第101話 依桜ちゃんの障害物競争 上

『お知らせです。障害物競争の準備が整いましたので、出場する選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』


 はい。ボクの出番が来てしまいました。


「そ、それじゃあ、行ってくるね」

「ああ、頑張ってな」

「依桜なら大丈夫よ。まあ、障害物を壊さないようにね」

「がんばって、依桜君!」


 態徒はなぜかいないけど、三人からの声援を受けて、ボクはグラウンドへ向かった。



 グラウンドに集まると、障害物競争に出る人はみんな楽しそうな表情だった。

 さっきの、パン食い競争を見て、その表情をできるのだから、本当にすごいと思います。


 あ、そうそう、ボクの服装は、普通の体操着に戻ってますよ。

 体操着で出ないといけないですからね。

 ……一応、あれで出てもいい、とは言われてたけど、断固反対しました。


 あれで障害物競争に出場するとか、正気の沙汰じゃないよ。

 無駄に注目を集めるだけだよね、あの服。

 ああもう……なんでボクはOKしてしまったんだろう。


 そもそも、指定の服じゃないのなら、別に断っても問題なかったような気はするんだけど……なんかこう、苦労している人の気持ちがよくわかるので、つい、許可を……。

 しかも、徹夜して作った、なんて話を聞いてしまったら、断るに断れないもん……。

 さすがに断るのは、ね……胸が痛いので……。


 はぁ……。


『さて、選手の皆さんが集まったようです! それでは皆さん、コースをご覧ください』


 あ、なんかすでに見たような状況。

 これ、パン食い競争の時と同じなような……?


 とりあえず、コースの方に視線を向ける。


 そこには、例によって、等間隔でカーテンが被された何かが四つ設置してあった。

 ……あ、うん。さっき見た。


『まず、第一関門オープン!』


 バサッと音を立てて、カーテンが取り払われると、そこには、


『御覧の通り、スライムプールです!』


 …………えぇ?

 いや、ええぇ?


 第一関門として、コース上に現れたのは、10×5メートルのプールだった。


 その上には、片足分の幅しかない橋のようなものが。なんだか、妙にてらてらしているような気がするのは……気のせいだろうか?

 そして、そのプールには、緑色の何か……スライムが満たされていた。


 いや、あの……え、これ障害物競争なんだよね? なんか、明らかに障害物競争の度を超えている何かが目の前に置かれていてるんだけど。


『ちなみにこちら、橋にはちょっとした仕掛けが施されておりまして……大変滑りやすくなっております。どれくらい滑りやすいかと言いますと、スケートリンクくらい滑ります』


 馬鹿なの!? ねえ、馬鹿なの!? これ、確実にスライムプールに落とす気満々だよね!? 何考えてるの!?


 よく見てよ! 女の子も普通に出場してるんだよ? 頭がどうかしてるんじゃないの!?

 ……あ! だから、障害物競競争に出る人は、着替えが必要って書いてあったんだ!


『一応、誰かに実践してもらいたいのですが……誰かいらっしゃいませんか?』


 馬鹿だよ! 本当に馬鹿すぎるよ!

 そんな馬鹿みたいな仕掛けを、自ら率先してやるような人なんて――


「ふむ。なら、あたしがやろう」


 いたよ。いちゃいましたよ。

 しかも、師匠だよ。よりにもよって、師匠だよ。

 何してるんだろう、あの人。

 概ね、


『お、修業になりそうじゃないか! ついでに、弟子も出るし、ここは師匠として手本を見せてやろう』


 みたいな考えなんでしょう。


『どうやら、最近赴任してきたミオ先生が実践してくれるそうです!』


 ……そもそも、障害物競争の一つのものを誰かが実践するって、おかしいと思うんだけど。

 この学園、やっぱりどこかおかしい。


 それと、師匠が出てきた瞬間、歓声が上がったのは、師匠が美人だからなのだろうか?

 と言うか師匠。体育祭ですら、その薄着なんですか? ジャージくらい着ましょうよ。


「んで? これを走って超えればいいのか?」

「そうですが……いいんですか、ミオ先生?」

「何がだ?」

「いえ、普通こう言うのって、女性の人は嫌がるものなのですが……」

「なに。落ちなければいいだけだ」

「え、でもあれ、相当滑るのですが」

「はは! 斜度50度越えの坂の上から油を流されるわけじゃあるまい」


 それ、師匠がボクに課した修業方法じゃないですか。

 それとなく心配している先生だって、疑問符浮かべてるよ。


「さて。これを走ればいいんだな……ふっ」


 短い呼気を出した直後、師匠の体が爆ぜるように動いた。

 前傾姿勢で走り、滑る橋をまったく意に介さない走りで、どんどん渡っていく。

 たったの10メートルだけだけど、滑るのなら相当長く感じそうなものだけど……そこは師匠がおかしいのです。

 そんな師匠、道中、脚を滑らせるものの、


「よっと」


 橋に片手をついて、そのまま滑走していった。

 ゴール直前のところで、ハンドスプリングしたのち着地。


「っと、これでいいのか?」

『ええええええええええええ!? す、すごい! ミオ先生すごい! スライムプールに落ちることなく! 完璧に渡り切ってしまいました!』


 ……師匠、足場とか関係ないもん……。


 あの人、地形すらもうまく使って動くから、本当におかしいよ。

 実際、今の動きだって、向こうの世界でも使ってたし。それも、師匠の中では、初歩中の初歩な動き。


 ボクもあれ、一応はできるけど……師匠ほど綺麗にはいかないよ。

 そんな、師匠のおかしな身体技術が披露されたことで、


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』


 会場は沸いた。

 まあ、うん。体操の選手もびっくりな動きしてたもんね、師匠。


 この世界に、あれと同じ動きをしてくれ、って言われてできるような人って、いるのだろうか?

