第117話 美天杯6
体育館裏にて――
「チッ。変な気配があると思ったら、ここもか……」
体育祭という祭りが始まってから、あたしはおかしな気配を感じ取っていた。
害がなさそうなら、別に気にすることもなかったんだが……どうにも、害がありそうだった。
正直、面倒なことこの上ないが、愛弟子や、愛弟子の友人がいるんじゃあ、仕方ない。それに、今はここで教師もやってるからな。ガキどもの身を守るくらいはしてやろう。
それに、この世界は平和だからな。変なことに巻き込まれる必要なんざないし、知らなくてもいいことだ。
「さてさて……こいつらは何なんだろうな」
目の前にいるのは、黒い
何かを形どることこともなく、宙に漂うようにしているだけの、よくわからん靄。
『*!$&+/√〇?×!』
「何言ってんのか、マジでわからんな」
言語理解を持っているはずなんだが、なぜかわからん。
わからんが、とりあえず『聖属性魔法』で消滅させる。
この黒い靄は、学園の敷地内になぜか出没している。
と言っても、あたしが知る限りじゃ、今日が初だがな。
物理的干渉力はなさそうだが、どう見てもこれは、誰かに憑りつくような奴だろうな。
だって、あたしの体乗っ取ろうとしたし。
ま。あたしの体にある、神気に触れた瞬間消し飛んだがな。
だからと言って、体を許すほど、あたしは安くはない。
憑りつく前に、『聖属性魔法』の『浄化』で一瞬よ。
となると。さっきの奴は、闇属性系統の魔物。もしくはそれに似た何か、ということになるな。
それ以外は特に特徴はなかったしな。
それはそれとして……こいつらが話しているように見えるのは、言語じゃないってのか?
……いや、そんなはずはない、か。
獣だって、一応鳴いたりだなんだで意思疎通を図っていたしな。
ふむ……そもそも、言語理解ってのは、なかなかにおかしなスキルだな。
その世界の存在するありとあらゆる言語が理解可能、だからな。
……考えてみればどういう原理で理解してるんだ?
あれか? 神か? 神どもがインプットしてるってのか?
……ふむ。ありそうだな。
あいつらは、担当している世界の自然や生き物を大切にしているように見えて、そうじゃないからな。
結局は、平等ってやつだ。
誰かに肩入れはしないし、誰かを裁くこともない。
……ん? しかし、そうなると不自然だな。
イオはたしか、異世界へ転移する際、一度だけ女神に会ってるって言っていたな。
顔は見ていないらしいが、声は聞こえたそうだ。
……やはり変だ。
そもそも、あの世界における出来事に対して、なるべく不干渉を貫いているようなやつらだ。魔王が出現したからと言って、人間に手を貸すはずはない。
一応、あの世界の人間は、エンリルって言う神を信仰してはいる。
魔王が出現し、自分たちじゃどうにもならないと悟った結果、リーゲル王国のクソ野郎どもが異世界人召喚をしたわけだが……ふむ。
変だ。やはり変だ。
いや、そもそも、イオも変だが。
あいつなぁ……一目惚れ以外にも、気になる点があったんだよな。
「……なぜかは知らんが、極僅かに神気が体から発されていたんだよな……」
その辺りがものすぐ気になった。
それに、妙に懐かしい気配と言うか何と言うか……。
あれか? あたしが会った神って、エンリルだったんかね?
