第217話 三度目の異世界1
二月も終わり、気が付けば三月。なんだか、平穏、穏やかな日常がゆるーりと進んでいくと、本当に早く進む気がするよ。
濃い日常だと、なぜかすごく長く感じるのに、不思議なものだよね。
三月はこれと言った行事はない、はず。
そう言えば、ひな祭りって、ボクの場合どうなるんだろう?
あれって、女の子のための日なわけだし……元男のボクは、適用されるのかな?
まあ、どっちでもいいんだけど。
なんて思っていたら、時間は進んでいました。
三月と言えば、卒業シーズン。
ボクたちは一年生だから、あと二年先だけど、今年の三年生はもう卒業になる。
ただ、ボクたちは部活に所属していたわけでもないので、かかわりがある三年生って全然いないんだけどね。
部活は、あんまりやる気がなかったからなぁ。
料理部とか服飾部にはよく誘われてたけど。
というか、文化部系によく誘われていた気がする。
吹奏楽とか、文芸部とか。
あとは、コンピューター部とか。
まあ、ボクはみんなと過ごせればいい、と言う考えだったので、やる気自体はなかったから、全断ったんだけどね。
あとは、生徒会とかも、そうかな。
この学園の生徒会メンバーの決め方は、多分だけど、他の学園と変わらないと思う。
生徒会長と副会長は選挙で決められるんだけど、ほかの職、会計、書記、庶務の三つは、会長が決めるそう。
そのためかはわからないんだけど、今の生徒会長さんが、なぜかボクを勧誘してきたんだよね。
職は何でもいい、って言われたし。
さすがに、生徒会をやる気はなかったので、断ったけど。
あ、そう言えば、もう一つ面白いことがあって、次の生徒会長を決める際、選挙で、と言うのはさっき言った通りなんだけど、その際推薦と言うのがあって、前期の生徒会長が、新しい生徒会長を推薦する、って言う仕組みがある。
その際、前生徒会長からの推薦なので、支持率が高くなる。
そのため、生徒会内ではそれを巡った謎の競争があるそう。
別に、生徒会メンバーから推薦しなくちゃいけない、って言うわけじゃないから、メンバー以外からも推薦させる場合があるらしいけど。
まあ、ボクには関係ないことだと思うし、別にいいんだけどね。
そう言えば、ホワイトデーも近かった気がする。
面白いことに、ホワイトデーと卒業式が同じ日だったりするんだよね、うちの学園。
なんでだろう?
ホワイトデーと言えば、バレンタインのお返しをする日なはずだけど、あれかな。告白の返事がホワイトデー、みたいな感じになるのかな?
まあ別に、お返しはもらわなくてもいいんだけどね。
バレンタインは、好きでやったことだから。
それにしても、卒業式かぁ。
三年生は、三月十四日までが学園だけど、一年生と二年生は、三月十九日までなんだよね。
意外と短いような気がするよ。
春休みは、三月二十日~四月七日まで。
そこそこ長いのかな?
でも、春休みは楽しみだなぁ。
おじいちゃんとおばあちゃんに会えるし。
同時に、この体のことも言わないといけないから、少し複雑なんだけどね。
……信じてもらえる、かな?
だ、大丈夫だよね。うん。大丈夫のはず。
それにしても、平和だなぁ。
ブライズは師匠が世界中を飛び回って消しているらしいし、異世界に関するあれも、今はない。
その内、学園長先生が何か持ってきそうな気がするんだけどね。
それか、異世界にまた召喚されちゃうような事態とか。
……今までの経験を考えると、あり得る。
だって、ボク自身に降りかかってる不幸を考えたら、ね?
