第9話 依桜ちゃんVS変態

「じゃあ、晶。よろしく」

「あ、ああ。じゃあ、準備はいいな? ……始め!」


 晶の言葉引き金となり、態徒が無駄のない動きで真っ直ぐに向かってきた。

 ごく普通の一般人なら、結構な確率でダメージをもらうだろうけど、


「もらったぁ!」


 態徒はボクの腕をつかんで投げ飛ばす魂胆何だろうけど……ボクには通用しない。

「なっ! ど、どこだ!?」


 態徒の死角にに入り、背後に回る。

 突然消えたように見えた態徒は、慌てて周囲を見回す。


「こっちだよ、こっち」


 ちょんちょんと、肩をつついて存在証明。

 その時、笑顔も忘れずに。


「い、いつの間に!?」


 突然現れたように感じた態徒が、ぎょっとしたように叫ぶ。


「ふふ。さっきの遅い攻撃じゃ、ボクは倒せないんじゃないかな?」

「な、なにおう!? じゃあ、これならどうだ!」


 今度は超至近距離で正拳突きを放ってきた。

 予備動作がほとんどないのに、それなりに速い。しかも、ほとんどとっさな正拳突きだったにもかかわらずだ。

 一般人相手だったら、避けるのは難しいだろうけど、そこは鍛えたボク。

 隊の放った正拳突きを適当に後方にいなし、


「やっと」

「おわっ!?」


 すれ違いざまに、足を引っかけて転倒させた。

 その時、思いっきり顔からダイブしたので、きっと顔を打っただろうけど、これは態徒なら問題ないよね。


「くっそぉ……まだ終わらねえぞ……」


 顔を抑えつつも、態徒立ち上がり、再びボクに向かい合う。

 見ると、さっきまでの余裕そうな表情はなくなり、ただただ真剣な表情をしていた。

 ……む、ここからはちゃんとやらないと。


「ふぅ……はっ!」


 さっきよりも速いスピードで態徒は向かってきた。

 今度は、真っ直ぐ来るんじゃなくて、ちょっと左右にも動いている。

 だというのに、さっきよりも格段に速い。

 こう言った武術的な物は、普段の性格や行動からは全然想像できないほどに似合っている。

 ……普段からこういうのを見せていれば、態徒はモテるんじゃないかな?

 気づく日は来ないだろうけど。


「これならどうだ!」


 今度は、右足で強烈な回し蹴りを放ってきた。


「ふっ!」


 それをボクは、態徒と同じ右足で受け止める。

 ふふふ。師匠の回し蹴りに比べたら、止まって見えるよ。


「なっ、嘘だろ!?」

『お、おい、男女のやつ、変態の回し蹴りを止めやがったぞ……?』

『あいつの蹴りって、結構な威力で、あんな華奢な体じゃあ、下手すれば骨が折れるはずなんだが……』

『依桜ちゃんって、強かったんだ……』

『いや、それよりも、変態の方もかなり強くない?』

『うん……不覚にも、ちょっとかっこいいとか思っちゃったわ』


 よかったね、態徒。株が上がったじゃないか。

 といっても、当の本人は聞いていないようだけど。

 いや、それ以前に、態徒が強いって言うのは、男子の中ではかなり知られている話だったんだ。

 友人であるボクがそこまで知らなかったのは、何と言うか……ちょっと悔しいかな。


「くっ、なんて力だ……!」


 鍔迫り合いのように、お互いの足で押し合う。

 傍から見れば、武術をやっていて、尚且つ、ボクよりも圧倒的に体格のいい態徒が強く見えるんだろうけど、あいにく、ボクは三年間も戦いを学んできたからね。


 ……まあ、魔力を使ってほんのちょっとだけドーピングをしていたりするけど、魔法を使っちゃダメ、なんてことは言ってないし。自分で言うのもあれだけど、ドーピングなんてしなくても、素の身体能力が異常だから、余裕だったりするんだけど、保険だよ保険。


