第211話 節分とバレンタイン前日

 マラソン大会が終わり、一月も過ぎる。


 二月に差し掛かると、学園に三年生たちは登校しなくなっていた。

 自宅研修期間だそう。


 でも、学園の行事には参加するそうです。


 二月、三月には、節分、バレンタイン、ホワイトデーの三つがまだある。


 節分は、何するのかなぁ、なんて思ってたら、本当に豆をまくだけだった。


 より正確に言えば、鬼に扮装した先生たちが学園内を走り回り、生徒たちは先生たちにひたすら豆を投げるだけ。


 まるで、普段のストレスを発散させるかのように豆を投げてぶつけ続ける。


『死ねぇぇぇ!』

『フハハハハハ! 生徒どもなんかには負けんぞ!』

『うるせぇ! いつもいつも、授業で当てやがって!』

『日ごろの恨みィィ!』


 こんな感じ。


 ある意味、酷いような……?


 ただ、先生たちも普通に楽しんでいたので、そこまで問題はないと思うけど。それ以前に、仕返し紛いのこともしてたしね。


 持っていた金棒(ゴム製)で反撃してきたり、生徒を捕まえて補習室に連行されて、勉強させられたりと、本当に酷かった。


『オラオラ! この金棒で、補習室送りにされたい奴は前に出てこいや!』

『くそっ、地獄の補習室だけはマジでかんべんぶらぁ!?』

『ふっ、一名、補習室ごあんなーい!』


 ずるずると引きずられていった。

 ちなみに、先生たちが着ていた鬼の衣装は、一定数豆を当てられると、電流が走って気絶するとか。


『くらえぇ!』

『ふっ、この程あばばばばばばばば!』


 突然壊れたラジオのようになったと思ったら、煙を出して倒れた。


 ……気絶する程度とはいえ、学園長先生、自分が運営している学園の教師に対して、電流が流れる衣装を渡すとか、鬼ですか。


 ルール的には鬼ごっこが近いけど、本当に酷い。


 むしろ、ここでの鬼は、先生でも生徒でもなくて、これを企画した学園長先生だと思います。


 ちなみに、ボクたちと言えば、


「くそっ、やべえよ、穂茂崎先生がやべえよ……あれ、どう見ても、男子生徒を狙いに行くバーサーカーになってんぞ……」

「……俺は、死を覚悟している」

「晶がそうなるって、相当じゃない?」

「まあ、穂茂崎先生、真性のホモだからねぇ」


 空き教室で隠れていた。


 原因は、態徒たちが言ったように、穂茂崎先生。


 いつかの体育祭で、ボクたちは穂茂崎先生が、同性愛者であることを知った。それに伴い、ボクが狙われていると知った時は、女の子になってよかった、と本気で思ったほど。


 あの人、本当に怖いんだけど。


 とまあ、今度は、ボクではなく、晶と態徒が狙われている……というか、学園中にいる男子生徒、および男性教師を狙っている模様。


 この事実に、学園中にいた男の人たちは戦慄し、逃げ惑った。


 捕まろうものなら、とんでもないことになってしまう、という恐怖がそうさせていた。


 ちなみに、どういうわけか、女の子の方はかなり息遣いが荒くなっていたけど。


 穂茂崎先生って、地味に美形なのがね……。


 それはそれとして、ボクたちは空き教室に隠れているわけだけど、いつまでもこうしているわけにはいかないわけで……。


 この節分は、終了条件が三つ。


 一つは、鬼側が、生徒を全員捕まえること、何だけど……捕まえるって何? 節分って、そういう日だったっけ?

 たしか、邪気払いの行事だったよね?

 なのになんで、こんなに私利私欲にまみれた行事になっちゃってるの?

 おかしくない?