そう言ったことが起こっても、なんら不思議じゃない。
あ、今思い出したけど、ボクが行った異世界って、一定の周期で魔王が出現するって聞いたっけ。
最近、その周期が早まって来てるって言うのも聞いた。
もしかすると、それが原因で、また呼ばれちゃうかもね。
……なんて。さすがに、このタイミングで呼ばれることはない――
「……あ、あれ? なんか、視界が白くなってき――」
言葉を言い終わらないうちに、ボクの視界がホワイトアウトした。
そして、三月十日、ボクは再び消えました。
そして、気が付くと、変な場所に。
いや、変な、というか見たことがある場所、なんだけど……。
わずかに発光して見える部屋に、床に描かれた魔法陣。その周りには、水が張ってあって、まるでどこかの召喚場所みたい……というかこれ、そうだよね。
どう見ても、召喚場所だよね。
さらに言うなら、ボクの目の前にいるの、どう見ても王様だよね。
「……」
「……」
お互い無言で見つめあう。
き、気まずい。
すごく気まずい気が……。
なんて言えばいいのかわからず、戸惑っていると、先に王様が口を開いた。
「……あー、えっと、イオ殿、なのだよな?」
「そ、そうです」
「……そ、そうかー……イオ殿が来ちゃったかー……」
何やら王様が苦い顔をしながらそんなことを言ってきた。
「あ、あの……これってもしかして、また、召喚されちゃいました……?」
「いや、まあ、たしかに召喚したんだが……今回、儂たちは召喚などしていない」
「……え?」
どういうこと……?
「まあ、何と言うか、だな……召喚陣が暴走したのか、勝手に発動してしまったらしく……慌てて儂が確認しに来てみれば、この通り、イオ殿が召喚されてしまっていた、というわけだ」
「え、えー……」
まさか過ぎる理由に、ボクは呆然するしかなかった。
さすがに、召喚の間で話すのもあれだったので、応接室に移動。
向かい合うように座る。
「それで、えーっと、ボク、帰れるんですか?」
「ああ、そこは問題ない。勝手に暴走したからか、再度使用は可能だ。いつもなら、再使用までに一年以上かかる上に、特定の日でないと使えなかったのだが、今回は、特別らしく、いつでも使えるみたいだ。ただ、今日入れて、あと二日ほど時間が必要だが……」
「よ、よかったです……このまま、前みたいに数年かかる、なんてことがなくて」
「今回ばかりは、さすがに何とも言えん……ただ、また巻き込んでしまったようで、申し訳ない」
「あ、頭を上げてくださいよ! 別に、今回は王様たちは何もしていないわけですし……。まあ、二日ほどで帰れるのなら、いいですよ。特に用事があったわけでもないですから」
「……そう言ってもらえると、儂としても助かる。して、今回は、どこを拠点とするのだ?」
「こっちの世界に、師匠はいませんし、あそこの家に行くのも……」
多分、また汚くなってるだろうし……。
一応、こっちの世界の物に関しては、『アイテムボックス』の中にしまってあるから、一応金銭的にも問題はない。
そうなると、宿を取った方がいいかなぁ。
「……ん? ちょっと待て。ミオ殿がいない?」
と、ボクが何気なく言ったことに、王様が反応した。
「それはあれか? 死んだとか言う?」
「いえ、そうじゃないですよ。というか、師匠が死ぬなんて想像できませんよ」
「そ、そうだな……。それでは、一体ミオ殿はどこへ?」
「ボクのいる世界です」
「なに?」
「ある日突然、来ちゃいまして……それで、今はボクの家で暮らしています」
「……突然。イオ殿、もしや、そちらの世界にこちらの住人が行っていたりしないか?」
「来てますよ。やっぱり、こっちの世界の人が行方不明になる事件が発生してるんですか?」
予想通りと言うか、やっぱり、向こうに来ていた人たちは、こっちの世界の人だったんだ……。
