第46話 依桜ちゃん、プロポーズされる

「私と、結婚してください!」

「……ふぇ?」


 突然入ってきた金髪碧眼で長身のかっこいい人に、いきなりプロポーズされた。


 ……え、ちょ、ちょっと待って? これ、どういうこと?

 なんでボク、プロポーズされてるの?


 いや、それ以前にこれは本当にボクに向けて?

 ……だよね。どう見てもこの人、ボクに向けて手を差し出してきてるもん、どう見てもボクだよね。


 お、思い出すんだ、ボク。

 この人との接点を。


 ……………………………………三年間の記憶を掘り起こしたけど、目の前の人と会ったことがない。


 この人を入れることを許可した王様を見ると、顔には驚愕がありありと浮かんでいた。


「……え、えっと……」


 ボクが戸惑い、何を言えばいいか迷っていると、


「はっ! も、申し訳ありません! 私の方から名乗るのが先でしたね」


 慌ててそんなことを言ってきた。

 いや、そう言うことではなく。

 ボクが求めているのはそう言うことではなく。


「私は、セルジュ=モル=リーゲルと言います。よろしければ、あなたのお名前をお伺いしてもいいでしょうか?」

「あ、え、えっと……お、男女、依桜、です」


 あまりにも突然のことすぎて、頭がショートしてる。

 そのせいで、自己紹介がつっかえつっかえになってしまった。


 ……って、ちょっと待って?


 今この人、なんて名乗ったの?


 モル=リーゲル、って言ったよね?


 と、ということは……


「イオさん、ですね? 私はお察しの通り、この国の、王子です」

「あ、あは、あはははは……」


 過去一番の乾いた笑いが、部屋に響いた。

 ボクはどうやら、王子様にプロポーズをされてしまったようです。



 さすがに、椅子も何もない部屋では話がしにくいということで、応接間に通された。


 向かい側に、王様とセルジュ様が座り、その反対側にボクが座るという構図。

 席に着いたのはいい。

 だけど、何を言えばいいのかが全く分からない。


 決して気まずい空気というわけではなく、単純に戸惑っているだけ。

 そんな中、ようやく口を開いたのは王様だった。


「あー、その、なんだ。イオ殿、先は息子が突然の求婚、失礼した」

「あ、い、いえ。ただ戸惑っただけですから……」


 本当に戸惑っただけだしね。


 いや、普通に考えてみてください。

 ドレスの試着をしていて、突然入ってきた人にいきなりプロポーズされるんですよ? 普通に考えたら、驚きを通り越して固まりますよ。


「そ、それで、えーっと……セルジュ、様?」

「セルジュ、で構いませんよ、イオさん」

「そ、そうですか。では、えっと……セルジュ、さん」

「なんでしょう?」


 わ、わー、これがイケメンスマイル、っていうやつかな?

 背後……というか、周囲にお花が見える。


「あの、ボクは、ですね。呪いをかけられて、その……本当は、男なんですよ」


 突然だったとはいえ、これは必ず言わなければならない事実だ。

 だから、確実にセルジュさんを傷つけることになると思うと、胸が痛い。

 ところが、


「そうなのですね。ですが、私からすれば、それは些末なことなのです」


 元男であることを、些末なことと言いだした。


 ……なんだろう、学園長先生にも似たようなことを言われた記憶があるんですが。

 性別って、些末なこと、なの?


「それに、イオさんはイオさんです。仮に、元の姿に戻られたとしても、私は愛せる自信があります」

「そ、そうですか……」


 ま、まっすぐ過ぎませんか、この王子様!?

 今、男でも愛せる、って普通に言ってましたよね?

 傍から聞くと、自分はホモですって公言しているようなものですよ!

 よ、よかった……女委がいなくて、本当によかったっ……。


「こらこら、セルジュ。イオ殿困っているぞ?」

「これは失礼。イオさんへの、溢れ出る愛が止まらず……」


 何を言ってるの!? この人、本当に何を言ってるの!?

 そう言うセリフ、よく言えるね!

 ボクだったら、恥ずかしくて言えないよ!

 それを現実に言えるとしたら、お酒に酔った時の晶くらいだよ!


「いやはや。まさか、セルジュが求婚とはな……しかも、勇者殿にとは。恐れ入ったぞ」


 感心している場合じゃなくてですね。

 ボク、すごく困っているんですけど!

 告白って言う過程をを飛ばして、いきなりプロポーズに走った王子様に驚きを禁じ得ないよ、ボク。


「やはり、勇者殿、なのですね。先ほど、呪いと言っておりましたが、一体どのような?」


 あ、ようやくまともな質問。


「反転の呪いってい呪いですよ」

「あの、伝説の呪いをかけられたのですか? なるほど……」


 やっぱり、伝説になってるんだ、この呪い。


「ど、どうですか? ボクは元々男というだけでなく、呪われた身なのですよ? だから、やめておいた方が……」

「いえ。そんなことは関係ありません! 私は、どんなイオさんでも愛せると断言します!」


 だ、断言しちゃったよ、王子様……。


 どんなボクでも愛せる。

 つまり、男でも女の子でも愛せると本気で言っているところを見ると……一途すぎて、ちょっと怖い。


 いや、一途なのはいいことなんだよ?

