第116話 美天杯5

『それでは、第二試合、開始です!』


 カァン! という、ゴングの音と共に、試合が始まった。


『死ねぇ!』

「いやまたかよ!?」


 試合が始まるなり、相手は叫びながら竹刀を上段に振り下ろしてきた。

 しかも、かなり鋭い。


 おい待て! こいつ、見たことあるんだけど! どう見ても、うちの剣道部の主将だよな!? しかも、無駄に全国言っている奴だよな!?

 なんで出ちゃってるんだよ、こいつ!


 あと、ハンデはどこ行った!


『えー、剣道部主将の剣崎君には、ハンデがありません! 同時に、変之態徒君にもないです!』


 おいちょっと待て!?


 なんで、全国に行ってるような猛者に対して、ハンデがねえんだよ!? 悪意を感じるぞ、この試合!


 オレの家、道場をしてるだけで、そこまで強くないぞ!? 絶対ハンデがあったほうがいいだろ、こいつ! ふざけてんのか!?


 心の中で文句を言いつつも、えらいスピードで飛んでくる竹刀を避ける、受け流すなどをして、何とか回避。


 オレ、なんでこんなことになってんだ!


『えー、本来なら剣崎さんにはハンデが設けられていたりするんですが……考える人曰く『んー、変之態徒君だしいっか! 変態だし!』とのことです!』


 誰だよ、考える人!

 明らかに、オレを知ってるだろ、そいつ!


『あ、それから、もう一つ。賛同する人たちの中には、こんなことを言っている人がいました。『変態のくせして、女神様と一緒にいるのは許されざる状況だ!』『ふざけんな! 俺たちだって、まともに話せないのに、なんで変態は親しそうにできるんだよ!』『死ね!』『ドぐされ野郎!』などなど、多数の賛成の言葉が送られてきております』

「どんだけ、オレ嫌われてんだよ!?」


 思わず、ツッコミが口をついていた。

 いや、これはさすがにツッコミを入れるだろ!


 なんで、どこの誰とも知れないような奴らに、罵られなければならんのだ!


 オレが何をしたって言うんだよ!


『ちなみに、『小斯波君は許すけど、依桜ちゃんは許さん!』とか『てめえは、小斯波とだけ結ばれてりゃいいんだよ!』とか『変態のくせに、男女とデートするとか、舐め腐っとんのか、アアァ?』などのメッセージも届いております』


 待て待て待て! なんでここまで嫌われてんだよ!


 依桜とは、男の時からの付き合いだぞ!? 別に、女子になった後から仲良くなったわけじゃねえよ!?


 つーか、オレが依桜とデートする、ってことをなんで知ってるんだよ!


 あれか? うちのクラスの奴が情報を流したのか? だとしたら、マジ許せん!


 あと、ホモカップルにしようとしてる奴がいないか? 晶はよくて、依桜はダメとか……おい、そいつ絶対腐女子だろ! 女委と同レベルの奴だろ!


『なぜだっ……なぜ、攻撃が当たらんのだ!』

「竹刀とか、当たったら痛いだろ。だから、避けてるだけだぜ?」


 なんて言うが、内心冷や冷やものだよ。当たったら即アウトって考えてるからな。


 それから、目の前の奴、一応、先輩なんだが……この体育祭において、いちいちそんなことを気にしている暇なんかない。


 というか、先輩と呼びたくない。


 さっきから、すっげえ、気になってる部分があるんだよ、剣道部主将。


「てか、その服は何だ!?」


 オレが大声でツッコミを入れたのは、剣道部主将が来ている服だ。


『なんだと言われても……体操着としか言えんが』

「下地は体操着かもしれないがな……どうみてもそれ、痛Tだろ!」


 剣道部主将が着ている体操着には、どういうわけか……依桜の写真がプリントされていた。

 しかも、最悪なことに、サキュバス衣装(顔が真っ赤な状態の笑顔)の時のやつだ。


『痛Tなどではない! これは、我が部の聖衣! 女神様を信奉する人は、これを着るのが当然よ!』


 ば、馬鹿だ! こいつマジで馬鹿だ!


 どっちだ。こいつはどっちに入ってるんだ!

 依桜ファンクラブか? それとも、白銀会か? 


