第219話 三度目の異世界3

「あ、あの、どういうことか教えてもらえると助かるんですけど……」


 突然の状況に困りつくしたボクは、とりあえずそう訊くので精一杯だった。

 いやだって、少し前まで戦争していた相手に、忠誠を誓われても、脳の処理が追いつかないんだもん。

 これ、本当にどういう状況?


「では、私が説明させてもらいます」


 そう言って説明を名乗り出てくれたのは、色黒で身長が高い男の人だった。

 なかなかに美形な人だ。


「此度の戦争は、我々魔族全員が望んでいたことではありませんでした」


 説明開始早々、まさかのセリフが飛び出してきた。

 え、望んでいたことじゃない……?


「戦争を望んでいたのは、一部の者と、先代魔王様だけでした。他の魔族たちは、戦争などせず、人間たちと共存するのが夢でした」


 どうしよう。突然すぎて、何が何やらわからなくって来たんだけど。


「戦争の最中、我々は、なるべく人間たちを殺さないよう立ち回って来ていたのですが、一部の戦争肯定派たちが無理やり徴兵し、人間たちの街や村を襲うように指示していました。ですが、何の罪もない人間を殺すのは憚られたので、我々の方でこっそり匿っておりました。それから、死体として見つかった人間たちも、何も残さないのは不自然と思った我々が、幻術魔法を駆使して、死体に見せかけていました」

「そ、それじゃあ、こっちの方で行方不明になっている人や、死亡した人たちって……」

「はい。我々魔族の国にて、平穏に暮らしております」


 その言葉に、周囲の人たちからざわめきが起きた。

 ボクも、まさか過ぎる情報に、すごく驚いている。


「す、少しいいかね?」

「構わない」


 ここで、王様が横から尋ねる。


「その匿われている人間たちは、まだ向こうに……?」

「いえ、ここに連れてきています」

「なんと! よ、よろしければ、会わせてはもらえないだろうか」

「もちろんです。こちらへ!」


 そう叫ぶと、魔族たちが左右に寄り、道を作りだす。

 そして、その先から大勢の人たちが歩いてきた。


「あ、あれはっ……!」

『う、嘘だろ……』

『マジかよ……』

『あぁっ!』


 後ろから目の前の光景が信じられない、そう言った反応が後ろから聞こえてくる。

 後ろを振り返れば、涙を流す人たちが大勢。

 前方にいた人たちも、こちら側にいる大勢人たちを見て、一斉に駆け出した。


 一旦、ボクと王様、それから魔族の人は横に移動し、それぞれの感動の再会を見守った。

 見れば、兵士のような人たちや、若い女性、子供、老人など、色々な人が向こうからやって来た。


 本当に、匿っていたんだ……。


「この通りです。我々は、戦場で戦った兵士の皆様も、匿っておりました。殺せば、確実に負の連鎖が続く。それだけは、なんとしてでも避けたかったのです」

「そ、そうだったのか……で、では、儂たち人間が殺した魔族たちは……」

「……大勢の魔族の願いは、人間との共存。それが悲願でした。此度の戦争では、皆が一丸となって、その願いを叶えようとしました。そのため、兵士たちは願いが叶うのならば、死んでも構わない、という気持ちで戦争に臨みました。散っていた者たちが無駄死にしないよう、我々はどうするべきか話し合った。そうして出た答えが、殺したように見せかけて匿う、という手段だったのです」

「……魔族たちが、そのようなことを……」

「もちろん、今すぐに信じろ、とは言いません。こちらも、戦争をしてしまいました。人間たちから見れば、敵国です。その敵が、共存したい、と言っても信じることは難しいですから」


 男の人は、苦笑いを浮かべる。

 そこには、疲労も見えるし、寂しさも見えた気がした。


 嘘をついている様子なんて、まったくない。


 これは全部、本心で、本当のことなんだろう。


 ……と言うことは、魔族の人たちって、本当はいい人……?


「だからどうか、ここは私の首で、満足していただけないでしょうか?」


 突然、そんなことを言い出した。


「ま、待ってください。あなたは、自分を犠牲にしようとしているんですか……?」


 思わず、ボクはそう訊いていた。

 首で、というのは、もしかしなくても、命を差し出すってことだよね……?


「はい。いくら我々が匿っていたからと言って、戦争をしていたという事実は変わりません。街を破壊し、村を燃やしました。戦争とはいえ、許されないことをしたと思っています。だから、私の首でどうか、納めてはいただけないでしょうか」

