第44話 テストの結果と、王城へ

「ま、参りましたぁ……」

「やはり、師匠として負けるわけにはいかんなぁ!」


 ボクは地面に倒れながら、降参した。


 はい、案の定負けましたよ。


 師匠、ボクが出発した時よりも強くなっていました、普通に。


 あの後、お互いの持つ武器を激突させ、鍔迫り合い。

 そのまま、お互いに後ろへ飛びずさり、そこをボクが狙って、ナイフを数本投擲。

 それはまっすぐに飛ばすのではなく、師匠があらかじめ避けるであろう位置に投げる。

 投げたナイフは、狙い通りに師匠に突き刺さった――かに見えた。

 なんと、そのまま師匠をナイフが突き抜けて行ったのだ。

 あまりにも突飛な事態に、混乱したボクは隙を作ってしまい、


「お前、弱くなった?」


 と言いながら、例によって『パラライズショット』を喰らってしまい、今に至ります。

 見ての通り、一瞬で終わりました。


「ま、こういうタイプのスキルや能力なんて、滅多にないし、というかあたしでも見たことなかったしな」

「……師匠、ボクが魔王討伐前に闘って勝ったのって……」

「ん? ああ、もちろん、手加減してたぞ?」

「なんで、手加減を?」

「そりゃお前、すでに魔王を倒せるラインにまで到達してたからだよ」

「……逆に、到達していたのにボクは手加減されてたんですか?」

「そりゃあな。少なくとも、経験を積ませてやりたかったしな。あとは、師匠を超えた、っていう自信を付けさせたかったってのもある」

「師匠、ボク本気で師匠を超えたとは最初から思ってないです」


 だって、明らかに余力があったように見えたもん、その時。

 というか、超えたにもかかわらず、一年で今日のあれは酷すぎる。

 いくらなんでも、変だしね。


「なんだ、わかってたのか? ま、師匠を超えるのは簡単じゃない、ってことだな」

「……身に染みてわかりました」


 元の世界では、最強かもしれないけど、それはあくまでも表だけであって、ひょっとしたら、ボクよりも強い人が大勢いるかもしれない。


 上には上がいる、って言うのはよく聞くけど、本当にそうだよ。

 現に師匠がそれだし。


「ま、何はともあれ。……ふむ、まあ合格だな」

「そ、そうですか」

「だが、予測不能の事態に陥った時に、一瞬でも思考を止めるのは感心しないぞ」

「うぐっ、すみません……」

「……ふ~む、しかしあれだな」


 師匠がちょっと困った顔をしていた。

 ちなみに、ボクの痺れは取れて、今は地面に座ってる。


「やたら可愛くなったせいでさ……ちょっとボロボロのお前を見ると、暴行した後にしか見えんな……」

「いやいや、何を言ってるんです?」

「つか、お前は自分の格好に気づいているのか?」

「え……?」


 言われて、自分の姿に目を落とす。

 最初の回避能力テストの時に受けたと思われる傷が至る所に。


 ただし、どれも傷はほとんどなく、切れていたのは服。

 そう、服です。

 服が所々切れていることによって、ボクの胸や肩、お腹、太腿にふくらはぎと、色々と見えてしまっている。


「なんか、罪悪感が半端ないんだが……」

「あ、あはは……」

「お前、恥ずかしくないのか、それ?」


 正直、すごく恥ずかしい……んだけど、どういうわけか、師匠に対してはそんな気持ちが一切沸かない。

 あれかな。

 普通に師匠には寝顔や裸を日常茶飯事のレベルで見られていたせいかも。


「いえ、師匠だからかあまり恥ずかしい、って言うのはないですね」


 ……まあ、これが未果とかだったら顔を真っ赤に染めていた自信があります。

 その場でうずくまることもセットで。


「そうか。……んで、イオよ」

「なんですか?」

「晩飯、ステーキよろしく!」

「はいはい。一番いいのを買ってきますね」

「ひゃっほい! 久々のイオのドラゴンのステーキ! 楽しみだなぁ!」

「あと、採取前に話した通り、お酒も出しますね」

「うおおおお! テンション上がるわ!」


 好物とお酒を出すと言っただけで、この喜びよう。

 現金だなぁと思うのと同時に、ちょっと微笑ましく思ってしまった。



 他愛のない話をしながら家に戻っている最中、ふと気になったことを尋ねていた。


「ところで師匠、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「なんだ、いいぞ?」