 いいことなんだけど……それは、ボクが元々女の子だったら、の話なわけで。


 元々男で、呪いで女の子になったボクは、心は当然、男。

 だから、男に結婚してください、と言われている状況。


 ボクに、同性愛の趣味はないです!

 ボクだって断言しますよ!


「あの、お言葉は嬉しいのですが……ボクは、セルジュさんをよく知りません。それに、ボクはこの世界には一時的に来ている身。あと五日ほどで帰還します。それに……体は女の子でも、心は男のつもりですから、その……ごめんなさいっ!」


 それらしい言葉を並べて、ボクは振った。

 その瞬間、目に見えてセルジュさんが悲嘆な表情を浮かべ、俯いてしまった。


 うっ、罪悪感がすごい……。

 告白を断る人って、みんなこんな気持ちなのかなぁ……。


 で、でも、心は鬼にしないと……。

 さっき、それらしい、と言ったけど、ボクが言ったことは、ボク自身本当に思っていること。


 セルジュさんのことをボクはよく知らないし、セルジュさんもボクをよく知らない。

 それに、ボクがこっちの世界に来ているのは、自分の石ではなく、学園長先生の頼みなわけで……正直なところ、またこっちに来るかはまだわからない。


 頼まれれば来るかもしれないけど、必ずしもこの国に転移するわけじゃないからね。


 冷たいことを言うようだけど、ボクは特に興味はない。


 三年の間で、一度でも会ったことがあったり、積極的に関わって、親しい関係になっていたとすれば、もう少し考えたのかもしれないけど……ボクたちは一度も会っていない。


 だから、ボクは振った。


 いつ会えるかもわからないような人間であり、特別親しいというわけでもない人間なので、ボク的には結婚は考えることはできない。


 だけど、


「でも、お友達としてだったら……ボクは構いませんよ」


 友達としてなら。


 でも、これは残酷なことなんじゃないだろうか?


 友達なら大丈夫というのは、ほとんど『あなたとは恋愛関係には発展しません』という意思表示になってしまうのでは? そう、ボクは思っている。


 よく、お友達から、なんて告白の断り文句を言う人がいる(実際にいるかは分からないけどね?)けど、あれって、本当に恋人関係にまで発展するのだろうか?


 ボクには、恋愛の経験は一度もなくて、誰かを恋愛的な意味で好きになったことはないけど、あれはきっと、告白してきた相手には、かなり残酷なことだと思う。


 きっぱりと断られれば、諦めきれると思うけど、変に希望を持たせてしまうと、『いつか恋人になれるのでは?』という、淡い期待を持たせる結果になりかねない。


 そんな期待を持っている相手に対して、『恋人ができました』と言われたのならば、その人は普通に振られた時よりも、確実に深い傷を負わせてしまう結果になる。


 そう考えると、ボクはかなり残酷なことをしてしまったと、後悔した。

 ところが。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 セルジュさんは、お友達で構わない、と言ったにもかかわらず、パァッ! と満面の笑みを浮かべて、お礼を言い出した。

 ……あれ、なにこの反応。


「よもや、友人から始めようと言っていただけるとは……そうですよね。やはり、お互い何も知らない状態では、結婚しても軋轢を生じてしまう結果になりかねない。それを見越しての発言なのですね、イオさん!」


 なんか、予想の斜め上の解釈をしだしたんだけど!

 ボク、普通に断ったよね?

 あれ、もしかして通じてない!?


「いえ、あの、ですから、ボクは結婚しないと言ったのですが……」

「え!?」


 え、じゃなくて、ボク普通に断ったよね?

 ……やっぱり、通じてない?


 もしかしてなんだけど……この人、一度も恋愛をしたことがない、のかな?


 あ、でも、王子様だし、当たり前のこと、なのかも。


 セルジュさんは、どことなく晶に似た印象を受けるのだけど……根本的に違う気がする。

 この人は、何と言うか……素直、とでも言えばいいのだろうか?

 実直な雰囲気があって、とてもまっすぐな人なんだなという印象を受ける。


 反対に晶は、まっすぐという意味では同じだけど、素直とは言い難い。

 嘘をつくときはつくけど、必要な場面のみ使うって言う感じだし。


 晶だったら考えないでもない……あ、いや、ないね、うん。ない。


「どうやら、振られてしまったようだな、セルジュ」


 ほとんど空気だった王様が、ようやく会話に入ったと思ったら、まるで煽るようなセリフをちょっと笑いながら言ってる。


 親として、それはどうなんですか?


