第118話 美天杯7

「はぁっ……はぁっ……んっ。……う、うぅ……う、動けないよぉ……」


 『共鳴感覚』による魔法習得によって、イオは腰が砕けて動けなくなっていた。


「お前、やっぱその感覚は未経験だったんだな」

「し、知りませんっ、よぉ……はぁっ、はぁっ……こん、なの……。ぼ、ボク、こんなの感じたこと……んっ……ない、ですからぁ……」


 ……こいつ、なんでこんなにエロいの?


 さっきの行為による影響で、汗で髪は張り付き、目はとろんとしている。さらに、頬は上気し、荒く艶めかしい吐息。


 いや、ある意味事後っちゃあ、事後なんだが……ものすごい、犯罪臭がするのはなんでだ。


 これ、結界があってよかった。


 傍から見たら、一人の美少女を襲った教師、って立場だからな。うん。


 いくら相手が弟子とはいえ……許されんだろうな。まあ、無理矢理解決するが。


 ふむ。


 そう言えば、イオの友人――ミカと言ったか。そのミカが、イオが実は相当な純粋な心だと言っていたな。


 子供を作るのに必要な行為を、キスだと勘違いしているらしいしな。


 ……ということはこいつ、一人で処理する、なんてことを知らなかったわけだな。


 ……あたし、なんとなく、性行為が関わってそうな仕事は、イオにやらせないようにしていたんだが……あれは、よかったのか、悪かったのか。


 ……わからん。


 だが、一年間、イオがあたしに襲い掛かってこなかったのは、それが理由だったか。

 ただのヘタレ。もしくは、紳士かと思っていたら、まさか、そんな理由だったとは思わなかったがな。


「で、大丈夫か?」

「も、もう少しかかりそぅ、ですぅ……」


 情けない、と言うのは、いささか可哀そうか。


 こいつにとっちゃ、初体験だったわけだしな、その辺り。


 ……まあ、『感覚共鳴』で魔法を習得するやつが少ないのは、似通っている奴が少ないのと、こう言った副作用があるからなんだけどな。


 実際、習得する側が感じる快感ってのは、まあ……アレ――すなわち、性行為と同じだからな。だからまあ、本番どころか、それ以外すら経験がない奴がしたのならば、依桜のようになるのも納得だ。


 だからこそ、あたしはこいつの修業時代に使わなかったわけだが。


 使ってたら、あたしが責任を取らなきゃいけなくなったし。別に構わなかったんだがな、それでも。


「んー、しかたないな……『レスト』」


 ある魔法をイオに唱えると、光の粒子がイオを包み込む。

 そして、光がなくなると、そこにはいつも通りのイオが。


「あ、あれ? 動ける……師匠。今のは……」

「『レスト』って魔法だ。一応、回復魔法の一種だな。効果は、傷を塞いだりするようなものではなく、疲労を取るだけの魔法だ」

「そんな魔法が……」


 どうやら、あたしが使った『レスト』に驚いているようだな。


「あれ? でも、以前似たような魔法を教えてもらったような気がするんですけど……。たしか、中毒になりかねないから、って言われて、ほとんど使わなかったんですが」

「ああ、あれとは別だ。こっちは、中毒性を取り除いたものだ」

「ええ!? なんで、そっちを教えてくれなかったんですか!?」

「なんでも何も、この魔法、あたしが開発したやつだし。あとついでに、お前が帰った後に、ふと思いついて作ったやつだからな」

「し、師匠って、職業、暗殺者、なんですよね……?」

「なんだなんだ。訝しむ様な顔をして。正真正銘、暗殺者だぞ?」

「で、ですよね?」


 あたしって、そんなに暗殺者に見えないのかねぇ?


