第45話 突然の……

「このドレスならどうだろうか?」

「えーっと……これなら、いい、かな?」


 王城に着くなり、ドレス選びとなった。

 到着してすぐ、一つの部屋にボクは案内された。


 その部屋は、様々な種類のドレスや男性用のスーツのような服が置いてあった。

 それでいろいろなドレスを見せられ、こうして選んでいる状況。


 やたら露出が激しかったり、スカートが長すぎるものもあれば、大人しめなデザインの服もあった。


 ボクとしては、やっぱりそこまで派手じゃないものがいい。


 その要望を出したところ、一着のドレスを渡された。


 たしか……Aラインって呼ばれるタイプのドレスだったかな?

 胸元はちょっと開いちゃってるけど、ほかのドレスに比べたらましかな。


 それに、スカートもちょうどいい長さだし。

 ふくらはぎの中ほどまであるし、これならそこまで派手じゃないし、目立たないかも。


 色も、個人的に好きな水色だから、さらにいい。


「ならば、これにするか?」

「そう、ですね。これなら、あまり目立たないと思いますし」

「……どうあっても、目立つとは思うがな」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもない。では、試着してみるかね?」

「そうですね。念のため、一度着ておいた方が、後々困りませんしね」

「そうかそうか。では、そこの試着室を使うといい。誰か、イオ殿の試着を手伝ってあげなさい」

「かしこまりました」


 おお、王様の一声でメイドさんがどこからともなく現れた。

 すごい、どこにいたんだろう?


 気になって、こっそり気配感知を使う。

 ……なるほど、これ『擬態』を使ってたんだ。


 気配感知の結果、この部屋には、このメイドさん以外に、六人くらいのメイドさんたちが控えていた。


 かなりレベルが高い……いつ襲われても対処できるように、ってことかな?


