第485話 天使と悪魔を説教する女神(人間)

 色々な話を聞きつつも、準備期間中の学園を見て回るとボクとエナちゃん、フィルメリアさんの三人。


 道中、フィルメリアさんが飲食物をかなり購入していた。


 しかも、その量が尋常じゃなくて……色んな意味でちょっと心配になる。


「あの、フィルメリアさん? そんなに買ってるけど、お金って大丈夫なの?」


 特に、金銭的な面が。


 フィルメリアさんがこっちの世界に降りて来て、住み始めたのは先月の半ば。


 寮母さんのお給料がどれくらいかはわからないけど、さすがにそこまで高額じゃないと思うし……。


「問題ありませんよぉ」


 そう思っての心配だったんだけど、フィルメリアさんはいつものようにほわほわとした笑みを浮かべながらあっけからんとしていた。


「そうなの?」

「はいぃ。叡子さんが気を利かせてくれたのか、かなりのお給料が振り込まれていたんですよぉ」

「それっていくらいくらいなんですか?」

「ん~、五十万円以上ですねぇ」

「何その大金!?」


 なんで最初のお給料でそんなとんでもない金額になってるの!?


「私もそこまでいらないと言ったのですけどぉ……『天使長とかいうものすごい高位の人が一介の寮母として働くんだから、せめてこれくらいは……』だそうでしてぇ。私にとって、子供たちの面倒を見ると言うのは、人間が呼吸をすることと同じくらいに当たり前のことなので、別に構わないんですけどねぇ」

「さすが天使……」


 でも、ちゃっかり受け取っている辺り、食べ物が目当て、なのかな?


 ……まあ、こっちの世界じゃ、お金がないと何もできない節があるもんね。その辺りは仕方ないし、一応きっちり労働をして、その対価でお金をもらっているわけだから、問題はないだろうし。


 …………あれ。じゃあ、働いてもいないのにどんどん残高が増えていくボクの口座って……。


 や、やめよう。このことを考えるのは。なんか、怖くなる……。


「そう言えば、フィルメリアさんってお金は何に使ってるんですか? やっぱり食べ物?」

「そうですねぇ。私たち天使や悪魔は、食事や睡眠を必要としませんし、何よりどのような環境でも何の問題もなく過ごせますからねぇ。使うとしても、食事と入浴くらいでしょうかぁ」

「お風呂には入るんだ」

「日本の入浴文化は良いですねぇ。湯船に浸かると言うことが、あそこまで気持ちがいいとはぁ」


 まあ湯船に浸かる文化って、意外と少ないらしいからね。


 最近は海外でもよく見られるけど、昔はサウナとかシャワーだけだったみたいだし。


 もしかすると、フィルメリアさんが地上に降りて来た時期は、そういった時代であり、そう言った文化がない国だったのかも。


 ……バチカンとかかな?


 まあ、バチカンに限らずとも、天使が関係ありそうな国って色々ありそうだけどね。それこそ、キリスト教やユダヤ教、イスラム教などが国教の国とかに行ってそうだけど。


 ……そう言えば。


「ところで、フィルメリアさん」

「なんでしょうかぁ?」

「ちょっと気になることがまた出てきたんだけど……訊いてもいい?」

「もちろんですよぉ。もとより、我々天使は依桜様に対し、絶対の忠誠を捧げておりますのでぇ。依桜様からのお願い事とあらば、どのようなことでも実行しますよぉ。それこそ、死ねと言われれば、死ぬくらいにはぁ」

「絶対しませんよ!? あと、ボクは変なむちゃぶりはしませんからね!?」


 どうしよう、天使の人たちのボクに対する忠誠心が、明らかに崇拝レベルにまで達しているんだけど。


 ちょっと狂気的過ぎるよね、これ。


 ……むしろ、天使が崇拝される側な気がするんだけどなぁ。


「本当に、依桜様はお優しいですねぇ。依桜様の爪の垢を煎じて、クソ神様方に飲ませたいくらいですよぉ」

「天使の人たちって、結構ブラックな環境で働いてるんですね」


 フィルメリアさんの発言に、常に溌剌とした笑みを浮かべているエナちゃんですら、苦笑い。


 だよね。


「それでぇ、何をお聞きになりたいのですかぁ?」

「あ、うん。えっと、前にフィルメリアさんとセルマさんから聞いたんだけど、天使とか悪魔って、一応こっちにも聖書とか、何らかの絵画などで存在が知られているけど、それってやっぱり、こっちの世界に来ていたからなの? それも、何回も」

「あぁ、その件ですかぁ。それはですねぇ――」


 フィルメリアさんが質問に対する回答をしようとした時、


「――うむ。肯定なのだ」


 不意に、別の方向から聞き覚えるのある声が聞こえて来た。


 ……嫌な予感。


「その通り……あらぁ? 今、淫乱ピンクの声がした気がしましたがぁ……気のせいですねぇ」

「はははは! 神の傀儡が何か言っているが、小鳥のさえずりレベルで、よく聴こえないのだ!」


 ……セルマさんが、いた。


 それも、フィルメリアさんを挑発する物言いで。


「うふふふ、よく言いますねぇ……腹黒ピンクさん?」


 にこやかに笑いながら、それでも棘を一切隠そうとしないフィルメリアさん。


「はははは、そのセリフそっくりそのまま返すのだ。堅物グリーン?」


 それは突然現れたセルマさんも同じで、むしろこっちはドストレート。


「ふふふふふ……!」

「ははははは……!」


 傍から見ればにこやかに笑っているようにしか見えない二人の間に、火花と言うか、電気が見えるのはボクだけでしょうか……?