 何せ、師匠には『いついかなる時も、油断してはだめだよ? それと、どんなに相手が格下でも、油断は大敵! 魔法を使えなくても、身体能力が高ければ、意外とどうにかなっちゃう場面もあるからね!』と言われてるし。


 とはいえ。普通の人間レベルの態徒相手に魔法を使ったドーピングはいささか卑怯だよね……。


 ……うん。じゃあ、ここはひとつ、面白いことをしてあげようかな。

 ボクは未だに押し合い続けている足にさらに力を入れて押し返しす。


「『生成』」


 スカートのポケットに手を入れて、生成を発動し爪楊枝を一本だけ生成。

 そしてそれをあたかも、ポケットから出したように見せ、


「はぁっ!」


 気迫とともに爪楊枝を投擲した。

 爪楊枝は銃弾のように一瞬で飛んでいき、態徒の頬を掠めて、パスンッ! という音を立てながら壁に突き刺さった。

 綺麗に刺さったらか、日々も入ってないし、爪楊枝だから穴は小さい。

 ん、被害は最小限っと。


「……は?」


 態徒は突然起こった事態に、思考が停止し、呆けた顔をした。

 その瞬間を見逃すボクではない。

 決めるものはしっかり決めろと、師匠に言われているからね。


「じゃあ、ボクの勝ちね」

「え? って、うおぉ!?」


 ボクは、停止していた態徒の懐に潜り込み、襟と袖を掴んで、背負い投げをした。

 ボクの現在の身体能力で背負い投げをすると、相手の体がぺしゃんこになっちゃうんだけど、そこは、手加減。

 常人よりちょっと強い力で投げる。

 そうして、ドンッ! という音を立てながら、ボクは態徒を背中から叩きつけた。


「ぐへっ!?」


 その際、カエルをつぶしたみたいな声が出てたけど、気にしないでおこう。

 最悪、骨が折れてるかもしれないけど、骨折程度だったら治せるし。

 でも、ちゃんと手加減をしているから、本当に最悪の場合だけどね。


「しょ、勝者、依桜……」


 呆然としながらも、審判だと思いだし、晶が判定を下した。


「ふぅ……」


 ボクが軽く息を吐いた途端、


『おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』


 廊下で見ていたみんなが、突然歓声を上げだした。

 な、何事!?


「え、あの、みんな、どうしたの……?」

「依桜! お前、いつの間にそんなに強くなっていたんだ?」


 すると、晶が急いでボクに駆け寄ってきた。

 しかも、ものすごくびっくりしている様子。


「えーっと……ちょっと色々あって……」

「ほえー……依桜君、ものすごく強かったんだねぇ……わたし、びっくりしちゃった」

「ほんと。私もびっくりしたわ。まあこれで、あの時の状況にも説明がつくわね」

「あの時?」

「まあ、色々とね……」


 未果のセリフに、晶が聞き返していたけど、その件に関しては五人だけの時にしておこう。

 大勢に知られるのは、ちょっと問題だしね。

 ボクが強いといった時に、特に何も言わなかったのは、あれを見てたからだしね。ちゃんとした戦闘のようなもの見せてないけどね。あの時は、威圧だけだったし。


「じゃあ、片づけを……」

『依桜ちゃん、すっごいかっこよかったよ!』

「え、きゅ、急にどうしたの?」


 片づけを始めようとしたところで、クラスメイトたちが詰め寄ってきた。


『依桜ちゃん、いつの間にあんなことができるようになったの?』

『あと、爪楊枝? を投げていたみたいだけど……あれ、どうやったの?』

『男女、お前体育でもすごかったのによ、喧嘩も強いのかよ!』

『俺、舐めたことしないようにしよ……』

「あぅ……あ、あの、一気にしゃべられても……!」


 みんな一斉に詰め寄ってきて、しかも一気にしゃべられても、ボクは聖徳太子じゃないんだから、すごく困る!