 ……いや、この際どっちも同じだ! 結局、どっちも変態共の集まりだろうからな!

 つーか、オレに変態呼ばわりされるって、普通に終わってる気がするぞ。


 まあ、美少女を崇拝するのはわかるが……いくらなんでも、これはやりすぎじゃないか? これ、どう見てもガチ勢の中のガチ勢なオタクがすることじゃね?


 いや、今っているのか? 痛Tを着てる奴。


 ……見たことないような気がするなぁ……。


 割と普通だよな、今って。


 ……ってことは、ファンクラブや白銀会に入っているような奴らって、大体が変態じゃないのか?


 今時、いないもんなぁ……痛T着てるような奴って……。


 ……にしてもあれだな。友人が、そう言う風に見られてるってのは……複雑だ。


 いや、別に嫉妬ってわけじゃないんだが……なんとなく、気持ち悪いと言うか、あれだな。うん。普通に気持ち悪い。


「そこまで、するか?」

『当然! 女神様はなぁ、可愛い上に、優しい。さらに家庭的! こんな存在、信仰の対象にするだろうが!』

「お、おう」

『だというのに……だというのにっ! 貴様や、小斯波晶はいっつも近くに侍っているじゃないかッ!』

「そりゃ、友達だからな」


 つか、侍ってるって何だよ。

 友達が近くにいたらダメなのかよ?


『それがずるいのだ! なぜ、なぜ貴様のような奴が、女神様と友達なんだ!』

「知るか! オレだってなあ、たまに疑問なんだよ!」


 割とガチで。

 オレ、初対面の依桜に対して放った第一声が、


『おっぱいとお尻、どっちが好きだ!?』


 だったもんなぁ。


 今思えば、マジで酷かったよなぁ……自分のことだけどよ。


 なんで、オレはあんなことを訊いたんだろうな。


 そして、なぜ、そんな酷い第一声だったのに、こうして友達なんだろう。すげえよな。これ。普通に考えたら。


『ならば……死ねぇい!』

「うおっ!? てめえ、マジで殺しに来てんじゃねえか!」


 振り下ろされた竹刀は、オレの頭めがけて振り下ろされ、オレは慌てて横に回避。

 ブオンッ! という音が聞こえると同時に、ドゴンッ! という、舞台の床が砕ける音が聞こえてきた。


『当然だ! 変態は殺すべし! 殺すべしィィィィィッッ!』

「待て待て待て! 死ぬ! 普通に死ぬって!」


 でたらめに振り回す竹刀ほど、危ないものはない。

 いや、どこに打つか考えていていないから、行動が読めないと言うか……。

 かなりめんどい。


『死ねー! し、し、死ねー!』

「やめろやめろ、死ねを連呼するんじゃねえ! 不適切だろうが!」

『いいのだよ! たとえ不適切な発言でも、それが、我々ファンクラブの総意だからな!』

「なんでだよ!? オレ、別に悪いことしてなくね!?」


 本気で思うんだが、マジでこいつら怖い!


 たかだか、高校の体育祭ごときで、ここまで殺気を迸らせてること自体がおかしいのだ。


 それ以前に、性転換した生徒がいるにもかかわらず、気にならないことの方がおかしいかもしれないけどさぁ!


 けど、それに関しては、単純に依桜が可愛すぎるから、って言う理由だしな……。


 それにしても、マジで攻撃が鋭い。


 全国は伊達じゃないな。


 ……やっぱ、ハンデがないのは、おかしくね?

 これが、ただのド素人のでたらめな攻撃だったらいいんだが、相手は本職。その攻撃がでたらめだったとしても、無駄に鋭いし速いから問題なんだよ。


 ……どうする。


 ……そう言えば、こいつが着てる服を見て、依桜はどう思ってるんだ?


