第486話 天使と悪魔の地上的事情と、講義再び

「それで、どうしてセルマさんがここに? たしか、学園長先生の会社に勤めてるんじゃなかった?」

「うむ。実は叡子にな? 『セルマさん働きすぎ! いくら楽しいからと言っても、しっかり休みを取ること! ちょうど学園の準備期間が一週間前に入ったから、休むついでに学園に遊びに行ってもいいから!』というわけなのだ」

「あー……なるほど」


 いるよね、仕事が楽しくてついつい休みまない人って。


 ……そっか、セルマさんってそっちのタイプだったんだ。


 いくら悪魔王で、体力が無尽蔵と言っても、さすがに世間体とか会社としてのルールがあるもんね。そう言う意味では、学園長先生はしっかりしてるのかも。


 ボク相手にはそうでもない気がするけどね……!


「で、主の話はいいのか?」

「あ、そうだった。……えと、改めて訊くんだけど、二人……と言うより、天使や悪魔の人たちって、こっちの世界にはよく来ていたの?」

「そうですねぇ。高頻度、と言うわけではありませんがぁ……少なくとも、この世界の様々な場所で、私たちは活動をしていましたよぉ」

「こいつと一緒、というのは遺憾だが……我等も概ね同じなのだ。基本的に、悪魔崇拝をしている場所に赴き、そこで人間と契約し、願いを叶える代わりに対価を受け取っていたのだ」

「なるほど……ちなみにそれって、どれくらいの時期からなの?」

「ん~、悪魔さんたちの方は知りませんが、私たち天使は、現代で言う所の紀元前から活動をしていましたよぉ。例を挙げるとすれば、メソポタミア文明辺りでしょうかぁ?」

「我等悪魔は、こいつらよりも、少し先で活動をするようになったのだ。とはいえ、そこまで先と言うわけではないが」

「へぇ~。その辺りは、天使と悪魔で違うんだね」


 随分と昔の時代から活動してたんだ、天使と悪魔って。


 まあ、今以上に神様とか信じられていたことを考えると……当然、なのかな?


「そうですねぇ。いがみ合う関係性でしたし、同じ時期、と言うわけにもいきませんでしたのでぇ」

「顔を合わせれば、それこそ終末対戦になるのだ」

「……うち、この世界って意外と奇跡的なバランスで成り立っているんだな、って思ったよ」

「奇遇だね、エナちゃん。ボクもだよ……」


 向こうとは違って、こっちの世界って本当にファンタジー的なことってないもんね。


 こっちの世界の人たちって、こう言ってはなんだけど、割とひ弱と言うか……。あっちから見たこっちって、実際そう見えるし……。


 だからこそ、ファンタジーな人たちが戦争を始めようものなら、この世界は一瞬で崩壊してるよね、これ。


 ……よかったっ、戦争になってなくて、本当によかったっ……!


「あれ? そう言えば、悪魔の人たちて、こっちに来ることが難しい、見たいことを前に言ってなかった?」

「うむ。それは現代に入ってからなのだ。この時代で言う所の……明治時代辺りだな」

「あ、そうなんだ」

「その頃から、あまり神や悪魔が信じられなくなったからな」

「あ、そう言う理由……」

「ということは、信仰心とかがこっちの世界に来るための条件だったんですか?」


 セルマさんの発言から、エナちゃんがそう尋ねる。


 それに答えたのはフィルメリアさん。


「そうですねぇ。我々天使や悪魔に限らず、その他の異界に住む住人たちは、人々の信仰心や、想像などから現界に必要なエネルギーを得ていますからねぇ」

「あの、異界、って何ですか?」

「簡単に言えば、天界や魔界のような世界のことを指すのだ」

「それを更に正確に言いますと、二対一つの世界の周辺にある、それらを管理、もしくは何らかの干渉力を持った存在たちが住むための世界ですねぇ」

「なるほど~」


 異界かぁ……初めて聞いたよ。


 そっか、天界とか魔界って、そういう名称が付いているんだ。


 師匠は知ってそうだけど……。


 あの人、百科事典みたいな人だしね。


「……あれ?」

「どうしたの? エナちゃん」


 納得顔だったエナちゃんの表情が一転して、不思議そうな表情に。


 何か気になる事でも出たのかな?


「ねね、フィルメリアさんにセルマさん」

「なんでしょうかぁ?」

「なんだ?」

「えーっと、さっき天使や悪魔に限らず、って言ってましたよね?」

「はいぃ」

「うむ」

「その異界って、もしかして、天界とか魔界だけじゃないんですか?」


 あ、たしかに。


 さっきのフィルメリアさんの発言だと、まるで他にも付属世界があるような言い方だったよね?


「はい、ありますよぉ」


 本当にあるんだ……。


「そうなんだ! じゃあじゃあ、教えてくれたり?」

「いいですよぉ。別に知っても問題はありませんからねぇ。普通の人間の方々じゃ、悪用のしようもありませんしぃ」

「悪用されるような事態が起こったりするの?」

「まあ、0とは言えないのだ。世界によっては、人間を滅ぼすことが容易い存在がいる世界もあるからな」

「それはまずいよね!?」


 人間を滅ぼせるって、とんでもないことになってない?