「はいはい。みんな落ち着いて。依桜が困ってるわよ。色々と質問する前に、まずは周りを片付けましょ」


 そんな、困っていたボクだったけど、未果が止めてくれた。


『それもそうね』

『ごめんね、依桜ちゃん』

『すまん。つい、興奮しちまってな……』

『さっさと片そうぜ』

「よ、よかった……ありがとう、未果。助かったよ」


 未果の言葉により、みんな冷静になって片づけを始めた。

 こういう時、本当に未果が頼りになるよ。

 ……まあ、たまにわざと見送っているんじゃないか、っていう疑惑はあるけどね。


「いつつ……依桜、せめてもうちょっと手加減してくれよ……背中がめっちゃいてえよ」


 態徒が背中をさすりながら、文句を言ってきた。

 もちろん、本気で怒っていないのは明白で、態徒は苦笑いしている。

 よかった、骨はイッてないみたいだね。


「あ、態徒。ごめんね。まさか、態徒があんなに本気になるとは思わなくて、つい……だけど、あれでも結構手加減したんだけど……」

「マジかよ……ってことは、最初から手加減を……?」

「ま、まあ……」


 ボクが手加減したことを言うと、態徒はものすごくがっかりした。

 そのがっかりは、単純にエッチなことに関係してくるものなのか、単純に自分よりも弱そうな人に負けたのが悔しいのかの二択なんだけど……。


「はぁ……道理で、あんなことを堂々と言えたわけか……くそお、おっぱいをもめると思ったんだがなぁ……」


 結局、前者だった。


「あ、あはは……」


 やっぱりというか、それが原動力だったんだね……。

 さっきとは打って変わった様子に、ボクたちはそろって苦笑い。

 それを聞いていたクラスの女の子は、汚物を見るような目を向けていた。


「しっかし……まさか、爪楊枝を投げつけられるとは……しかも、えげつない速度だったし……」


 そう言う態徒の頬には、一筋の線が入っていて、まだ血が滲んでいた。


「あ、ご、ごめん!」

「いいって。まだちと痛むが……まあ、大丈夫だろ!」

「だ、ダメだよ! ばい菌が入っちゃう! えっと、ちょっと、じっとしててね…………はい、これで大丈夫だよ」


 ボクはカバンから救急セットを取り出すと、中から絆創膏を取り出し、怪我に貼ってあげた。

 さすがに、ボクがやったんだから、これくらいは。


「あ、ありがとな……」


 うん? なんで、態徒はちょっと顔を赤くしてるんだろう?

 今は女の子とはいえ、元々男のボクに対してその反応はおかしいと思うんだけど。


「……依桜」

「え、なに? どうかしたの、晶?」

「お前、なんで救急セットなんて持ってるんだ?」

「え? だって、いつどこで怪我をするかわからないでしょ? だから、いつ誰が怪我をしてもいいように、ってことで持ち歩いてるんだけど……」


 ボクにとっては当たり前でも、もしかすると、普通の人からしたら当たり前じゃないのかも。

 それにこの癖は、小さい頃からのものだし、異世界にいる間も、怪我が絶えなかったからね。余計だよ。


「はぁ……依桜。とりあえず、こういうのはやってもいいかもしれんが……この馬鹿みたいに、勘違いするから、ほどほどにしとけよ?」

「勘違い?」

「晶。依桜は元々鈍感だし、それに、元々男だったのよ? 多分、理解できてないわ」

「あー、そうだな……依桜はもともと、鈍感だったしな……」

「うんうん。依桜君、前からそうだもんねー」


 なんだろう? みんなに馬鹿にされているような気がするんだけど……。

 しかも、態徒以外、みんな呆れたような顔してるし……。


「あの、どうしたの? ボク、なにか問題でもあった?」

「気にしないで。依桜はそのままでいて」

「ああ、それがいい」

「むしろ、鋭いのは似合わないから」

「うーん、よくわからないけど……わかったよ」


 一体、みんなは何のことを言っていたんだろうか?

 よくわからないけど、ここは納得しておこう。


「とりあえず、ボクたちも片付けちゃおっか」

 そうして、騒がしい昼休みが終了した。

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