「そうだ。しかも、行方不明になる人間に共通点はなく、時期もバラバラ。中には貴族や、要人たちも含まれていてな。少し混乱が生じているのだ」
「それは……まずいですね」
「おかげで、滞ってるところもあってな……。まあ、幸いだったのは、後進の育成に力を入れていたおかげで、多少はまわせていることだろう」
「なるほど……」
聞いた限りだと、大ごと、というわけではないみたいだ。
なんだかほっとしたよ……。
「それで、こっちの人はどうなっている?」
「一応、師匠とボクの知り合いが協力して、保護をしているそうです。師匠が乗り出しているので、心配はいらないと思いますよ」
「そうか……。それならよかった」
師匠なら、そこまで心配するようなことはないはずだから、問題はないはす。
変なことをしなければ。
「では、そっちは任せても大丈夫そうだな。……さて、話を戻すとして、イオ殿はやはり、宿に宿泊する予定なのかな?」
「そうですね。お金もありますし」
「よければ、ここに滞在してもいいのだぞ?」
「あー……厚意は嬉しいんですけど、お城の生活はちょっと……」
「遠慮はいいのだぞ?」
「いえ、前にも言った通り、ボクは普通の一般人ですから。こういった、豪華なところで寝泊まりをするのは、気が引けるというか……落ち着かないんですよね……」
「そうか……。それならば、仕方ないな。では、何かあり次第、こちらから使いの物を出そう」
「わかりました。それでは、ボクは失礼します」
「ああ、気を付けてな」
「はい」
そう言って、ボクは応接室の窓からお城を出た。
いや、うん。こっちの世界だと、この出方の方が慣れているというか……しっくりくるんだよね。
暗殺者の仕事をしている時に、よくやってたから。
元の世界じゃ、絶対にやらないけどね。
外に出ると、もうすぐ夜が近づいていた。
向こうでは、まだお昼くらいだったんだけど。
やっぱり、時間の流れに差があるみたいだね。
とりあえず、二日分の宿を取らないといけないので、一旦宿屋に。
たしか、『キリアの宿』っていうところがおすすめ、って聞いたことがあったので、そこを目指す。
街を歩く際、以前のパーティーの影響で、ボクが女の子になっていることは知られてしまっているため、体をすっぽり覆えるようなローブを生成し、それを着こんでいた。
一応、こっちの世界じゃ勇者、っていう立場だもん、ボク。
有名人と言えば、有名人なので、下手に歩くと、注目を集めかねない。
そうなると、宿屋に行く時間が遅くなっちゃうからね。絶対阻止。
……まあ、全身黒のローブで覆った不審者みたいな出で立ちになっちゃってるけど。
奇異の視線を感じつつも、街を歩いていると、目的地である『キリアの宿』に到着。
見た感じ、普通の木造の宿みたいだけど。
とりあえず、中に入る。
『いらっしゃい! 宿泊ですか?』
中に入ると、恰幅のいい四十代前半くらいのおばさんが出迎えた。
「はい。えっと、二日分お願いします」
『はいよ! お客さんは、ここは初めてかい?』
「そうです」
『そうかそうか。食事をする時は、そこの食堂で頼むよ! 宿泊客は安くしとくんで、是非、利用して行ってね』
「わかりました」
『それじゃあ、二日で2000テリルだ』
ボクは『アイテムボックス』から財布を取り出すと、中から紙幣を二枚取り出しカウンターに置いた。
『へぇ、『アイテムボックス』とは、また珍しいものを持ってるねぇ』
ボクが『アイテムボックス』を使ったことで、感心したような言葉を漏らす。
やっぱり、『アイテムボックス』って珍しいんだ。
まあ、ボクも持ってる人をあんまり見かけたことはなかったけど。
『おっと、いけないいけない。名前を書いて盛らないといけなかったんだ。これに、名前を書いてくれないかい?』
そう言って、おばさんが羊皮紙と羽ペンをボクに差し出してきた。
この世界には、一応紙はあるけど、高級品らしいからね。
使うのは、大体貴族の人が大体らしい。