 先代の魔王でもできなかったよ? それ。


「では、軽くお話ししましょうかぁ。少なくとも、普通に過ごしていれば関わるような事態にはなりませんからねぇ」

「あ、そうなんだ。じゃあ安心だね」

「…………依桜ちゃん、いまさらっと特大のフラグを建てたような……?」

「エナちゃん?」

「あ、ううん、何でもないよ! それでそれで、どんな世界があるの?」

「そうですねぇ。有名どころで言えば、妖精が棲む『妖精界』や、精霊が棲む『精霊界』、妖怪や魔物の類と言った存在が棲む『妖魔界』などがありますねぇ」

「そんなにあるんだ」

「我が『魔界』と、こいつらが棲む『天界』を含めれば、計五つの異界があることになるのだ」

「なるほど……あれ? じゃあ、神様たちが棲むっていう『神界』はどういう位置付けなの?」

「クソ神様方ですかぁ? そうですねぇ……あちらは存在する次元が違うんですよぉ」

「「次元?」」


 フィルメリアさんの回答に、ボクとエナちゃんは揃って首を傾げた。

 次元って言うと……三次元とか、四次元、とか、そういうこと、なのかな?


「はいぃ。まあ、次元と言ってもそんなに大層な話ではないですよぉ? ただ……そうですねぇ。それらを説明するための予備知識として、色々とお話ししないといけないですねぇ。場所を変えましょうかぁ」

「あ、うん。それなら、学食にでも行く? 一応、ボクの生徒会長の権限を使えば、個室も簡単に使えるし」

「依桜ちゃんが権力者みたいなことをさらりと……!」

「……まあ、一応権力者と言えば、権力者だけどね」


 向こうでは女王だし、こっちでは生徒会長。


 ……うーん、スケールが全然違う。


 でも、違うように見えて、結局は延長線なんじゃないかなぁとは思うけどね。


「おぉ。その、学食とやらには、美味いものがあるのか?」

「うん。この学園、勉強以外の設備にものすごく力を入れてるからね。トレーニング施設とか、図書室、情報処理室なんかもそうだけど、学食はかなり力が入っているから期待していいよ」

「あ、そう言えばうち、学食って行ったことないなぁ」

「そうだったの?」

「うん。前にチラッとパンフレットで見ただけかな? ねね、学食ってどんなものがあるの?」


 と、学食のことについて、興味津々に尋ねてくるエナちゃんの目は、どこかキラキラとしていた。


 エナちゃんって、結構好奇心旺盛だよね。


「うーん……説明もちょっと難しいし、とりあえず、学食に行こっか。まだ時間もあるしね。せっかくだから、ボクがご馳走するよ」

「いいんですかぁ?」

「いいのか!?」


 お金をボクが出すと言うと、フィルメリアさんとセルマさんの二人は、目に見えて食い付いた。


 ……何と言うか、随分とこっちに染まったね、二人とも。


 セルマさんはともかく、フィルメリアさんは遠慮しそうとは思っていたけど、案外そう言うことはないんだね。


 まあ、ボクとしては遠慮される方が困るから全然いいんだけど。


「依桜ちゃん、うちもいいの?」

「もちろん。二人も三人も変わらないしね。それに、十人だって問題ないくらいだし」


 なんて、ボクが冗談っぽく(お財布の中身的には冗談じゃないけど)言った瞬間、


「――ほう? なら、あたしもご馳走になるとしよう」


 まるで、地獄の底から這い出て来た悪魔の如き声音(ボクの言い過ぎ)が背後から聞こえて来て、ぬっと腕が右斜め後方から伸びて来た。


「……え、えーっと、師匠、ですか?」

「あぁ、あたしだ」


 デスヨネー。


 ……でも、なんで師匠?


「あれ? ミオさんだ! どうしてここに?」


 ボクの疑問を、エナちゃんが代弁してくれた。


 ありがとう、エナちゃん。


 ……自分で言えるけども。


「いやなに、学園内を適当にふらつきつつ、何か問題がないかを『気配感知』やら『千里眼』やらで見回っていたんだよ」


 いや、あの、『気配感知』はともかく、『千里眼』も使っちゃったら、この学園でもないが起こらないレベルになっちゃいますよ……?


 そもそも、『千里眼』なんて、あっちの世界では本当に一握りの人たちが習得できるようなとんでもないスキルだし、何より師匠の場合はその精度がバカにならないんだもん。


 その上、『気配感知』も使ってるとなると、どうあがいたって事件は起こらないよ……。


「そしたら、妙な気配が出現した上に、興味深い話をしていたからな。そんでお前らに話しかけた」

「そうだったんですね! じゃあ、ミオさんも一緒に行きましょ!」

「あぁ。で、問題ないよな? イオ」

「問題ないですけど……いきなり出てこないでくださいよ、びっくりするじゃないですか」

「暗殺者とは、常に気配を殺し、ターゲットにいかに気付かれずに接近するかという職業だからな。というか、これでもほんのわずかには気配を出していたんだが……お前、さては鈍ったな?」

「……師匠。こっちの生活では、そう言った危険はほとんどないんですから、少しくらい鈍ると思うんです。むしろ、それが普通だと思うんです。どう思いますか?」

「ま、それもそうか」


 あ、あれ? 珍しく師匠が素直に納得してくれた……? なんで?


「……まぁ、今のところは特に何も起こらなそうだし、な」

「? 師匠、今何か言いました?」

「ん、あぁ、気にするな。独り言だ」

「そうですか?」


 それにしては今、随分と真剣に意味深なことを言ったような気が……。


 ……まあ、気にしなくてもいっか。


 師匠、また家を空ける日が増えてるし、そこでまた何かあったのかもしれないしね。


 それに、単純にお酒に関することかもしれないし。


 ……そっちの方が可能性が高そうな気がするのはなんでだろう。


「おい弟子。今、何か失礼なことを考えなかったか?」

「何でもないです! さぁ行きましょう! 何でも奢りますよ!」

「ほう、ならば遠慮なく頼むとしよう」

「フィルメリアさんたちも、行こ」

「あ、はいぃ」

「うむ」

「うん!」


 そういうわけで、なんだか奇妙なメンバーで学食へ移動しました。

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