「最初の『柏手』って、スタート以外の意味もあったように感じられたんですけど……あれって、何の意味が?」

「ん? ああ、よく気が付いたな。実はあれな、『柏手』のほかに、もう一つ能力を使ってたんだよ」


 まさかの返答が返ってきた。


「『音波感知』っつってな。まあ、音の反響でどこに何があるかを探る能力だ」


 それって、要するに制限はあるかもしれないけど、エコーで周囲の物、生き物すべての場所を把握できる、ってことに等しい気がするんだけど……。

 というか、


「そんな能力、あったんですか?」

「ああ、あったぞ。そもそも、あたしがなんで『柏手』を強化していたと思う?」

「えっと、大きな音で相手を硬直させるため?」

「まあ、それもあるだろうが、実はそれ以外にもある。実は、『柏手』を強化していってたら、ある日『音波感知』なんつーもんが偶然手に入ってな。よくわからない能力だったんだが、色々と探っていくうちに、音の反響で周囲の建物の構造、物体、生き物など、色々なものの場所を把握できるとわかってな。だが、人間が発せる音なんて高が知れてるだろう? そこで、『柏手』の出番ってわけだ」

「つまり、音を大きくすればするほど、把握できる範囲が広がる、ってことですか?」

「そうだ。ま、ほとんど使えないし、さっきお前に見せた『残像』がなければ、ほとんど使えない能力とスキルと言っていい」


 なるほど。じゃあ、あの時ナイフが突き抜けて行ったのは、その『残像』って言う能力かスキルの効果なんだ。


 この人、本当にどこへ向かっているの?


「使いどころも限られてくるから、サシでやるとき以外は使わない策だな」

「でしょうね」


 大人数相手にあの策は、さすがに無謀とも言えるし。

 ボクには使えないタイプのものだろうなぁ。


「そんなわけだ。ふむ……時間は、大体三時くらい、ってところだな」


 日の傾き加減で、おおよその時間を把握する師匠。

 ボクの世界でも、昔の人とかそれで大体判断していたみたいだけど、やっぱり感覚や経験なのかな?


「帰るか」

「そうですね」


 ボクとしても、ステーキを焼いたり、お酒を用意するのなら、王都の方へ行ってお買い物を済ませたいし。

 本当、ここが誰もいない場所でよかった……。

 自分の姿を見ながら、そう思うボクだった。



「おじさん、これと……これ、ください」


 師匠のテストの後、家で着替えてから、ボクは王都へと来ていた。


 もちろん、お買い物のため。


 今日買うのは、ドラゴンのお肉と、人参とブロッコリー、それからお酒。

 この世界の成人年齢は十五歳なので、ボクはとっくに成人している身。

 だから、お酒を買える。


 この世界じゃ、未成年の子供がお酒を買うのは何ら問題ないみたいだけど、日本出身のボクとしては、ちょっと複雑な心境。


 まあ、学園長先生の会社が、アルコールが一切入っていないのに、お酒を飲んだ人みたいに酔える、なんて言う飲み物作ってたけど……あれも、どうかと思うけどね。


「んーっと、あとは……って、あれ?」


 頭の中でリストを浮かべていると、ふと、前方に豪華な馬車が見えた。

 あれって……王様の、というより、王族の馬車、だよね?

 どこかにお出かけ……


「じゃ、ないみたいだね。こっちに向かってきてるし」


 自惚れではないと思うけど、どうみてもあの馬車は、ボクに向かってきている。


 どうしたのかなと思って、ぼーっと見ていると、案の定というか、ボクの目の前で停止し、中から見知った人が出てきた。

 王様だ。


「やあ、イオ殿」

「こんにちは、王様。えっと、どうかしたんですか?」


 王様が見えたことで、周囲が騒然となり、ボクがいつも通りに話すと、さらに周囲が騒がしくなった。


「いやなに。少し、イオ殿に用があってだな。今は大丈夫かね?」

「えーっと、今は師匠の夜ご飯の買い物をしているところですけど……」

「おお、そうか。それはすまない。少しの時間だけでいいのだが、構わないだろうか?」

「うーん……少しでしたら、大丈夫です。王様との用事、と言えば、師匠はわかってくれると思いますし」


 ……まあ、王様をクソ野郎呼ばわりしているから、保証はできないけどね。


「そうかそうか! じゃあ、馬車に乗ってくれ」

「わかりました」


 一体どうしたのだろうか?