「イオ様。こちらへどうぞ」

「あ、はい」


 メイドさんに促されるまま、ボクは試着室に入っていった。



「ふぅ……ようやく、話がまとまったな」


 私は廊下を歩きながら、一人ごちる。

 今日は、ノーレス侯爵家との会談だった。

 内容は、内政に関することだ。


 近々、兵力増強のために、騎士団を増員するという計画が出ているため、それの交渉に僕が出向いていた。


 ノーレス侯爵家は、優秀な騎士を数多く輩出している名門であるため、侯爵家に相談しに行ったのだが……。


「やはり、難しい、か」


 話はまとまったものの、魔王軍との戦いがあったため、今はそこまで余裕があるわけではない。


 王都の方は比較的マシだ。


 しかし、マシというだけで、被害がなかったわけではない。


 王都は南区、東区、西区、そして王城がある北区がある。

 南区と東区は、平民が多く住んでいるエリア。

 西区には、権力を持った貴族たちが住んでいるエリア。


 今回の戦の被害が一番大きかったのは、西区だった。


 魔王軍は平民を無視し、西区に攻め入ったことがあり、いくつかの家は魔王軍によって滅ぼされてしまい、現状は空席がある。


 兵力的には問題はなかった。


 しかし、相手を侮っていばかりに、いくつかの有力な貴族が滅ぶに至ってしまった。


 これは、私たちの慢心が招いたことだ。

 大事な、我が国の民たちも、多く犠牲になったと聞く。


 中でも、魔族が住む『黒の領域』に近い農村などは、ほとんどが壊滅してしまったと報告を受けている。


 それだけでなく、国の至る地域で、大小さまざまな被害があった。

 それを考えるならば、今後兵を増やすしかない、という結論に至った。


 幸いにも、ノーレス侯爵家は被害が少なく、先の戦争でも多大な貢献を示してくれた。

 さすがに、騎士の名門と呼ばれるだけはある。


 昔は男爵家だったらしいのだが、優秀な騎士を多く輩出し、国の争乱時には必ず活躍するなど、それによって大きくなった家だ。


 実力だけでのし上がってきた家であり、領民からの人望も厚く、私たち王家からの信頼も厚い。


 だからこそ、兵に関することを相談しに行った。


 兵力増強には賛成してもらえたのは助かった。


 今回の被害に関して、一番嘆き悲しんでいたのは、ノーレス侯爵家の人たちだった。

 彼らは、人を守ることを使命だと認識しており、この家の出のものは基本騎士団に所属している。


 領民についても、そんなノーレス侯爵家の人に憧れ、騎士を志す者も少なくはなかった。


 守れない、ということは無力であるのと変わらない、と。


 そして、勇者殿には心の底から感謝しているとも。


「勇者殿、か」


 父上から聞いた話だと、魔王討伐を果たしたのはその勇者殿だという。


 今から一ヶ月ほど前に討伐がなされ、帰還していったとか。


 私は、最後まで会わなかったが。


「一体、どのようなものなのだろうか?」


 なんでも、銀色の髪で碧い瞳の小柄な少年だと聞かされている。

 銀色の髪、か。


 少なくとも、この国には銀色の髪をしたものは一人もいない。

 海を越えた先には、『神の楽園』があると聞くが、いるとすればそこだろうと。


 召喚から三年で魔王討伐を果たしと聞いたときは、耳を疑った。

 勇者殿がこの世界に来たときは、弱かったと騎士のものが言うのだ。


 最初こそ、剣も碌に振れず、魔法の才能もほとんどない、そんな少年だったと。


 しかし、徐々に強くなっていき、召喚から一年経った頃には、騎士団長であるヴェルガを超えたとのことだった。


 騎士団からはもう何も得られないと考えたのか、それとも足りないと思ったのか、勇者殿は王城を出て旅に出た。


 なぜ旅に出るのか、と尋ねた騎士がいたらしく、その問いに勇者殿は、


『これじゃ、魔王を倒すには足りないと思うんです。だから、ボクをもっと強くしてくれそうな師匠を探しに行きます』


 と答えたそうだ。


 その時の勇者殿の瞳には、強い意志のほかに、焦燥感に似た何かが宿っていたと。


 その一年間は、どこにいるか不明で、なんどか王都での目撃情報がもたらされていたが、それが定かかはわからず、気のせいかもしれないと結論付けていた。


 同時に、逃げたのではないか、と言い始める者も現れ始めた。


 しかし、旅に出た一年後、再び勇者殿の存在が国中で確認され、襲われている町や村を助けて回っていたというのだ。

 しかも、魔人族が大勢押し寄せていたにもかかわらず、ほとんど一人で殲滅するという並外れた戦闘力を有していたと、助けられた者たちは興奮気味に言っていたそうだ。


 そうして、召喚から三年、ついに魔王を討伐し、十日ほど休息を取ってから、帰還されたと。


 会う機会は、それなりにあったはずなのだが、タイミングが悪かったのか、一度も会うことはなかった。


 一度会って、お礼を言いたかったのだが……と残念に思っていた。


 ところが、つい先日、その勇者殿が再びこの世界に現れたと、父上が仰っていた。


 ぜひお会いしたい。そう思ったのは、私だけではなく、妹もだったようで、勇者殿の話に食いつき、お会いしてみたい、と言っていた。


 私も便乗する形で、父上に願い出た。


 が、


『どうやら、こちらで滞在している間は、鍛えてくれた師匠の下で過ごすと言っておってな。どこにいるか、儂にはわからないのだ』


 父上にも場所がわからないそうだ。


 その事実に、私と妹――フェレノラはがっかりしてしまった。


 聞くところによると、フェレノラも勇者殿とは会ったことがないのだという。


 だからこそ、この国――世界を救ってくれた勇者殿にお会いしたいのだ、と。


 その気持ちは私も同じだった。

 この世界でないものに、世界を救うという重大な使命を押し付けてしまったのだから。


 だから、居場所がわからないと言われたときは、本当にがっかりした。

 だが、父上が奇妙なことを言っていた。


『……レノの婿に、と思っていたのだがな……あれでは、結婚そのものは不可能、か』


 どうやら父上は、勇者殿にフェレノラをもらってほしかったようだ。


 私としても、会ったことはないが、勇者殿になら任せられると考えていた。


 だが、結婚そのものが不可能、という部分にはいささか疑念を抱いた。

 相手がただ断ったのであれば、不可能という言葉は出ないはず。

 そうなれば、その者が不可能、という言葉ではなく、難しい、という方がしっくりくる。

 ところが、父上は、結婚そのものが不可能言葉を漏らしたのだ。


 一体なぜ?


