第218話 三度目の異世界2

 次の日。


 もうすぐお昼時、という時間帯で、ボクは、非常に困っていた。

 どれくらい困っていたかといえば、多分、人生で一番困った出来事だと思う。


 原因はと言うと……


「え、えーっと……」

『我ら一同、あなた様に忠義を尽くします!』


 目の前に、大量の魔族の人たちが、なぜかボクの前で跪いていたからです。


 場所は、王都の前。


 すごく注目を集めちゃってます。


 なんで、ボクがこうなったかというと、それを説明するために、少し時間を遡りたいと思います。



 いつも通り……と言うわけではないけど、まあ、大体いつも通りに目が覚めたボクは、キリアの宿の食堂で朝食を摂ることに。


 メニューは、白パンと、ベーコンエッグに、サラダと牛乳という、バランスの取れたもの。


 バランスは大事だよね。


 味は、とてもよかったです。


 白パンは、ふんわりしていて、ほのかに甘みがあるので、何も付けなくても美味しいし、ベーコンはカリカリで、卵は半熟でとろとろ。サラダも、新鮮な野菜を使っているのか、すごく瑞々しい上に、かけられたドレッシングは酸味が強めで、胃を優しく起こしてくれる。


 すごく気に入りました。


 明日もこれにしよう。


 なんて思いつつ、朝食を食べた後、軽く着替えて、街を歩くことに。


 着替えに関しては、向こうで着ていた服を『アイテムボックス』にしまっていたので、問題なかったです。


 あ、目立たないように、ローブは身に着けてますよ。

 相変わらず怪しまれているような視線を受けているけど、騒ぎになることに比べたら可愛いものです。


 だって、ボクが原因(?)で起こる騒ぎって、いつも大変なんだもん。

 目立っちゃうんだもん。


 ボクは、目立ちたくないのです。


 ……あ、そう言えば、ゲームの中ではボクの持ち物を回収したけど、現実では回収してない。

 今みたいに、謎の異世界転移が今後起きない保証はないし、問題事をいつでも対処できるように、回収はしておいた方がいいかも。

 もしかすると、ここじゃない、別の世界に行く、なんて可能性もあるし……。


「うん。そうと決まれば、早速師匠の家に行こう」


 ボクは街を歩くのをやめて、師匠の家に向かった。



 誰もいない草原を地形破壊をしないよう、気を付けて走ること、約三十分。師匠の家に到着。


 師匠は今、あっちの世界にいるので、無断で入るのは気が引けるけど、大丈夫だよね。ゲームでも入ってるし。

 一年間とはいえ住んでたわけだし。

 うん。大丈夫。


「おじゃましまーす……」


 誰もいないのをわかっていて言うのは、日本人だからなのか。

 一応、人の家だからね。礼節は大事。


 扉をそっと開けて中に入ると……。


「あー……やっぱり汚い……」


 すでに、ゴミ屋敷と化していました。


 何をどうしたらこうなるのか……。


 それにしても、師匠があっちの世界に来たのは、ボクが再びこっちの世界に来て、最後にあった時から、ボクの世界の時間で約三週間後。


 こっちでの七日が、向こうでの一日なわけだけど……そうすると、こっちでは百四十七日経過してるはずなんだけど……。


「それにしては、あんまり時間が経っているようには見えない、よね……?」


 汚いことに変わりはないけど、師匠だったら、百四十七日もあれば、これ以上に汚くしているはず……。


 そうなると、一週間で一日の考えは間違ってる、のかな?

 でも、それじゃあなんで、こっちで一週間過ごしたら、向こうでは一日しか経ってないんだろう?


 ……うーん、わからない。


 もしかすると、ボクが来て、また帰ってから、こっちでは向こうと同じくらいの時間しか経過してないのかも……。


 もしそうだとしたら、どういう原理なんだろう?


 ……うん、わからない! こう言うのは、専門家の人に訊こう。

 帰ったら、学園長先生に訊いてみることにしよう。


 仮にわからなかったとしても、色々と研究してくれそうだしね。


 だから、保留!