 二つ目は、単純に鬼を全滅させること。

 豆を当て続ければ気絶するからね、先生たち。

 ……どうして、電流を流そうと思ったのかはわからないけど。


 そして、三つ目。三つめは、単純に時間切れになること。

 この節分、学園行事なので、普通に終了時刻が設定されている。

 終了時刻は、お昼の三時。理由はよくわからないけど、なぜか、三時。


 なので、ボクたちは普通に三時まで隠れていよう、ということになった。



 と、何とか無事、隠れ続けたボクたちは、すっかり忘れていたことがあった。

 先生たちが鬼をしているなら、当然、あの人も参加しているわけで……。


「フハハハハ! ガキどもを殲滅してやる!」


 師匠です。


『うわああああああ! み、ミオ先生だああああああ!』

『やばいやばいやばいやばい! さすがに、あの人に勝てねえよ!』

『畜生!』


 この通り、外は阿鼻叫喚。


 師匠は、ノリノリでこの行事に参加していて、開始と同時に生徒を倒しに行っていました。

 その結果、かなりの人数の生徒がやられてしまい、気が付けば、残り四割ほど。


 今の時間は、十二時。

 なので、あと三時間も生き延びなきゃいけない、と言う地獄なわけで……しかも、師匠は疲れ知らず。


 体力が無尽蔵どころか無限にさえ思えてきます。

 ボクたちは震えながら空き教室に隠れていると……


「そこかぁ!」

「「「きゃああ!」」」

「「うわあ!?」」


 突然師匠が空き教室に入ってきて、ボクたちは悲鳴を上げていた。

 いや、いきなり来たら怖いよ!


「ふむ、やはりいたか。だがまあ……やはり甘いなぁ、イオ」

「これ修業じゃないですからね!?」

「修業に決まってるだろ。これは、いかに自分の気配を消して行動できるか、という修行だ」

「修業脳過ぎませんか!?」

「うるさい! あたしは今からお前たちを倒す。いいか?」

「「「「「よくないです」」」」」

「そうかそうか、OKか」


 無視された……。

 本当に、師匠は酷いと思うんです、ボク。

 どうにかならないのかなぁ……。

 なんて思いながらも、やられたくない一心で、ボクたちは逃走を始めた。



 あれから、かなりの逃走劇を繰り広げました。


 まあ、酷いものです。


 何せ、壁面走行はするし、天井も走るしで、師匠は人間をやめてましたもん。

 そんな、師匠の異常な走りを見ていた人たちは、驚きのあまり目を見開いていました。ですよね。


 道中、見かけた生徒たちを、師匠はどんどん金棒で倒していた。


 酷すぎる……そして、ごめんなさい。


 ボクたちだって、師匠に負けるのはちょっと……。


 試しに、豆を投げてみるも、なぜか全部回避される。

 弾幕のように張っても、なぜか、回避。


 あの人、どうなってるの?


 あと、今思えば、師匠に電撃って効かないんじゃないかな……?


 だって、気絶する程度の電撃なんて、向こうじゃよくあったもん。それに、ボクだって効かないと思うし……。


 その辺り、どうなってるんだろう?


 まあ、そんなことを考えている余裕はないんだけどね!


 さっきから、師匠が金棒を振り回しているんだけど、それがかなりの速度。

 ブオンブオン言うんだよ? 一応ゴム製なんだけど、明らかに色々とおかしいんだけど。


 全力で逃げているのにもかかわらず、師匠は笑いながら追いかけてくる。


 みんなは、もうへとへとになっているけど、捕まった後何されるかわからないという恐怖によって、必死に逃げている。


 これ、学園の行事なんだよね? 明らかに、それとは違う、まったくの別物にしか思えないんだけど!


「オラオラ! 逃げるだけじゃ、あたしは倒せんぞ!」

「そもそも倒せないっす!」

「んなもん、しったこっちゃねえ! 早く、豆を投げてみろ!」


 そう言うので、みんな投げるも……やっぱり回避。


「遅いぞ! もっと早く投げるんだよ!」

「そ、そんなこと、言われましても!」


 うん。未果の気持ちはよくわかります。

 師匠に弾幕が当たらないんだから、それは、ね……?