 まあ、魔王は討伐済みだから、緊急の用事、というわけでもなさそうだし、いいよね。


 師匠、ちょっと行ってきますね。


 と、軽く心の中で呟いたら、


『ああ、いってらっしゃい』

「ふぇ!?」

「ど、どうしのだ? 突然声を上げて……」

「あ、す、すみません! ちょ、ちょっと目の前をむ、無視が通りまして……」

「そうか。イオ殿でも、驚くことはあるのだな」

「あ、あはは……」


 あ、焦った……。というか、すごくびっくりした。


 いきなり師匠の声が頭に響いてきたから、本当にびっくりした。

 おかげで、変な声を出しちゃったよ……。

 なんか、クスクスと騎士の皆さんが笑ってるし……。

 師匠のバカ!


『ふむ、聞こえてはいるが……まあ、今のはあたしが悪いのでな。帰ってきたら、教えてやる。ま、気をつけてなー』


 のんきなセリフを最後に、師匠の言葉は頭に響かなくなった。

 ……どんどん師匠がおかしな方向に。

 本当にどこへ向かっているのだろうと、気にならずにはいられないボクだった。



『今の見たか?』

『ああ、見た見た!』

『えらく可愛い娘だったよな!』

『しかも、見たこともない髪色だったな』

『やっぱり、貴族様なのかね?』

『いや、あんなに美しい人は見たことがないな』

『あの人、勇者様に似てなかった?』

『えー? 気のせいじゃない?』

『でも、銀色の髪なんて、勇者様しか見たことないよ?』

『う~ん、親類の人なんじゃないかな?』

『そうかも! でも、本当に綺麗な人だったね』

『うんうん! どんな人なんだろう?』



「それで、えっと、ボクに何か用って言ってましたけど……」


 馬車に揺られながら、王様に用件を尋ねる。


「いやなに。明後日の件について、話があってな」

「あ、そういうことでしたか。でも、それでしたら明日でもよかったのでは?」

「それはそうだが……パーティーに出席するのであれば、ドレスを、と思ってな」

「……ドレス、ですか」


 ……なぜだろう、いやな予感がする。

 こういう時のボクの予感は嫌というのほどによく当たる。

 というか、そもそもドレスというのがおかしい。


「いや、あのボク男ですよ? なのにドレスって……おかしくないですか?」

「何を言っているんだ。君は今、どこからどう見ても女子おなごではないか」

「で、でも……」

「先日も言ったと思うが、イオ殿がそのような姿になってしまったことは、公表するのだぞ? であるのならば、そなたが女物の服を着るのは当然のことであろう?」

「うっ……」


 そう、だよねぇ……。

 今のボクはどこからどう見ても女の子だし、そんな子が男装なんてしてたらおかしいもんね……。

 ボクはそっちの方がいいんだけど、周囲の目もあるし……何より、それはそれで問題、か。


「はぁ……わかりました。でも、あまりおかしなものにはしないでくださいね?」

「わかっておるわ。むしろ、勇者であるイオ殿に恥ずかしい格好をさせようものなら、儂が殺されてしまうわ」

「ボクの職業、勇者じゃなくて、暗殺者、ですけどね」

「はっは! そうだったな!」


 ここの王様は、堅苦しいことが嫌い、なんて言う王様なので、ボクとしてはかなり好印象。

 変に格式張った王様とかじゃなくてよかったよ。


 それに、騎士の人たちもいい人ばかりだしね。

 ただ、ボクが笑いかけると、頬を赤く染めるのはなぜなんだろうか?

 ボク、恥ずかしいところでもあったのかな?

 騎士の人たちの反応が気になりつつも、王様と客車の中で話しながら王城をへ向かった。

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