「……」


 突然の発言に、王様は驚愕していた。


 それもそうだと思うよ。


 だって、今まで戦争していた人が、実はすごくいい人たちで、知らないところで、死んだと思われていた人たちや、行方不明だった人たちを匿っていたんだから。


 ボクだって、すごく驚いている。


 多分、人生で一番驚いた出来事なんじゃないかな。


「…………いや、あなたの命などいらない」


 王様が目を伏せたかと思ったら、次の瞬間にはそう言っていた。


「で、ですが、我々は……」

「よいのです。こちらも、そちらの大切な人たちを殺してしまっている。むしろ、殺した数は、人間たちの方が多いのではないか?」

「そ、それは……」

「今のような話を聞けば、命など取る気も起きない」

「それではこちらが……」

「だから、代わりと言っては何だが、試しに国交を開いてみませんか?」

「それは、願ってもないことですが……いいのですか?」

「もちろんですとも。そちらは、戦争だというのに、殺さず保護していたというではないですか。そのような優しい人たちと国交を開けるのなら、こちらこそお願いしたい」

「あ、ありがとうございます!」


 王様の申し出に、男の人は涙を流しながら、お礼を口にした。


 後ろを見れば、大勢の人たちが笑顔で拍手をしていた。


 ……戦争をしていた相手なのに、そんなにあっさり許しちゃっていいの? なんて思うボクは、野暮なんだろうか?


 うん。野暮だね。


 まあ、こんな風に手を取り合えるのなら、全然いいよね。いがみ合ったり、戦争をしたりするよりかは、遥かに。


「ところで、お名前を聞いても……?」

「これは申し訳ありません。私は、ジルミス・ウィンベルと申します。よろしくお願いします、ディガレフ陛下」

「儂の名前を……?」

「もちろんです。もし、夢を実現できる日が来た時のために、情報収集はしておりましたから。名前は当然、知っております」

「さすが、としか言いようがないな」

「いえ、当然のことですから」


 ジルミスさん、すごいなぁ……。


 もしかすると、遠い未来の話かもしれなかったことを、いつでも共存できるようにと、情報収集をしていたなんて……。


 もしかして、すごく優秀な人?

 いや、もしかしなくても、優秀な人なんだろうなぁ。


「ところで、話は戻るのですが、なぜ、イオ殿に対し、忠義を尽くすと?」

「それに関しては、簡単なことです。そこにいるイオ殿は、そちらからしても、我々からしても、恩人ですから」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 も、もしかして、恩人と思われている理由って……


「恩人? それは一体……」

「そこにいるイオ殿は、我々をほとんど殺しませんでした。それどころか、逃げることができるように、道案内付きで」


 だ、だよね!

 やっぱり、その件だよね!

 うわぁ、すっごく視線を感じるぅ……王様とか、驚愕に目を見開いちゃってるんだけど……。


「ほ、本当、なのかイオ殿?」

「……は、はい。実は、その……よほどの人じゃない限りは、殺してないん、です。殺したくなかったですから」

「だ、だが、イオ殿が切り捨てていたところを見たものは大勢いるぞ?」

「それは、ボクの持つ暗殺者の能力や、その他のスキルを駆使して、死んだように見せていただけで、本当は裏で逃がしていました」


 まさか、魔族の人たちと似たような手口だとは思わなかったけど。


「なんと……」

「それだけでなく、我々が裏で暗殺を謀ろうとしていた戦争肯定派たちは、もれなくイオ殿に殺されております。それによって、国内には共存派しかおりません」

「え、そうなんですか?」

「なぜ、イオ殿が驚く?」


 なぜも何も、ボクが殺した魔族の人たちがそんな人たちだったなんて、知らなかったし……。


「我々の方でも、イオ様が肯定派の者たちを殺しやすいよう、裏で手助けをしたりしていましたが」

「ええ!? そんなことしてたんですか!?」

「はい。我々の夢の障害でしたから。考えてもみてください。民から無理やり兵を徴兵し、食料も搾り取るような、そんな人たちですよ?」

「それは……たしかに、障害ですね……」


 あ、だから都合よく武器が落ちていたり、近道を記した地図が落ちてたりしたんだ……。

 なんか納得しました。

 当時も、何で落ちてるんだろう、ってずっと疑問だったんだけど、そう言う裏があったんだね。


「とはいえ、さすがに先代魔王に勝てるかどうか、と言うことに関しては、我々も賭けでした。ですが、見事にイオ様は打ち破ってくれました」

「ま、まあ、そうしないと帰れませんでしたし……」


 それに、今の話を聞く限りだと、酷い人だったんだろうね、あの魔王。


「ええ、ですから、我々は感謝しているのです。我が国においても、英雄であり勇者です」

「そ、そうなんですか。それで、えっと……これ、ボクはどうすれば……? 忠義を尽くす、とは言われても、どうすればいいかわからないんですが……」

「はい。それに関しまして……少々お願いがあるのですが、いいでしょうか?」

「お願い?」

「はい。イオ様!」


 と、ジルミスさんがボクの名前を叫んだ瞬間、後ろのいた魔族の人たちがなぜか……土下座をしだした。


 え、どういうこと!?

 あの、似たようなものを、さっき見たんだけど、今度は何!?


「どうか、我が国の王になっていただけませんか!」

『なにとぞ!』

「…………………ふぇ?」


 え、今、王になってほしい、って言わなかった……?


 聞き間違い?


 ……そ、そんなわけ、ないよね?

 だって今、一斉に『なにとぞ』って言ってからね。


 ……って!


「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」


 本日二度目の声が、空に響き渡りました。

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