 それじゃあ……現実を直視しよう。


 目の前のこのゴミの山、どうしようか……。


 正直、汚い部屋を見ると、掃除したくなるんだよね……。

 しかも、これが見ず知らずの人の家じゃなくて、すごくかかわりのある人の家だから、なおさら。

 これは、掃除をするべきか、しないべきか……。


 いや、しよう。今すぐしよう。


 いつ師匠がこっちの世界に帰ってきてもいいように、綺麗に掃除しておこう。


「それじゃあ、早めにやっちゃおう」


 そういうわけで、掃除をすることになりました。



 家の掃除は、二時間ほどかかりました。


 意外と時間がかかっちゃったなぁ、と思いつつも、綺麗になった家を見て、強い達成感を感じていた。


 やっぱり、綺麗な家だといいよね。


 それに、目当てだった装備品とかも回収できたし、よかったよ。


 そう言えば、『保存魔法』、なんていう特殊な魔法があるらしいんだけど、使えるようになりたいなぁ。

 色々と制限はあるけど、家の中の状態を保つための魔法で、仮に長い間放置していたとしても、埃をかぶったり、カビが生えたり、汚れたりしないようにする魔法で、今の状況にはすごく便利な魔法なんだよね。


 使えれば、汚れないで済むんだろうなぁ……。


 まあ、ないものねだりをしてもしょうがないよね。

 機会があったら、頑張って覚えてみよう。


「さて、掃除もして、回収したかったものも回収できたし、そろそろ戻ろう」


 掃除は予定になかったけど、気分がいいし、よかったことにしよう。

 最後に軽く確認をして、ボクは師匠の家を後にした。



 行きと同じように草原を疾走し、王都へ戻る。


 とりあえず、一度回収したものの確認をするために宿屋に戻って、確認作業を。


 何か不備がないかを確認したり、壊れたりする場所がないかというのを見ているうちに、気が付けばお昼前。


 そろそろお昼にしようかな、と思って再び宿屋を出た。


 お昼は、どこか別のところで食べようと思って、街をふらふらしていると、ふと後方から馬車の音が聞こえてきた。


 誰か通るのかな? と思って、後ろを振り返ると、


「あれ? 王族の馬車……?」


 豪華な馬車がこちらに向かって走って来ていた。

 なんとなく、立ち止まっていると、馬車がボクの目の前で停止した。


「ああ、よかった、イオ殿!」


 と、停止した馬車の中から、慌てた様子の王様が飛び出してきた。

 何かあったみたいだけど……。

 ……それにしても、よくこの格好でボクとかわかったね、王様。


「どうかしたんですか?」

「いや。少々大変なことがあってな……。まあいい、儂と一緒に来てくれ」

「わ、わかりました」


 何やらただ事ではないと思って、ボクは王様に言われるまま、馬車に乗り込んだ。



 急ぎ目で走る馬車が止まったのは、王都正門前。


 正門前は、何やら騒がしい様子だった。


 ボクは、様子が気になって、馬車を降りると、そのまま前の方へ進んでいく。

 そこには、衛兵の人たちが緊張した面持ちで、前方にいる集団に向けて剣や槍を構えていた。


 そんな剣や槍を向けられた先にいたのは……


「あ、あれ? 魔族……?」


 なんと、魔族だった。


 これは、どういうこと……?


「あ、あの、何があったんですか……?」

『あ、危ないから、下がっていなさい!』


 気になって、近くにいた衛兵の人に尋ねてみたんだけど、そう言われてしまった。


「いや、あの、状況を教えてもらいたいんですけど……」

『そう言われてもだね、見た通り、魔族たちが攻めてきたんだ!』

「攻めて……?」


 そう言われたので、再度魔族の人たちを見るけど……特に攻めようしている様子は見られない。

 それどころか、穏やかな雰囲気のような気がするんだけど……。


『というか、君は誰だ? そんな怪しい格好をして……』

「あー、えっと、ボクは……」

「ああ、よいのだよ、彼……いや、彼女か。彼女は、儂が呼んだ」


 王様、何で今言い直したの?

