第102話 依桜ちゃんの障害物競争 中
『さあ、『叡春祭』一日目、午前最後を飾ります、障害物競争! 障害物に関する説明は終わりましたので、続いて、ルール説明に参ります! ルールと言っても、そこまで難しいものはありません。一レース六人で、合計七レース行います。まず、障害物は、75メートル間隔で設置されています。第一関門を突破しましたら、そのまま第二関門へ。それも済んだら、第三、最終と進んでいただきます。最終関門が終わりましたら、そのまま30メートルほど走り、ゴールとなります。尚、万が一スライムプールに落下してしまった場合は、ゴールした後に、シャワーを浴びることで来ますので、ご安心ください』
あ、安心できない……。
そもそも、シャワーを浴びてもいいことにするんだったら、スライムプールという、おかしな障害物を用意しなきゃいい話な気がするんだけど。
『おっと、もう一つ、伝え忘れていました。この種目に限り、写真・動画撮影などはしないようお願いします』
と言うと、会場はブーイングの嵐。
『保護者の方に訊きます。自分の娘が出場していて、スライムプールに落下し、あられもない姿を、動画、もしくは写真に収められていたとしたら……どうしますか?』
放送の人がそう言った瞬間、ブーイングが収まった。
うん、すごく正論なんだけど……さっきも思ったように、やらなきゃいい話だと思うんだけど。なんで、よりにもよって、スライムプールなんていう、おかしなものを障害物にしてしまったの?
誰も、止めなかったの? これ。
『はい、ご理解いただけたようで何よりです。さあ! 障害物競争に参りましょう! 第一レースに出る人は、スタート地点に立ってください!』
始まる前までのあの楽しそうな雰囲気はいずこへ? と言わんばかりに、足取りが重い選手の人たち。
表情は死んでいる。だ、だよね……。
……さっきの、あられもない姿、というフレーズで、女の子たちはさらに顔が青ざめていたよ。
ボクも、ね。やりたくないですよ。すごく。
どういう姿になるかは分からないけど、少なくとも、とんでもない姿になるということだけはわかるよ。
「それでは、位置についてー。よーい……」
パァン!
スターターピストルが鳴り響き、史上最悪と言ってもいい、障害物競争が始まった。
と言うわけで、Dieジェストでお送りします。
『ちょっ!? この橋すべッ――ああああああああああああ!?』
最初の関門、スライムプールの橋で、足を滑らせて落下した人(男子)が、断末魔を上げながら、どぼんっと言う音を立てて、スライムプールに沈んだ。
直後、全身スライムまみれになりながら、プールから上がってきた。
う、うわぁ……ほ、本当に酷い。
『いやぁ……ぬるぬるするぅ……』
こちらは、落ちてしまったものの、幸い全身浸かるということはなかった人(女の子)。
そこまで深くない、のかな?
落ちた女の子の身長は、大体……160くらいで、腰元くらいだから……深さは80センチくらいかな?
とすると、ボクの場合は……胸くらいまで、かな。
……絶対落ちないようにしよう。
『くそっ、スライムのせいで、全然登れねぇ! つか、これ無理だろ!』
スライムプールに落下して、そのまま第二関門に入った人は、ロープに掴まろうとしても、スライムで滑って、全く登ることができていない。
ほかにも、ボルダリングの方で登ろうとしている人がいたけど、こちらも同様。手が滑る上に、足も滑るのだから全く登れていない。
最悪の障害物だよね、これ。
『よっしゃ、当たった! えーっと? グルグルバット×50? きっつ!?』
射的にて、何とか紙を当てたものの、それがグルグルバット×50だった人が。
三半規管がおかしくなりそう。というか、それをやったら、まともに走れないと思うんだけど……その辺り考えてるの? これを考えた人は。
『うっ、くっ……な、なかなか進めないぃ……!』
第一~第三関門までの障害物をすべて乗り越えた先にあるのは、長さ20メートルもある網くぐり。
しかも、かなり低くされているせいで、どう見ても進むのが大変そう。
人によっては進みやすいけど、人によってはすごく進みにくそう……。
現に、今網くぐりをしている女の子は、すごく進みづらそうにしているし。
こういった人たち以外にも、色々と酷い目に遭っている人は多かった。
例えば、射的で全弾外して、本当に筋トレをさせられた人とか、スライムプールに落ちて、第二関門で登り切った後、そのまま滑って落下した人とか。ちなみに、第二関門には、落下してもいいように、マットが敷いてあるので、怪我の心配はほとんどなかった。
だとしても、落ちたら怖いよね……。谷とか。
色々と酷い状況はあったものの、ついに第七レース――ボクが走る番となった。
「それにしても、本当に酷い障害物競争だな……」
「そうね。私も、ここまでのものは見たことも、聞いたこともないわ」
「面白いのはいいけど、やっぱり、やる側は大変だよ」
「……だろうな。依桜、大丈夫か?」
「……正直、ものすごく心配よね。依桜ってば、こういう時、なぜか変なミスをするし」
「たしかにね。でも、変なことにはならない……と思うよ」
「……だといいんだがな」
『障害物競争も最終レース! 最終レースにはなんと! 『白銀の女神』こと、男女依桜さんが出場しています! いやあ、これは素晴らしいですね! ついに、と言った感じでしょうか!』
なんで、ボクだけ大々的に紹介されちゃってるの?