「だがまあ、イオ殿に惚れたお前の気持ちもわかる。なにせ、こんなに美しくなったのだからな」


 美しいと言われても、いまいちピンとこない。

 容姿はあまりいいとは思ってないんだけどなぁ……普通より可愛いかな、くらいで。


 正直なところ、ミスコンで優勝した時も、可愛い人とか美人な人とかいっぱいいたんだけどなぁって気持ちなので、正直美しいって言われても、という風に戸惑いのほうが強い。


 女委にも断言はされたんだけどね。


「しかしまあ、セルジュが良くても、イオ殿的には、心は男のつもりだからなぁ。それがっかりはどうにもなるまい」


 つもり、っていうか、男なんですけど……。


「あ、あはは……さっきも言った通り、お友達としてなら問題ないですから。あの、気を落とさないでください」

「……まさか、求婚した相手から慰められるとはな……いえ、こちらこそ、イオさんの気持ちも考えず、申し訳ない。ですが、その……まだあきらめた、というわけではありませんので、心変わりするようなことがあればいつでも待ちますね」


 す、すごい。この人すごい!

 諦めずにまっすぐ思い続ける姿勢、まるで恋愛漫画の主人公みたい……。


 でもこれ、よく言えばかっこいい、一途、って解釈できるけど……悪く言うと、未練がましい、しつこい、って人によっては思われかねないよね。


 ボクはあまり気にしないけど。一途なのはいいことだしね。


 浮気とかするような人よりかは、全然好感が持てる。


 でも、でもね。


 ボク、一応普通の男子高校生……あ、いや、女子高校生? どっちかはわからないけど、高校生ということに変わりはないからね。結婚したら、王族ってことになっちゃうし……それはちょっと嫌、かな。


 普通に生きて、普通に学校に通って、普通に家庭を築きたい。

 ……まあ、この場合、ボクは夫と妻、どっちになるかは分からないけどね。


 少なくとも、解呪に成功すれば、男に戻れるかも。


 一応、石の件、言っておいたほうがいいかな……いや、師匠に任せよう。ボクじゃ、ちゃんと交渉ができるかわからないからね。


「そ、そうですか。えと、ではボクはこの辺りで帰りますね」

「ああ、引き留めてすまなかったな。よかった送っていくが……」

「いえ、このまま帰りますので、大丈夫ですよ」

「このまま……?」


 ボクがこのまま帰ると伝えると、王様は苦笑いを、セルジュさんは疑問符を浮かべていた。

 ボクにとっての帰るって言うのは、


「明後日こちらに向かいますね」


 部屋の窓から帰ること、である。

 王城はちょっと広くて迷子になっちゃいそうだし、こっちの方が早く帰れるからね。


「ドレス、ありがとうございました。では」


 お礼を言いながら、ボクは窓から飛び降りた。


「い、イオさん!?」


 後ろで、ボクを心配するセルジュさんの声が聞こえてきたけど、問題なし。

 伊達に、師匠に鍛えられてないからね。

 なるべく壁を壊さないよう、壁を蹴ってまっすぐ飛ぶ。


 そうすると、王都の街が見えてきて、ちょうどいい高さにあった壁を蹴って着地。

 そのまま、残った買い物を済ませるため、街の人ごみに紛れて行った。


「驚いたか?」

「え? あ、は、はい。まさか、この高さから平気で飛び降りるとは思いませんよ」

「ま、イオ殿は特別、だからな」


 特別?

 やはり、勇者殿だからだろうか?

 それだったら、特別なのも頷ける。


「いや、お前が思うように、勇者殿だから、というわけではない。お前も聞いているだろう、イオ殿が最初は弱かった、と」

「はい、聞いておりますが」

「つまり、イオ殿が特別というのは、イオ殿を鍛えた師匠にある」

「師匠?」


 師匠というと、ほとんど目撃情報がなく、どこで何をしていたのかが不明だったら、あの一年の間に、本当に師匠を見つけた、のだろうか?


 旅の理由は、師匠を探す、という物だったはず。


 一年で、王国最強と謳われていたヴェルガ騎士団長を超えたイオさんの師匠……。

 一体、どんな人物なのだろうか?


「まあ、お前も聞いたことがあるやもしれんが……イオ殿は、その師匠を、ミオ・ヴェリルと言っておった」

「ほ、本当なのですか、父上?」


 父上の口から出た名前に、私は戦慄を覚えた。


「その師匠という人物が本人かどうかは知らぬが……勇者殿は、自分を暗殺者だと言っていたしな」

「じゃあ、やはり……」

「ああ。イオ殿の師匠はおそらく……『神殺しの暗殺者』、であろうな」

「そう、ですか。それなら、三年で魔王討伐を果たしたのも頷けます」


 ……まさか、イオさんがそんなすごい人の弟子だったなんて……。


「なんか、私が酷く不吊りあいな気がするんですが……」

「しかも、明後日のパーティーには、師匠を連れてくると言っていたし……」

「それ、本当ですか?」

「まあ、師匠の世話がある、と一度断られたので、一緒に連れてきてもいいと伝えたら、来てくれることになってな……そこで、本人かどうかが分かるだろ。正直、儂もそんな伝説的な英雄と会えるとは思って無くてな」

「ま、まあ、数年以上前から消息不明だった人ですからね……」

「くれぐれも、おかしなことをしでかさないよう、参加者全員に言っておかねば……国が滅びかねない」

「で、ですね……」


 とんでもないことになったのでは? と、私と父上は、そろってため息を吐いた。

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