第515話 美羽の契約
能力の説明を受けて、ボクたちは早速調査へ。
最初の目的地は、天姫さんが言っていた北にある集落。
道中は天姫さんからもらった簡易的な地図での移動です。
簡易的、とは言ったけど、それは天姫さん本人が言ってただけで、実際に見てみると魔法か何かで作られたものでした。
しかもこれ、最短ルートを表示してくれるんだから、なかなか高性能だと思います。
なんなんだろうね、異界の王たちって。
もしかして、残る二つの世界の王の人たちも、すごいことができるのかな? なんて。
……妖精はともかく、精霊の方は凄そうなんだけどね。
自然を司ってるみたいだし。
「あ、依桜ちゃん、集落ってあそこのことじゃない?」
「えーっと……そうみたいですね。こっちの地図に、目的地って表示されてます」
美羽さんが指摘した先にあるのは、白川郷のような合掌造りの集落でした。
「あらあらぁ。玉さんの治める世界は和風なものが多いんでしょうかぁ?」
視線の先にある集落を目にして、フィルメリアさんはあらあらうふふと微笑みながら、そう呟く。
たしかに、あれってかなり和風だよね……。
一応、海外の都市伝説の存在なんかもいるみたいだから、必ずしも和風なわけじゃないんだろうけど、あれかな。
天姫さんが日本や中国の存在だから、こういった建築物が多いのかな?
場所によっては、洋風な造りとかもありそう。
「酒吞童子さんって、どんな人なのかな?」
「天姫さん曰く、素直ないい娘らしいですけどね。フィルメリアさんは何か知らない?」
「ん~……たしかに、そう言う鬼がいたことは覚えていますけどぉ、どのような人だったかはぁ……」
「そっか」
「ただぁ……お酒が好きだったことは覚えてますよぉ」
「お酒……やっぱり、酒吞童子、って言う名前だから?」
「そう言えば、お酒好きっていう逸話はありましたね。たしか、毒酒を盛られて、首をはねられたって」
「へぇ~、よく知ってるね、依桜ちゃん」
「いえ、女委がそう言うのに詳しいので」
「そう言えば女委ちゃん、いろんなサブカルチャーに精通してたっけ。神話とか妖怪とか」
「みたいですね」
そういう面での知識量はすごいことになってるからね、女委。
……みんな、今頃京都を楽しんでるかなぁ。
心配させてないといいけど……。
「そろそろ着きますよぉ」
「あ、うん。……美羽さん、行きましょうか」
「そうだね」
目前に迫ってきたところで、一度会話は中断し、ボクたちは門番さんらしき人がいる場所まで歩いた。
『待たれよ、そこな者たち』
集落に近づくと、案の定と言うか、門番さんに引き留められた。
『そなたたちは、どこの集落の者だ?』
「あ、いえ、ボクたちはこの世界の人じゃなくて、法の世界から来てまして……」
『法の世界? ……ということは、そなたたちは人間だと?』
「はい。あ、えっと……こっちの緑髪の人は天使長です」
『なっ、て、天使長様ですとぉ!?』
あ、なんかすっごく驚かれた。
あれかな。
天姫さんの住む場所の門番さんも、セルマさんとフィルメリアさんの正体を知って驚いてたし、異界同士ってかなり密接に繋がってるのかな?
『ま、誠ですか?』
「そうですよぉ。私は、天使長のフィルメリアですぅ。こちらは、私や悪魔王の契約者、そしてあなたたちの王、玉――天姫の契約者、依桜様ですぅ」
『あ、あああ、天姫様の!? そ、それは……ま、誠か?』
「え、ええーっと……一応……」
『紋章はおありか?」
「あ、は、はい……」
どうしよう、紋章の位置、太腿だからズボンを下ろさないといけないだけど……。
し、仕方ない。
さすがにパンツを見られるのはものすごく恥ずかしいので、ボクはナイフを生成すると、紋章の位置の布を切り取った。
あとで直そう……。
「え、えっと、これです」
『その紋章は……間違いない、天姫様の……。これ失礼いたしました。まさか、天使長様だけでなく、その契約者様までいらっしゃるとは……』
「そこまでかしこまらなくても……」
『そういうわけにはいきません。天姫様の主であるならば、我々妖魔の主でもあります。敬わなければなりません』
「あ、はい、そですか……」
……もしかしてなんだけどさ、ボクって今後、妖精と精霊の王とも契約する、なんて子にならないよね……?