あと、何がついになの?
『男女依桜さんは、西軍の応援団に所属し、ものすごくエッチな恰好をして応援していることで、かなりの注目を集めております。しかも、恥ずかしがりつつも、頑張って応援している姿がイイ! と、大変好評です』
き、聞きたくなかったよそんなこと!
と言うか、放送の人はさっきから何を言ってるの!?
『ああ、そうでした。学園長先生から、男女依桜さんに伝言があります』
わざわざ放送を使ってまで伝えることって、何だろう?
学園長先生から、と言う時点で、確実に意味のない伝言なんだろうけど……。
『えー、『落ちるのを期待してるね!』だそうです!』
……ほんっっっっとうに! あの人はお仕置きしたほうがいいよね、これ!
なんで、公衆の面前でそんなことを伝えられるの、あの人!?
それに、自分の学園の生徒に対して、落ちてって……それでも、教育者ですか! 学園長先生!
『まあ、それはこちらも期待するとしまして……』
なんで放送の人まで、期待しちゃってるんですか!?
おかしいよ、この体育祭!
『それでは、生徒の皆さんはスタート地点に立ってください!』
心の底から走りたくないと思っているけど、これも体育祭なので……やるしかない。
放送の人の指示に従い、スタート地点に立つ。
……かなりの数の視線を感じるのは、きっと気のせいじゃないと思う。
何? もしかして、期待しちゃってたりするの?
……絶対その期待通りにならないようにしないと。
「それでは、位置についてー。よーい……」
パァン!
スターターピストルが鳴り響き、一斉に走り出す。
まずは、スライムプール。
プールに上るための階段を使って上り、橋の前へ。
軽く片足だけ橋の上に乗せてみる。
「……うん。すごく滑る」
ちょっと乗せただけで、結構滑った。
たしかに、アイスリンク並みに滑るって言うのも間違いじゃない。
……師匠、これを走って渡ったの? おかしいよね、あの人。魔法や能力、スキルを使ったようにも感じられなかったから、素の身体能力だけでクリアしたことになるんだけど。
……やっぱりおかしいよ、あの人。
はっ! なんだか、すごく鋭い視線を感じる!
恐る恐る、その視線の先に目を向けると……
『……(にこ)』
満面の笑みの師匠が、ボクを見ていた。
や、やれってこと、ですよね……あの顔だと……。
う、うぅ……やりたくないよぉ……。
いくら、異世界で鍛えていたとしても、こんなに滑る足場を走り抜けるなんて、普通はできないよ……。
これに関しては、簡単にできていた師匠がおかしいんだもん……。
なんでできるんだろう、あの人。
「……うだうだ考えるのはやめよう。一刻も早く、クリアしないと……よし!」
覚悟を決めて、橋を渡り始めた。
思い出すんだ、ボク……師匠との地獄のような修業を!
斜度が50度以上もある坂で、その上から油を流されることに比べたら、遥かにマシ……。むしろ、あれは本当に地獄だった。
坂だもん。滑るもん。落ちるもん。
それに比べれば、ただ滑るだけの平坦な板なんて、辛くもないはず。
そう思って走っていると、本当に辛くはなかった。
意外とすんなりと走れている。
これなら、たった10メートルの距離くらい、すぐに渡り切れるはず――そう思っていた時期が、ボクにもありました。
『おいおい。あたしは、片手滑走をしたってのに、お前は走るだけか?』
「し、ししょっ――わ、わわわっ!?」
突然、師匠の声が頭の中に響き渡り、それに驚いたボクは集中力を欠いて、足を滑らせてしまった。
もちろん、どうなるかは……分かり切ってますよね。
どぼんっ!
落ちた。それはもう、見事に落ちましたよ。スライムプールに。
「ぷはっ……けほっ、けほっ……うぇぇ……口に入ったよぉ……ぬるぬるするよぉ、気持ち悪いよぉ……」
落下してすぐに立ち上がるものの、もう手遅れ。
全身スライムまみれになってしまった。
『お、おーーっと!? なんと、男女依桜さん、スライムプールに落ちてしまいました! 素晴らしい! 本当に素晴らしい光景が目の前で繰り広げられています!』
……素晴らしい、光景?
……すっごく、嫌な予感がするんだけど……。
『まあ、とりあえず、男女依桜さんのために申し上げます! 透けてますよ!』
………………………ふぇ?
その放送の人のセリフで、ぎぎぎっと、自分の体に視線を落とす。
……透けて、いました。
ばっちりと、下着がうっすら見えていました。体操着が、スライムで濡れることによって、ボクの下着がばっちり、透けてしまっていました。
「き、きき……きゃああああああああああああああああああああっっっ!!」
体が徐々に熱くなるのと感じ、頭までそれを感じると、ボクは悲鳴を上げた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』
ボクが悲鳴を上げるのとは裏腹に、会場は……なぜか歓声に包まれていました。
……この学園ってぇ……この学園ってぇっ……!
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