 そんなことが気になり、チラッと依桜を見ると……


「~~~~~ッ!」


 ものっすごい恥ずかしそうにしてた。


 恥ずかしすぎて、赤面してる顔を両手で覆って、その場にしゃがみこんでる。


 ……あいつ、本当に男、なんだよな? いや、外見は女だけどさ。

 なんであいつ、あんなに女らしい仕草してるんだろうな。


『よそ見してるんじゃねえ!』

「うおっと。お、隙あり!」


 勢いよく一閃してきたが、隙ができた。

 その隙をオレは見逃さず、脇腹に発勁を叩き込んだ。


『ごはぁっ!?』


 剣道部主将は綺麗に飛んでいき、倒れた。


『う、ぐっ……く、くそぅ……お、俺をたお、しても……だ、第二、第三の刺客、が……』


 バタリ。


 何かを言いかける瞬間に、主将は倒れた。

 ……まさかの一撃。


 いいのか、剣道部主将。


 それともあれか? ミオ先生の特訓のせいで、やたらと力がついちゃった的な?

 ……ありそうだなぁ。

 あの人、マジでやべえもんなぁ。


『一撃! 一撃ノックアウトです! 剣道部主将の剣崎君、変之態徒君の一撃によって、ダウンです! 気絶しております! よって、一回戦、第二試合、勝者は変之態徒君です!』

『ブー! ブー!』


 ちょっと待て!? すっげえブーイングの嵐なんだが!?

 オレの嫌われ具合、異常じゃね?


『とりあえず、第三試合に移りたいので、さっさと降りてもらっていいですか?』

「辛辣だなぁおい!」


 という、オレのツッコミは、見事にスルーされました。



「ただいま」

「……おかえり、態徒」


 依桜のところに戻ると、テンションが低かった。


 まあ……自分の写真がプリントされた体操着着て、女神と呼んで崇めてたもんな。


 オレがもし、その立場ったら、死にたくなる。


「大丈夫か?」

「……少なくとも、人生で一番恥ずかしいと思った瞬間かもしれないよ」

「まあ……痛Tだもんな。しかも、サキュバス衣装の」

「はぅぅっ……!」


 今の反応は可愛いと思ってしまったぜ。

 ついでに、恥ずかしそうに、赤面してるのもいいな。うん。


「しっかしまあ、たった三ヶ月程度でここまで有名になるんだもんなぁ。依桜は」

「……有名になった結果が、さっきのなんだけど」

「やっぱ、可愛すぎるって言うのも、考え物なのかもな。実際、依桜は異常なレベルで可愛いしよ」

「そんなんじゃない、と思うんだけど……」


 依桜の謙遜のレベルって、やっぱ相当じゃね?


 普通、何度も言われれば、ある程度は認めると思うんだがなぁ……。

 その辺り、自己評価が低いと言うか、何と言うか……。


 てかさ、依桜が可愛いくないんだったら、日本どころか、世界中の女子全員ブサイクってことになりかねないんだが。


 最早、依桜に自分は可愛いと認知させるのは無理だよな、これ。


 未果とか女委が言っても、冗談半分で捉えられてるような気がするしよ。


「それにしてもさ、オレ、この学園の生徒から嫌われすぎじゃね?」

「あ、あはは……たしかにあれは、ね。ボクもかなり酷いと思ったよ」


 依桜も思ったのな。


 ハンデなしの賛成理由が、本当にクソみたいだったからな。

 あんなひでぇ理由、聞いたこともねえよ。


「でも、勝ててよかったね。結構危険だと思ったんだけど」

「まあなぁ。まさか、殺気を持った攻撃が来るとは思わなかったぜ」

「そう、だね。ボクも、高校生であそこまで殺気を持った攻撃をする人は、初めて見たよ」

「普通はいないがな。てか、依桜だって殺気を出すことくらいあるだろ? 学園祭の時とかよ」

「あ、あれは、未果が撃たれたからで……し、仕方なく……」


 別に、そこまでしゅんとしなくてもいいように思えるんだが……そこは、依桜が優しいからかね?


 幼馴染が撃たれて、キレない奴はなかなかいないからな。

 オレだって、あれには殺意が沸いたし。

 ま、結局依桜がどうにかしたが。


「とりあえず、ボクも頑張らないと!」

「つっての、依桜はシードだろ。次戦うのも、オレだがな」

「あ、そう言えばそっか。忘れてたよ」


 えへへと、照れ笑いする依桜。

 くっ、なんでこいつ、こんなに可愛いんだよ、コンチクショー!


「ま、お互い頑張ろうぜ」

「うん!」

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