? 天姫さん。


 しかも、酒吞童子ってかなり有名な鬼だよね……?


「そや。ウチに次いで、二番目くらいに強い存在でな。きっと力になってくれる。この札を見せったら、向こうも納得するはずや。まあ、酒吞童子は素直な娘や。心配しいひんでええよ」


 そう言って、一枚のお札らしきものを美羽さんに手渡す。


 長方形の紙に、見たこともない文字で何か書かれてるけど……。


「質問、いい?」

「ええよ」

「……その酒吞童子って人、可愛いですか!?」


 え、質問ってそこ!?


「美羽さん、そこって重要ですか!?」

「重要だよ依桜ちゃん! だって、どうせ契約するなら可愛い人がいいから!」


 ずずいっ! と顔を近づけて力説された。


 そ、そうなんだ。


 美羽さん、たまにおかしなところがあるよね……。


「それで、どうなのかな!?」

「そやなぁ……たしかに、あれは可愛いなぁ」

「ほほう! そういうことなら、喜んで契約するよ!」

「かかっ、依桜はんだけでのうて、美羽はんもおもろい人やなぁ。……ま、酒吞童子がおったら、美羽はんの安全もぐっと上がるやろ。……せやったら、一緒に行ってもええ思うんやけど? 依桜はん」

「あー……そう、だね。天姫さんがそこまで言うってことは、かなり強いんだろうし……うん、わかりました。それじゃあ、一緒に行きましょうか、美羽さん」

「いいの?」

「まあ、天姫さんが解決策を出してくれましたし……それに、ボクとしてもいきなりこうなっちゃったのは思うところがありますから」


 もともと、京都で美羽さんとデートする、っていう約束だったのに、ボクのせいで巻き込まれちゃったからね。


 どうせなら、一緒に行動したいし。


「依桜ちゃん、ありがとうっ!」

「わわっ! み、美羽さん、抱き着かないでくださいよぉ!」


 ぎゅっ! と抱き着かれた。


 身長差があるから、その……胸に顔が……!


「あ、ごめんね、つい……」

「い、いえ……」


 ボク、なんでこんなに抱き着かれるんだろう?


「……さて! そうと決まれば早速出発しよ、依桜ちゃん」


 この変わり身の早さ、すごいね、本当に。


「あ、はい。そうですね。……それじゃあ、天姫さん、セルマさん、調査に行ってきます」

「あぁ、気ぃ付けてなぁ。あと、調査に関しては、ウチから連絡させてもらうさかいな」

「わかった」

「気を付けてな、主。……クソ天使、主に何かあったら許さないのだ」

「当然ですぅ。そんなへま、あなたはしても私はしませんからねぇ」

「チッ、威勢だけはいいのだ」

「こっちのセリフですぅ」


 ……この二人は、どうしてこういう時でも喧嘩をするんだろうなぁ……。


 心の中で呆れるボクでした。

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