 いたら、是非とも、会ってみたいものです。


『ええ、素晴らしいものを見せていただいた、ミオ先生、ありがとうございました! 今のは、成功例ですが、失敗した場合、スライムまみれになるという、悲惨な状況になってしまいますので、女子の選手は、特に気を付けてください。大惨事になりかねませんので。ですから、ゆっくり渡ることも大事です』


 その瞬間、女の子の選手の人たちの顔が真っ青になったのを、ボクは見た。

 ……かく言うボクも、真っ青です。


 ただ、ボクの場合はスライムまみれになることじゃなくて(それもあるけど)、師匠が満面の笑みでこっちを見ているからです。

 あれ、どう見ても、


『あたしはあれくらいでやったぞ? お前も、走ってできるよなぁ?』


 って言ってるよね?

 ボクにゆっくり行く、と言う選択肢はないみたいです……。


『ちなみに、万が一落ちてしまった場合、そのまま第一関門を突破してしまって構いません! 減点になるようなことはないので、ご安心を』


 全然安心できないよ。

 スライムまみれになってしまうことを考えたら、全然安心できないよ。


『さあ、続いての関門の紹介に行きましょう! 第二関門、オープン!』


 カーテンが取り払われ、ボクたちの前に出現したのは、


『クライミングです!』


 高さ5メートルくらいの、アスレチックなどでよく見かける、台形のあれだった。

 ……なんか、すごく悪意を感じるのは気のせい?


『こちらは、至ってシンプル! ただ、ロープを使って上るだけです! もし、ロープが難しい、と言う人は、ボルダリングと同じように上れる場所がありますので、そちらを使ってください! なお、この関門は、第一関門で落下してしまった場合、相当キツイものになりますので、できるだけ、第一関門で落下しないよう、頑張ってくださいね』


 だ、だよね……。

 絶対、それが狙いだよね、あの第一関門。

 ……それ以外の、悪意も感じるけど。


『さあさあ、続いて、第三関門です! オープン!』


 続いて、コース上に現れたのは、


『射的です!』


 お祭りの屋台などでよく見かける、射的だった。

 ……あの、本当に障害物競争との関係なくなってないですか、これ。


『えー、こちらの射的。一人につき、五発まで撃つことができます。狙ってもらうのは、あちら! 紙です!』


 どういうこと?

 なんで、紙を狙うの?


『実はこの紙にはですね、お題が書かれております。例えば……グルグルバット×10と書かれていれば、それをやってもらいます。ほかにも、人参の乱切り×30本や、ジャガイモの角切り×50などがあります!』


 本当に、関係あるの? これ。

 あと、なんで人参とジャガイモ?

 何か料理でも作らせようとしているの?


『ここで、五発以内に、一枚でも当てることができれば、そのお題をやるだけで最終関門に進めますが、万が一、全弾外してしまった場合ですが……その場合は、筋トレをしてもらいます。腹筋20回、腕立て伏せ30回、スクワット10回、背筋20回をしてもらいます。あ、これは全部やるので、頑張って、命中させてくださいね!』


 お、鬼だ! 鬼がいる!


 運動が苦手な人でも、優勝するチャンスが最も高いと言われている、障害物競争に、一番持ってきてはいけないものを持ってきちゃってるよ!

 合計で80回もの筋トレをしないといけないって、地獄すぎない!?


 脳筋な人とかは、そっちに行きそうだけど、運動が苦手な人とか、絶対に死んじゃうよね!? これ、異世界に行く前のボクだったら、確実に死んでたよ!


 あと、今のボクじゃあ、腹筋と背筋はしんどいんですが。

 ……その辺りは、察していただけると助かります。


 そして、第三関門を見た、ほかの選手の人たちの反応を見ると……やっぱり、しんどそうな顔をしていた。


 だ、だよね……。

 これ、女の子に優しくない競技だったんだね……。来年は絶対でないようにしよう。


『そして、最終関門! オープン!』


 最後に、コース上に現れたのは、


『網くぐりです!』


 すごく、普通なものでした。


 え? さっきまでの、三ヵ所、何だったのって思えるほど、普通でした。

 第一関門は、スライムプールで、第二関門は、クライミングで、第三関門は射的。そして、最終関門は……まさかの、網くぐり。


 ものすごく、普通。


 あれだけ、おかしなものが並んでいた第三関門までを、笑い飛ばさんばかりに置かれている網。本来なら、ごくごく普通に設置されているはずなのに、前の三つが異色すぎて、完全に網が浮いてしまっている。


 おかしい。本当におかしい。


 たしか、この学園の障害物競争は、先生方が決めてるって話だったけど……これ、どう考えても、考えたのあの人だよね。学園長先生だよね?

 特に、第一関門のスライムプールとか、絶対の人が言いだしたよね?


 第二関門と第三関門は、誰が考えたのかは分からないけど、少なくとも、まともな人じゃないということだけはわかるよ。


 最終関門は、多分……常識的な先生たちが、猛抗議して、なんとか入れた、って感じなのかも。

 ……本当にありえそうだから、怖い。


『この網くぐりに関しては、ご存じの通り、ただ網をくぐるだけです! ただし、20メートルはありますので、体力がガンガン削られることになりそうですが……頑張ってくださいね!』


 結局、馬鹿でした。

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