さすがに大丈夫だよね?
ほら、今回は多分、妖魔だから神社と繋がっちゃった、みたいな感じだろうし……さすがに、妖精や精霊の世界に行くようなあれはない……と思いたい……。
『ところで、なぜこの集落に? 天姫様の集落はここから南のはずですが』
「実は、ここにいる酒吞童子さんに会いに来まして……」
『酒吞童子様に、ですか? 理由を伺っても?』
「はい。実はボクたち、ここの世界の異変を調査することになったんですけど、こっちにいる美羽さんが一緒に行きたいと言い出しまして、その安全を確保するために酒吞童子さんと契約したらいい、と天姫さんから助言をもらったんです」
『なるほど、そういうことでしたか。であれば、こちらへどうぞ。案内しましょう』
「ありがとうございます」
案外すんなりと理解してくれました。
やっぱり、トップの人と仲良くなると、こういう時ありがたいです……。
門番さんに案内されて、ボクたちは集落の中へ。
案内されたのは、この集落で一際大きい家でした。
そして、その中に入ると……。
「お、お酒臭い……」
中はすごく、お酒臭かったです。
「わー、そこらかしこに酒瓶があるね……」
「あらぁ~、これはまたすごいですねぇ」
そして、ボクたちの視界のほとんどを酒瓶が占領しました。
これ……以前、師匠が部屋に隠していたお酒よりも多いんですが。
もしかして、師匠以上の酒飲みがいる、のかな……?
な、なーんて。
ないよね。うん、ないはず……。
そう願いつつ、ボクたちは奥へと進む。
家の奥には……
「くー……すぴー…………むにゃむにゃ……もっろもっへほーい……」
酒瓶を抱いて眠る、角が生えた黒髪の女の子がいました。
う、うーん……。
「美羽さん、あれ……絵面的に大丈夫……だと思います……?」
「あれはー…………アウト、かなぁ……」
「で、ですよねー……」
ボクと美羽さんは、目の前で眠る女の子を見て困惑し、コンプライアンス的に大丈夫なのか、と心配になりました。
何せ、そこに眠る女の子というのが、その…………
「どう見ても……小学生、ですよね?」
「うん……」
見た目小学生だったから。
一応、妖魔だし、人間じゃないので、年齢的な部分とか種族的な部分に関しては大丈夫なんだろうけど……見た目小学生の女の子(鬼だけど)が、酒瓶を抱えて寝てる姿はその……限りなくアウトだと思うんだけど。
「これ、どうすればいいんでしょうね……?」
「とりあえず……起こしてみる?」
「その方がいいかもしれませんねぇ」
行動を起こさないと先に進まないという事で、一旦起こしてみることに。
ちなみに、起こすのは美羽さんということになりました。
理由は契約するのが美羽さんだからです。
一応ボクがやります、って言ったんだけど、
「私が契約するんだから、ここは私がファーストコンタクトを取ってみるよ」
と言ったので、そうすることに。
「あ、あの、起きてくださーい」
意を決したように、美羽さんは鬼の女の子に近づくと、優しく声をかけながらゆさゆさと体をゆする。
「んー……くー……」
だけど、一向に起きる気配がない。
これ、酔っぱらって眠ってる状態、だよね、どう見ても。
師匠だって酔っぱらうとしばらく寝るし……。
「おーい、起きてくださーい」
「ん、んんっ…………はにゃぁ……?」
「あ、起きた」
再び美羽さんが声をかけると、女の子がむくりと起き上がり、ごしごしと目を擦っていた。
女の子は「んー」と眠そうな声を出しながら、周囲を見回し、すぐ傍にいる美羽さんを見ると、
「…………はっ!」
カッ! と目を大きく見開いた。
「えーっと?」
突然目を見開いた女の子に美羽さんが困惑していると、女の子はじーっと美羽さんを見つめ始めた。
どうしたんだろう?
「……け」
「け?」
「契約してくらひゃいっ!」
「いきなり!?」
まさかのまさか、美羽さんを見つめて少しして、女の子が美羽さんに土下座で契約を迫った。
さすがの美羽さんでも、こればかりは驚きだったらしく、思わずツッコミを入れるほどでした。
あと、噛み噛みだったね。
「ご、ご尊名をお伺いしてもよいだろうか!?」
あ、意外と古風。
「み、美羽です」
「美羽殿と言うのだな? 素晴らしい名前だ!」
「そ、そうかな?」
「うむ! そして、その身から滲み出る善性……是非とも、
小学校低学年くらいの見た目で、一人称が某……濃くない?