 たしかに、魔法も得意分野っちゃあ得意分野だが。


 つっても、魔法をある程度極めたのは、邪神を倒したあとなんだがな。

 それまでは、魔法とか今ほど使えなかったし。


 ……いや、実際使える様な回路は持っていたんだが。


 チッ、思い出しただけでイライラする。


「さて、そろそろいい時間だな。さっさとイオはさっさと戻りな」

「わ、わかりました。えと、師匠は……?」

「ああ、このあたしは、分身体だからな。もうちょい調べたいことがある」

「そうなんですね。無理、しないでくださいね?」

「いっちょ前にあたしの心配か? ハハハ! 余計なお世話だよ。分身体が疲れても、本体にはほんの少ししか還元されんから、大丈夫だ」

「そう、ですか。でも、だからと言って、無理はしないでくださいね? 師匠が体調を崩したら心配ですから」


 困ったような笑顔を向けられながら、そう言われた。


 ふむ。弟子に心配されるってのも、いいもんだな。


 それに、あたしが色々とやらかしている割には、嫌わないでいてくれるどころか、好意を持ってくれてるんだよな、こいつ。


 いい弟子だ。


「わかった。頭の片隅に入れておこう。ああ、それと、ブライズは憑りついて、負の感情を増幅させ、凶暴化させるみたいだが、基本、意識はそいつなんでな。別に、ブライズが全部悪いわけじゃないんで、覚えとけよ。じゃあな」


 そう言って、あたしはイオから離れた。



「はぁ……酷い目に遭ったよ……」


 師匠が去った後、ボクは一人、ため息を吐いていた。

 だって、魔法の習得方法があんなのだったんだもん……恥ずかしい以前に、変な気分と言うか……その、気持ちいい、って言うの、かな? そんな状態になって、頭が真っ白になったと言うか……。

 正直、二度と体験したくない……と思いましたよ、うん。絶対に。


「とりあえず、みんなのところに戻ろう」


 そう思い、ボクは会場に向かった。



 そして、舞台に戻ってくると、そこには……ボロボロになった態徒の姿があった。



 遡ること、数分前。


『それでは、第二回戦、第一試合、開始です!』


 開始のゴングが鳴り響く。


 第二回戦、第一試合で闘うのは、態徒と藤五郎の二人だ。


「くくっ、ふははははは! 変之態徒よ! 俺は、無敵の力を手に入れたぞ! 貴様ごとき、簡単にひねりつぶしてくれるわ!」

「……どうした? お前、なんか様子が変だぞ?」

「何を言っている? 俺は俺だ」


 そう言うが、藤五郎の様子がおかしいのは本当だ。


 二メートルくらいの慎重に、筋骨隆々な体躯をしているのは変わらないが、雰囲気がおかしい。


 目も濁り切っているのか、どこか黒い。


 それから、体から妙な黒いオーラのような物も見える。

 そのオーラは、いかにもやばい奴ですよ、と言わんばかりに主張をしている。


「なあ、大丈夫か? お前。なんか、すっごい危ない感じがするんだが」

「何を言っている。これこそ、俺が手に入れた最強の力ぞ!」

「いや、最強とか、中二病かよ」


 と、態徒はいつものようにツッコミを入れているが、内心ではかなり冷や冷やしている。


 パワーアップしているのは、明白だからだ。


 明らかにやばいオーラを放っている筋骨隆々の男なんて、やばいに決まっている、と態徒は思っている。


「じゃあ、行くぞ!」


 そう言いながら、藤五郎が態徒に常人では考えられないスピードで肉薄してきた。

 それと同時に、拳を水月にいれようとしてくる。


「くっ……!」


 慌てて両腕でガードをするも、後方に吹っ飛ばされる。


 ガードした両腕は、衝撃で鈍い痛みと痺れが走っていた。


(や、ヤバ過ぎんだろ、こいつ! 何をしたんだ!?)


 異常なまでの攻撃力に、態徒は戦慄していた。


 攻撃力は、確実に高校生のそれではない。


 いや、それどころか、ボクシングの世界チャンピオンの人よりも攻撃力は高い。

 そんな攻撃をガードして、腕が折れていないのは、さすがと言うべきか……変態は強いのかもしれない。


「おいおい、どうしたよ!」

「しまッ――」


 ドゴンッ!