それで、イオが異世界に行く途中に会って、その神気が染みついた、と。
「ありそうだな……」
だが、他の可能性があたしの頭の中に浮かんできた。
……ま、その可能性に関してはほとんどないだろ。
さて、一旦思考を戻すとして、だ。
消滅させた黒い靄の発している言語のようなものの意味が理解できないのは、神が関わっている可能性があるな。
いや、関わっているには関わっているんだろうが、直接関与はしてない、って感じか。
そもそも、世界は無数にあるんだから、担当している神がいなくなった世界があっても不思議じゃない。
もし、言語理解のスキルが、異世界すべてに共通しているスキルなのだとしたら、それは神が造ったもので間違いないだろう。
言うならば……『
そもそも、無条件に言語が理解できる時点で変だ。
そんなもん、神が関わってるに決まってる。
ま、あくまでも仮定だが。
で、この黒い靄……いちいち、黒い靄って呼ぶのも面倒だな。名称がほしいな。んー……面倒だし、安直に、ブラックヘイズ。略して『ブライズ』でいいか。うん。適当だが、識別できりゃいいよな。
「ま、十中八九、異世界産だろうな、これ。少なくとも、この世界のものではないな」
さっきの仮定が本当だった場合、このブライズどもは、神の管理から外れた世界に存在する何か、ってことになる。
で、これが違う場合は……元々、神の管理がなかった世界、だな。
あるかどうかは知らんが。
少なくとも、あたしが会ったことのある神は、割と適当だったな。
だがまあ、そこはやっぱ神なのか、他の世界の神様事情ってのを教えてもらったっけな。
一応、神が管理している世界は、かなりの数あるとかな。
まあ、中には神が不慮の事故でいなくなって、荒れ放題になる世界もあるとかなんとか。
それぞれの分野で担当がいるのはあれだったが。仕事のシフトみたいなんだもんな。
その中の、負の感情を受け止める担当の神が邪神に変異するからな。マジで厄介だよ、あいつら。
中には良い神様、ってのもいるらしいんだが……本当にいるかは定かじゃない。
この世界の神には会ったことないが、どんな奴なのかね?
少なくとも、魔法がなくても、ここまで発展している世界だ。なら、かなりすごい奴がついていそうなものだが。
おっと。思考が脱線したな。
「まあ、仮にこれが異世界産のもんだとして……なんで現れたんだ?」
一応、こっちの世界の出来事は全部洗ったんだが……あたしの世界が関わってそうな事象はあったが、こんなのは聞いたこともないな。
死霊系の魔物に近いかもしれんが、あれはある程度の実体があったりするからな。こいつらみたいに、実体がないような奴はいなかったはずだ。
となると、やっぱり、あの世界は関係なし、か。
だとすると……やっぱ、神の担当が外れた世界だろうな。あくまでも仮定だから、何とも言えないが。
「ま。祭りの邪魔はさせんが……ん? この反応……しまった! 一体、生徒に近づいてる奴がいやがる!」
しくじった。
あたしが気配を感じ取れなかったとは……考えすぎたか? いや、だとしてもおかしいか。あたしは常時『気配感知』『聞き耳』『音波感知』を使用しているからな……。となると、あたしの能力から逃れられるほどの何かを持っている可能性がある、か。
「ったく、面倒だな。……イオが近くにいるが……あいつ、『聖属性魔法』使えなかったよな?」
あたしが知っている限りじゃ、使えるのは確か、風魔法、武器生成魔法、回復魔法の三つ。その上、全部が初級レベルだ。
だがまあ、あいつの場合の初級魔法は、魔力で上級くらいまで底上げできるんだが。
それはいいとして……あいつ、あたしの魔力回路と似通ってるしな。問題ないだろ。
……仕方ない。ちと面倒だが、アレ使うか。
「よし。まずはイオに『感覚共鳴』で呼びだすか」
会話程度なら、分身体で済むしな。
実際、今のあたしは分身体だしな。
どうせ、考えやらなんやらは本体にも還元されてるしな。問題なしだ。
『おい、弟子。ちょっと体育館裏まで来い』
『おい、弟子。ちょっと体育館裏まで来い』
「ふぇ!? し、師匠?」
突然頭の中に師匠の声が響いてきて、驚いて大きな声を出してしまった。
うっ、周囲からの視線が……。
妙に生暖かい視線なのが気になるけど。
「どうした、依桜」
「ちょ、ちょっと師匠に呼ばれたみたいだから、ちょっと行ってくるね」
「おうわかった。なるべく早く戻って来いよー」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
『感覚共鳴』使って呼び出す用事ってなんだろ?
「師匠―、来ましたよー」
「お、早かったな」
「時間をかけると、何をされるかわからないですからね……」
過去に、ちょっとだけ遅れて、女装させられたしね……あはは……。
一瞬、ものすごく嫌な記憶が蘇ったけど、再び記憶に蓋をする。
思い出したくない過去です……。
「それで、何かあったんですか? 分身体みたいですけど……」
「お、よくわかったな。偉いぞー」
「あぅあぅ……。あ、頭を撫でないでくださいよぉ」
「いいじゃないか。お前、気持ちよさそうな顔してるし」
「し、してないです!」
決して、師匠に撫でられるのが気持ちいいとか考えてないもん! だから、口元が緩んでるのも、きっと気のせいなんです!