 ボクたちは、豆を投げながら、さらに逃げ続ける。



 はい。結果です。


 あの後、ボクたちは必死に逃げ続けたものの、全滅しました。


 師匠には、勝てなかったよ……。


 ただ、なかなかに善戦したとあって、師匠の特別授業はみのがしてもらえることになりました。


 マラソン大会で頑張ったから、と言うのもあるみたいだけど。


 三時になり、ボクたちはそれぞれ帰宅。

 ……無事に、帰れてよかったです。


 捕まってしまったり、倒されてしまった人たちは、現在補習中。どうやら、補習は五時まであるとのこと。


 まあ、今日は平日だし、問題ないといえば、問題ないんだけどね……。

 はぁ……絶対この学園、おかしいよね……。

 つくづくそう思うボクでした。



 時間が進み、二月十三日。


 明日はバレンタインデー。

 女の子がチョコレートを渡す日。


 海外によっては違うみたいだけど。


 まあ、それはいいとして……今回、ボクは作る側です。


 今まではもらう側だったから、なんかちょっと新鮮。


 ……ただ、この時期になると、ボクの下駄箱にはなぜか大量のチョコレートが入っていたりしたんだよね……一体、誰が入れてたんだろう?


 小学校、中学校と、ボクの下駄箱、机の中には、なぜかいつもチョコレート。

 おかげで、毎年大変な思いをしながら、チョコレートを食べていたものです。


 全部義理だと思うんだけど、なぜかハート形だったりするし、ガトーショコラがあったり、トリュフチョコレートとか、いろいろあったよ。


 でも、今年はもらう側じゃないからね。作る側だから、きっともらわなくて済むはず!


 ……って、男の時だったら思っていたんだろうけど、女の子になってからと言うもの、男の時より増して、ボクは甘いものが好きになっていた。

 だから、もらえなくなると思うと、ちょっと残念な気持ちになる。


 ……って! ボクは男なんだってば!


 はぁ……やっぱり、どんどん変わっていっているような……。


 仕方ないと言えば仕方ないんだけどね……。


 ……さて、一旦沈んだ気持ちは押し殺して、チョコレート。


 今回、ボクが作るのは、いつもの四人と、師匠、それから、父さんと母さん。


 あ、一応クラスのみんなにも作ろうかな。なんだかんだで、交流が多いしね。


 先生の分も作るから……大体、四十三人分、と。


 さすがにちょっと多すぎるけど、一口サイズのチョコレートを多く作って、それをクラスメートのみんなにしよう。


 他は、普通に作ります。


 やっぱり、普段からずっとお世話になってるからね。


 ボクとしても、感謝の気持ちは伝えたいものです。


 本当は、美羽さんにも渡したいんだけどね……一応、LINNで連絡を取ってみようかな。


 と言うわけで、試しに連絡してみる。


『美羽さん、明日って空いていますか?』


 と、送信。

 すると、間もなくして美羽さんから返信が。


『空いてるよー。どうかしたの? 依桜ちゃん』

『あ、えっと、明日はバレンタインなので、美羽さんにもチョコレートを渡したいな、と思って……』

『え、ほんとに!? 私にくれるの?』

『は、はい、迷惑じゃなければ……』

『全然迷惑なんかじゃないよ!』

『それならよかったです……』


 迷惑じゃないようで、ボクはほっとした。

 これで迷惑なんて言われたら、ちょっと辛かったよ。


『それじゃあ、明日はどこで待ち合わせにしよっか?』

『あ、そうですね……えーっと、住んでる街って、どの辺りなんですか?』

『美天市だよ』

『あ、じゃあ、同じですね! ボクも美天市ですよ』

『そうなの? すごい偶然もあるものだね』

『ですね。えっと、一応明日は学園があるので、えっと……四時に美天駅前でどうですか?』

『わかった。それじゃあ、明日ね。楽しみにしてるよー』

『はい、また明日』


 チャットが終了。


 なんとか、美羽さんにも渡せそうでよかった。


 美羽さん、普段からお仕事頑張ってるみたいだから、少しでも癒しになればいいなぁ。


 でも、そうなると、作るのは四十四人分。


 あ、商店街の皆さんにも作った方がいいかも……普段からお世話になってるし……うん。作ろう。


 うーん、材料費はかなりかかっちゃうけど、ボクには使ってもなかなかなくならないお金があるからね。


 みんなのために使えるなら、全然問題なし!


「それじゃ、材料を買いに行かないとね」


 たしか、バレンタイン前日は、チョコレートがかなり売れるせいで、売り切れになるところもあるらしいから。

 というわけで、ボクは足取り軽く、材料を買いに出かけた。

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