「それで、どうだろうか? 一考してみては頂けないだろうか?」
さっきからずっと土下座状態の女の子。
全力で美羽さんに契約を迫っている。
う、うーん、絵的にアウト……。
「あの、一応確認なんですけど……」
「む、某に敬語は不要だぞ」
「あ、うん。ありがとう。それじゃあ……確認だけど、あなたが酒吞童子さん……でいい、のかな?」
「その通り! 某こそが、酒吞童子だぞ!」
確認の結果、酒吞童子さんであることが判明。
まあ、すっごく強そうな気配があったしなぁ……。
ボクが倒した先代魔王の……大体三倍くらいの強さ、かな。
素の状態身体能力で勝つのは、多分無理かも。
「……む? 何故美羽殿は、某のことを存じているのだ?」
「実は、ここに来たのは、天姫さんの紹介なの」
「天姫様の? それは一体どういう……」
「私とあそこにいる依桜ちゃんっていう銀髪の女の子と、隣の天使長のフィルメリアさんと一緒に、この世界の異物? の調査をすることになったの」
「ふむふむ」
「だけど、私は非力だから同行するのが難しくて……そしたら、天姫さんが酒吞童子さんと契約すればいい、って言ってくれたの。それで、ここに来たんだ」
「なるほど! つまり、天姫様が某に美羽殿を引き合わせてくれた、ということなのだな!」
天姫さんが会わせてくれたという事実に、酒吞童子さんはすごく嬉しそう。
妖魔の人たちって、温厚って聞いたけど……こうして見ると、いい意味で感情的に見えるね。
「うん、そういうこと。それで……一応この札を見せるように、って言われたんだけど、これが何かわかる?」
「これは……某への紹介状だな。意味としては、美羽殿と契約し、力になるように、と書かれているぞ」
「そういうことが書かれてるんだ」
「うむ。……して、美羽殿は契約を望んでいるのか?」
「それはもちろん。こんなに可愛い人なら大歓迎! それに、酒吞童子さんと契約すれば、私も身を守れるようになるんだよね?」
「それはもちろんだぞ。某が美羽殿を守ると誓うし、力も貸すぞ」
「そう言ってもらえると心強いよ。……それじゃあ、契約お願いできる?」
「もちろんだぞ!」
わー、すっごくとんとん拍子に進むなぁ。
ボクも大概だけど、美羽さんの契約の方もかなり早いね。
「それでは、髪の毛を一本頂けるだろうか?」
「うん。……これでいい?」
「問題ないぞ。さて……ぱく」
あ、やっぱり食べるんだ。
酒吞童子さんが美羽さんの髪の毛を受け取り食べると、美羽さんの体が淡く光り出した。
あ、契約する時の光景って、傍から見るとこう見えるんだ。
「うわわっ、なんだか体が熱い……これが、力が漲る! っていう感じなのかな?」
「……よし。これで契約は無事成立したぞ。これからよろしく頼む、美羽殿!」
「こちらこそ、よろしくね、酒吞童子さん」
「某のことは『伊吹』と呼んでいただけないだろうか? もちろん、敬称は不要だ」
「伊吹? うん、その方が呼びやすいし、そう呼ばせてもらうね」
「かたじけない」
うーん、やっぱり話し方がところどころ古風。
着てる服は和服みたいだけど……。
「さて、某との契約が済んだという事は、これから調査へ?」
「うん。……そうだよね? 依桜ちゃん」
「はい。とりあえず、天姫さんと連絡を取って、次はどこへ行くかどうかを聞いて移動、っていう感じですね」
「ありがとう。……というわけみたい」
「了解した。依桜殿に、フィルメリア様、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますねぇ」
「某のことは、美羽殿同様、伊吹と呼んでほしい。そして、敬称も不要だ」
「わかったよ。改めて、よろしくね」
「よろしくだぞ」
そんなこんなで、あっさり酒吞童子さんこと、伊吹さんが仲間になりました。
……それにしても、まさか美羽さんも異界の人と契約しちゃうなんて……元の世界に帰って、未果たちに知られた場合、女委辺りがすごく羨ましそうにした挙句、『わたしもわたしもぉ!』って言ってきそうだなぁ……。
その時は、セルマさんたちに相談しよう……。
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