「ハハハ! ま、それはいいとしてだ」
師匠の手が離れると、一瞬だけ残念に思ってしまった。
……そうですよ。ちょっと気持ちいいと思いましたよ。
「お前を呼び出したのはほかでもない。魔法を習得してもらおうと思ってな」
「え、ま、魔法ですか? 一体何の?」
そもそも、今のボクに必要なものなのだろうか?
ただでさえ、こっちの世界においては、色々とおかしい体なのに……。
なのに、今さら魔法を覚えるなんて……。
「聖属性魔法だよ」
「聖属性魔法、ですか。何に使うんですか?」
「ちと色々あってな。で、厄介なことになったんで、あたしが楽――んんっ! 弟子を成長させようと思ってな」
「今、楽って言いませんでした?」
「言ってないぞ」
「…………それで、その厄介なことって言うのは?」
これ以上聞いても、理不尽な言い返しをされるだけなので、流すことにしました。
……け、決して師匠が怖いからじゃ、ないですよ?
「ああ。実はな――」
師匠から事情を聴く。
「――ってわけだ。理解したか?」
「は、はい。理解はし、しました……」
事情を聴き終えると、ボクは言いようのない恐怖心に駆られていた。
師匠が言うには、実体のない黒い靄――ブライズは、人に憑りつくような存在とのことらしい。
害があるとするなら、人に憑りつくくらいらしく、本体は何もできない、らしいです。
……そ、それって、
「ゆ、幽霊、ですか?」
「んー、まあ、ワイト系の魔物に近いかもな」
「そ、そうです、か」
ワイト系……ボクが一番苦手とする魔物。
ボクがついぞ苦手を克服することができなかった魔物……。
「ん、なんだ? お前まさか、今でも苦手なのか? ワイト系」
「そ、そうです……」
だ、だって、怖いんだもん! 目に見えるけど、物理的攻撃は効かないし、すっごく怖い外見なんだよ? 骸骨みたいな風貌で、浮いてて、いかにも呪い殺しそうなんだよ?
怖いに決まってるよぉ……。
「歴代最強の魔王を倒した奴の弱点が、ワイト系とは……誰も思わんだろうな、それ」
「うっ、だ、だって怖いんですよぉ……」
「そうかそうか。ま、お前の弱点なんざ関係ない。とりあえず、習得しろ、聖属性魔法」
「ひ、酷いですよぉ! ぼ、ボク、ワイト系苦手なのにぃ……」
「知らん。じゃあ、早速習得に移るぞ。正直、いちいち教えるのも面倒なんで……『感覚共鳴』を使うぞ」
「無視ですか……。でも、『感覚共鳴』、ですか? 一体どうやって……」
「ああ。このスキルの利点は、ここでな。これを使えば、楽々簡単に魔法が習得できるってわけだ」
「そ、そうだったんですか!?」
「ああ」
す、すごい。そんなスキルがあったなんて……。
てっきり、五感を共有したり、遠方からでも会話ができる、って言うだけの能力かとばかり……。
「ちなみに、これの原理だが――」
と、感覚共鳴での魔法習得について説明してくれた。
人には魔力回路、と呼ばれるものが存在しているらしく、それには個人差があるらしいです。
例えば、火の系統の魔法しか使えない人は、火の魔法しか使えない回路を持っているらしく、それ以外の魔法は覚えられない、らしい。
逆に、火の魔法しか覚えてなかった場合でも、実はほかの系統が使える様な回路を持っている場合があるそう。
複数の系統の魔法が使える人はいる方らしいけど、全属性を使える人は滅多にいないとか。
ちなみに、全属性は、火、水、風、土、聖、闇、の六属性に加えて、ボクが使う武器生成魔法のような、どの属性にも属さない魔法を、属性外魔法と言い、この属性外魔法を含めた計七つが全属性です。
人によっては、魔力回路が似通っていたりするらしく、そう言う人たちは感覚共鳴での魔法習得が可能なのだそう。
ただし、その際には、習得する側に相当な痛みと快楽が生じるらしく、実際にやる人は少ないとのこと。
そして、師匠が言うには、回復魔法と言うのは、聖属性魔法から派生した魔法らしいです。