師匠なんかは、バリバリ使ってたけど。
とりあえず、紙に『イオ・オトコメ』と記入。
「書けました」
『あいよ。ふむ……ん? イオ・オトコメ……? お客さん、もしや……勇者様かい?』
「あ、ええっと、ど、同姓同名なだけ、じゃないですか……?」
『こんな珍しい家名、そうそうないよ。もしや、お忍び、って奴かい?』
「まあ、そんなところです。ちょっとした問題があって……」
『わかった。まあ、勇者様が客として来てくれたんだ、これ以上光栄なことはないね。そんじゃ、二階の奥の部屋を使っとくれ。これがカギね』
「ありがとうございます。あの、一応ボクがここにいるって言うことは、内密に……」
『もちろんさね。客の情報を漏らすよう馬鹿なことはしないよ。それに、話したらうちにも、勇者様にも不利益しかないからね。さ、疲れてるだろうし、部屋で休みな。ああ、食堂は十時までやっとるんで、いつでも来な』
「はい、ありがとうございます」
最後に軽くお礼を言って、ボクは渡されたカギの部屋へ向かった。
泊まることになる部屋に行くと、中は清潔感ある内装となっていた。
あるのは、ベッドにクローゼット、一人用のテーブルと椅子くらい。
うん。こう言う部屋はなんだか落ち着くから好きだよ。
ボフッと、ベッドに倒れ込む。
うわ、ふかふかだ。
「……まさか、また異世界に来ちゃうなんてなぁ……」
学園長先生の装置抜きで来ちゃった、と言うのが驚きだけど……そもそも、召喚陣って、暴走するんだね。初めて知ったよ。
……それにしても、なんで暴走なんかしたんだろう?
だって、王様の反応を見る限りだと、魔王が再び出現した、っていう風には見えなかったし……。
もしかして、気付かないだけで、もうすでに新しい魔王が出現してたり、とか?
……だとしたら、かなり困ったことになるんだけど……。
だ、大丈夫だよね? 一応、ボク魔王軍を壊滅させてるけど、大丈夫だよね?
だってボク、戦った魔族の人、魔王を除いたら、ほとんど殺してないもん。
少なくとも、全員の意識を落として、そのまま逃げ延びるようにしてたりするんだけど……大丈夫だよね?
殺したように見せかけて、本当は生かしてました! なんて言うことになってるんだけど……。まあ、正確に言うと、嬉々として人を襲い、殺す魔族の人たちは仕方なく、殺したけど、それ以外……あんまり乗り気じゃなかったり、どちらかと言えば嫌がっていた人たちは、気絶させ、他の人にバレないようにしてたんだけど。
ボクには、殺せなかった。
そもそも、戦争が起きた理由だって、師匠の話によれば、ちょっとした小競り合いから始まったみたいだし。
そのあと、邪神によって一度手を取り合ったのに、責任の所在を押し付けあって、また戦争。
ボクが言える立場じゃないと思うけど、どうして手を取り合おうとしなかったんだろう、って。
……今思えば、精神が壊れかけていた理由って、人殺し、だったんだよね。
ボクは、魔族の人たちをほとんど殺していなかったけど、他の人はそうじゃなかった。
かなり恨んでいた。
家族を奪われたという恨みや、大切な場所を壊された、そう言う恨み。
結局のところ、問題があったのは今の時代の人たちじゃなくて、過去の人たちが問題だった。
それが、解決されることなく、そのままずるずると行ってしまったのが、この世界。
歩み寄れれば、きっと戦争なんてなかったんだろうなぁ……。
まあ、今言っても仕方ないよね……。
でも、いつかは手を取り合える世界になればいいな、なんて。
「……まあ、それはそれとして。明日どうしよう?」
特にやることがないんだけど……。
とりあえず、明日は適当にふらふらしてみようかな。
なんとなく、予定を決めて、ボクはもう休むことにした。
あ、夜ご飯は食べました。美味しかったです。
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