 身内贔屓になるかもしれないが、フェレノラは美しい。


 貴族、民の間では、国一番の美貌の持ち主と称されるほどに美しい。


 とはいえ、この際フェレノラの容姿は関係ないと思われる。

 なにせ、会ったことがないのだから。


 そう考えると、別の要因が考えられるのだが……それがわからない。

 一体なぜ、父上は不可能と言ったのか。


 もしかすると、自分の弟になるかもしれない相手。

 だからこそ、私は確認をしたいと思っていたのだが……。


「どこにいるのか……」


 居場所がわからないのでは、確かめることも不可能。

 どうにかして、会わなければ。

 そう思っていると、通り過ぎた部屋から、何やら会話が聞こえてきた。


『おお、イオ殿は、本当に美しいな』


 この声は……父上?

 たしか父上は、大事な要人を見かけたので、迎えに行ってくる、と言って飛び出していった。


 その父上が、いつの間にか帰ってきていて、誰かと話している。

『イオ』、という名前に引っ掛かりを覚えたが。


『そ、そうですか?』


 聞き覚えのない声……歳は若いな。


 十六、七くらいだろうか?

 大体フェレノラと同じくらいの年齢に感じる。


 しかし……


『イオ殿、ドレスの着心地はどうだ?』

『特に違和感はないですし、それなりに伸縮性もあって動きやすいですね』

『そうかそうか。やはり、イオ殿にはパーティーで目立ってもらいたいからなぁ』

『あ、あはは……ボクはあまり目立ちたくはないんですけどね……』


 何とも綺麗な声だ。

 まるで、鈴の音のように澄んだ、凛とした声をしている。

 このような美声の持ち主がいたとは。


 どんな人物なのか一目見てみたい。


 そう思うのだが……やはり、『イオ』という名には、妙な引っ掛かりを覚える。


 ……そう言えば、召喚された勇者は『イオ・オトコメ』という名だと父上から聞いたな。


 もしや、勇者殿なのか?


 いやしかし、勇者殿は少年だったと聞いている。


 だが、この部屋から聞こえてくる声は、少女のものだ。

 ……一体、どういうことだ?


 これは、確かめるしかない、な。


 コンコン


『誰だ?』

「父上、私です。入ってもよろしいでしょうか?」

『おお、セルジュか。ああ、大丈夫だぞ』

「では、失礼します」


 父上の許可をいただいてから、私は室内に入った。


 そして、その先にいた少女を見て、私は目を奪われた。


 腰元まで届いた見たこともない、まるで絹糸のような綺麗な銀色の髪に、優し気な印象のある碧き宝石のごとき瞳。

 幼い少女と大人の女性、その両方を兼ね備えたような可愛らしい顔立ち。

 身長は小柄だが、それを補って余りあるほどの、スタイル。


 そして、あのドレス。

 肩や胸元の露出こそ多く、陶器のような透き通る真っ白な肌を見せつけるようにさらしているが、着ている少女の楚々とした雰囲気と相まって、一切下品に感じず、それどころか、まるで女神のごとき美貌と雰囲気を醸し出している。


 このような美しい少女に、私は今まであったことがあっただろうか? いや、ない。


 そして、どうしたことだろうか。


 私の胸は高鳴り、この少女から目を逸らすことができない。

 このような気持ちは始めただが……何とも心地よい。


 そうか。これが、話に聞く『恋』というものなのだな。


 ああ、ダメだ。

 この気持ちは抑えられない。


 私は、少女に近づき、言い放った。


「私と、結婚してください!」

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