「ね、ねぇ依桜ちゃん。うち、目がおかしくなっちゃったのかなぁ……フィルメリアさんの背後に、暗い笑みを浮かべながら中指を立ててる天使っぽい人が視えるんだけど……」

「大丈夫だよ、エナちゃん。ボクも、セルマさんの背後に、真っ黒な笑みを浮かべつつ、サムズダウンをしている悪魔のような人が視えてるから……」


 セルマさんはともかく、フィルメリアさんの方はダメじゃない……? そのジェスチャー。


 ……実際にいるわけじゃないけど。


 なんて、現実逃避君に考えていたら、


「「……殺す!」」


 二人の表情が一変し、金色のオーラと紫色のオーラを迸らせた二人が駆け出した。


「わーわー! 待って待って! ここで喧嘩しないで二人とも!」


 今にも殺し合いを始めそうな二人の間に慌てて割って入り、二人を制止する。


 本当は危ない行為だけど、今更そんなことを言ってられませんっ!


「依桜様そこを離れてくださいぃ! そこの泣き虫を殺せません!」

「主、そこをどくのだ! そこの沸点マイナス天使を殺せないのだ!」

「「アァン!?」」

「ストップ、ストーップ! 二人ともいい加減にしなさいっ!」


 ドゴンッ!


 メンチをきり合う二人の頭に、ボクは割と本気の拳を振り下ろした。



「うぅぅ……」

「ぬぅぅ……」


 依桜ちゃんの拳骨が炸裂した影響で、フィルメリアさんとセルマさんは、思いっきり地面に叩きつけられ、そのまま依桜ちゃんに正座させられていた。


 ちなみに、二人ともちょっと涙目。


「今、明らかに通常じゃ鳴らない音がしたよ、依桜ちゃん」


 うち、初めて拳骨で『ドゴンッ!』なんて音が鳴るところを見たよ。


 ……拳骨って、そういう音出るんだ。


 もちろん、異世界で鍛えた依桜ちゃんだから鳴る音なんだろうけども。


「まったくもう……。前にも言ったけど、喧嘩はダメです!」

「「でもこいつが(この人がぁ)……」」


 依桜ちゃんの言葉に、二人は何か言い募ろうとするんだけど、


「でももだってもありませんっ!」


 お説教モードの依桜ちゃんの前には、意味を成しませんでした。


 ……天使長さんと、悪魔王さんをお説教する女の子って……。


「たしかに、二人は相容れないのかもしれませんけど、それはそれです! こっちでは極力目立たないようにしてほしいの! ボクの平穏的な意味で!」

「わー、依桜ちゃんの本音が駄々洩れだー……」


 普通にお説教をしているように見えて、依桜ちゃんの心の底からの願望が前面的に出てるね。


「それに、二人の主はボクです! こっちではボクがルールです!」


 依桜ちゃんだったら絶対に言わなさそうな、ジャイアニズムなセリフを……!


 レアだね!


「基本的に二人を束縛するつもりも、変に働かせる気もボクにはないけど、それでも必要最低限のことは守ってほしいの。二人が喧嘩する度にボクが止めていたんじゃ、ボクが疲れちゃうよ。そうなると、ただでさえ少ないボクのごく普通の平穏な日常がさらになくなっちゃうの!」


 ……依桜ちゃん、そんなに平穏に飢えてるだねっ……!


 なんだかうち、涙が出そう。


「ちょっとの喧嘩ならいいけど、それでも派手なのはダメです! さっきみたいに、殺し合いに発展しそうな状況は断固阻止! もしもそんなことをすれば……」

「「す、すれば……?」」

「二人には、地獄すら生温いお仕置きをします♪」


 笑顔なのに目が笑っていない顔って、どういう状態を指すのか今までわからなかったけど、なるほど……今の依桜ちゃんのような表情を指すんだね!


 正直うちも怖いです!


「「すみませんでしたぁっ!」」


 そんな目が笑っていない依桜ちゃんの笑みを受けて、二人は依桜ちゃんの怖~いセリフの直後に、ゼロコンマ一秒すらの間もなく、謝っていました。


 ……う、うーん。あの人たちって、天界とか魔界でも結構偉い人、なんだよね? 全然そうは見えない……不思議!


「わかればいいんです、わかれば。……ボクは基本的に、平穏で事件に巻き込まれることもない、平穏な生活を望んでいます。喧嘩をしてもいいけど、大騒ぎになるようなことは絶対にしちゃいけません。わかった?」

「「はいぃ……」」

「よろしい。……さて、お説教もここまでにして、次に行こ。さっきのことも、歩きながら話そ。セルマさんも一緒に」

「いいのか?」

「もちろん。……まあ、いつ来たのかは気になるから、そっちも話してもらうけど」

「わかったのだ!」

「エナちゃんとフィルメリアさんも」

「あ、うん」

「はいぃ。……うくっ……足が痺れましたぁ」

「肩貸しましょうか? フィルメリアさん?」

「あらぁ、恵菜さんは優しいですねぇ……。では、お言葉に甘えてぇ」


 天使の人でも、足って痺れるんだ……。


 ……やっぱり、正座って日本人じゃないときついのかな?



『なぁ、女神会長今、自分が主、とか言ってなかった?』

『言ってた。もしかしてあの緑髮の美人さんと、桃色髮の美少女の二人って……会長の下僕?』

『すげぇ、さすがだぜ……俺も会長の下僕になりてーなー』

『多分それ、学園内にいる人ほぼ全員が思ってると思う』


 さっきの件が原因で、依桜に『女神会長って、実は隠れ女王様なのでは?』という、変な噂が立つことになった。

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