 一瞬の動揺を突かれ、鋭い蹴りが脇腹に炸裂。


「ぐはっ!」


 勢いを殺しきれず、態徒はバウンドしながら、舞台の端の方まで吹っ飛ばされた。


「ごほっ、ごほっ……い、いてぇ……」


 態徒は、同年代の人よりも強く、体も頑丈だ。


 仮に、時速40キロで走行する車にぶつかったとしても、大けがを負うことはない。

 それくらい頑丈な態徒が、相当な痛みを感じている。


 しかも、


(くそっ、これ、肋骨持ってかれてねぇか?)


 肋骨の骨をやられていた。


 たった一度の蹴りで、肋骨を折ることができる蹴りと言うのは、ある意味異常だ。


 いや、藤五郎の体躯だったらできないことはないかもしれないが、それをさせるほど、態徒は甘くない。


 簡単にガードするか、受け身を取ったり、衝撃を逃がしたりするなどをして回避することだろう。


 にもかかわらず、骨を持っていかれているなど、かなりおかしい。


 あまりの痛みに、態徒は動きが止まる。

 それの隙を藤五郎が突く。


「おらおら! どうしたよ、変之態徒!」

「がはっ……!」


 態徒が動けないことに調子付き、さらに蹴りを入れてくる。

 足、腹部、腕、胸など、体の至る所に蹴りを入れる。


「どうしたどうした! まさか、俺ごときに、手も足も出ないってかぁ?」

「ぐっ……がっ……こ、んのっ……!」


 ただ蹴られている態徒ではなく、反撃しようと、藤五郎の脛に拳打を入れるも、


「ふんっ、その程度かッ!」


 グシャッ!


「ぐっ、がああああああああッッッ!?」


 生々しい音が鳴り響いた。


 あろうことか、藤五郎は、拳打を入れようとした態徒の右腕を踏み砕いたのだ。


 そのあまりの痛みに、叫び声を上げる態徒。


 腕の骨は砕けてしまっており、動かすことは不可能だ。


「やはり、雑魚は地面に伏しているのが一番似合うなぁ? おい」

「うっ、くぅ……」


 たった数分程度の時間だというのに、すでに態徒は満身創痍。


 腕は折れ、体の至る所に痣ができている。


 痛々しい姿になっているが、態徒の目に浮かぶ意志が消えているわけではない。


「なんだ、その目は? どうやら、まだ足りないらしい……なッ!」

「がぁっ、ああああああああああああっ!?」


 未だに闘う意志がある目をしている態徒が気に食わなかったのか、藤五郎は折れている右腕を踏みにじる。


 あまりの痛みに、態徒がさっき以上の絶叫を上げる。


 最初こそ、演技か何かだと思っていた放送・教師側も、あまりにもリアルすぎる態徒のリアクションに、これが演技ではないと気付き、


『佐々木藤五郎! 今すぐ、その足をどけなさい!』


 先生がやめるよう制止をかける。


「何を言っているんだ、先生よぉ。俺は、普段から調子に乗ってる奴を懲らしめてるだけなんだぜぇ?」

『仮にそうだったとしても、これはやりすぎです! 早くどかしなさい! これ以上やれば、変之態徒君に後遺症が残ることになりかねません!』

「うるせぇなぁ……何でもあり、なんだろう? この競技は。なら、俺がどうしようと、俺の勝手じゃねえか?」

『だとしても、限度という物があります! 先生方、取り押さえてください!』


 放送席にいた先生が、ほかの先生に取り押さえるよう指示を出すと、近くにいた体育教師が動く。


「邪魔をするってんならよぉ……お前ら、教師共も、同じ目に――ッ!?」


 取り押さえようとする先生たちをも攻撃しようとする藤五郎だったが、それが叶うことはなかった。


 それどころか、まるで金縛りにあったかのように体が動かなくなっていた。


 いや、藤五郎だけではない。この会場にいる人全員(ミオは除く)が、誰一人として動けずにいた。


 それほどまでに、濃密な殺気が、敷地内に広がっていた。


 そして、その殺気を放っている主は――


「……ねぇ、君は一体……何を、しているのかな?」


 一切の表情が消え、濃密すぎる殺気を放っている依桜だった。

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