聖属性は、ワイト系やゾンビ系などの、いわゆるアンデッド系の魔物に対して、絶対的な優位性を誇る魔法。
なので、理論上は聖属性魔法の派生である、回復魔法で倒すことも可能らしいのだけど……現代の魔法技術じゃ無理らしく、ほとんど不可能とのことです。
原因は、魔法の質がほんの少しずつ下がりつつあることと、不特定多数の人が使えるように改良していった結果、完全に聖属性を介さない魔法になってしまったことだそうです。あと、聖属性を介していると、回復魔法の中でも、最低位魔法である『ヒール』で、骨折まで治せるらしいです。
本来、ヒールは傷口を塞いだりする程度です。
なので、未果が銃で撃たれた際、それを塞げたのも本来ならおかしい、とのこと。
ただ、その辺りは魔力量によるゴリ押しだと思うんだけど。
ちなみに、骨折を回復するのに使用する魔法は、『ハイ・ヒール』です。
回復魔法の中でも、最上位に位置する魔法は『ハイエスト・ヒール』です。
で、この『ハイエスト・ヒール』は、まあ、骨折だけじゃなく、内臓まで修復可能。
そして、この回復魔法の上位互換である再生魔法は、どんなに古い傷でも治療可能な魔法。
この魔法は、聖属性を介していないとのこと。
ちなみに、ボクがたまに使っている『身体強化』は、魔力を使用しているので、スキルであり、魔法であるものなのだそうです。
でも、『身体強化』は、誰でも使用可能なため、スキルとして存在しているとのこと。
「――とまあ、そんなわけだ。理解したか?」
「は、はい。でも、師匠。ボクってたしか、他の魔法に対する際の売ってなかったような気がするんですけど……」
「ああ、それな。才能がないのと、使えないのは全くの別物だ。お前は、最低位魔法くらいだったら、全属性習得可能だぞ?」
「え、そうなんですか!?」
「ああ」
そ、そうだったんだ……。
ボク、異世界転生系の主人公みたいな体質だったんだ……。
それ、できれば修業時代に言ってもらいたかったような……。
そんな文句が頭の中に浮かび、言おうか迷っていると、その理由を言ってくれた。
「まあ、最低位魔法しか使えないからな。それで教えなかったんだよ。正直、お前は魔法向きじゃないからな。魔法は、ほとんど使えないからな」
「そ、そうですか……」
なんだか、才能なしって言われるのって、心に刺さる……。
「……あれ? 『感覚共鳴』で魔法習得ができるってことは……師匠、全属性使えるん、ですか?」
「まあな。これでも一応、上位魔法まで使えるぞ、全属性」
「……」
ボクは絶句した。
……やっぱり、師匠っておかしい。
どうして、魔法を主体としている人よりも魔法が使えちゃってるの?
暗殺者、なんだよね?
……おかしい。
「幸いなのは、あたしとイオの魔力回路が似通っていたことだな。まあ、それなりの誤差はあるが、問題ないだろう。……かなり痛みそうだが」
「い、痛いって、どれくらい、ですか?」
恐る恐るそのことを尋ねると、師匠は一瞬考えるそぶりをして、笑顔で言った。
「足の小指を箪笥の角に思いっきりぶつけた時の痛みが、全身に来る程度」
「……え?」
「よーし、じゃあさっさと始めるぞー」
邪悪と言っても過言ではない笑顔を浮かべている師匠がにじり寄ってくる。
「え、ちょ、し、師匠、まだ、心の準備が――」
「ああ、ちなみに、快楽の方も、割とまずいことになるんで……ちゃんと防音結界と人払いの結界を張っておいたんで、安心してイキな♪」
「な、何を言ってるんですか……? い、イク? って、なんですか? あ、あの、師匠? こ、怖いんですけど……? そのワキワキさせた手が、すっごく怖いんですけど!」
「安心しろ。あたしはすごいから」
「い、意味がわからな――いやあああああああああああああああああ!」
その後、結果以内では、依桜の痛覚による絶叫と、嬌声が響き渡ったそうだが……それを知るのは、依桜とミオだけである。
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