 別に、彼でいいんだよ? ボク、男だよ?

 ……体的には女の子だけど。


『へ、陛下! なぜ、陛下がこのような危険な場所に……』

「いやなに、魔族が攻めてきた、と言われ、飛んできたのだよ」

『何をおっしゃるんですか! ここは危険なんですよ!? もし、陛下の身に何かあれば……』

「そのために、彼女を連れてきたのだ」


 とうとう言い直すことすらしなくなったんだけど。


『ですが、この者は一体誰なのですか……?』

「ああ、イオ殿だ。簡単に言えば……勇者殿だ」

『『『ゆ、ゆゆゆ勇者様ぁぁぁぁぁぁ!?』』』

『『『――ッ!?』』』


 ボクの正体を知り、衛兵の人たちが一様に驚きの声を上げた。


 ……王様、ボクが変装してる意味、なくなっちゃったんですけど。

 まあ、もう仕方ないけど……。


 それにしても、今一瞬、ボクが勇者だと知って、魔族の人たちにも動揺が走った気がするんだけど……。


『ほ、本当に、勇者様、なのですか……?』

「え、えっと……まあ、一応……」


 そう言いながら、フードを取る。

 できれば、隠しておきたいけど、顔を見せないとなかなか信じてくれなさそうだったので、フードを取ることにした。


『ほ、本物……』

『お、オレ、初めて勇者様を見た……』

『女になったと聞いてはいたが、まさか本当に……』

『あのような可憐な姿をしていながら、かなりの強さを持っているなんて……』

『美しいな……』


 どうしよう。変に目立っちゃってる気が……。


「え、えっと、それで、王様。ボクは一体どうすれば……?」

「とりあえず、儂が対話をしてみるので、もし攻撃されそうになったら、止めに入ってくれればよい」

「わ、わかりました」


 すごく危険だと思うけど……大丈夫、なのかな。

 守れないことはないと思うけど、少し心配。

 そんなボクの心配をよそに、王様は魔族の人たちのところへ歩み寄っていき、話し始める。


「魔族の皆様。此度は一体、どのような要件で、参られたのか?」


 と、王様が尋ねると、


「……我々は、勇者に会いに来たのだ。そして、話をさせてもらいに来た」


 そう答えた。

 どうやら、目当てはボクだったらしい。


 ……も、もしかして、怒ってる?


 でも、殺気は全然感じないんだけど……。

 王様は、一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに真剣な顔をに戻り、ボクを見てきた。


「イオ殿」


 呼ばれたので、内心冷や汗を流しながらも、ボクは王様のところへ移動した。


「……お前が、勇者?」

「は、はい、そうですけど……」

「……たしか、男だったはずなのだが……」


 あ、あれ? なんか、すごく戸惑ってない?

 身構えてたんだけど、その戸惑った様子に、少し肩の力が抜けた。


「あの、ですね。その、魔王に呪いをかけられて、その……女の子になっちゃったんです」

「……【反転の呪い】か。なるほど。先代の魔王様は、悪あがきをした、というわけか」


 なんか今、悪あがきって言ってなかった?

 一応、魔族のトップだった人なんだよね? なんか、敬意を感じないようなセリフが出てきた気が……。


「それでは、名前をお聞かせ願えないだろうか?」


 うん? なんか、敬語になりだしたんだけど……。

 どういうこと?

 と、とりあえず、名乗っておこう。


「イオです。イオ・オトコメです」

「間違いない……。イオ殿。いや、イオ様!」


 様?


 なんか今、敬称を付けて呼ばれなかった……?


 聞き間違い? 聞き間違いだよね? そうだよね?


 そんな、ボクの願いを踏みにじるかのように、目の前の魔族の人たちが急に跪き、


『我ら一同、あなた様に忠義を尽くします!』


 と一斉に言った。

 そして、それを言われたボクはと言えば……

「え……えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」


 素っ頓狂な声を上げていた。


 ボクはなぜか、魔族の人たちに忠誠を誓われました。


 ……どうなってるの……?

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